鼎談“leave them all behind” Atsuo(Boris), Tetsu(envy), Taka(MONO)

2015/09/11掲載
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SUNN O)))をはじめするSouthern Lord Recordsの作品や、ハードコアを出自としながら90〜00年代オルタネイティヴ・ミュージックの勢力分布を塗り替えたHydra Head Records諸作を中心に国内盤のリリースを続け、本国でも耳にすることが難しいレア音源などをボーナス収録したパッケージで国内のみならず海外にも多くのファンを抱える「Daymare Recordings」Borisとの関係をはじめ、envy / JESUスプリット作COHOLENDONなどのリリースでタイムラグを挟まずに日本と海外のシーンをフラットに結んできた同レーベルが、2009年よりライヴ・イベント〈leave them all behind〉をスタート。今年は9月22日(火・祝)東京・恵比寿 LIQUIDROOM、23日(水・祝)代官山 UNITの2デイズで開催されます。初日は2011年の同イベントで邂逅を果たしたBoris、envy、MONO、2日目にはBLACK GANION、COHOL、DISGUNDER、ENDONという俊英が顔を揃え、両日共にHydra Headオーナー・Aaron Turner在籍の新バンド・SUMACを配したラインナップ。本特集は、開催に先駆け8月に行われたAtsuo(Boris)、Tetsu(envy)、Taka(MONO)の初日出演陣による公開ディスカッションを抜粋・編集したもの。3バンドの共通点および相違、三者三様の音楽や世界との向き合い方から、様々な問題 / 希望が見えてきます。
L to R Taka(MONO), Tetsu(envy), Atsuo(Boris) / photo 松島 幹
――Boris、envy、MONOが3バンドでの初共演は、2011年に行われた〈leave them all behind〉だったんですよね。
Atsuo(以下A) 「3バンド全部、という意味ではそうですね。〈leave them all behind〉は今回で何回目?」
――5回目ですね。
A 「envyは毎回出てるでしょ?」
Tetsu(以下Te) 「2014年以外は皆勤賞ですね」
――Borisも、出なかった回ってありました??
A 「僕らも2014年は出ていないですね」
Te 「2011年はLIQUIDROOMでしたっけ?」
Taka(以下Ta) 「O-Eastだね。あと京大西部講堂」
A 「その時に来ていただいた方たちにしてみたら、今回の〈leave them all behind〉は“またか”って感じなんですかね?」
BORIS 「Vanilla」
――“安心のラインナップ”という感じなんじゃないでしょうか。
A 「発表したら“またか!?”っていうリアクションがあるかと思ったんだけど、もう皆忘れ去っているのかなって。僕はそういう感覚がありましたね」
Ta 「でも、(3バンドでの共演は)やっていそうでやっていないからね……」
A 「ああいうのを1回やると、自分たちのイベントに誘い辛くならない?」
Te 「またDaymareが組んでくれるから良いかな、みたいな気にはなりますね(笑)」
――Takaさんが“やっていそうでやっていない”と仰いましたが、皆さんそういうイメージですか。
Ta 「Borisもenvyも名前は前から知っていたけど、ちょくちょく会うようになったのは2011年の〈leave them all behind〉で一緒になってからかな。BorisとMONOが富山のフェスや海外で一緒になったり。そういう意味では“やっていそう”というか」
A 「4年前の共演以降は結構頻繁に会っていますね。お互いのライヴを観に行くし、envy主催の忘年会では必ず会うし(笑)」
――(笑)。バンドとして、ライヴでの共演という意味では?
A 「3つのうちの2つだったら、たまにあったんですよ」
Te 「最近envyとMONOは一緒にやっていないですけどね」
A 「大昔だとね……今日は昔のフライヤーを探して持ってきたんですけど、1997年のBORISとBAREBONESのスプリット10inchリリースのレコ発でenvyにも出てもらって」
Te 「大文字BORISですね」
A 「これはenvyがBLIND JUSTICEから名前を変えてすぐの頃?」
Te 「ですね」
A 「今から17年ちょっと前にBorisとenvyはやっていて、envyとはそれが初めてでしたね。MONOとは正確な年代が定かじゃないんですけど……」
Ta 「2002年くらいだと思う。あの時は全然話してないけどね。睨み合いはするけど話はしない、というか」
A 「こういうこと言うんですよ、Takaさんは(笑)。“昔はお前ら感じが悪かった”みたいな(笑)。まだ恵比寿にMilkがあった頃だよね」
Ta 「いやいや、すごい雰囲気だったよ(笑)。Milkはステージの上に小さい楽屋があって、そこにBorisとMONOがいたんだけど、2、3時間お互いにひと言も喋らなくて。オールナイトが終わって片付けるまで」
A 「でも僕はその時ちゃんとMONOのライヴ観たよ」
MONO 「Where We Begin」
Ta 「俺もBoris観たし(笑)」
A 「“うわ、鉄琴使ってる!”って思った。Tamakiさんがめちゃくちゃかわいくて。今よりもっとはっちゃけた感じのベースで、よく覚えてる。その後〈Warszawa Night〉っていうイベントが渋谷 O-Eastであって、TRISTEZAなんかも出た時にも一緒にやって」
Ta 「今度SHELLACで久々に来日するSteve Albiniと初めて会った時、2003、4年くらいかな。“日本のバンドだったらBorisは知ってる”って言われて。“ああそう。俺はよく知らないけど。興味ないね”って答えた(笑)。でもその時、“ああ、Borisは海外でもちゃんとやってるんだな”って思ったね」
A 「僕自身はSteve Albiniとは全く面識ないんですよ。ライヴはフェスで観たことがありますけど。なのに、ネットでは彼がBorisをプロデュースしたことになっていて。誤った情報が流れていたりもする」
Ta 「こういうインディの世界ってすごく小さいから、例えばツアーに行くと雇っているスタッフが同じだったりするの。NYに住んでいるDINOSAUR Jr.のサウンド・エンジニアがBorisともMONOとも働いていたり。だから、周りが知っていても本人同士は知らないっていうことがあって。Atsuo君は感じが悪いからさ(笑)、 “MONOなんか関係ないし”って言ってたみたいなことをヨーロッパのスタッフから聞いて(笑)。“そうなんだ、喧嘩売られたのかな?”って思ったこともある。だからBorisとは、Daymareが間に入って取り持ってくれたっていう感覚がすごくあるね」
A 「僕なんでこんなに悪者になってるの(笑)?」
――昔はお互いに尖っていたということですよね(笑)。
A 「みんな“それぞれが自立しなきゃ”って気持ちだったんですよ。海外ツアーをやっていく時に“日本のバンド”という中で自分たちの独自性を出さないといけなかったから。当時は海外で日本のバンドと対バンすることもなかったし」
Ta 「群れるのはイヤなんでね」
――envyとMONOの出会いはどんな感じだったんですか?
Ta 「ISISだよね。彼らが初めて日本に来る時にMONOとenvyがゲストとしてプロモーターから誘われたんだけど、タイム・テーブルを見たらMONOの演奏時間は20分だけ。envyが35分くらい。“ふざけるな!20分じゃ1、2曲しかできないじゃん!”って思って」
A 「それが初共演?」
Te 「いや、その時はISISとenvyと27で回って」
Ta 「MONOは断ったから(笑)。それでenvyとは会うタイミングを一度なくして。それ以外にも2002、3年かな、シアトルにあるEXPLOSIONS IN THE SKYのサポート・ベーシストの自宅でパーティがあったんだけど、彼がenvyを流すんだよ。“Taka、このバンド知ってるか!?”って。“知るかよ!こんなヤツら”って気分になったな……(笑)」
A 「被害妄想でしょ絶対(笑)」
Ta 「さらにヨーロッパ・ツアー中、Jeremy DeVineっていう、10年以上付き合いのあるTemporary Residenceのオーナーから“Taka、envyって知ってるか!?” ってメールが来てさ」
envy 「Ignorant Rain at the End of the World」
一同 「(笑)」
Ta 「“BAY CITY ROLLERSMETALLICAを合わせたみたいなバンドだよ!”みたいなことを延々と書いた長いメールで。しかもその日、彼はNYのKnitting Factoryに自腹でenvyを観に行って、その場で契約書にサインして帰ってるの。“これでウチで出す日本のバンドが2つになったよ!”って(笑)」
Te 「“こっちはそんなの知らないし”みたいな(笑)」
Ta 「“知ったことじゃねえよ!”っていう(笑)。だけど俺は自分でHuman Highway Recordsっていうレーベルをやっていて、Temporary Residenceのタイトルを出していたんですよ。だから“あれ?envyのアルバムはどうするんだ?”って考えて。envyはsonzaiっていう自分たちのレーベルを持っているから、“確認の電話をしよう”ってことになって人伝に番号を聞いてかけたんですよ」
Te 「電話来ましたね。思い出した」
Ta 「“はじめまして。今度Temporary Residenceから出されますよね、日本はどうされますか?”って電話しまして。そうしたら“……自分たちのことは自分たちでやるんで。じゃあ”みたいな、すごく殺伐とした雰囲気だった(笑)」
A 「感じ悪いね(笑)」
Ta 「もう、感じが悪いってレベルじゃない(笑)。でもバンドとしてはenvyは先輩だから、“ちゃんと筋を通さなきゃいけない”って考えてたから。その後にTemporary Residenceの15周年記念フェスが3日間あって、1日目のヘッドライナーがEXPLOSIONS IN THE SKY、2日目はenvy、3日目はMONOっていう並びだったんですけど、そこで初めて会って仲良くなったんだよね」
――電話からだいぶ経ってからの話ですよね?
Ta 「場所がNYだったから良かったけど……」
Te 「日本だったらちょっと分からなかったかもしれないですね。ホテルのロビーで会って、挨拶して」
A 「それが何年前?」
Ta 「7、8年前くらい?その時にTetsu君はすごく良い人だなって思って」
Te 「僕もTakaさん良い人だなって。レーベル・メイトっていうのもあったし」
Ta 「常時つるむわけではないけど、すごく気持ちが良い。通じるというか。同志だね、冒険家の心持ち。同じ苦労をしてきて、同じものを見てきて、そういう話を共有できるパートナー」
A 「どんどん話題を共有できる人がいなくなっていくんだよね、海外ツアーを続けていると。そんな中でこの3バンドには共通の知人がいて、具体的に4年前の共演があって」
――Tetsuさんは知ったばかりの頃、MONOのことをどう思われていたんですか?
Te 「海外に移住しているバンドだと思っていました。でもまあ、実際は近所に住んでいたんですけど(笑)。よく一緒に飲むようになって。せっかく似たような環境でやっているんだから、仲良くなれて良かったです」
Ta 「考え方が似ているし、お互いに助け合える」
Te 「何かあればTakaさんとAtsuo君に聞けばいいかな、っていう」
Ta 「情報をシェアできるよね。“良いデザイナーがいる”とか、“ツアーで残ったTシャツをどこで売ればいい”とか。ひとりでやるよりも力になってもらえる」
――それまでは自分たちだけでバンドを確立しなきゃ、という気持ちが強かったんですもんね。
A 「最初はずーっとトライアル&エラーしかないんだよね。でもこうやって情報を共有できると、“こっちの方がもう少しよくできるかも”って考えられる。ありがたいですよ。失敗して学んでいくだけのプロセスが、最初は辛かった」
Ta 「“アメリカでの税金をどうしたらいいんだろう”って考えるよね。ライヴのギャラから30%も取られるから」
A 「100万円が70万円になっちゃうってこと」
Te 「僕らも還付のやり方を探っています」
――生々しいですね(笑)。皆さん海外での公演が多いので、大変ですよね。
Ta 「こちらからお金を払って何かをやるんじゃなくて、仕事としてお金を貰いに行っていますからね。ある公演で動員が悪かったら、次回以降のギャラに響きますし。そこも含めて、例えば楽器のシェアやドライヴァーはどうするか、みたいなことも考えた方が良い。やっぱり自分たちにはメンバーがいるから」
A 「それぞれが家族経営の会社を運営している感じ。だから今日はアーティストのディスカッション兼中小企業の社長ディスカッションという側面もある(笑)。でも、日本人じゃなければもっと楽にやれることもあるでしょ?“お風呂には毎日入りたい”とか、日本人の常識を持ったままだとツアーは過酷になる」
Ta 「向こうだと俺たちよりも動員が少ないバンドでも家を買えたりするじゃない?東京に住んでいる限りそういうことにはならない。渡航費やビザ申請費も払わないといけないし。そういうことも含めての活動だから」
A 「僕は便利だから東京には住んでいたいけど、移住したいですか?Takaさんは“月でライヴができるならMONOは行く!”って言ってましたよね」
Ta 「行くね。だって“経験する”ために産まれてきてるから。Tetsu君は?」
Te 「月でライヴやるのはビミョーっすね……(笑)。日本には住んでいたいです。海外に住むのは無理かな、食べ物が苦手なんで。でも行くのは楽しいですよ」
――海外だと、“日本から来たバンド”ということに重きを置いて観に来るお客さんもいらっしゃるんじゃないですか?
Ta 「日本が好きだから観に来るっていうのもあるだろうけど、そういう人は1回観たら満足でしょ?入り口としては良いかもしれないけどね」
A 「たまにいますよ。猫耳を付けて最前列にいる子とか、日本のアイドルのブロマイド集を持ってきて見せてくれる子とか(笑)。そういう風に大きくカッコ付きの“Japan”で区切って観ている人はいる。これからもずーっとあるんじゃないですかね、日本人でいる限りは」
――Borisもenvyも歌詞が日本語ですし、対訳が付いていてもなかなか理解できない部分があるかもしれないですよね。
Te 「日本語で歌ってくれる人もいますよ。最前列で。そういうのはすごく嬉しい」
A 「でも、いつの頃からか自分たちのバンド名にカッコ“Japan”て付かなくなったでしょ?ポスターでもフライヤーでも」
Ta & Te 「そうだね」
――海外に出始めた頃、行く先でナメられたことってありますか?
A 「ずっとそうじゃない?結局日本人はナメられているって感覚はありますけど」
Te 「僕は気にしていないですね……」
Ta 「そういうのこそ被害妄想っていうんじゃないの(笑)?俺は感じたことないな……。そういえば、一度だけあった。予算の関係でまだ専属のサウンド・エンジニアを連れていけなかった頃は、それぞれの会場のスタッフにやってもらわないといけなかったんだけど、日本のバンドは生音がデカいから“ステージ上の音を下げろ”って言われるんですよ。それでも下げるふりだけしてたら、最後に“fxxking Japanese!!”って怒鳴られて。まあ、それくらいのことを言われても、俺たちのライヴが終わったらそいつが真っ先にCDを買ってくれていたっていう(笑)」
A 「ちゃんと音楽をやっていれば反応してくれる人は必ずいるから。そういう意味で、日本よりもやれば積み重なっていく実感がある。日本はプロモーションや音楽以外の活動が重要だったりしますね。向こうなら何回もツアーに行って口コミで広がる部分が大きいし」
Ta 「差別という意味では、白人至上主義の中で出てきたJimi HendrixMiles DavisBruce Leeという存在がいるし、日本の企業が作った性能の良い車が、アメリカに元からあった車が売れなくなるくらいの脅威になったこともある。自分たちもそれくらいのものになりたいよね。それで差別するなら“こっちも引き受けてやるぜ”って気になれる。例えばNYで2,000人動員できるインドネシアのバンドがいても良いわけじゃない?それと同じなんですよ、僕らは。アジア全体の可能性を伸ばすというのも、ひとつのやりがいなのかな」
――envyに関して言えば、ハードコア・パンクという元来DIYでワールドワイドなフィールドの出身ですよね。海外公演が徐々に増えていったのは、そういったフレンドシップの延長からなのでしょうか。
Te 「そうですね。僕らの周りにはハードコア・シーンというコミュニティがあって、インターネットがない時代から、それこそ手紙やファックスでやり取りしただけの、相手のことを何も知らない状態で海外に呼ばれて行っていましたけど、怖くはなかったですね。現地に着けばそういうコミュニティにいる人がケアも全部してくれるし、たくさん集まってくれて。envyが最初に行ったのは中国だったんですよ。NAT Records(東京・新宿)で漁っていたら中国在住のスウェーデン人が誘ってくれて。そういう人たちを頼って海外に行っていました。だから僕らどこでもライヴできますもん、全世界に友達がいるから。それがハードコアの強みというか、好きな理由でもありますね。知っている人は多いし、仲間も多い」
Ta 「この間Tetsu君をゲストに招いてMONOの日本ツアーをやったんだけど、楽屋に挨拶に来る人、僕が面識全くなくても全員Tetsu君が紹介してくれるから(笑)」
A 「だからこそ大変なことも多いと思う。envyは本当によくやっているよ。昔からenvyは“support underground”のシーンに属していたイメージがある。ツアーしていく中で僕らもハードコア・パンクのシーンと関わることがあって。そっちはそっちでコミュニティがあるんだけど、例えばみんなお金を持っていないから、価格を下げないと物販が売れなかったりもするよね。“俺の着ているTシャツとそっちのを交換してくれよ”って物々交換を頼まれたり(笑)」
Ta 「ヨーロッパには色々な仲間がいるけど、彼らの間でenvyはレジェンドなんだよね。“この時あそこでenvy観たよ”っていう人がすごく多くて。MONOのスタッフにも“今日はTakaとじゃなくてTetsuと話がしたい”って言うのがいたり(笑)」
――この3組の中で一番長く活動しているのはenvyですか?
Te 「僕らは22年目だからBorisと同じくらいじゃないですか?91、2年にBLIND JUSTICEを始めて、93年にenvyでデモを出しているから」
――海外レーベルからのアルバム・リリースは、どのバンドが一番早かったでのしょうか。envyがRock ActionMOGWAI主宰)との契約は何年頃でしたっけ?
Te 「詳しい年代は覚えていないですけど……2005年くらいですかね。その前にも、Steve AokiがやっていたDim Makとか、Level Planeから出していましたけど」
――個人的に、envyやBorisはライヴを観て知っていたのですが、MONOに関してはTzadikJohn Zorn主宰)からのリリースで存在を知ったので、“最初から海外のレーベルから出しているバンド”という印象が強かったです。
Ta 「業界一覧みたいな大きな本を買って、好きなレーベルや興味を持ってくれそうなところの住所を片っ端から調べて。その頃俺は英語が喋れなかったから、友達に訳してもらった簡単な手紙を添えて4ADやTemporary Residenceにデモを送ったんですよ。4ADはすごく長い返事をくれましたね。Tzadikは当時、名前すら知らなかったんですよ」
A 「コピペができない時代だから、ちゃんと赤ペンで線を引いて……。Borisの初海外リリースは、Bovineから出たTOMSK 7とのスプリット(1997)かな?当時はパワーヴァイオレンスが盛り上がっていて、そういうのをリリースしていたレーベルに手紙を出して……やっぱり手紙ですよね。デモ・テープを送って」
Ta 「日本のバンドには信用がなかったよね。リリースをする、しない、の話じゃなくて、ツアーには来られないだろうって。自分たちもレーベルをやっているから分かるけど、ツアーができないとプロモーションのしようがない。インディの世界ではリリースもツアーも同じなんですよ。全部含めての“バンド活動”だから。その信用なしに海外でリリースはできないと思ったから、アメリカのバンドの倍やってやろうと思って。そこから始まった」
A 「当時のほうが、“ここにポストしたらあの人たちにまで広がる”っていう経路が分かり易かったかな。FlipsideとかMaximum Rock'n'Rollみたいなファンジンでレビューしてもらうと、読者から“デモが欲しいです”って手紙が来たり、ちゃんと反応があったから。好き者同士がつながっていく。発送して2週間後の反応がいつも楽しみだった。今だとデモ音源を作ってメールにリンクを貼っても、便利で簡単過ぎるから何の反応も返ってこないんじゃないかな……。デモ・テープを作って郵送料を払って、日本語を翻訳するっていうプロセスは、相当の情熱がないとできない」
――それは海外でやっていきたいという意志があってそういう行動をしていたんですか?
Ta 「俺は絶対にそうですね」
A 「僕は……なんとなく」
Te 「僕は全然考えていなかったです」
Ta 「Tetsu君は高校生の頃にひとりでサンフランシスコのフェスに行ったんでしょ?」
Te 「高校を卒業してからですね、HeartattaCkのフェスが観たくて。そこからレコードを輸入し始めたり、トレードしたり」
A 「お互いのリリースにお互いのフライヤーを入れ合ったりね。“support underground”のシーンはそういうところが好きだった」
Ta 「俺、島根県の出雲出身なんだけど、地元でそういうことをやってた。バンドはずっとやっていて、ツアーもやって。プリントゴッコでチケットやフライヤー作ってたもん(笑)。今はそれを世界規模でやっているってことかもね。でも結局小さい世界だからね、皆DIYでやって、同じエネルギーを持った人がギュッとくっつく」
A 「闇雲にやっていても最終的にそのコミュニティの中に入っていけたよね、当時は」
――バンドの存在がワールドワイドになっても、意識が拡散してしまうことはないんですね。
Te 「拡散はしていないかな。やっていることは変わらない」
――少し下の世代にあたる僕からすると、皆さんは“ロック・スター”みたいな存在感もあるんです。その“存在”が独り歩きすることで活動に悪い影響が出ることはありますか?
A 「自分というよりも、周りからロック・スター然とした振る舞いを望まれている雰囲気はありますよ。外側から見られている自分の印象が本人の人格から乖離していくことが。そういう意味で自分の役割が分かり易くなっていった部分が、僕にはありますね」
Te 「僕はものすごく怖いって色んな人に思われているらしくて。全然そんなことはないんですけど」
――海外だとバンドのメンバーということのみならず、日本人であるが故に目立ってしまうこともあるんじゃないでしょうか。
A 「すぐバレるよね、目立つから。“アジア人で長髪”っていうアイコンがヤバい」
Ta 「新聞なんかにツアー・デイトが出てるし、アジア人だと一目瞭然。でもご馳走してもらえたりする(笑)。嬉しいよ、“今日のショウでまた”っていうやり取りは。“お世話になったからゲストリスト出せるよ”って言っても“チケット買ってあるから”って言われたり」
――“スター像”というものは、その成り立ちが現代と、例えば6、70年代ではかなり異なってきていると思うんです。特に日本だと、現代はプロモーション先行で作り上げられるスターも多数存在します。皆さんの“スター像”は、そことは全く別の “音楽” での活動に準拠するものです。
A 「音楽に軸を置いて、それ以外のことはなるべくやりたくないよね。このディスカッションをイヤイヤやっているっていう意味じゃないですよ(笑)」
――Takaさんは先ほどから、“スター”と相反する質感を持つ“インディ”という言葉を多様されていますが、“インディでやっている”ということは意識されているのでしょうか。
Ta 「俺は元々、メジャーの世界でやっていたんですよ。田舎の出身だったから、どうしても“プロ”になりたかったの。幼い頃から“東京に出てミュージシャンになる”という以外思い描いたこともなくて。メジャーの時は“プロって何だろう?事務所やメーカーのリクエストに応えるってことなんじゃないか?”って考えていたんだけど、そういうのが段々煩わしくなって。20代の後半で音楽がイヤになってしまった。僕はそこで一からやり直そうと思ってインディで海外に出て、初めてやりたいことをやれて、“これがやれるんだったら他には何もいらない”という気持ちになった。僕がインディにこだわっている理由はそこですね。何ものにも囚われたくない。音楽は十人十色で良いし、迎合はしたくない」
A 「envyはそれがより強い印象だったね、インタビューも受けないし」
Te 「人前に出るのがあまり得意じゃなかったというのもあるんですけど、“語らない方がかっこいいかな”って思っているところもありました。“自分たちでできることは全部自分たちでやりたい”っていうところからenvyは始まっていて、カルチャー的にもそういうところから大きな影響を受けていたし、何より自分たちがやったことに関しては全て責任を持ちたいので。レーベルも自分たちでやって、手の届く範囲で全部やれたらと思って今まで続けてきています」
――バンドとしてのenvyの“存在”が大きくなると、責任の取り方も難しくなるように思えます。
Te 「そこは常に考えています。ただ、一度音源を出してしまったらそこから先は皆さんのものだと思ってやっているので、後はどう捉えられようが、たとえ厨二病だと言われようが(笑)、聴き手の感覚で良いと思ってやっています」
Ta 「そういえば、envyと初めて日本でライヴやったのはclub Lizard(神奈川・横浜)でのenvy企画だったんだけど、envyはその直前に〈FUJI ROCK〉に出たんだよね。“White Stage”の良い時間帯でしれーっと演奏して……」
Te 「あの時は結構頑張りましたよ、僕ら(笑)」
Ta 「頑張って演奏して(笑)。その後のclub Lizardっていう本当に小さなライヴハウスで、Nobu君がすごくキレてギターをガンガン折ってたの。“自分が思うように演奏できなかった!” って。“ずっとMONOとやりたかったから、その気合いで折りました!” って言うんだけど、どう考えても〈FUJI ROCK〉で折った方が良かったでしょ(笑)。すごいよね、あのボルテージ。最高だよ」
Te 「そのボルテージの人と1ヶ月間海外ツアーをやると思うと、結構地獄ですよ(笑)。ツアーは長いんでね、最後はみんな、一言も喋らなくなるし」
A 「envyは男ばっかりだしね。BorisとMONOはメンバーに女性がいるから、酷い脱線にはなりにくい」
Ta 「でも大変だよ、女性は。色んな意味で。最初MONOは、ライヴ後のマーチャンダイズ販売をTamakiがやっていたの。ライヴが終わったらバーに直行してビールを買って、ステージ衣装のままで売ってた。それを最初の5年くらいやったのかな……」
Te 「僕らは今でも自分たちでやってますよ。その方が売れるんですよね」
A 「海外だと音源を持ってきて“サインして下さい”っていうことが多いんだけど、Borisはリリースが多いから40種類くらい持ってくる人がいるんですよ(笑)。メンバーひとりひとりが全部にサインすると結構時間がかかって……でもやりますよ、自業自得なんで(笑)」
――サインの書き方って、どういうタイミングで考えましたか?
A 「すごい質問が来たね(笑)」
Ta 「分からない、必要に迫られて……」
Te 「最初はフルネームを漢字で書いていたんですけど、それだと結構時間がかかるってことが分かって、平仮名の“て”にしてました」
Ta 「今も?」
Te 「変えました、ちょっとかっこいいのに(笑)」
A 「メンバー全員でサインすると、最後の人がどこに書けば良いのか分からない時ない?“俺の書くところないじゃん”って。仕上がりバランスが悪いと申し訳ない気持ちになる」
Ta 「MONOはなんとなく決まってる。どんなバランスで書くか」
Te 「台湾でサインを頼まれた時、まずNobuが気軽に応じたんだけど、色紙全面に自分のフルネームを書いて(笑)。その人はどうしてもenvyのメンバー全員のサインが欲しかったみたいで、仕方ないからその周りに他のメンバーがサインしたっていう(笑)。しばらく呆然と色紙を見つめていましたよ、その人(笑)」
Ta 「Tetsu君がリーダーじゃなかったら、envyはアッという間に崩壊してるね(笑)」
――やっぱり、ファンからのメールというのも来ますか?
A 「今はSNSがあるからね。でもこっちは英語で文章を考えるのがすごく苦手だから……。Takaさんは偉いよね、そういうところ」
Ta 「英語も必要に迫られて。海外でツアーをすると、ヘッドライナーっていう最後に出るバンドの他に、真ん中と最初にやるバンドがいて、一番手は楽屋がないから自分たちの車で待機。二番手は楽屋が貰えてかろうじて水がある。ヘッドライナーになるとフルーツ、ジュース、ビール、煙草はどれくらい用意するかを“ライダー”っていう契約書で決めて、プロモーターはその通りに集めないといけないんですよ。だから“いつかヘッドライナー”になってやる!って思いながらアメリカで2年くらいツアーしていたら、今度はヨーロッパからオファーが来て。ツアーに出てドイツのある会場で楽屋に通されたら、ケータリングがすごく豪華だったの。フルーツとか。で、気を良くしてステージに出て行ったら、お客さんが10人くらいしかいなくて……。俺、燃えるように頭に来ちゃってさ。プロモーターに“フルーツはいらないからお客さんを入れろ!”って言いたかったんだけど、その英語が出てこない。その日から英語を勉強し始めたんだよね。“文句は絶対自分で言ってやる”って」
――なるほど……。テクニカル面でやり取りしたくて英語を勉強するっていうのはよく聞きますけど。
A 「音楽用語は決まっているから、だいたいできるんですよ。それ以外のことですよね。その英語ができるかどうかでバンドの活動範囲が変わってくる。僕は全く勉強しないですけど」
Ta 「僕らが海外ツアーに出始めた頃はGPSもなかったんで、地図はプリントアウト。Takadaが車を運転して、Yodaが別のことをやって、Tamakiがマーチャンダイズをやって、自分は英語を覚えてプロモーターとやり取りしてギャラを貰って。全員できっちり役割分担しないとツアーが回らないから、僕は英語を覚えるしかなかった」
A 「Borisは自分たちで運転はしない。メンバーに女性もいるからなるべく安全策を取りますね。僕らは最初からヘッドライナーとかダブル・ヘッドラインでツアーしていましたけど、サポート・バンドにそこまで払えるわけでもないんで、そいつらもエアコンが壊れたバンで走って野営してツアーしている、みたいな。本当に音楽、バンドが好きじゃないとできない」
――envyはもっとロウな、スタジオ・ライヴのカルチャーという環境でも演奏していますよね。
A 「更に酷いんじゃない?ヨーロッパだと廃墟を不法占拠する“スクワット”っていうのがあって、そこに機材と発電機を持ち込んでライヴをやる。Borisでも数回あったけど、envyはそういうところでたくさんやったんでしょ?」
Te 「最初は人の家の地下室でした。後は練習スタジオとかスクワットもやりましたね。酷かったです、スクワット。最初犬が1匹だけいて、“かわいい”と思っていたのに、最後は40匹くらいに増えてウザくなってきて(笑)」
――笑える話があるならまだしも、ツアーは本当に過酷なんでしょうね。
A 「酷い話自慢になっちゃうね、“こんな目に遭った”みたいな」
Ta 「良い思い出だけどね。そういう経験がバンドを強くする。お互いへの信用も音に出るんじゃないかな。言葉が全く違う環境に1ヶ月間投げ出されたら、助け合えるのはメンバーしかいないから」
A 「バンドのメンバーは替えがきかないですよ。それこそコピペができない」
Ta 「Borisもenvyも22年だっけ。すごいよね。バンドって演奏を5秒くらい聴けば分かるじゃない?この人たちは本物で、あの人たちは寄せ集めだな、とか。上手けりゃ良いってものじゃなくて、その人たちなりの“演奏としての喋り方”の話」
A 「そういう部分を楽しんでくれる人ばかりなら良いんですけどね。僕らのライヴや〈leave them all behind 2015〉に来てくれるような人は間違いなくそうだと思いますけど。そういう意味で僕らが出る初日だけではなくて、2日目も観ていただきたいですね。Daymareがやってきたことの、現時点での集大成という意味でも」
――今回の〈leave them all behind〉には両日、Aaron Turner在籍のSUMACが出演します。
A 「ISISを止めてからやっと彼がメイン・マンのバンドを始動させて……音源はすごく良かったし、YouTubeの映像も観たけどライヴが楽しみ。BAPTISTSってバンドでもやっているドラマーがすごいし、ベースはおなじみのBrian Cook(RUSSIAN CIRCLES / 元BOTCH)で」
――Turner氏は元ISISのフロントマンとしても、Hydra Head Recordsのオーナーとしても、90〜00年代キーマンのひとりであることは間違いないと思います。彼に対してどんな印象をお持ちですか?
A 「Aaronっていつからの付き合い?僕はDISCORDANCE AXISの日本ツアーの時に彼が付いてきていて、その時にAntiknock(東京・新宿)で会ったのかな」
SUMAC 「Thorn In The Lion's Paw」
Te 「僕はさっきも話したISISの初来日でツアーした時からですね。良いヤツですね」
Ta 「クールな人でね。僕はもう少し前で2001年くらいかな。Temporary ResidenceとHydra Headって同じような雰囲気で。そのふたつのレーベルが共同リリースをやることになって、MONOはPELICANとスプリットを出した。気付いたらずーっとそこにいたっていう感じかな。すごくきちんとした、良いレーベル」
――皆さんも、Hydra Headがグイグイきていた時代を見ていたわけですよね。彼がレーベルとしてやってきたことについてはどのように思われますか?
Te 「特に初期はおしゃれなイメージがありましたね。一番好きなのはやっぱりBOTCHで、『We Are The Romans』が最高でした」
――ちょうどハードコアのアートワークがおしゃれになり始めた頃ですよね。Coalition Records然り、Deathwish Inc.然り。
A 「ポスト・ハードコアっていう文脈で、時代の先を行く早いことをやっていたよね。一時期新譜のリリースを止めてスロウダウンしていたけど、やっと再始動したっていうイメージがありますね。SUMACもHydra Headも、グッとギアを上げる感じがする」
ENDON 「Parricide Agent Service」
――そのレーベル再始動第1作がENDON『Mama』のヴァイナルですが、プロデューサーとしてはどんなお気持ちですか?
A 「音自体が間違いなく世界で通用するものだし、ライヴもそう。Aaronはこの間MAMIFFERで来日した時にENDONと共演して、実際に彼らのライヴを観ているし。皆さんも観てもらえばきっと納得してもらえると思う」
――ENDONを含む、2日目の出演陣に対する印象は?
Te 「この中だったら僕が一番知り合い多いかな。BLACK GANIONとか。ENDONはAtsuo君の方が親しいね」
A 「僕はDISGUNDERのメンバーが前にやっていたバンドと15年くらい前にも対バンしているし、年齢自体はそんなに変わらないと思うんですよ。COHOLやENDONはもっと若いですけど、ライヴも音源も世界水準だと思うから今後どんどん世界に出て行ってもらいたいですね」
――ことにメジャーでは、海外で数回かライヴをやれば“世界水準”'という表現がプロモーションで使われますよね。“水準”'とは何だろう?と考えることが多々あります。
BLACK GANION (live @Nü Kastle)
A 「どこのシーンにいるかにもよりますね。先ほどからお話ししている“support underground”とかツアー・バンドっていうシーンに於いては、ライヴやツアーでどれだけ圧倒的なものを観せられるか、というところが重要ですよね」
Te 「“世界水準”といっても、自分で求めていくのと、誰かの力を借りていくのでは意味が違いますよね。そこは結構大きいと思う。僕らには資本の後ろ盾みたいなものはないので、自分たちでやるしかないですし」
Ta 「ジャンル云々はともかく、そういう気持ちを持っている人が10年やれば僕らとどこかで会うよね。日本から“世界一になってやる!”ってバンドがもっとたくさん出てくれば良いと思う。世界一になれば、自ずと日本一になれる」
A 「日本だけでやっているとだんだん辛くなってくるよね。一度出ちゃった方が色々可能性を探れるから。例えば親戚なんかは“テレビに出ないの?”って聞いてくるじゃない?日本は“ミュージシャン”と“芸能人”が一緒にされていて、テレビのせいでBorisみたいなバンドも“芸能界”にいると思われちゃう。 “一発デカく当てないと食えない”っていうイメージ」
Ta 「まあ、当てても消えていくからね、そういうのは」
――日本のメディアに対してはどのようにお考えですか?
A 「日本の市場って特殊じゃないですか?」
COHOL 「地に堕ちる -Depressive-」
Ta 「世界レベルで考えた時、レーベルも事務所もメディアも経験値が低くて世界を見ていない。そういう人たちとはなかなかやり辛いですよ。だからこそやり甲斐もある。どちらが本物なのか見せ合ってみましょう、という気持ち。決してイライラするという意味ではなく。それに、みんな違っていても別に良いと思う。例えばライターさんは、ひとつの音楽を表現するのに自分自身の言葉を使わずに“何々風”'と説明する。その模写をする時点で想像力がない。まあ音源を買う人にとっては保険になるけど……」
――皆さんレーベルを運営されている身でもあるので、リリースの時にはプロモーション資料を作りますよね?そこに“何々風”'という表現を記載することはないですか?
Te 「僕はありますね、他のバンドをリリースする時は」
Ta 「“BLACK SABBATH風”って書くと許される、とか(笑)」
A 「SABBATHのこと、日本人はもうそれほど知らないんじゃない?アパレル関係で色々なバンドのロゴが使われていて、音は聴いたことがないけど服は着る、みたいな。海外みたいに、カフェで当たり前にロックが流れているような雰囲気は日本にはないかな」
DISGUNDER (live @Zone-B)
Ta 「アメリカのBillboardチャートを見ていると、今はインディが強いよね。“ヒップ”と言われているものがインディ。それが不思議でね。この間オバマが選挙活動でTHE NATIONALを使っていたり、4ADのアーティストがグラミー賞を獲ったり。そういう流れが面白いよね。インディはメジャーの脅威になることをやれることに意味があるから」
A 「今の話は僕らの音楽を聴いてくれているような人たちは間違いなく頷ける内容だと思うけど、僕はその皆さんの向こう側にいる人たちにどう届ければ良いのか、ということを常に考えていて」
Ta 「ゴッホの絵を“すごい”と言う人と、“分からない”と言う人、額面での価値が上がって初めて“良い”と言い始める人とがいて。勇気がある人は感性が豊かだから、他でどう言われようとも自分は“良いと思う”と言うべき。ライターさんはそういうことをすべきだなんだよね。いくらお金を貰っても書けないものは書けない、というスタンスがないことには始まらない。まあそういうのがなくても本物は残るんじゃないかな。逆に日本は情報が多いから、どうなるか分からないけど」
Te 「BorisもMONOも音楽を仕事としているけど、envyは他に仕事があるから。僕の場合は音源を出したら終わりなので、そこから先は自然と届くところに届けばいいというか。決して自分たちの音楽を広めたくないというわけではないんですよ。こんなハードコアな音楽を好き勝手にやっている、むさ苦しい男5人のバンドがLIQUIDROOMを満員にできるのって、奇跡的な話だと思います」
――Borisはavexというメジャー・レーベルからリリースする身でもありますよね。
A 「僕らはメジャーでリリースしているんですけど、avexに所属してリリースしているわけではなく、自分たちが作った作品をavexにライセンス、貸し出して流通をしてもらっているかたちです。Borisは海外でリリースもしているから、契約上、自分たちの音源に関しての権利を自分たちで持っていないと駄目なんですね。MONOもenvyも国ごとにライセンス先を変えているでしょ?」
Ta 「そうは言ってもAmazonで輸入盤が安く買えちゃうからね……だったら日本でのレーベルはいらない、とも考えたけど、自分たちとやってくれる仲間が現れたから、リスクを背負って一緒にやっている」
A 「リリースに関して、何が正解なのかって今一番見え辛いですよね。CD以外にもアナログ盤やデジタル配信もあるし。だから自分たちが好きなことを楽しんでやるっていうのが一番かな、って気持ちになってしまっているんですが」
――近年、海外アーティストの国内盤を出すのが厳しい状況になっていますけど、その中でDaymareはずっと奮闘しています。
Ta 「ただリリースするだけじゃなくて、その後に招聘したりバンドのケアをするというのを色々なバンドとやっていく。Daymareがやっていることは究極的なDIYだよね」
A 「自分から進んで頻繁に海外へも足を運んで、現地の人の話を聞いて空気感を掴んでいるレーベルってあまりないと思います。意味のない間違ったリリースは決してしないしね」
Ta 「MagniphとかDaymareとか、信用できるところが限られてはくるよね。国内だけではなくて海外との関係性をきちんと見られて、なおかつ媚を売らずに追求できるレーベルは。僕が今日このディスカッションの場にいるのはDaymareへのリスペクトの証なんでね。〈leave them all behind 2015〉にしても、出演に関して考えたのは日程のことだけだった」
Te 「そうですね。Daymareから声が掛かってすぐに出るって決めて。“前回トリでやったから今回はイヤです”とだけ言いました」
――Daymareとは皆さん何かしら絡みがあるわけですよね。出会いとその後のご関係を教えていただけますか?
Ta 「僕が初めてDaymareの濱田さんと出会ったのはかなり前なんですよ……当時Warszawaっていうレコード屋さんの店長だった小林英樹さんに紹介されまして。その時はもうレーベルをやっていたのかな、濱田さんは。すごい一匹狼で……挨拶はしたものの、緊張感があって。それから……Borisのマネージャーになったんだよね?」
Te 「僕も存在だけは結構前から知っていたんですよ。濱田さんはBACKBONEっていうバンドをやっていたから」
A 「Borisの場合は、マネージャーになってもらう以前から、頻繁に海外をツアーするようになってゆく中で出会った現地ミュージシャンや友達とDaymareが、共通の知人だったりすることが多くて。そのうちに彼がブッキングするイベントに出始めて、リリースをしてもらうようになって、それからマネージャーもやってもらうようになって、という感じですね」
――濱田さんから見たBoris、envy、MONOはどんな存在なのでしょう。
濱田 「3バンドとも手段を選んでいる感じがすごく好きですね。売れるために何でもやりますというのではなくて、まず自分たちがやりたいことありきで、それを実現する方法を自ら考えているところが。2011年に3バンドで出演してもらった時は自分も嬉しかったですし、お客さんにも価値のあるものを観ていただけたと感じています。今回も変わらず素晴らしいものになると思います」
――〈leave them all behind〉というのは、そもそもどういった目的で始められたイベントなのでしょうか。
濱田 「たくさんのバンドが出演して各数10分ずつ演奏するのではなく、Daymare自体が皆さんに観てもらいたいバンドを選んで、それぞれのフルセットに近いものをやってもらうというのが基本コンセプトです。“長丁場ですが、ひたすら音楽漬けをお楽しみ下さい”という感じなので、“フェス”や“イベント”という視点ではもしかしたら素っ気ないのかもしれないです。音楽そのものや“ライヴの重み”というものを提供したいですね」
――DaymareはHydra Headと一緒に走ってきた印象があるので、SUMACでのTurner氏の帰還は感慨もひとしおかとお察しします。
濱田 「Aaron TurnerもBrian Cookも付き合いが長いんですが、常に先鋭的なバンドを見つけてくる上に発信力が高いんですね。彼らの新ネタを他のミュージシャンやファンが待っている雰囲気があるし、日本のバンドのレベルの高さもきちんと分かっている。彼らが2日間で出演する全バンドを観て、そこから世界に向けてフィードバックして、新たな何かが広がっていくだろうな、っていう予感がありますね。SUMACに関しては“自分たちは結成したばかりの新人バンドだから一生懸命やる”とAaronが言っていました」
――今回は久々の2デイズ開催ですが、各日のラインナップはどのように振り分けましたか?
濱田 「既に世界的な存在感を確立した先駆者が1日目、そこに勢いをつけながら続く面々が2日目、というコンセプト分けですね。そういった視点から観ていただければ、きっと納得していただけると思います。2日目は普段よりも大きな会場ですけど、Unitのサウンド・システムを使い切った上で、いつもとは違うパフォーマンスを見せてくれるはずです」
――当日がたのしみですね。
A 「今日はこれだけ喋ったから、当日MCなしで良いかな(笑)」
進行・文 / 久保田千史(2015年8月)
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leave them all behind 2015
smash-jpn.com/live/?id=2317

[day 1 / Boris, envy, MONO, SUMAC]
2015年9月22日(火・祝)
東京 恵比寿 LIQUIDROOM
開場 15:45 / 開演 16:30
前売 5,000円(税込 / 別途ドリンク代)
一般発売: 2015年6月27日(土)〜
ぴあ(P 266-485) / ローソン(L 72791) / e+ / 岩盤


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[day 2 / BLACK GANION, COHOL, DISGUNDER, ENDON, SUMAC]
2015年9月23日(水・祝)
東京 代官山 UNIT
開場 15:45 / 開演 16:30
前売 4,000円(税込 / 別途ドリンク代)
一般発売: 2015年6月27日(土)〜
ぴあ(P 266-485) / ローソン(L 72791) / e+ / 岩盤


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