クラリネット奏者ではトップクラスの9万人のYouTubeチャンネル登録者数を持つ千花音(ちかね)が、アルバム『Full Bloom』でCDデビューした。ジェイコブ・コーラーのプロデュースで3人のピアニストとコラボレーションをしているが、ポップス系の4曲ではみやけんと共演している。また、そのみやけんもトロンボーン奏者の馬場桜佑とユニットを組み、アルバム『keep SINGING』が発売中。ふたつの豊かな才能の交錯が生み出したものとは?
――千花音さんは北海道・紋別のご出身。流氷で有名ですね。
千花音「流氷は毎年2月ごろ、当たり前のように見ていました」
――小さい頃はどんなところが遊び場でした?
千花音「田舎すぎて、遊ぶ場所はほとんどなくて。小さなイオンはありましたけど、海に遊びに行ってました」
――アルバム・タイトル曲になったジェイコブ・コーラーさん書き下ろしの「Full Bloom」は満開という意味で、千花音さんのお名前と掛けたそうですが、実際にそういう由来で命名されたのですか?
千花音「たぶんそこまでの意味はなさそうです(笑)。父が雑誌で見つけた“ちかね”か“ふぶき”という響きが気に入ったみたいで、画数的に千花音になったと聞きました」
――“音”が入っているのは、ご両親が音楽好きだから?
千花音「父が趣味でバンドのギターをやっていました」
――千花音さんも小さい頃からエレクトーンやピアノを習って、中学の吹奏楽部でクラリネットを始めたとか。
千花音「高校時代は、札幌まで1時間のレッスンのために片道4時間半かけて通っていました」
――その後、大学の音楽科を首席で修了して、いろいろなコンクールで賞を受賞しました。
千花音「でも、うまい人は山ほどいて、自分はクラシックだけでは無理だと大学時代から思っていました。それで、4年生のときにYouTubeでボカロの“演奏してみた”動画を上げるようになりました。まだYouTuberという言葉もなかったんですけど、そういう動画を観るのが好きだったので、自分でもやってみたいなと思って」
――「ハウルの動く城」メドレーの1人四重奏がバズりましたが、YouTubeで顔は出さないようにしていたんですか?
千花音「最初は出していたんです。私は出したくなかったんですけど、実家で動画を撮ったとき、父が絶対に出したほうがいいと言って、喧嘩になって(笑)。でも、登録者がある程度増えてからは出すのをやめました」
――なぜ顔を出したくなかったんですか?
千花音「もともとコンプレックスがたくさんあるのと、顔より演奏を聴いてもらいたいなと思っていました」
――聴いていた音楽もクラシック系ですか?
千花音「じつは……クラシックはたまにしか聴きません(笑)。父がロックばかりだったので、私もロックを聴いて育ちました」
――どんなロックですか?
千花音「ヘヴィメタルです。クラリネットとは全然違うんですけど、アーチ・エネミーとかデスメタルを聴いて頭を振っていました」
――自分もそういう音楽をやろうとは?
千花音「エレクトーンをやっていたとき、ちょっとロックを弾いたりもしたんです。(イングヴェイ・マルムスティーンの)〈ファー・ビヨンド・ザ・サン〉とか(パッヘルベルの〈カノン〉をメタル・アレンジした)〈カノンロック〉とか」
――一方で、ジブリの曲もお好きなんですよね。
千花音「好きだし、クラリネットの音色に合うかなと思ってよく動画で吹いています」
――作品として好きなのはどの辺ですか?
千花音「どれも良くて難しいですけど、『千と千尋の神隠し』や『天空の城ラピュタ』はとくに大好きです」
――今回の収録曲では、「人生のメリーゴーランド」「青春の輝き」「First Love」「銀河鉄道999」は絶対に入れたいという希望だったそうですが、たとえば「青春の輝き」にはどんな思い入れがあリますか?
千花音「中学3年の時の吹奏楽部の定期演奏会で、顧問の先生が3年生全員がソロで吹く曲としてアレンジしてくださったのが、〈青春の輝き〉だったんです。思い出の曲で、今回入れたいなと思いました」
――ポップス系の4曲では、みやけんさんとコラボしています。もともと交流はあったのですか?
千花音「今回、初めてお会いしました。ジェイコブさんのご紹介で共演させていただきました」
みやけん「レコーディング前に一度リハーサルしたのが、初めましてでした。会う前にどういう方なのかなと、動画は観ていて。すごく清楚な感じで、柔らかい音色を出してらっしゃいました」
千花音「ありがとうございます。私もみやけんさんの動画を観ました。ポップスの演奏が素晴らしくて、音が立っている感じがしました」
――会って印象が変わったりは?
みやけん「イメージ通りの方でしたけど、山梨のホールでレコーディングが終わって、一緒にほうとうを食べたんです。そのときに、意外とお酒を飲んでました(笑)」
千花音「お酒は好きです。すぐ酔っぱらうんですけど、そこからが長くて、強いと思います(笑)」
みやけん「山梨に4日間いて、僕とのレコーディングが最後だったんだよね?だから“甲府駅でほうとう食べちゃう?”と聞いたら、快く来てくれて。お酒のペースが速かったです。めっちゃ飲んでました」
千花音「普段はあまり飲まないんですけど(笑)」
みやけん「そのあと、ホテルで“無料の夜鳴きそばがあるから食べましょう”と言われて。目を半分閉じながら食べていました」
千花音「完食しました。思い返すと、恥ずかしいくらい食べていましたね」
みやけん「そこだけはギャップでした(笑)」
――みやけんさんは千花音さんのクラリネットの演奏には、どんなことを感じましたか?
みやけん「ホールで音が一緒に入らないように、ちょっと離れたところで録っていたんですけど、なんて柔らかい音なんだろうと思いましたね。僕も高校の吹奏楽部でトロンボーンをやっていて、強豪校だったから、いろいろなクラリネットを聴いていたのですが、個人的に木管楽器らしい感じの音色が好きで、まさにそういう音を出されていました」
――千花音さんはみやけんさんのピアノ演奏については?
千花音「音がめっちゃ大好きです。言葉にするのは難しいんですけど、楽器の特徴を捉えて、ブレスを聴いてくだっている感じはすごくしました」
みやけん「歌ならパッと声を出せますけど、管楽器は発音がちょっと遅いのは、自分もトロンボーンでわかります。ピアノが0コンマ何秒か先に音を出すと吹き辛いし、引っ張られる感じでウッと息が詰まる経験は自分もしていて。トロンボーンはクラリネットのようにメロディを吹く楽器でもなくて、常に伴奏でついていきます。ピアノだけを弾く方は1人で完結するので、タイミングを合わせる必要はありませんけど、僕はトロンボーンと変わらず、アンサンブルで前に前にというより、合いの手の部分で強めに出たり。そういうキャッチボールは得意だと思います」
千花音「本当にピッタリ合わせてくださいました」
――コラボした4曲は、2人でアレンジしたんですか?
みやけん「曲によりますね。〈さくらのうた〉は(2012年の)吹奏楽コンクールの課題曲で、自分も吹いたことがあって。ひと夏をこの1曲に懸けて練習した青春の香りがあります。作曲者ご本人がクラリネットとピアノのアレンジをされた譜面を崩さず、自分は手が大きいので、吹奏楽のイメージが薄いところに音をちょっと足したりしました」
――「さくらのうた」は静けさと美しさが漂っています。
千花音「レコーディングはいちばん時間がかかりました」
みやけん「やればやるほどハマってしまって。譜面的にはそんなに技術がいるわけではないんです。シンプルなメロディで、だからこそ音色が気になってしまいました。この音で大丈夫かなと考えながら、やりすぎてわからなくなることってありますよね?」
千花音「私も音程までわからなくなってきちゃって……」
――ゲシュタルト崩壊、みたいな?
みやけん「それです。これ以上、同じことを何回もやると、かえってダメになってしまう。ここでやめてリセットしたほうがいい……という直前で、やっとうまくできました。あとで聴いたらいい感じに仕上がっていて、苦労が思い出されます。本当に危なかった(笑)」
――先ほど出た「青春の輝き」はクラリネットの頭サビから始まってます。
千花音「これは中学のときの吹奏楽部の顧問の先生に書いていただいて、みやけんさんがアレンジしてピアノを弾いてくださいました」
みやけん「全然違うものになってしまって。アレンジというか、譜面は書いてなくて、その場で弾いたんですけど」
――「やさしさに包まれたなら」のピアノはみやけんさんらしいですね。
千花音「“THE みやけんさん”ですよね!」
みやけん「リズムを刻みまくってます。クラリネットの特徴で、柔らかい音で発音的にも遅めなんですね。パーッとかダーッでなくハーッと出る感じなので、軽快な曲だと難しいこともあって。そこをどうカヴァーするか。リズムを入れ込めば楽しい感じになるんじゃないかと考えました」
千花音「テンポ感もバッチリで吹きやすかったです。最後に録ったのが、この曲でした」
みやけん「これがいちばん時間がかからなかったんじゃない?〈さくらのうた〉ですごく時間がかかってしまったのですが、〈やさしさに包まれたなら〉はさっとできた気がする。意外とそういうライヴ感がいいのかなと感じました」
――千花音さんがこの曲を選んだ理由は?
千花音「軽快な曲も入れたかったんです。クラリネットで伸びやかに吹けそうだったので。あと、『魔女の宅急便』で聴いていました」
――「First Love」はほかの曲と吹き方が違う感じがします。揺れているような、泣いているような。
千花音「テクニック的に難しいところはないんです。ずっと生でピアノと合わせて吹きたいと思っていた曲のひとつで、動画でもやらずに温めてきました。みやけんさんは動画でやっていましたよね?」
みやけん「〈First Love〉は何回か弾いていますね」
千花音「今回一緒に演奏できて、すごく嬉しくて。原キーよりちょっと下げて、音域に合わせていただきました」
みやけん「歌っているような感じだよね」
――宇多田ヒカルさんは抜いて歌うことで琴線を震わせますが、クラリネットもそんなふうに吹いたんですか?
千花音「はい。宇多田さんの歌はたくさん聴きました。私は歌はまったくへたで、クラリネットでないと歌えなくて」
――逆に、クラリネットでは歌っている意識があると。
千花音「そういう感覚ですね」
みやけん「12曲の中でも、いちばん好きで歌っているのがわかります。細かいことで言うと、サビの部分の♪タラララーララーと伸びるところが、ピアノよりあとにズレているのが歌っているなと感じました。あえて合わさないようにしていて」
――技術的に苦戦した曲はありますか?
千花音「いちばん練習したのは〈Spain〉です。運指的にはそんなに難しくないんですけど、リズミカルで休符も大事になってくるので。クラリネットのちょっと発音が遅い感じをいかになくすか。アタックをしっかり作りました」
――ジャズにはなじみはあったんですか?
千花音「ジャズも聴いているのでなじみもあるのですが、実際に演奏するとなると、クラリネットでは難しい部分も出てきました」
――ジャケット写真にもこだわりはありました?
千花音「『Full Bloom』というタイトルなので、お花を入れたいと思って。高校の時のクラリネットの先輩にフラワーコーディネイトをしていただきました。裏ジャケットで、今回弾いていただいた3人のピアニストの方の好きな色の花を入れています」
みやけん「それで色を聞かれたんだ?僕はオレンジです」
――今はYouTubeを始めたときのような、顔出しへの抵抗はないですか?
千花音「今もそんなに出したいわけではないですね。裏面の(正面全身の)写真も恥ずかしいです……」
みやけん「イヤだという人のジャケットではない気もするけど(笑)」
千花音「今回は勇気を振り絞ったんです(笑)」
――みやけんさんは馬場桜佑さんとのユニットで出した『keep SINGING』も発売中ですが、トロンボーン×ピアノという形態は珍しいですね。
みやけん「ファンの方も驚いたと思います。トロンボーンは男性の声とキーが近くて、新しい形で歌っているように聞こえるだろうなというのはありました。女性の曲でもキーを変えれば合わせられますし」
――馬場さんとはトロンボーンカルテット、Throw Lineでもともに活動されていますが、このユニットはどんな経緯で始めたんですか?
みやけん「馬場さんは去年のメジャー・デビューも、その前に自身のレーベルで出していたCDも、全部オリジナル曲だったんです。ツアーではカヴァー曲も織り交ぜたいということで、ピアノでカヴァーの多い僕と2人で一時期回っていて。今度はカヴァー曲だけのCDを出したいという話になりました」
――みやけんさんはピアニストとしては、ソロで自由に弾くスタンスかと思っていました。
みやけん「管楽器がルーツなので、金管楽器のトロンボーンに、今回の千花音さんの木管楽器のクラリネットと、それぞれコラボは夢でした。結局サポートが好きなんです。馬場さんとは“楽器で歌っているようにメロディラインが聞こえるのはいいよね”という話で、熱くなることが多くて。それで『keep SINGING』というタイトルになりましたけど、音楽的な波長も合うんです」
――『keep SINGING』での馬場さんの主旋律のトロンボーンは、おおらか、のどかな印象があります。
みやけん「そうですね。バリバリした強い音というより、人が喋るように歌う吹き方だと思います」
――それをみやけんさんのピアノが引き立てたり、盛り上げたり。
みやけん「ピアノを先にレコーディングしてお渡ししてましたけど、ちょっと攻めたりもしました」
――「歩いて帰ろう」だと、トロンボーンはゆったりしていて、ピアノは躍動的という。
みやけん「そこは馬場さんも悩まれていました。ひとつは柔らかい音、もうひとつははっきりした音が出るものという2種類のトロンボーンを用意されていて。元気な曲ははっきり出るほうを使っていて、〈歩いて帰ろう〉は最初柔らかいほうだったんですけど、“ピアノとの距離感が合わなくない?”という話になって。そのあとでレコーディングし直したんです」
――「青い珊瑚礁」のアレンジもかなり攻めています。
みやけん「有名な曲だけに“普通に弾きたくないよね”という話になりました。馬場さんに好きに前奏を作ってみてと言われて、リハーサルで〈青い珊瑚礁〉だけで何時間も悩みながら考えた結果、Bメロチックな前奏を最初に付けることに固まったんです。そのあとに、みんなが知っているあの前奏に繋げました。1番と2番の間奏は全然違うものになりましたけど、2番で急にジャズになるのも面白い感じにできたと思います」
――確かに。
みやけん「でも、アレンジしすぎてリスナーを置いてけぼりにしないように、面白いというところで止めておきました」
――「おかえり」の間奏はインプロ的に録ったんですか?
みやけん「もともと馬場さんに言われて参考にしたのは、『FNS歌謡祭』での絢香さんと上原ひろみさんのコラボです。絢香さんが1番を歌って、2番は完全に上原さんのインプロ。やりすぎくらいなのがカッコ良くて。耳コピしつつ、真ん中は自分でアドリブで作って、それ以外の構成や音の鳴らし方は、おふたりのコラボをイメージしました」
――途中でリズムが変わります。
みやけん「変わりますし、あと、馬場さんの〈ハシレ〉という曲があって、ファンの方には有名でライヴの最後によく演奏されるんですけど、その印象的な前奏をアドリブの中にオマージュで入れました。何も言わずに音源を馬場さんに渡して、どう返してくるかと思っていたら、〈ハシレ〉のメロディラインっぽいトロンボーンを入れてくださって。『keep SINGING』のツアーでも、お客さんがニヤッとなっています」
――千花音さんの初のリリースイベントでは、みやけんさんがゲスト出演されて、コラボした4曲のほかに、『となりのトトロ』の「風のとおり道」がアンコールで披露されました。
みやけん「わざわざ来てくれたお客さんのために、千花音さんが“この曲を”と言ってくださって。僕はジブリオタクなので嬉しかったです。自分のライヴのスタイルでアレンジを変えまくってしまって、二度と同じ伴奏もできませんけど、動揺せずに吹いてくれました」
千花音「変わったなと思いましたけど、いいなと思って吹いていました」
――山梨でのレコーディングの合間では、共通の好みでジブリの話もしたんですか?
千花音「レコーディング中はそんな余裕はなかったです(笑)」
みやけん「出来上がった音を聴きながら、“こっちのヘッドホンのほうがいい音がする”って取り替えるくらいの会話しかしてなくて(笑)」
――ほうとうを食べていたときは?
千花音「共通の知り合いが多かったのでその話を」
みやけん「千花音さんと繋がっている管楽器界隈の方を、僕もほとんど知っていて、その話で盛り上がりました」
――ちなみに、千花音さんは音楽以外にはどんな趣味があるんですか?
千花音「すごくインドアなんです。誘われなければずっと家にいて、ドラマを観たり、ギターを弾いたりしています」
――ヘヴィメタルの曲を弾いているんですか?
みやけん「ヘドバンしてるの(笑)?」
千花音「してません(笑)。アコギでしっとりと、藤井風さんの曲を弾いたり」
――ドラマも好きなんですか?
千花音「ここ数年、よく観るようになりました。最近だと『愛の、がっこう。』とか。でも、恋愛ものはそんなに観てなくて、考察系が多いです」
――『VIVANT』とか?
千花音「そうですね。『真犯人フラグ』とか。自分で考察はできないんですけど、ネットで検索して、なるほどなと思ってます」
みやけん「うちにはテレビがないからそのへんの話はまったくわかりません(笑)」
――今後も2人でのクラリネットとピアノのコラボはありそうでしょうか?
千花音「またご一緒したいですね」
みやけん「ぜひ。クラリネットもトロンボーンも和音は出せないので、1人で吹くと寂しいときがあるんです。伴奏が付いてイメージが膨らむのは、幸せを感じる瞬間かもしれません」
――千花音さんはCDデビューして、今後はクラリネット奏者としてどんな展望がありますか?
千花音「やっと第一歩を踏み出せたので、ここから全国を回って演奏できたらいいなと思っています。インストアイベントやライヴも、みやけんさんくらいやりたいです。大尊敬しています」
取材・文/斉藤貴志
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