クラシック・レコーディングを支援するTYサポート・プログラム――依田巽に聞くクラシック音楽業界の現在と未来

2010/07/28掲載
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 iPadの発売が話題を呼ぶなど、インターネットによるコンテンツ配信の普及に拍車がかかる一方、CDをはじめとするパッケージ・メディアの不振は顕著だ。とりわけクラシックやジャズといった趣味度の高いジャンルは苦戦を強いられている。“売れなければ作れない”のは当然で、たとえよい企画があっても、量的な成功を望みにくいジャンルのCD制作は、大手レコード会社であってもますますハードルが高くなっている様子だ。

 そんななか、優れたクラシック音楽CDの企画に対し、録音・制作費用として100万円を支援しようというのが“TYサポート・プログラム”である。主宰する株式会社ティー ワイ リミテッド代表取締役会長の依田巽氏に、同プログラムの目的や意図などについて聞いた。


【TYLサポート作品】
ピアノ五重奏 マイ・ハートSQ
藤井由美(P)


「赤いはりねずみ」
ウィーンのブラームスと仲間たち
平野玲音(VC) ゲレヴァ(P)


バロック&バルレッタ
生水敬一朗


コントラバス
モノローグ&ディアローグ
白土文雄(CB) 田部井剛(HC)


沖縄の響き
金井喜久子管楽作品集


シューマン:ヴァイオリン・ソナタ集
加藤知子(VN) 江口玲(P)


オトテール
フルートと通奏低音のための
組曲集
第1巻&第2巻


J.S.バッハ:
フーガの技法BWV1080
大井浩明(HC)


日本女性作曲家の歩み
〜ヴァイオリン作品〜
印田千裕(VN) 堀江真理子(P)


ヴィヴァルディズム
ラ・ストラヴァガンツァ東京


武満徹:SONGS
腰越満美(S) 羽山晃生(T)
山田武彦(P)


チェロ・リサイタル Vol.1
山崎伸子(VC) 長岡純子(P)


スメタナ:連作交響詩
「わが祖国」(ピアノ連弾版)
ザ・モストリー・ピアノ・デュオ


J.S.バッハ:
無伴奏チェロ組曲全曲
寺神戸亮(VC)


J.S.バッハ:24のプレリュード
(平均律第1集) ほか
アンサンブル音楽三昧


J.S.バッハ:パッサカリアほか
アンサンブル音楽三昧


天正遣欧使節の音楽
アントネッロ


ファンタジア
小林武史による團伊玖磨
弦楽作品集
小林武史(VN)
梅村祐子、ハーラ(P)
コレギウム・ムジクム東京


平和の祈り
ライプツィヒ聖トーマス教会の
バッハ・オルガン
椎名雄一郎(OG)


浜辺の歌変奏曲
成田為三ピアノ曲全集
白石光隆(P)


Composer Group Cue Works


シャリーノ:リコーダー作品集
鈴木俊哉(BF)


琉球頌
井財野友人コレクション
井財野倶楽部


ヘンデル:リコーダー・ソナタ集
花岡和生(BF)竹嶋祐子(VN)
西沢央子(VC)岡田龍之介(HC)


岩の上の羊飼い
ソプラノ、クラリネット、
ピアノのための作品集
ルディース・トリオ


ブリテン&武満徹
シャコンヌと枯葉
ユーシア・クァルテット


渡辺茂夫:ヴァイオリン・ソナタ
木野雅之(VN)吉山輝(P)


3人の会 2006ライヴ
本名徹次/東京シティpo.


トリスタンの哀歌
西山まりえ
――“TYサポート・プログラム”は、どのようなきっかけでスタートしたのでしょうか?
 依田 巽(以下、同) 「私自身、音楽、映像などのコンテンツ産業に関わって22年になりますが、2005年春にティー ワイ リミテッドを自分のビジネスの拠点として再始動したのを機に、これからの文化・芸術を担う原動力となるアーティストやクリエイターのために手助けができないかと考え“TYサポート・プログラム”を立ち上げました。現在、公募による“クラシック・レコーディング支援”を柱に、非公募によるコンサートやイベントなどへの協賛活動も行なっています」
――なぜサポート対象をクラシック音楽にしたのですか? 依田さんご自身とクラシック音楽との関わりについても教えてください。
 「60年前、小学校の放送委員になり、いろいろなクラシック音楽のレコードを全校に向けて流したのが出会いです。以来、クラシック音楽への憧れと親しみを持ち続け、山水電気、エイベックスと、ハードとソフトの両面から音楽に関わり、2002年には私自身の念願でもあったクラシック・レーベル(avex CLASSICS)の立ち上げが実現しました。

 2009年にはティー ワイ リミテッドとして中村紘子さんのデビュー50周年記念ボックス・セット『Hiroko Nakamura at 2009』の企画・制作に携わり、グループ会社のドリーミュージックおよびティー ワイ エンタテインメントから発売するという光栄にあずかりました。

 また、2009年から映画配給会社のギャガを名実ともに代表者という立場で経営しておりますが、この新生ギャガとして最初に取り組んだネイチャー・ドキュメンタリー映画『オーシャンズ』日本語版のエンディング・テーマには、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番〈悲愴〉第2楽章をモチーフにして、ドリーミュージックの平原綾香、藤澤ノリマサが歌う〈Sailing my life〉を起用、おかげさまで映画も楽曲もヒットさせることができました。続いて『オーケストラ!』というクラシック音楽系の映画もヒットしています。

 こうしてビジネスの中でクラシック音楽との関わりがいろいろと繋がっていき、嬉しく思う一方で、クラシック音楽の世界では演奏家としてやっていくのは大変だとあらためて感じました。CDを発売するということはさらに難しいという認識から、才能のある演奏家、いい作品が世に出るきっかけを作ることが、大好きなクラシック音楽への恩返しになるのではないかという思いもあり、このような支援活動を行なっています」



依田 巽
Yoda Tatsumi

 1940年生まれ、長野県出身。エイベックスの経営の中心を担うなど、音楽関連会社の要職を歴任し、業界を牽引してきた実業家。現在、(株)ティー ワイ リミテッド、(株)ティー ワイ エンタテインメント、(株)ドリーミュージックの各社の代表取締役会長、ギャガ(株)代表取締役会長兼社長CEO、楽天(株)取締役などを兼任している。



――CDなどのパッケージ・メディアの制作に限定したサポートはほかに例がないと思われますが、あえて“録音”に対するサポートを実施する理由は何なのでしょう?
 「日本では、クラシック音楽へのサポートというのは、演奏会や音楽祭を組織的に支援するメセナ活動が定着して、多くの企業も継続的に取り組んでいますが、演奏家や創作者にとって、発表の手段として重要なCDなどのレコーディング活動に対しては、組織だった支援の例はあまりありません。レコード会社を経営する立場にあって、CDをリリースし、産業として音楽業界を活性化することも大切なのですが、同時にレコード会社との契約をもたない演奏家にとってもCDは重要な表現の場であり、この支援をきっかけに演奏家の飛躍につながれば、音楽業界の活性化も促せるのではないかと考え、私個人の思いとして微力ながらこのような支援活動を継続しています」
――100万円という支援金額の根拠は何でしょうか。一般的なクラシック音楽のCD制作予算の中で、どの程度のウエイト・意味があるとお考えですか?
 「たとえばですが、クラシック音楽のCD制作費が300万円かかるとします。売上が200万円であれば、あと100万円あれば企画が通るわけですが、だいたいこの100万円が、企画が通るか通らないかのボーダーラインになるケースが多いんです。たとえ優れた企画を持っていても、採算面を理由に制作をあきらめてしまうのは、演奏家本人にとっても、音楽界にとっても、そして音楽ファンにとっても、損失になってしまいます。そこで100万円という金額を支援することにしたのです。一方で応募者自身にも努力してもらおうということで、全額の支援ではありませんし、宣伝、販促、販売などについての援助や助言はしていません」
――インディーズ・レーベルにとって、こういったサポートはもちろん福音ですが、大手レーベルにとっても同様なのでしょうか?
 「レコード・ビジネス自体がとても厳しい状況ですから、大手レーベルだから安泰ということではないと思います。大手ならではのスケール感のある企画などもあると思いますが、やはり最初から利益の見通しが立たないものには、取り組みにくくなっていることは間違いないでしょう」
――過去のサポート対象作品を見ると、ひとくちに“クラシック”といっても、ジャンルは多岐にわたっています。審査基準・選考基準について教えてください。
 「ジャンルということでは“クラシック”としており、クラシック・レコード売り場で扱われるものが対象の目安ですが、これまでのサポート作品をご覧になっていただければわかるように、純邦楽など日本の伝統音楽も広い意味でのクラシックととらえて審査しています。

 同じ募集回には楽器やジャンル、演奏家のキャリアなどのバランスを多少考慮しますが、選定作品数は最大5点で、過去の選定作品数は3〜5点であることを考えると、このぐらいがちょうどいいのではと考えています。あくまでもいい作品であることが前提ですので、仮に基準に達している作品がなければ、該当なしということもあり得ます。おかげさまで今のところ毎回すばらしい作品が集まり、そういうことはありませんでしたが。

 演奏家の技術水準の高さはもちろんのことですが、企画内容の具体性や10年先までもファンに愛されるレコーディングといった普遍性なども審査の基準になります」
――選考にあたって、メーカーの規模(インディーズかメジャーか)は考慮しますか?
 「とくにメーカーの規模は考慮しておりません。また、潤沢に資金があるかもしれない会社であっても、それを理由に選考から外すということはしていません」
――実際の審査方法について教えてください。
 「クラシック音楽に詳しく、CDと演奏会の両方をよく聴いておられる非公開の有識者数名が審査をします。第8回の募集より、第一次審査と第二次審査に分け、第一次審査では書類のみで選考を行ない、一次審査を通過した方にはサンプル録音物を提出していただき、二次審査をいたします。審査を一次、二次に分けたのは、応募者に審査のポイントをしっかり認識していただくためです。第一次審査は書類のみで行ないますので、CDがレコード店で販売されることを前提に、具体的にプランニングされた企画でなければ、第二次審査には進めません。第一次の応募書類では、作品に対する思い入れをしっかりとプレゼンテーションしてほしいと思います。

 第二次審査では、各審査員による審査結果を持ち寄っていいただき、合同の審査会を開催して議論し、最終的にサポート対象作品を選定します」
――すでに過去8回の支援が行なわれ、30タイトルを超える作品が世に出ています。このラインナップを見て、どのような手応えを感じていますか?
 「おかげさまで専門家やマスメディアからも高く評価される作品が集まりました。文化庁芸術祭賞受賞作品もこの中から出ています。TYサポート作品であることが、品質の証というか、ひとつのブランドのように認識されるようになれば嬉しいですね。

 本プログラム自体は、すでに音楽業界の中では“知る人ぞ知る”存在になっていると思いますし、サポート対象者の口コミなどで広まって応募される演奏家の方も多いようです。また、サポート作品にはティー ワイ リミテッドのロゴマークと本プログラムについての説明文を印刷していただくことになっていますので、そこから一般のクラシック・ファンの方にも徐々に浸透しているのではないかと思います」
――クラシック音楽市場の現況について、どのように認識・分析されていますか?
 「クラシック音楽のみならず、レコード市場は過去10年で規模が縮小しており、大変厳しい状況が続いています。TYサポート・プログラムでは、サポート対象作品がきちんとレコード店で販売されているかどうか、店舗確認をした上で支援金を支払っているのですが、本プログラムを開始した2005年当時と比較しても、クラシックCD売り場は縮小され、クラシックを取り扱うお店も少なくなって、店舗確認に時間がかかるケースが多くなっています」
――たとえばクラシック音楽業界が活況を呈していた1970年代と比べて、何が違うのでしょうか? 発展・打開の可能性や方法についてどのようにお考えですか?
 「洋楽としてのクラシックが大きなシェアを持ち、日本人の羨望の的だった70年代は40年前のことです。しかし市場規模が大きく縮小している現在でも、多くのクラシック・コンサートをはじめ、ラ・フォル・ジュルネなどの盛り上がりや、『のだめカンタービレ』関連作品のヒットなど、クラシック音楽の楽しみ方は多様化し、すそ野は広がっているようにも見えます。

 エンタテインメントの多様化、音楽そのもののジャンルの多様化、細分化などにより、クラシック音楽に割かれる時間とお金は限られてきているかもしれません。しかしクラシック音楽そのものはなくなりません。我々音楽産業に従事する者としては、さまざまな場面でクラシック音楽に接してもらえるように、楽しみ方を提案していくことも大切なのではないかと思います」
――TYサポート・プログラムの今後について、展望をお聞かせください。
 「TYサポート作品のクオリティを高く評価していただく声は多く、まずはこのプログラムを細く長く、続けていくことが大切だと思っています。継続は力です。

 2011年は節目となる第10回目の募集になりますし、サポート作品も30作を超えましたので、サポート対象アーティストによる演奏会なども、開催できたらいいですね」
取材・構成/宮本 明(2010年7月)



TYサポート・プログラム
クラシック・レコーディング支援
第9回募集が8月1日よりスタート!
募集要項など詳細はTYサポート・プログラムのサイトをご覧ください。
http://www.tylimited.co.jp/index.html
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