クラシックに軸足を置きつつ、さまざまなジャンルの楽曲を取り上げるアンサンブル、
高嶋ちさ子 12人のヴァイオリニスト。最新作
『ミスター・ロンリー 〜魅惑のラヴ・サウンズ』は60〜70年代に人気を集めたイージーリスニングの名曲集である。FM番組『JET STREAM』のテーマ曲として知られる「ミスター・ロンリー」が好例だが、イージーリスニングにはシンプルなメロディが多い。ゆえに演奏の表現力が問われるといっていいだろう。2006年から活動を続けるアンサンブルにとっては力量を示す格好の題材だったはずだ。デビュー時からのメンバーである中島知恵(サブリーダー)と藤部乃、2作目のアルバムから参加した白澤美佳の3人に話を聞いた。
――これまでにもクラシックばかりでなく、ユーミンやディズニーの曲を集めてアルバムを作ってこられましたが、今回、イージーリスニングを演奏して感じたことは?
白澤美佳「イージーリスニングといわれているだけあって、メロディがけっこう単調なんですよね。譜面も私たちが勉強してきたクラシックとはかけ離れていて。クラシックやタンゴの難しい曲というのは、譜面の通りに弾けば伝わるというか、“あっ、すごい”というふうに聴かれる。でも、イージーリスニングはただ弾くだけでは全然伝わらなくて、表情をいかに表わすかということが難しいですね。メロディに気持ちを思いっきり込めて、でも、繊細に女性らしくという演奏を目指しました」
――「白い恋人たち」をはじめ、いくつかの曲ではオリジナルのイントロを空気感に至るまで再現していて、リアルタイム世代はその数秒でタイムスリップできます。
藤部乃「プロデューサーの方がすごく思い入れを持っていたようで、こういうふうに弾かせたいという情熱が伝わってきました。(ヴィヴァルディの)『四季』とかですと、わりと自分たちのテリトリーというか、自分たちでニュアンスがわかるし、作り出せるのですが、今回はじかに身体に染み込んでいない曲なので、ちょっとした音の入り方、切り際、盛り上がり方の度合いなどを、細かくアドバイスしていただきました」
白澤「まさに〈白い恋人たち〉のイントロがいちばん大変だったんです。すごく細かい指示があって、譜面がこんなに簡単なのにそこまでおっしゃる? っていうくらいに(笑)」
――オリジナルはオーケストラ編成の音楽を、このアルバムではヴァイオリンのアンサンブルで演奏しているのに、当時の雰囲気を醸し出すことに成功していますね。
中島知恵「父親はレコーディングする前からすごく喜んで、早く聴きたいといっていました。『JET STREAM』を聴きながら受験勉強をした世代で、イージーリスニングの曲が思い出に残っているようです。CDができたら車の中でかけて、どれも懐かしいと感慨深い様子で聴いてくれました」
――弦楽四重奏やオーケストラでヴァイオリンを弾くときと、12人のヴァイオリニストで弾くときとでは、違いはありますか?
藤「12人のヴァイオリニストがスタートしたときは、なんて難しいアンサンブルなんだろうって、かつて味わったことのない不安を感じました。自分がヘタになった気がするんですよね。なんでこんなに合わせられないんだろうって。みんなが同じ楽器で、だけどそれぞれが持っている音色が違うし、オーケストラみたいにほかの楽器の中に潜り込ませることもできない」
中島「指揮者がいないので、アンサンブルの縦のラインをどう合わせたらいいのかという戸惑いもありましたし」
藤「私たちなりに試行錯誤して辿り着いたのは、(ヴァイオリン以外で演奏に唯一加わる)ピアノを基盤にするということです。ピアノがリズムやオーケストラの低音を担っているイメージですね。まだまだ進化させたいと思っていますが、今はこの形をとっています」
――先日、コンサートを観て感じたのですが、楽しんでもらうというプロフェッショナルとしての意識が高いですね。全員から伝わってきました。
白澤「人前で演奏するときの喜びや、舞台に立てていることへの感謝の気持ちが、学生のときとはまるで違います。学生のときには、もちろん自分でやりたくてやっていることなのに、試験やコンクールで舞台に立つと、なんでこんなことをやっているんだと思うことがありました。今は舞台に立てていることが嬉しくて、どんなことをしたらお客さまに喜んでもらえるかなと日々考えています」
藤「編成自体、普通のクラシックとは違うし、舞台の進行も違う。アカデミックに勉強してきた人の中にはマイナスにとらえる人もいるだろうし、結成当時は実際にそういう見方をされていると感じることもありました。でも、ずっとここにいて7年目となる今、お客さまの喜ぶ顔を見ることができます。クラシックのことだけを突き詰めていった人生よりも、音楽の幅を広げられたのではないかと思えることが嬉しいですね」
中島「結成当初は、まず
(高嶋)ちさ子さんという絶対的な存在がいて、みんなはちさ子さんの意向に従い、一緒にがんばっていくという感じでした。でも、今は一人一人の考え方がしっかりしてきていて、ちさ子さんがいらっしゃらない場合でも、こういうことができるんじゃないかと、みんなで意見を出し合うんです。一人一人が意味のある存在になっていると思います」
取材・文/浅羽 晃(2012年10月)
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