【CDJournal.com 10th 特別対談(後編)】綾小路 翔(氣志團)×吉田豪〜愛すべき不良カルチャー、アイドルとパンクを語る!

綾小路翔(氣志團)   2010/06/16掲載
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「みんなは今、JUN SKY WALKER(S)やユニコーンやZIGGYに夢中になってる。だったら、俺は何か他のものを好きになろうって」(綾小路)


綾小路翔&吉田豪 綾小路 「ところで、今話題の成海璃子さんの音楽の趣味とか、僕もすごく気になっていて。あれはどういうことなんですかね」
 吉田 「INUあぶらだこスターリン村八分猛毒ですからね(笑)。あれは共演した人とかから教わってるみたいですけど」
 綾小路 「なるほど。僕は20年くらい前に同じような感じだったんですけど、自分自身、あまりよくわかってなかったと思うんですよ。毎年、岩手の従姉妹の家に遊びにいってたんですけど、地方の田舎者で、とにかく情報に飢えてるんで、『宝島』とかが部屋に山積みになって置いてあるんですよ。それを見せてもらって、面白そうだと思って背伸びして真似したんですね。で、僕が小6か中1の頃、当時、従姉妹がSxOxBにハマってて。“世界最速”とかいうキャッチフレーズにも僕は興味を引かれたんですよ。それで『宝島』を買ったらSxOxBとナイトメアが載ってたんで、とりあえずこのバンドを買ってみようと。これがパンクなのかなって。ブルーハーツの曲に<パンク・ロック>って曲もありましたし」
 吉田 「どうやら優しいらしい、って(笑)」
 綾小路 「ブルーハーツは “これ面白いよ”って従姉妹に教えてもらったんですよ。タイトルも<レストラン>や<リンダリンダ>とかだし、最初は面白いものとして聴いてて。ちょうどその頃からバンド・ブームになりはじめて、『イカ天』が僕が中1くらいに始まったんです。それでホコ天が騒ぎになってるらしいとか知って、学校の女子たちはみんなTHE FUSEに夢中だったですね。僕、FUSEは間に合わなかったんですけど、AURAのホコ天最後のライヴは観にいってます」
 吉田 「その頃、ボクは『修羅』ってミニコミをやってて、ホコ天でよく手売りしてました」
 綾小路 「本当ですか! 僕も毎週のように行ってましたよ。そのためにバイトも始めて。月1000円とか1500円の小遣いじゃ、どうにもならないからバイトするしかないんですよ。それで中学生のとき新聞配達を始めて。何かに夢中になりたかったんでしょうね。はっきり言ってSxOxBとか何が楽しいのか全然分からなかったし」
 吉田 「音はポップじゃないですからね。でも、アートワークはカッコイイ!みたいな」
 綾小路 「そうなんですよ! “このジャケット描いてるTOMって誰だ?”とか言って。いつかTOMさんに描いてもらうのが夢で。OUTOのジャケットとか見て格好いいなと言って。僕にパンクをいろいろ教えてくれた従姉妹は、その後、メタルにハマり出しちゃって、メタル・バンドとかやっていたので、貴重盤をいっぱいもらえたんですよ。うちに友達が遊びにきたときに、レコードをかけて、イントロで“シッシッ”って聴こえるから、“何だこれ!?”といったら、<キックロック>が流れるみたいな(笑)」
 吉田 「ポイズン・アーツですね(笑)」
 綾小路 「ええ。ポイズンかっこいいなって」
 吉田 「ガスタンクに続くメタルコアで」
SxOxB
『What's The Truth?』
(1994年)
 綾小路 「はい。どっちかというと、そっちのメロディアスな方向とかのほうが、本当は好きだったんですけど、SxOxBでいえば『What's The Truth?』の頃から……」
 吉田 「メタル化していって」
 綾小路 「ええ。それで、ちょっと聴きやすくなったんですけど、でもやっぱりSxOxBがカヴァーしたラモーンズの<電撃バップ>とか衝撃を受けましたけどね。何を言っているのかわからないけど、異常に速い<電撃バップ>という。すげーなと思いながら聴いていて。要するに人と違うから聴いていたと思うんですよ、最初は。なんか、みんなと違うものを聴きたいという。みんなは今、JUN SKY WALKER(S)ユニコーンZIGGYに夢中になってる。だったら、俺は何か他のものを好きになろうって」
 吉田 「より、コアな方向に行かなきゃ、と」
 綾小路 「はい。俺はお前らと違うよという顔がしたくて。だから当時の『宝島』に付いていたマップには本当に助けられましたね。西新宿マップとか表参道マップとか、全部きれいに畳んで、みんなに見られるのが恥ずかしかったから財布の中に入れて。レコード屋マップを頼りに、よく分からないけどジャケ買いして。ちなみに僕の人生を救ったのはスピッツ『ヒバリのこころ』で。当時何の気なしに買ったものが、その数年後に高値がついて家賃を払うことができたという(笑)」
 吉田 「ボクはスピッツのデビュー・ソノシート『鳥になって』を持っていましたよ」
 綾小路 「凄い!」
 吉田 「まだブルーハーツみたいなバンドだった当時、何度かライヴを観てたんですよ。ソノシートは漫画家の羽海野チカ先生にあげましたけど」
 綾小路 「本当ですか(笑)。それは喜んだでしょうね。だからなんか……あの頃は、ジャンルも何も気にしていなかったですね。バンドものは買わなきゃいけないと思っていて。パイルドライバーという横須賀のハードコアのバンドも大好きでしたね」
 吉田 「ああ、浅野忠信くんが大ファンなんですよね。世代的にリップ・クリームに間に合わなかったのが悔しかったみたいで」
 綾小路 「へー。僕も本当は、あと3年早く生まれたかったんですけどね。高校生ぐらいだったら、もっと自由にライヴハウスとか行けたから」
 吉田 「ボクもあと3年早く生まれたら、日本のハードコア黎明期を体験できたのにとは思いますね。ボク、理論武装しないと動けないタイプだから、パンクにハマってから2年ぐらい完全に格好から音楽知識からきちんとしないとライヴハウスに行っちゃいけないと思ってたんですよ。腰が重かったせいで結構、見逃してるものも多くて。イベント的なものだったら行けるけど、ライヴハウス行くには、もう少し気合入れないとダメだとか思ってて」
 綾小路 「僕は、かなりストレンジな状態でライヴハウスに行って恥かいてました(笑)」
80年代インディーズ・ブームの雄、ウィラード
 吉田 「それでいいと思いますよ。ボクはラフィンとかウィラードも当時は学園祭でしか観てないんですよ。最初にウィラード観たのが、テレ東の大晦日の特番で。86年だったかな? インディーズ・ブームに便乗したバンドでの年越し番組があったんですよ」
 綾小路 「へー」
 吉田 「そのときウィラードを生観覧して。でもボク、プロレスとかは行ったことあるけどライヴはわかんないから、客席をかきわけて入場するJUNさんに向かって“JUNさーん!”って背中ポンって叩いて。プロレスの入場みたいに。そしたらJUNさんが振り返って“何だ!?”って、普通に言われて(笑)」
 綾小路 「わははは!」
 吉田 「別にこっちも用はないんですよ(笑)。どうしよう……って思いましたね」



「解釈を完全に間違えてるのがよかったんですよ。最近はネット文化の影響で間違えようがないですから」(吉田)



綾小路翔 綾小路 「初めてのライヴハウス……僕はたぶんポテトチップスか何かを観に代々木チョコレートシティに行ったのが最初かな。当時は、ライヴハウス行くのにも勇気がいりましたよね。なんだったのかわからないぐらいドキドキしてて。何を着ていくかから始まって、いろんなこと想定して。やっぱり東京はまだ怖いところだったので。それこそ初めてSxOxBのレコードを買いに津田沼のミュージアムとかいうレコード屋に行ったら、駅前でヤンキーにカツアゲされて何も買えずに帰ったっていうことがあって(笑)。それ以来、お金のしまいどころに気をつけるようになりました」
 吉田 「靴下の中に入れたりで(笑)」
 綾小路 「東京で身ぐるみはがされたら大変だと思って。あのころ、西新宿とかにもまだ変な人がいっぱいいましたよね」
 吉田 「だってパンクの格好をして歩いているだけで、シンナー買いに来たと間違えられて売人が近づいてくるような時代ですからね」
 綾小路 「そうか、あれは、パンクの格好をしていたからなんですね! 改札前とかに、すぐ来るんですよ。で、俺たち、“怖い怖い怖い”って。変な奴が売りに来るんですよ。“いや、大丈夫です”って言っても、結構しつこいんです。“こっちおいで”とか言われて。シンナーすっごい売りつけられそうになりましたね。そういえば、あの頃、ライヴハウス行くとシンナーの匂いとかしてて」
 吉田 「高円寺の20000Vに最初に行ったときに、“今、シンナーが発見されました”って放送が入って、“学校!?”みたいな(笑)」
 綾小路 「20000Vはシンナーの思い出がありますね(笑)。ハードコアの人はお金がないから、ガス吸ったりとかしてて、変なラリり方とかしてるんですよ。それが怖くて。あと、初めて<消毒ギグ>行ったとき、後ろでワーッとみんな暴れ出して知らない人に蹴られたりして。“なんで、そういうことするんだ……”とかローな気分になって(笑)」
 吉田 「無理矢理まとめると、アイドルもパンクも現場は怖かったってことですよね」
 綾小路 「本当、怖かったですよ。そういえば西新宿で思い出しましたけど、マリーズロックで、よくわからないもんとか買ったなあ(笑)。テスタメントのTシャツとかわからずに買ってる同級生もいたりして」
当時のパンク系ショップの雑誌広告
 吉田 「でも、よくわからないバンドのTシャツを買うのは、絶対ポイントだと思うんですよ。ボク、お金がなかったせいもあって、高校時代は福袋狙いだったんです。BL∀CKで福袋を買うと、とんでもないものが入っているんですよ。ボクが買ったやつに入っていたのが、スロッビング・グリッスルと、イアン・カーティスと、VICE SQUADとPLAY DEADで。そんなのをよくわからずに着て(笑)」
 綾小路 「まあ、誰もわからないですしね」
 吉田 「当時、父親の関係で、マクドナルドの50人くらい集まるポスターのモデルみたいなのをやって。よく見ると、ボク、PLAY DEADのTシャツを着ているんですよ。誰にもわからないポジパン電波を発して(笑)。あとはVICE SQUADのTシャツ着てたときにデッドエンド行ったら、デッドエンドの店員さんに“どこで買ったの、これ! 初めて見た”って言われたり(笑)。BL∀CKの福袋ブームは結構続いて、20歳くらいまで行ったのかな? 正月だし、恥ずかしい企画もありましたよ。店員とジャンケンして買ったら何かもらえるってことで、決め決めのパンク・ファッションで店員さんと素でジャンケンしなきゃいけない(笑)」
 綾小路 「わははは! パンク系のお店でいえばダブルデッカーにもよく行ってましたね。だんだん、FAT REC関係のTシャツが増えだして寂しい思いをしたんですけど。本当にストレンジ気味のパンクスだったので、我々は」
 吉田 「わかります。ストレンジ風味を入れたくなるんですよね。でも、そのままやりたくなくて、どうしても足し算したくなっちゃう。パンクにプロレスの要素を入れたりとか。何かを入れたくなっちゃうんですよ。そのままの格好をすることの恥ずかしさみたいなね」
 綾小路 「僕らはいつも間違えていて、今も昔の写真を見ると恥ずかしいんですけど。それこそ、学ランに鋲を打ったりとか(笑)」
 吉田 「わかります。ボクも学ランのズボンにチャックつけて、スリムになるように改造とか。そういうことしかしなかったですね」
 綾小路 「やってましたねえ……」
 吉田 「学生カバンも、みんな、だいたい潰し方のパターンあるじゃないですか。でもボクは巨大な安全ピンで潰したり。完全にずれていて」
 綾小路 「そうですよ。それをアピールしたかったんですよね、当時。中学までは、友達に合わせてヤンキーじゃないといけなかったんですよ。だけど中学を卒業したと同時に、同級生全員学校に行けず、僕だけ高校生になれたので、もう開放感いっぱいで。やっとみんながいないところで、好きな格好ができると思って。それで、みんなは、まだボンタンだったんですけど、僕はピッタピタの学生ズボンを作って。それで、ドクターマーチンを履いて、キャッツアイをかけて学校に行くという、結構恥ずかしい男だったことを、今思い出しました(笑)」
 吉田 「キャッツアイ、GAUZEもかけてるんだから、大丈夫だろって(笑)」
 綾小路 「ベーシストは必ずキャッツアイをしてくれていないと困るみたいな(笑)」
 吉田 「カラスマスクは?」
 綾小路 「カラスマスクだけは、手ぇ出したことないですね。地元では、先輩の1人が必ずイベントのときに間違えた格好をしてくるんですよ。頭に有刺鉄線を巻いてきたりとか」
 吉田 「W★INGですよ、それ(笑)」
 綾小路 「松永光弘選手ですね(笑)。プロレス入っちゃっている人だから、もうとにかく、ね、包帯を撒いて、血が出ているとか」
 吉田 「わかります。ボクもやりました。ラフィンのチャーミーさんも一時期包帯を巻いたりして。そこになぜか主人公が包帯を巻いていた藤竜也の『友よ、静かに瞑れ』ってハードボイルド映画の要素も混ざったりして(笑)」
 綾小路 「ジゴロ13のゲン・ザ・ジゴロックも、青森にスタークラブが来るというときに、身体中に包帯を巻いて行ったみたいで」
 吉田 「それマミーズですよ(笑)」
 綾小路 「完全に間違えた状態で、裸に包帯巻いて革ジャンを着て自転車で行って(笑)」
 吉田 「それがいいんですよね。最近は、ネット文化の影響で間違えようがないですから」
 綾小路 「もう、今はみんなお洒落ですから」
 吉田 「手探りがないっていう。ラフィンがMZA有明でライヴをやったとき、ミニコミを売りにいったんですよ。で、見たらやっぱり、会場に入れないでいるお客さんのストレンジ具合が、すごくいい時期で。間違った髪の立たせ方をしてる人がマスクしていて、黒のテープで“×”って書いてあるんですよ。その人に話しかけたら、ずっとマスクを指差してて“喋れないんです”って(笑)」
 綾小路 「あはは。自分たち含め、けっこう間違えちゃってる人、いましたねー」
 吉田 「ザ・モッズの最初の野音のビデオ観たときも爆笑しましたよ。ファンの背中が映ってるシーンがあるんですけど、ファンの背中に“非常口”って書いてあるんですよ」
 綾小路 「わははははは!」
 吉田 「エマージェンシー感は伝わるんだけど、何か違うじゃないですか(笑)」
 綾小路 「わかります。とにかく中学生、高校生であるのに、自分がパンクスであるというアピールをしようとしていた自分が今となっては恥ずかしくてたまらないんですけど(笑)。いちいち、ひけらかす感じというか。“お前らとは違うんだ”みたいな」



「バンド・カルチャーにものすごく影響を受けて、結局、暴走族文化よりそっちのほうが面白くなっちゃったんですよね」(綾小路)



吉田豪 吉田 「ボクはそこにアイドルが微妙に混ざってておかしな行動に繋がってたんですけど。高校入ってオリエンテーション旅行中に岡田有希子さんが自殺して。入学後、最初の2週間ぐらい名前が分かるように名札つけてないといけないんですけど、ボクは追悼モードに入ってるから岡田有希子さんの遺影を黒枠付けて胸に貼って。自分でも何やってるかわかんないんですよ(笑)。周りの奴らとは違うっていうアピールであり、わかってほしいんだろうけど、誰にもわかるわけがないっていう。好きすぎての行動が間違いのほうに出るんですよね」
 綾小路 「でも、それが面白いですもん。僕は寒い方向とかよく行っちゃってたんで、ちょっと感銘を受けた英語の歌詞を……」


 吉田 「それは普通に書きますよ(笑)。ボクも高校のとき、教室の壁とかに『スクールウォーズ』的なものを再現しようとして、習字の墨とかでスラングを書くわけですよ。覚えたての“FUCK OFF”とかを(笑)」
誰もが憧れたシド・ネック・チェーン
 綾小路 「周りの不良が“FUCK YOU”って単語を当時使い出した時期だったんですけど、こっちは“FUCK OFF”なわけですよ。同級生が中指立ててるときも、僕はひとりだけ、ロンドンスタイルで指を2本立てとこうみたいな。あと当時の写真を見ると、全部シド・ヴィシャスの顔真似だったりして」
 吉田 「やりますよね、口を曲げるあれ。ボクも修学旅行の写真、全部それですもん(笑)」
 綾小路 「わははは!」
 吉田 「修学旅行で北海道に行ったんですけど、ワケわかんないんですよ。最初、行く予定なくて。友達のメタルの奴とサボる予定で、わざと身体の悪い奴とか、留学生の外人とか酷いメンバーで固めたら、連れのメタルの奴が行かなきゃならなくなっちゃって。そのときの教師が右翼だったんで、自由行動の日に自衛隊を見学するって言い出して。そこで思想的に闘えるチャンスがやってきたと思って、“こんなんだったら俺はいかねえ”とか、そういうバトルになって。ちょうど、そのとき、その自衛隊で火事が起きて、見学が中止になったんですよ。で、大義名分がなくなっちゃって結局行ったんですけど、自由行動のときに俺たちが何をするかといったら、BL∀CKに行ったんですよね。合成の革のパンツを買って、修学旅行中はみんなで、それを穿いて移動したんですよ。上は学ランなのに、下はなぜか革パンで(笑)」


 綾小路 「僕も京都に修学旅行に行ったときは、新京極で自由行動になった瞬間に走ってコクーンとか666とか京都のパンク・ショップを全部回りましたよ。そしたら先生に見つかって、先生と追いかけっこになっちゃって。それでパンク・ショップに入って先生に捕まったんだけど、先生にお勧めして息子のお土産にパンクのTシャツ買わせて(笑)」
 吉田 「ああいう店って、修学旅行生を狙って、あのあたりでお店をやってたんだろうなということが今になって分かりますよね」
 綾小路 「そうですよね。今思えば」
 吉田 「ボクなんか都内在住なんだから、普通に東京の店で買えばいいんですよ(笑)。でも、北海道でなめられちゃいけないみたいな感じになって。修学旅行で木刀買うのと同じようなノリでパンク・グッズを買うという」
 綾小路 「僕も京都の嵐山でシド・ネック・チェーン買いましたもん。北野印度会社の隣にあった変なパンク・ショップで。開襟シャツの胸元からRマークの入ったネック・チェーンをちらつかせて」
 吉田 「嵐山でRだったら嵐山光三郎みたいですよ(笑)。まあネック・チェーンはしますよね。ボクもそこから変なずらしになって。パンクの後はおもちゃにハマって、鍵が変形するおもちゃをどんどん買って、それを銀色に染めて首に付けるっていう。だけど、変形するから鍵が異常にデカいんですよ」
 綾小路 「わははは!」
 吉田 「パンクスだと最初はすごくストイックになるじゃないですか。なめられちゃいけないって。ボクも『POW』ってパンク雑誌を買ったときに、どうやらハードコアの人たちもアイドルとかアニメが好きだってことがわかって。“好き”って言っていいんだ、みたいな」
綾小路翔&吉田豪 綾小路 「『POW』は衝撃的でしたね。先輩たちから『POW』がバイブルのように渡ってきて。“凶悪狂人団のクレイジーSKBは、まだ16歳”とか書いてあったから、“同じ16歳でこんなことやってる奴がいるのに、俺たちは”って思った記憶がありますね。当時よくコピーしていたSAなんて、当時、16とかだったわけですもんね。俺たち、なんで彼らが16歳のときに作ったオリジナル曲をコピーしてるんだとか思いながら(笑)。今思えば、彼らも、よくわかんないけど、とりあえずナチっぽいジャケットにしとけばいいみたいな感じだったと思うんですけど」
 吉田 「よくわかってないからいいんですよね。あの頃、Oiとかに関しては情報も少なすぎたし。それはニューロティカも『Oi of JAPAN』に入るって話ですよ(笑)」
 綾小路 「あとはペーターズとか。明らかに関係ないバンドとか入ってましたもんね(笑)。でも、あの頃は楽しかったですよ。バンド・カルチャーにものすごく影響を受けて、結局、暴走族文化よりそっちのほうが面白くなっちゃったんですよね。みんなで“木更津スキンヘッドブートボーイズ”っていうのを勝手に結成して、<狼の宴>っていうOiのイベントに遊びにいったりして。そしたら、みんなボコボコにされて、一人は救急車で運ばれて」
 吉田 「うわ〜」
 綾小路 「それで、うちのドラムの白鳥 雪之丞だけがなんとか食らいついて。そしたら、その人たちとの繋がりができて、まさかの鉄槌のメンバーになるか?って話になって。毎週水曜日に東京までリハーサルに行ってたんですけど、ライヴ・デビュー直前に、“お前はリズムキープができないからダメだ”ってクビになってましたけど(笑)」
 吉田 「ボクはバンドはろくにやってなくて、結婚式バンドをテキサコ・レザーマンのヴォーカルの人と一緒にやったぐらいで、まったくベースは弾けないんですけど、なぜか一回、ホコ天でスカウトされたんですよ。それが、のちに『キテレツ大百科』の主題歌<すいみん不足>をやることになるCHICKSで」
 綾小路 「そうなんですか! 僕は……」
(以下、こんな会話がのべ3時間以上続きました)
構成/吉田豪(2010年5月)
撮影/相澤心也
綾小路 翔 Profile:
4月26日生まれ。1997年、氣志團結成。インパクト抜群のライヴ・パフォーマンスとキャッチーなサウンドで注目を集め、2001年に東芝EMIよりメイジャー・デビュー。以降、東京ドームGIGの開催、『NHK紅白歌合戦』出演などセンセーショナルな活動を展開。2009年エイベックスに移籍。2010年6月16日より綾小路自らが製作総指揮&企画原案を手掛けた地域密着型トレンディドラマ『木更津グラフィティ』がDVD作品として4ヵ月連続でリリースされる。9月には待望のニュー・アルバムを発表。その後は全国GIGも!
吉田豪 Profile:
1970年生まれ。プロ書評家&インタビュアーにして、現在、雑誌、新聞などでの連載が20を超えるライター。主な著書は『男気万字固め』『バンドライフ』『hon-nin列伝セキララなオンナたち』『人間コク宝』『続・人間コク宝』『元アイドル1&2』『豪さんのポッド〜吉田豪のサブカル交遊録〜』がある。TBSラジオで放送中の『小島慶子 キラ☆キラ』ほか、テレビ、ラジオ、イベントへの出演も多数。最近では単行本のプロデュースも手掛けるなど多方面で活躍。



綾小路 翔、製作総指揮&企画原案!
地域密着型トレンディドラマ『木更津グラフィティ』が
6月16日より4ヵ月連続でリリース!


 『木更津グラフィティ』とは、綾小路 翔が製作総指揮 / 企画原案をつとめる“地域密着型トレンディドラマ”。この作品は綾小路 翔ならではの視点から描いた、日本全国の“肩身の狭い思い”をしているコスプレイヤーたちにエールをおくる連続ドラマ。千葉県・木更津を舞台に、伝説のヤンクロック・バンド氣志團を愛して止まない男女6人のコスプレイヤー集団“矢那川ガーディアンズ”(通称・矢那警)が繰り広げる、悲哀と失笑、そして感動の青春群像劇となっています。6月16日よりDVD作品として4ヵ月連続でリリース! 主題歌の氣志團「木更津サリー」は、127枚限定生産シングルとして、今年1月にイベント限定販売されたことで話題となった楽曲。こちらの楽曲も『木更津グラフィティ』発売を記念して、DVD1巻発売の6月16日に配信がスタートするので要チェックです!


地域密着型トレンディドラマ『木更津グラフィティ』
●商品形態:DVD 全4巻
価格;各巻 税込2,980円
●発売日:VOL.1=6月16日、VOL.2=7月14日、VOL.3=8月発売予定、VOL.4=9月発売予定
※7月よりレンタルもスタート予定


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