もともとはピアニストとして音楽活動が始まり、知人の薦めで歌うことに目覚めたという経歴を持つ実力派シンガー・ソングライターの
村上ゆき。「バファリンA」「東武特急スペーシア」など数々のCM楽曲なども手掛ける彼女の新作
『1ミリのキセキ』が1月21日にリリースされる。本作は、贅沢な気分になれる極上のサウンドの中で、包容力のある美しい歌声が心地よく響いてくる一枚。本作について彼女に話を訊いた。
“がんばりたいのに がんばれない”というフレーズが心に響く「恋+薬」(ライオン「バファリンA」CM曲)、
大貫妙子の作詞による「私を連れて帰ろう」(「東武特急スペーシア」CM曲)。強く印象に残るCMソング2曲をはじめ、初めて全曲オリジナルの楽曲で構成された新作『1ミリのキセキ』は、幅広い層にアピールする優れたポップス・アルバムであると同時に、シンガー・ソングライター、村上ゆきの個性的な音楽観が強く示された作品でもある。
「“この人に対して、何がしてあげられるだろう?”という想い、ある特定の人に向けて語り掛けたい言葉とか、何か強烈な体験をしたときに生まれてきた感情とか、そういうものがないとなかなか曲ができないんですよね。(ポップスの)セオリー通りには作れないし、それをやったところで、自分に嘘をつくことになると思うので」

そんな彼女の言葉を端的に反映しているのが、タイトル曲の「1ミリのキセキ」だろう。クラシカルな雰囲気を漂わせるストリングスをフィーチャーしたこのバラードは、2007年の冬、北欧を旅行中に見たオーロラがもとになっているという。
「オーロラを見ること自体、奇跡に近いことだし、その瞬間は何て言葉にしたらいいかわからなかったんです。でも、帰国してから、前のアルバムのレコ発ライヴの前日にこの曲が出てきて、“どうしても演奏したい”って思って。考えて作ったのではなく、感動のあまり思わず生まれてきた曲なんですよね」
大きな病気と向き合いながら、限りある人生を全うしようとする友人に向けた「To Be Continued」など、アルバムのなかには深く、シリアスな感情が含まれた楽曲も多い。しかし、この作品を聴き終えたあとに残るのは、ずっしりとした重さではなく、どこか軽やかで前向きな気分であり、その事実こそが彼女の音楽のチャーム・ポイントを形作っているのだと思う。
「基本、楽観主義なんですよね。どんなに重くて、大変なことをテーマにしていても、最後は“でも、楽にいこうよ”っていうことを歌いたくなる。それは自分の作風というか、そういう性分なんだと思います。それに私自身、音楽でバランスを取っているところもあるんですよね。もともと感情が極端に走っていってしまうタイプなので」
編曲に
武部聡志、
沢田穣治が参加、さらに3曲の作詞を“きれいなおねえさんは好きですか”などの名コピーで知られるコピーライター、一倉宏が手掛けていることも、彼女の音楽の世界を広げるという意味において、大きな役割を果たしている。ジャズをベースにした村上ゆきのポップスは、このアルバムによってさらに大きなフィールドへと浸透していくだろう。
「ピアノの仕事をしていた頃は、まさか自分の曲を歌うことになるなんて思ってもなかったんです。でも、いろんな人とのご縁のなかで“歌ってみたら?”“作ってみたら?”っていうお話をいただいて、オリジナル曲だけのアルバムまでリリースできて。これからも、自分の可能性を探っていきたいですね」
取材・文/森 朋之(2008年12月)
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