トレヴァーがベースを抱えてステージに姿を見せると会場が湧いた。オープニングは
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「トゥ・トライブス」だ。彼らのデビュー・ヒット「リラックス」に続く2枚目のシングルで、トレヴァーの手によるパワフルな打ち込みサウンドが圧倒的。83年に設立されたZTTレーベルの存在を、音楽シーンに刻んだ瞬間だったと思う。攻撃的なサウンドが、ライヴの幕開けにふさわしい。その後に彼にとって初のシングル・ヒットであり、トレヴァー・ホーンの名前を世にしらしめた
バグルスの「ラジオスターの悲劇」が続いた。
左からロル・クレーム, トレヴァー・ホーン, ヴォーカルはスティーヴ・ホガース
ステージに立つのは総勢19人。8人からなるストリングス・オーケストラ、指揮者、ドラムス、ギターが3人、キーボードと打ち込みが2人、バッキング・ヴォーカルの女性が2人。ここに男性ヴォーカリストが入れ替わり加わるという形をとった。「ビデオスターの悲劇」のオーケストラ・アレンジはオリジナルのコーラス部分をうまくストリングスに置き換えたあたりが絶妙で、それを生で体験できたのは嬉しかった。
ブルース・スプリングスティーンの「ダンシン・イン・ザ・ダーク」については、“クリスマス風にバラードとしてアレンジしたんだ”とトレヴァーは説明した。2人の女性がヴォーカルをとるロマンティックな雰囲気に仕上がっている。
デヴィッド・ボウイの「アッシュズ・トゥ・アッシュズ」は80年代のMTV文化の幕開けとなったエポック・メイキングなビデオがあまりに有名な曲だ。曲を聴いただけで
スティーヴ・ストレンジを含む当時のロンドンのニューロマンティックスが出演するビデオ・イメージが脳裏に鮮明に蘇る。
この日のライヴの重要なメンバーは、元
10tのメンバーであり、トレヴァーの親友でありコラボレイターでもあるロル・クレームだ。セットリストには、新作アルバムからの曲に加え、
10ccの「ラバー・ブレッツ」と「アイム・ノット・イン・ラヴ」や、
ゴドレイ&クレームの「クライ」が追加された。トレヴァーは「クライ」について、1969年にニューヨークで2人が初めて出会って意気投合し、イギリスに帰って即一緒にレコーディングした曲だと説明した。ステージにおける2人の息はぴったりで、長い間の信頼で結ばれた仲を察することができた。
ロル・クレーム(左)と トレヴァー・ホーン
マット・カードル
アルバムには
ロビー・ウィリアムスや
シール、
ルーマー、ジム・カー(
シンプル・マインズ)など豪華ヴォーカリストが参加しているが、残念ながらこの日彼らの参加はなく、トレヴァーとマット・カードル、
スティーヴ・ホガース、ライアン・マロイがヴォーカルを担当した。ホリー・ジョンソンのヴォーカルで知られる
フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「パワー・オブ・ラヴ」を歌うのはテレビのオーディション番組『Xファクター』で知名度をあげたマット・カードルだ。音域の広い高音の利いた、少年のように若々しく美しいヴォーカルで会場を魅了した。アルバムに含まれていない、ロシア人女性2人組の
タトゥーの大ヒット・シングル「オール・ザ・シングス・シー・セッド」、そしてこちらは新作アルバムに収録される
グレイス・ジョーンズのヴォーカルで有名な「スレイヴ・トゥ・ザ・リズム」は2人の女性ヴォーカリストがリードを担当した。
a-haのヒット「テイク・オン・ミー」はトレヴァーとマット、スティーヴの3人で歌ったが、冒頭のハイトーンなリード・ヴォーカルをトレヴァーが披露、観客は驚いた様子だった。
トレヴァー・ホーン=敏腕プロデューサーというイメージが強いし、本人もこの肩書を否定はしない。しかしこの日のライヴを観て感じたのは、ミュージシャンとしてのパフォーマンスをトレヴァーが心から楽しんでいた点だ。歌えるものは自分で歌うし、ベースを弾きながらバンドを引っ張る表情はとても幸せそうだった。またソングライターとしての誇りもありフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの「パワー・オブ・ラヴ」は、(結局実現しなかったけど)フランク・シナトラがカヴァーすることを考えたんだ、と自慢げに語ったのも印象的だった。一時は英プログレ・バンド、
イエスのメンバーとして活躍していた事実も忘れてはならない。バグルスでポップ・ソングをやっていただけでなく、高度なテクニックと音楽性で知られる
イエスのメンバーとしての経歴は、彼が才能あるミュージシャンであることを証明する事実でもある。
トレヴァー・ホーンとライアン・マロイ
新作に収められた曲がヒットした1979年から1985年は、打ち込みサウンドが大衆を魅了し、MTVが一世を風靡し、ミュージック・ビデオのイメージが曲と同時に観客の脳裏に刻まれた時代だった。シングル・チャートの最後の全盛期であったともいえる。以後、デジタル化によりチャートへの関心が薄れ、ポピュラー・ミュージックの在り方が変貌した。80年代にミュージック・ビデオの監督として大成功を収めたロルと、80年代を代表する敏腕プロデューサーのトレヴァー。80年代の音楽シーンを賑わせた2人が当時のヒットを再現したこの日のライヴ。観客は10代だった当時の気持ちに返って楽しんでいるように見えた。
文/高野裕子
Photo by Mark Mawston
セットリスト
[11月2日・英ロンドン QUEEN ELIIZABETH HALL公演]
※カッコ内はオリジナル・アーティスト
- Two Tribes(Frankie Goes To Hollywood)
- Video Killed the Radio Star(The Buggles)
- Dancing in the Dark(Bruce Springsteen)
- It's Different for the girls(Joe Jackson)
- Ashes to Ashes(David Bowie)
- Rubber Bullets(10cc)
- All the things she said(t.A.T.u.)
- Slave to the rhythm(Grace Jones)
- Power of Love(Frankie Goes to Hollywood)
- Living in a plastic age(The Buggles)
- What's Love got to do with it(Tina Turner)
- Take on me(a-ha)
- Cry(Godley & Creme)
- Blue Monday(New Order)
- Brothers in Arms(Dire Straits)
- Girls on films(Duran Duran)
- I am not in love(10cc)
- Eerybody Wants to Rule the World(Tears For Fears)
- Owner of the lonely hearts(Yes)
- Relax(Frankie Goes to Hollywood)
- Money for nothing(Dire Straits)
※トレヴァー・ホーンが新作を語るインタビューを1月中旬に掲載予定です。お楽しみに!
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