【ガイダンス】
スティール・パンとは?

カリブ海最南端、南米大陸も目と鼻の先にある小国がトリニダード・トバゴ。カリブきっての石油産出国でもあるこの国で生まれた楽器がスティール・パンだ。
もともとは余ったドラム缶を改良して作られた楽器であり(最近ではパン用のドラム缶が使用されることも)、第二次世界大戦後に作られたことから“20世紀最後のアコースティック楽器”などとも言われる。トリニダード・トバゴの人々にとってカーニヴァル時期を彩る大切な楽器である一方、
ヴァン・ダイク・パークスや
マッド・プロフェッサー、
ヤン富田などなど、世界中の音楽家が自身の作品でパンを使用。
LITTLE TEMPOや
PANORAMA STEEL ORCHESTRAの活躍もあって、近年日本でも愛好家/プレイヤーが増殖中だ。
ホロホロと儚いメロディを奏でる楽器ではあるが、大人数編成の際には凄まじい迫力で聴き手を圧倒する。ドラム缶という巨大な鉄の塊から無限の可能性を秘めた楽器を作り上げてしまうなんて、それこそ“20世紀の奇跡”じゃないだろうか。
【インタビュー】
SUNSHINE LOVE STEEL ORCHESTRA・大野由美子インタビュー
「打楽器なのに和音が出せるし、透明感もある。そういう楽器ってないですよね」

――そもそも大野さんがスティール・パンと出会ったきっかけは?
――パンの音色を初めて聴いたとき、どういうところにピンときたんですか?
「打楽器なのに和音が出せるし、透明感もある。そういう楽器ってないですよね。しかもヤンさんが叩いてくださった音がスペーシーな感じだったんですね。それで、“こういうこともできるんだ!”って興味を持って」

――実際にパンを叩きはじめて、どうでした?
「演奏自体は、叩けば音が出るから決して難しくはないんですよ。でも、パートごとに音の並びが全然違うんです。だから、それを覚えないといけない。普通のキーボードとか弦楽器みたいに低音から順番に音が並んでるんじゃなくて、もっと数学的に並んでるんですよ。そこはちょっと複雑ですね」
――スティール・パンって、種類もいっぱいありますよね。
「一番上がハイ・テナー、ロウ・テナー、ダブル・テナー、ダブル・セカンド、ギター・パン、トリプル・チェロ、クアドラ、ベース……その間に1、2種類入ってるところもあるかも。それぞれに重複した音域があるんですよ。同じ音でもパートが違うと響きも変わってくるから、同じメロディを叩いてもすごくキレイな音になるんだよね」

――で、今回の
SUNSHINE LOVE STEEL ORCHESTRA(以下SLSO)なんですけど、どういう経緯で結成されることになったんですか?
「土生(“TICO”剛)くんと玄さん(田村玄一)から“こういうバンドをやるんだけど、大野さんもどう?”って声をかけてもらって。2人とはLITTLE TEMPOでもやってるし、3人でやるのも面白いかな、と思って。私、普段は今回みたいにBGMにもなりそうな音楽じゃなくて、もっとロックやエレクトロニックなことをやってるわけじゃない? でも、こういう音楽もいつかやってみたいと思ってたんだよね」
――アルバム
『Sunrise』についてなんですが、世界観としてはどんなものをイメージしてたんですか。
「本当は3人だけで全部やるのもアリだったんだけど、それで一枚作るのは聴く側からすると飽きちゃうかな、と。だから、パーカッションとか違うパートも入れたんだけど、ベーシックは3人だけで頑張ろうってことで。玄さんは今回初めてダブル・セカンドを叩いてるんです」
――あ、そうなんですか?
「玄さんは器用だから何でもすぐ習得しちゃうんだけど。私も今回ベース(・パン)を初めてやったんだけど、並べ方も分からないからインターネットで調べたりした(笑)。あとね、3人っていう少人数編成だけど、ダビングを重ねてオーケストラっぽく聴こえるようには作っていったんです。ただ、ライヴは3人でやってるわけだし、あんまり再現できないことをやっても、あとで困りますよね。だから、ライヴの延長みたいな感覚もあったかな」
――パン・ヤードで鳴らしたような空気感があるし、何よりもパンの音が気持ちいいんですよね。午前中に聴いてたらあまりに気持ち良すぎて二度寝しちゃいましたよ。
「(笑)そこはエンジニア(ZAK/
内田直之)の協力もかなりあると思う」
――そうそう、SLSOとしてスティール・パンのワークショップもやってるんですよね。
「そうなの。土生くんたちもリトテンのライヴのときに、お客さんから“私もやりたい!”ってよく言われてたらしいのね。だったら、一緒にサークルみたいな感じで始めて、ときどきバンドで音を出せたら楽しいかなと思って」
――やってみて、どうですか?
「面白いよ。みんなすごく熱心なの。あとね、子供の反応が面白いんだよね。いきなりダン!って叩いちゃう子もいるし、ポワンって優しく叩いて“うわ〜、すごくキレイな音!”ってニヤニヤする子もいるし。その相手をするのは玄さんが上手なの(笑)」
――トリニダードみたいに100人編成のパン・バンドとかできたら最高でしょうね。
「ね、いいよね。面白いよね!」
――じゃあ最後に。大野さんとしては今後のSLSOの活動に関してはどんなイメージを持ってます?
「うーんとね、ライヴもやりつつ、また期間が空いたら次のアルバムを作りたいかな。……私はのんびりさんだから、まだそれぐらいしか考えてないんだけど(笑)」
大野由美子
幼少の頃からクラシックのピアノを始め、その後ベース、アナログ・シンセの名器Mini Moogの演奏も習得する。1992年には、ヤン富田主催のスティール・パン・バンド 、Astro Age SteelOrchestraのメンバーとしてトリプル・チェロ・パンを始める。93年、その1stアルバム『Happy Living』をリリース。同年に、バッファロー・ドーターを結成。96年にはビースティ・ボーイズのレーベル“Grand Royal”と契約し活動の場が東京から世界へ。また2007年には、LITTLE TEMPOの土生“TICO”剛、田村玄一とスティール・パン・バンド“SUNSHINE LOVE STEEL ORCHESTRA”を結成。デビュー・アルバム『Sunrise』を5月22日に発表する。 その他に、ヤン富田、UAなどのレコーディングやライブへの参加、“珍しいキノコ舞踊団”の音楽なども手懸けている。
SUNSHINE LOVE STEEL ORCHESTRA
1stアルバム『Sunrise』発売記念コンサート7/11(Sat)open 19:00/start 20:00
六本木SuperDeluxe/
http://www.super-deluxe.com/【出演】
ラウンジDJ:コンピューマ
SUNSHINE LOVE STEEL ORCHESTRA
<メンバー>
土生“TICO”剛
田村玄一
大野由美子
椎野恭一(ds)
田鹿健太(percussion)
内田直之(mix)
松永孝義(woodbass)+ゲスト出演者
前売2,500円/当日3,000円 (ドリンク別)
※お問い合わせ:Super Deluxe/03-5412-0515
【紀行文】
僕の〈パノラマ〉体験記〜トリニダード・トバゴを訪れて〜
南米とカリブをグルグルと周った後、僕がようやくトリニダード・トバゴに辿り着いたのは2008年1月のことだった。ジャマイカからバルバドスを経由して、フライトの待ち時間込みで15時間のロング・トリップ(直行だったら4時間で行けるのに!)。だが、僕に疲れはなかった。バルバドスからトリニダードに向かう際に乗ったBWIAの機体にスティール・パンが描かれていたことが僕らを妙に高揚させたし、何といったって、カーニヴァルを直前に控えたトリニダードに降り立ったのだ。疲れている暇なんて、ひと時もないのである。
トリニダードのカーニヴァルは、リオ・デ・ジャネイロのそれと並ぶ新大陸屈指の規模で開催される。カリブの陽光のように艶やかな衣裳で踊り狂う男女、町中を移動し続ける巨大サウンド・システムから爆音で鳴り響くソカ。1年のうち、たった2日間だけ繰り広げられる狂乱の宴――。
カーニヴァルの1ヵ月ほど前から、首都ポート・オブ・スペインではあちこちでイヴェントが行なわれる。それはソカの巨大ライヴの場合もあれば、老カリプソニアンによる、こぢんまりとしたコンサートの場合もあるが、なかでもカーニヴァル当日と同じぐらい重要なのが、スティール・パンの全国大会である〈パノラマ〉だ。
トリニダードの国土は5,000Kuほどしかないが、そのなかに数えきれないほどのパン・グループがあり、それぞれに“パン・ヤード”と呼ばれる練習場を持っている。ここはパンの練習場としての機能だけでなく、人々の集会所のような役割も持っていて、夕方になると老若男女がゾロゾロと集まり出してくる。今年の優勝候補について熱っぽく語る親父がいれば、無邪気にはしゃぐ子供もいて(そのうちの一部は、後にパン・バンドの重要な戦力になるのだろう)、その光景は実にのんびりとしたものだ。そこでダラダラとビールを呑み、パンをチューニングする音に耳を傾ける。僕は大抵、夕方になるとそうやって贅沢な時間を過ごしていたのだった。
そんなパン・ヤードも、〈パノラマ〉の予選大会が徐々に進んでいくうちに少しずつ熱気を帯びてくる。勝ち残ったバンドのパン・ヤードとなると、それまでとはうって変わってピリピリとしたムードだ。ああ、いよいよなんだな。そんな静かな興奮がパン・ヤード中に充満していく。
カーニヴァル直前に行なわれた〈パノラマ〉の決勝大会は、僕の音楽観を大きく変えるほどのものだった。なにせトータルで100人近くの大所帯パン・バンドが次々に登場してくるのである。僕は運良くステージ上(=パン・バンドの真後ろ)で演奏を観ることができたのだが、空気をも震わせるパンのヴァイブレーションは、宇宙的であり、アフリカ的であり、呪術的。一糸乱れぬ音の波間で溺れているうちに、僕は踊ることも忘れ、棒立ちで涙を流していた。この時の身体中がビリビリとシビれるような感動を言葉にするのは、ちょっと難しい。少なくとも、あれは音楽を超えた何かだった。音が塊になって、バンドの周りをグルングルンに回り、そしてその渦のなかで僕は迷子になっていた。あんな体験はこれまでの人生でしたことがなかったし、今後もあるかどうか分からない。
ちなみに僕がもっとも愛するデスペラードスというバンドは、パンのトラックに巨大な宇宙船がセッティングされていた。今考えると多少チープな作りではあるが、その時は本当に宇宙船が飛び立ちそうな気がしたものだった。サン・ラやパーラメントにも共通するブラック・アフリカンの宇宙観を見た気がして、不思議な感慨を覚えたりもした。
カーニヴァルの際にもパン・バンドはいくつかパレードを行なう。だが、それはほとんどボーナス・トラックのようなものだった。数日前には恐怖すら感じたドラム缶は、その時には可愛らしくてチャーミングないつもの音色を奏でていた。その時、パノラマが終わったことを僕はようやく実感したのだった。
もしも刺激的な音楽体験を求めているのであれば、ぜひトリニダードの〈パノラマ〉へ。きっと、人生観が変わります。
全取材・文/大石始(大野由美子インタビュー/2009年5月)
トリニダード・トバゴ紀行・撮影/大石慶子
(C)ONGAKUSHUPPANSHA Co.,Ltd.