■『ザ・ドリーマー』全曲解説
文/房賀辰男
(1)The Dog Catcher
“まるでこの曲のようにシンプルだ”と歌われているように、穏やかなアコースティック・ギターの音色を軸にしたシンプルなナンバー。メイン・ヴォーカルをアレックスが取っており、サビではサムとの絶品のハーモニーを聴かせる。ノスタルジックなスライド奏法も効果的だ。
(2)Everything New
バンジョーやアコーディオンの音色を取り入れたウエスタン風の楽曲。古き良きアメリカの風景を綴ったと思われる詞世界が曲調によく合っていて、どっぷりとその世界に浸ることができる。全編が二人のヴォーカル・ハーモニーで覆われており、煌びやかな印象も受ける。
(3)Emily Song
“エミリー”に対する恋心を綴ったセンチメンタルなナンバー。アレックスの繊細なヴォーカルが、シンプルなギターのアルペジオに乗って胸に迫る。要所要所でささやかに導入されるピアノも含め、シンプルな曲調にメリハリをつけたアレンジメントが秀逸だ。
(4)Right Back Around
サムがリード・ヴォーカルを取ったナンバー。ブルージィかつジャジィなギター・プレイをバックに、しっとりとした美麗な歌声を堪能できる。『DownBeat』誌で新人賞を受賞した彼女のポテンシャルの高さが伝わる、その卓越したヴォーカリゼーションには心を奪われるばかり。
(5)The Dreamer
アレックスがほぼ弾き語りに近い形で送るアコースティック・ナンバー。陰鬱なメロディとともにゆったりと紡がれる“語り”は真摯に胸に響き、若くしてストーリーテラーとしての説得力を蓄えていることを思わせる。緊張感の中にゆとりを持たせるアコーディオン遣いもうまい。
(6)Check Your Machine
彼らが尊敬するというビートルズ風のポップ・チューン。軽快に弾むポール・マッカートニー譲りのベース・ラインも楽しく、愉快な日常風景を切り取った歌詞も魅力的。そんな中、“一人きりでは生きられない”と辛辣に締めるあたりは、一筋縄ではいかない彼ららしさか。
(7)Time To Let You Go
バンジョー風のギターとアコーディオンをフィーチャーしたナンバーで、リード・ヴォーカルをサムが取っている。“あなた”との別れと旅立ちを綴った歌詞の行間にある“覚悟”をたくみに描出する、か細くも芯の強さをうかがわせるヴォーカルが涙を誘う。
(8)Your Hands
曲ごとにさまざまなヴォーカル・スタイルを聴かせてくれるアレックスだが、このスロー・ナンバーではオーガニックでソウルフルな歌声を披露。民俗音楽のテイストをたたえた管楽器を導入するなどして作り上げた、ノスタルジックなムードが味わいどころだ。
(9)Someone That Cares
楽器演奏を極力シンプルに抑え、アレックスとサムのヴォーカル・ハーモニーを前面に押し出した一曲。とくに華麗に高音域をたゆたうサムの歌にはハッとさせられるものがあり、“過ぎ行く日々の中で、早く大事な人を探すんだ”というメッセージと相まって強い印象を残す。
(10)Old Man In Me
アルバムのラストを飾るのは、柔らかなアコースティック・ギターが特徴的なナンバー。ドラムが入り徐々に盛り上がりを見せる後半がドラマティックな仕上がりで、一語一語を噛み締めるようなアレックスのヴォーカルが心地よくも、どこかしんみりとした余韻を残す。