もっと正直になりたい――本気は、きっと伝わる 杏沙子『フェルマータ』

杏沙子   2019/02/13掲載
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 昨年7月にEP『花火の魔法』でメジャー・デビューしたシンガー、杏沙子(あさこ)がファースト・フル・アルバム『フェルマータ』を発表した。山本隆二、幕須介人、横山裕章、宮川 弾冨田恵一といった作家・編曲家が参画し、バックを固めるのは沖山優司、名越由貴夫、設楽博臣、佐野康夫伊藤大地、美央ストリングスなどの豪華なミュージシャンたち。プロダクションの質の高さは言うまでもないが、そこで堂々と主役を演じる杏沙子自身の詞曲と歌唱は圧巻だ。こんなにエネルギーに満ちたポップ・アルバムはそうそう聴けるものではない。

 インディーズ時代のMVがYouTubeで再生回数500万回超を誇る代表曲「アップルティー」の再録版がJTBのCMソングに起用され、彼女自身もタワーレコードの“気になるあの子”ポスターに登場、NHK『みんなのうた』の4〜5月放送曲に「ケチャップチャップ」を提供するなど、飛躍を予感させるニュースもいっぱいだ。

 音楽と同様に、杏沙子自身もたいへん愉快でチャーミングな人である。アルバム・タイトルの由来や楽曲についての基本的な話は彼女自身による全曲解説や他媒体の記事にお任せして、ここでは『フェルマータ』と彼女自身の魅力をお伝えしたい。読み進めるほどに実感していただけるようにしたつもりだ。
――ディレクター、アレンジャー、ミュージシャンなど、百戦錬磨の音楽職人たちがマジになっているなと思いました。その本気を出したおじさんたちを杏沙子さんが従えているというか、洗練された演奏の上で楽しそうに歌っているイメージです。
 「おじさんを従えてるっていうのは初めて言われました(笑)。マジになってる、も初めてですけど、それはわたしもすべての曲でヒシヒシと感じました。面白いものを作ってやるぞ、ってみなさん気持ちを入れてくださっているなって」
――楽曲も編曲もパフォーマンスもとても質が高いし、何より魂が入っている……って、ほめまくりで恥ずかしくなってきましたが。
 「いやいや、いっぱいください!(笑)」
――追い追い話していきますね(笑)。去年、『花火の魔法』のリリース前に別媒体でインタビューしたとき、フル・アルバムを作っていると言っていた記憶がありますが、いつごろ作り始めたんでしょうか?
 「ふんわりと次はフル・アルバムを作ろう、みたいな話はしてましたけど、あんまりそのために曲を作るということはしなかったですね。『花火の魔法』の制作のときから作ってた曲もありますし。作りたいときに作りたいものを作って、それが集まってアルバムになった感じです」
――まず僕が気に入ったのが、5、6曲目の「よっちゃんの運動会」と「ダンスダンスダンス」なんです。
 「そうとう遊んだやつですね」
――「よっちゃんの運動会」は山本隆二さんのインスト曲に詞をつけたとか。
 「『花火の魔法』の制作中、スタジオで"おもしろい曲があるんだよ"みたいな話になって、聴かせてもらって、すごく気に入ったんです。何よりもメロディがキャッチーだなと思って、"これに歌詞つけたら面白そうですね"みたいなところから始まりました」
――H2Oの冒険ですよね。H2Oの視点で書いた歌は初めて聴いた気がします(笑)。
 「H2Oは初めて言われました(笑)。同じメロディを繰り返す曲だったので、輪廻みたいなテーマがいいなと思って、ちょっと教科書の図解っぽい感じで描いてみたんです。山本さんのインストがあったからこそ生まれた詞ですね。間奏でクラリネットがヒョロヒョロいってるのは、直前の歌詞が“魚と出会って鬼ごっこ”なので、鬼ごっこしてる感じを表現してほしいって言ったんです。レコーディングのときは“もっと遊んでください!”とか“まだいけます!”とか言って吹いてもらって。いちばん積極的にリクエストしたのはこの曲かもしれないですね(笑)。バスーンとかバスクラとか、高校の吹奏楽部以来に見る管楽器に興奮してしまって」
――吹奏楽をやっていたんですね。担当楽器は?
 「トランペットです。ほんとにヘタで、先生に替われって言われてましたけど(笑)」
――ファンキーな「ダンスダンスダンス」もインスト曲を聴いて思いついたそうで。
 「ディレクターさんやアレンジャーさんが、これ聴いてみなって面白い曲を教えてくれるんですよ。それでファンクの曲を聴いて、前から“しゃべり歌い”みたいなのをやりたかったので、これに合わせたら面白いかな、って思って作り始めて、一日でツルッとできてびっくりしました。ちょうどその時期、友達から彼氏の愚痴を聞いていたので、それを羅列していったらできちゃった、みたいな」
――“たまに目が合うときは カメラのシャッター切られるみたいな瞬間でちょっとドキッとする”っていう表現が面白いです。ここもお友達が言っていたんですか?
 「ここはわたしです(笑)。写真を撮られる機会が増えて、カメラを向けられると一応よそ行きの自分になるんですけど、そんな気分だなって。“あっ見られてる! かわいくいなくちゃ”みたいな」
――こことか「アップルティー」の“スカートもちょっと短い”みたいに、気分をそのまま言語化するんじゃなくて、ちょっとした行動やアイテムの描写で表現しているのがうまいなと思いました。
 「ありがとうございます。照れますね(笑)。〈アップルティー〉では“ポニーテール結んで”もそうですね。男の子が見てどう思うのかはわかんないんですけど、スカートをちょっと短くしたり髪をポニーテールにすると、気分が上がるというか」
――「ダンスダンスダンス」に戻ると、さっき言ったくだりの“もっと撮っていいんだよ。カシャッ カシャッ”をギュッと詰め込んだり、“ちゃんと意味があるの”と“です!”の間を伸ばしたりと、音を伸縮させて言葉を自在に操っているあたりで、いかにも楽しそうな雰囲気が伝わりますね。
 「自分でもなんでこんなにすんなりできたのか不思議です。楽しくてニヤニヤしながら作ってたらできちゃった感じで。思い起こしてみると、はっぴいえんどの中途半端なところで言葉が切れるみたいな歌詞が好きだったり、大塚 愛さんのしゃべるような歌い方が好きだったり、あと水曜日のカンパネラも好きなので、いままで聴いてきたものを自分なりに並べてみたからすんなりできたのかなって」
――押韻はもともと好きですもんね。
 「大好きです。韻が気持ちいいからこそ使うのを許される言葉ってあるじゃないですか。それは歌ならではのことだなって思うので、けっこう意識的に踏もうとしてますね」
――「よっちゃんの運動会」と「ダンスダンスダンス」は、僕にとってはこのアルバムの最初のハイライトです。
 「わたしも気に入ってます。ロシアン・ルーレットみたいな曲っていうか、遊ぶモードに入ってる感じが。すごく楽しかったので、次もこういう挑戦系というか、杏沙子ってこんなのも歌うんだ、みたいな曲を必ず1〜2曲は入れたいなって思いました」
――そういう曲があると懐が深くなりますね。
 「〈とっとりのうた〉も自分らしくて好きな曲なんですけど、11曲全部そういう曲だとちょっと違うっていうか。わたしは一曲ごとにいろんな景色とかいろんな主人公を見せる歌い手になりたいので、結果的に、自分が向かいたいところがどこなのかを凝縮したアルバムになったな、って思いました」
――まさにファースト・アルバム。この2曲や幕須介人さんの「ユニセックス」などでは、歌の主人公を演じるように歌う杏沙子さん独特のアプローチが生きている気がします。
 「〈着ぐるみ〉は幕須さんの曲ですけど、自分に近いところで歌ってますね。歌詞が届いて、駅のホームでスマホで見て"まさにわたしのことだ!"ってびっくりしたのをよく覚えてます。メジャー・デビューしてたくさんの人が関わってくれるようになって、いろんな人と話をする機会が増えたんですけど、スタートしたてでまだ自信がないから、“わたしはこうしたい”よりも“この人はこうしてほしいんだな”って顔色を窺って、そっちを優先させてしまう、みたいな時期があったんです。それがまさに着ぐるみを着てる状態なんだな……って、答え合わせするみたいな感じ。“生まれ変われば 世渡り上手に”って歌ってますけど、世渡り上手とは人の波をかいくぐって、そうやって他人に合わせていくことなのか、うまい具合に自分の意志を通していくことなのか、どっちなんだろうって考えてたんですけど、この歌ではきっと後者なんですよね。すごく響きました」
――サビで“もっと正直になりたい ほんとうの私”と歌っていますが、杏沙子さん自身もそう思っていると。
 「思ってます。そこで悩んでいたときに答えをもらえた気がして、わがままになりました(笑)。着ぐるみを全力で脱ぎ捨てて、やっかいな人みたいになっていこうと思って。いわゆる“いい子”じゃないですか、着ぐるみを着てる状態って。扱いやすい人というか。そういうのはもうやめようと。着ぐるみを着たまま何かをやってダメだったら、それがいちばん悲しいだろうし。素肌で戦ってダメだったら、傷は痛いけど、少なくとも諦めはつくじゃないですか。杏沙子っていう立場でやらせてもらってる以上、最終的な責任は自分が持たないとな、っていうことにも気づきましたね」
――そういう思いを込めて、この曲をアルバムの冒頭に持ってきたんですね。
 「そうですね。決意表明的な意味で」
――続く「恋の予防接種」はとてもポップでキャッチーな曲ですが、それだけで終わらない個性を感じさせてくれたのが“恋は頭でしなきゃこじらせるとわかってたよ”の一節なんです。理性的でありたいし、そうすることもできるけど、理屈じゃないところにどうしても惹かれてしまうし、翻弄されてみたい気持ちもある。
 「まさにそうです。占いかって感じですね(笑)。たぶんわたし、こうなりたいんだと思うんですよ。なれないし、なったこともないし。憧れがこの曲には詰まってるなって、あとあと思いました。自分はほんとにまじめだし、現実主義で、めちゃくちゃ普通の人間なんですけど、そういう“らしさ”を失っちゃったり、あいつちょっとヤバいな、みたいなところにいってみたいんです。そんな気持ちが入ってますね。その意味では〈着ぐるみ〉とちょっと通じるというか。“バカになりたい”ってよく思うんですよ。人の顔色を一切見ない、空気を読めない人になれたらどんなに人生楽しいだろう、みたいな」
――気持ちはとってもわかります。でも“恋は頭でしなきゃこじらせるとわかってたよ”があるからこその杏沙子ソングなんだと思いますよ。
 「初めて言われましたけど、自分でもそう思います(笑)」
――我を忘れたい気持ちを表現した歌は他にもあるけど、この一節が入ったことでユニークなものになったと思います。賢くてまじめな杏沙子さんらしさが出ているというか。
 「あはは。そうじゃない曲を書いたつもりなのに、なりきれてないっていう。たしかに、そこが自分らしいのかもしれないですね」
――そうそう。「チョコレートボックス」のサビの英語は『フォレスト・ガンプ』に出てきたママのセリフですよね。前にインタビューしたときに“見た”と言っていたのをよく覚えています。
 「たぶんその話をしたときにこの部分を考えてました(笑)。宮川 弾さんの曲に歌詞をつけたのは2曲あって、〈半透明のさよなら〉のほうはサラッとできたんですけど、こっちはだいぶ苦戦したんです。いただいたメロディを何回聴いても、英語しか聞こえてこないんですよ。でも英詞を書いたことがなかったから、学生時代の英語の本を引っ張り出してきたりして。そんなときに『フォレスト・ガンプ』を見て、いい言葉だな、英語だし、そうだ、これ入るんじゃないかな……と思って入れてみたら“入った!”って(笑)。そこから延ばしていきました」
――チョコレートをキーワードにして展開させていく手際もお見事です。「半透明のさよなら」がサラッとできたのはなぜですか?
 「ひとの曲に歌詞をつけたのはこれが初めてだったんですけど、聴いてたときにサビのところで何も考えないまま“はんとうめ〜いのさ〜よなら〜を〜”のフレーズが出てきたんですよ。“半透明のさよなら”っていうワードがすばらしくいい!って思って、そこから物語を作っていって」
――メロディに呼ばれて出てきたんですね。
 「出てきました。“メロディに呼ばれる”って感覚を味わったことがなかったので、自分の中でも衝撃的な体験でしたね」
――苦い“コーヒー”と甘い“紅茶”の対照に心の動きを投影し、“冷えたつまさき”に孤独を、“つまさきを寄せ合う”行動に温かみを象徴させるなど、小道具使いもとても気が利いているなと思いました。
 「分析されると恥ずかしいですね(笑)。実はこれ、わたしの隠れ推し曲なんです。松本 隆さんが大好きで大尊敬してるんですけど、自分がこれまで書いた曲の中でも、情景が見えるって意味ではいちばん近づけたんじゃないかな、って勝手に思ってて。映画監督になった気分で、つまさきから顔に向かってパンしていって、背景にカーテンが映り込んで、主人公が立ち上がってキッチンに行く……みたいな映像的なイメージが浮かんでました。こんなにきれいに映像が線でつながって浮かんできたのは初めてかもしれないです」
――「とっとりのうた」のスーツケースや「おやすみ」の“好きだよ”みたいに、なぞかけ的に同じ言葉の意味合いを文脈で変えていくのは、杏沙子さんの得意技ですよね。
 「フラグ回収は大好きです(笑)。ミステリーが好きだったからか、気持ちいいなって思う瞬間ですね」
――そして「とっとりのうた」。「よっちゃんの運動会」「ダンスダンスダンス」が最初のハイライトだって言いましたけど、もうひとつのハイライトがこれなんです。
 「ほんとですか? うれしい!」
――最後に作った曲なんですって?
 「はい。10曲でいったんアルバムが完成してから、もうひとピース必要だなと思って、制作期間を延ばしてもらって作りました」
――杏沙子さんが夢を追う決意をして、20歳のときに初めて作った「道」という曲がありますよね。僕、前にあれが好きだって言ったじゃないですか。
 「はい」
――でも「とっとりのうた」を聴いて、「道」はもういいかなって……。いや、もういいは明らかに言いすぎですけど(笑)、音源がインディーズ盤しかないから、いつか再録してくれたらいいなと思っていたんです。でもこの曲があれば、もう無理に求めることはないかなって。
 「あああ! いま鳥肌が立ちました。もちろん〈道〉は今までもこれからも大切な曲なんですが、正直〈道〉みたいな曲はもう書けないんじゃないかなって思ってて。ほんとに無欲で無意識で知識もなかったからこそ書けた曲で、続きを書こうと思ったこともなかったんですけど、このアルバムをめちゃくちゃ遊びながら作って、遊びまくった結果、いま自分がどこにいるのかわからないな、ってふと思ったんです。初めて聴いてくださった方は本来わたしがどこにいた人間なのかわからないだろうし、自分もわからなくなりそうだって。それで〈道〉以来久々に、自分の中にあるものを切り取って曲にしたものを書こうと思ったんです」
――それでディレクターさんに頼んで制作期間を延ばしてもらったと。
 「でもなかなか書けなかったんです。それで帰省したとき、ほんと歌詞のまんま、缶ジュースを持って湖山池に行って2〜3時間ボーッとしてたんですけど、あんなにここを出たいって思って湖山池を眺めてたのに、いまは充電するためにここに帰ってきてる、なんなら帰ってこないと充電できない自分がいる、ってことに気づいたんです。サビの“「ここにはなにもない」そう言って離れたくせに またわたしここで息をしている”の3行が浮かんで、ツイートしようとしたんですよ。そこでハッと思いとどまって、“これを曲にすればいいんだ!”と」
――セーフ(笑)!
 「ダメダメ、出しちゃダメだこれは、と思って(笑)」
――“自分のためだけに 自分の曲を書こうと思った、そんな夜 おやすみ”というツイートをよく覚えていますが、あれはそのことを受けたものだったんですね。
 「ですです! だからこの曲は詞先なんです。ふだんは詞曲一緒に作ることが多いんですけど」
――メロディもすごく魅力的です。大胆というかワイルドというか粗削りというか、うまく言えないんですが、生命のエネルギーみたいなものを感じる。
 「わたし自身はツイートした通り、誰の目にも止まらなくていいから、自分のためだけに“いまここに自分はいます”っていう曲を書こう、と開き直って書いたので、そんなに強いメロディが書けたとも思ってなかったし、なんならちょっと地味な曲かもしれないなって思ってたんです。仕方ない、これができたんだから、みたいな。だから粗削り感は実際あると思います。タイトルも“これは誰かのために作った曲じゃない。自己満足です”ということを主張するために〈とっとりのうた〉にしました。〈スーツケース〉とかでもよかったんですけど」
――杏沙子さんの気持ちはそうでしょうし、それでいい。僕は大好きだし、優れた曲だと勝手に思っています。遊びに遊んだアルバムの中で、この曲が重石というか錨(いかり)みたいな存在になっている。その構図は杏沙子さんという人格の錨として、ふるさと鳥取があることと相似形をなしているとも思います。タイトルもこれで大正解ですよ。
 「うれしい。自分ではそうは思ってなかったんですけど、言われてみるとそうだなって思います。この曲を最後に持ってきたのはほんとに意味があったと思うし。この前、インストア・イベントのリハーサルがあって、レコーディング以来久しぶりに歌ったんですけど、自分の中でこの曲がどんどん大きくなっていってる気がします。これからも成長していってくれる曲なんじゃないかなって」
――「道」があのときの杏沙子さんにしか書けなかった歌であるのと同じく、「とっとりのうた」はいまの杏沙子さんにしか書けない歌を書ききれたんじゃないでしょうか。
 「ほんとにそうだと思います。その意味で〈道〉第2弾なんだなってあとから思ったし、これからもこういう曲を定期的に書いていきたいと思いました。登山者が遭難しないように枝を折って印をつけていくじゃないですか。あの感覚ですね。“いまわたしここ通ったよ”っていう。安心して次に行けるな、この曲のおかげで、って思いました」
――アルバムが10曲でいったん完成したところで、そういう曲を入れなきゃと自分で直感できたことも、実際に作れたことも偉業ですよ。
 「10曲入りのつもりで作っていって、10曲揃って“いいアルバムできたね”みたいな話をしてたんですけど、なんか地に足が着いてない気がしてたし、これを“自分のアルバムです”って胸を張って言えるんだろうか……とまで思ったこともあって。もちろん自分のアルバムなんですよ。挑戦したことも多かったし、過去の自分もいたし。でも、いまがないなって思って。いまの自分として、自信を持って出せるんだろうか?ってモヤモヤしてたんです。それでディレクターに“ちょっと待ってください。もう1曲作らせてください”って申し出ました。さっきお話しした通りなかなかできなくて、一瞬“あ、もう無理だ”ってあきらめたときにできたんですけど(笑)」
――職業人としての発想じゃない部分で生まれた曲ですよね。それこそ着ぐるみを脱いだ感がある。
 「うん。丸裸ですね、これは」
――冒頭が「着ぐるみ」で最後が丸裸というのはすごくいいですね。
 「ほんとにそう思います。ドキュメンタリーみたい。メジャー・デビューをして、たくさんの人に聴いてもらうという使命みたいなものに直面して、インディーズ時代は自分がいいと思うものを“どう? いいでしょ”“わたしこれが好きなんだよ”って感覚で作ってましたけど、『花火の魔法』を出した後に“みんながいいって思ってくれるものを作りたい”“よりたくさんの人が聴ける曲を書きたい”って気持ちに変わってきてることに気づいて、一時期ほんとに曲ができなかったんです。作ってはいたんですけど、誰かに“いい”って言ってもらえないと前に進めなくて。そういうときに昔の自分の曲を聴いたりして、わたしはそういう作り方をしてなかったはずだ、って原点を確認したからこそ、思いきり遊べたんですよね。そういう葛藤も含めたいろいろを経ての最後が〈とっとりのうた〉で、まとまったなって思います」
――さっきも言いましたけど、杏沙子さんはまじめで賢いし、人の気持ちを察しちゃうから“期待に応えなきゃ”とか“プロとは”とか、つい考えすぎてしまうんでしょうね。
 「自分で言うのもあれですけど、人の気持ちを考えすぎちゃうのはよくないところだなって」
――それも杏沙子さんの魅力だと僕は思います。ただ、どうしたってストレスが溜まるし、自分の気持ちが見えなくなってしまう。かといってわがまま放題だと周囲を苦しめるし、どっちみちそうはなれないから、自分なりの真ん中を不器用に模索していくしかないんですよね。うっす〜い着ぐるみぐらいがちょうどいいのかも。
 「うん。完全に裸でいるのは無理だと思う。死んじゃうから」
――着ぐるみをガッツリ着ているときもあれば丸裸のときもある、人間・杏沙子の実像を感じてもらえるアルバムなんじゃないかと思います。
 「今回いっぱいいろんなことに挑戦して、遊んでみて、もっと自分で曲を書きたいなと思いました。やっぱり〈とっとりのうた〉を作ったのは大きいですね。誰よりもまず自分が楽しいって思わないと楽しさは伝わらないし、逆に言えば、自分が本気でいいと思ってるものはきっと誰かに伝わるんだ、ってことに気づいたので、もっと曲を書きたい……なと思いつつ、新曲の締め切りを過ぎて待ってもらってる状況です(笑)」
――いつも“ブレないものをしっかり持ちつつ幅のある表現をしたい”と言っていますが、このアルバムでその両立ができた感じはありますか?
 「どうかなぁ……まだ模索中なので、聴いてくれた方たちがどう思うか、わたしがいちばん知りたいです。11曲できあがったときには"まとまったな"と思ったし、さっき不器用さを感じたって言ってくださったのは、ベースは同じだってことが伝わったってことなんじゃないかな、と思いますけど、最終判断は出してからって感じですね。"とっちらかってんな〜"って思われるのか、ちゃんとやりたいことがあるからこそいろんな声で歌ってる人として、そのすべてを杏沙子として見てもらえるのか。反応が楽しみです。でも、やりたいことは全部できたし、自分がこういう歌い手でありたい、という決意表明はできたと思います」
――聴いてくれる人を信頼して“これが杏沙子です。どうですか?”って……。
 「言えるものができたと思います」
――すばらしいファースト・アルバムを作れましたね。
 「いや〜、ほんとにいいアルバムだと思います(笑)。自分でも何回も聴きました。曲を作ることに関しては始めて3〜4年なので、まだまだ不安もありますけど、歌い手として、いろんな歌を歌い分けていきたいっていうことは十分伝わるアルバムになったんじゃないかな。そこは自信ありますね」
――そんなアルバムを携えて、3月には大阪と東京でワンマン・ライヴが控えていますね。
 「わたし、ライヴって再現というより、アルバムをベースにして遊ぶことができる場だと思ってるんです。今回はアルバムの内容がこうなので、ライヴに来てくださった皆さんに“杏沙子、遊んでたなぁ”って思ってもらえるような感じにしたいと思って、いろいろ考えてます。前回のツアー(昨年9月)で新曲〈恋の予防接種〉をやったとき、ソロ回しで皆さんがすっごく喜んでくれたので、歌はもちろんだけど、楽器のお遊びみたいなことも、もっとできたらいいなって。あと、足し算、引き算の幅をもっと広げたいですね。どアカペラで歌ったり、盛りだくさんの音で遊んだり。ぜひ遊びに来てほしいです!」
取材・文 / 高岡洋詞(2019年2月)
Live Schedule
杏沙子ワンマンライブ
「fermata」supported by JTB


2019年3月15日(金)
大阪 心斎橋 OSAKA MUSE
開場 18:30 / 開演 19:00
オールスタンディング 4,320円(税込 / 別途ドリンク代)
※お問い合わせ: サウンドクリエーター 06-6357-4400
www.sound-c.co.jp/

2019年3月30日(土)
東京 渋谷 TSUTAYA O-EAST
開場 17:00 / 開演 18:00
オールスタンディング 4,320円(税込 / 別途ドリンク代)
※お問い合わせ: HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999
www.red-hot.ne.jp/

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