どうすればいいのかわからなかった――the peggies、東阪ワンマンを前に語る2年間の成長

the peggies   2016/12/01掲載
はてなブックマークに追加
2014年11月にリリースされた初全国流通作『goodmorning in TOKYO』以降、2年間で急速な成長を遂げながら評価を高めてきたthe peggies。10月にリリースされた初のシングル「スプートニク / LOVE TRIP」は、北澤ゆうほが書く楽曲の魅力をさらに際立てる、バンドとしての進化を刻み付けた一枚になりました。

 結成間もない高校1年時(2012年)に大きなステージに立ったことで活動の初期から注目を浴びることとなり、さまざまな葛藤もあったという“友達同士ではない”彼女たち。今後の分岐点となり得る東京・大阪でのワンマン・ライヴが目前に迫るなか、メンバー3人に話を聞きました。
拡大表示
――バンド結成は中学の軽音楽部なんですよね。
北澤ゆうほ(g, vo) 「そうですね。3人が一緒になったのは中2のときです」
石渡マキコ(b) 「最初は、ここ(石渡と大貫)がメンバーだった」
北澤 「私は別のバンドで。最初のバンドでは私はギターだったんですけど、本当はヴォーカルやりたかったんです。でも、最初からヴォーカルやりたいって言うとナルシストだと思われるかなと思って、怖くて言えなくて(笑)。やっぱヴォーカルをやりたいから、新しいバンドを組もうと。自分が組んでるバンド以外ではベースとドラムがこの2人しかいなかったので、自然に誘って。自分のバンドの子も誘ったんですけど、イヤだって言われたから」
石渡 「切ない(笑)」
――当時から2人はドラムとベースをやってたんですね。
石渡 「仮入部でみんなそれぞれ楽器弾かせてもらったりしたんですけど、ベース教えてくれた先輩がめっちゃかわいくて(笑)。素敵!と思ってベースにしました」
大貫みく(ds) 「仮入部のとき、ドラムは人気あったんですよね。すごい並んでたりしてて」
――初めてですから、なんとなくドラム叩きたくなりますよね。
大貫 「しかも座れるし」
石渡 「そこ?」
大貫 「スティック持てばなんとかなるじゃないですか。でも、並んでた人がどんどんいなくなっていって、私ともう1人になっちゃって。やってみようかな、みたいな」
――仮入部の時点でパートを決めて入部なんですね。
北澤 「バンドを組まないと部活に入れなかったんですよ。付属の学校だったので、私は小学校からの同級生で組んで。この2人とは友達じゃなかったので、いるなぁ、くらいの」
――いるなぁ、くらいの(笑)。
石渡 「中1のときは、廊下ですれ違っても、あっ……みたいな。特に話もしない」
大貫 「クラスもばらばらだったしね」
拡大表示
――その母体となるバンドを組んでからは、コピーをやってたんですか?
北澤 「そうですね。これがやりたいみたいなのもなかったから、文化祭でこういうのやったらいいんじゃないって感じで、〈めざせポケモンマスター〉とかやってて」
――すごいトリッキーな選曲ですね。
北澤 「中2のあたりから、まぁちゃんがTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTにハマりだして。私たちの次の代くらいから『けいおん!』がはじまったから、みんなその曲をやってたんですよ。だから、この空気のなかでミッシェルやったらかっこいいんじゃないかって。でも、ミッシェルは4人だから難しかった」
石渡 「しかも、ミッシェルやるのにヴォーカルゆうほは無理だなって(笑)」
北澤 「じゃあ3ピースのBLANKEY JET CITYやろう、と」
――浅井健一さんを歌えるかというと、それも難しい問題ですけど……。
北澤 「あそこまでいくと真似とかできないから、もう普通に歌ってました。めっちゃ楽しかった。初めて自分カッコいいかもって思いました」
大貫 「ドラムはめっちゃ難しかった……」
――中村達也さんですからね。たしかに中学生には厳しい。
大貫 「地獄でした(笑)」
――石渡さんは、そういう音楽を好きになったから、いまもライダースを着たりしているんですね。
石渡 「そうです(笑)。ミッシェルが出てた昔の雑誌とか、友達がくれたりするんですよ。20歳の誕生日のときにも、みくがくれたりして。こういう服装かっこいいなぁって」
拡大表示
北澤ゆうほ(g, vo)
――軽音楽部を選んだというのは、人前に立つことが好きだったんですか?
北澤 「私はちっちゃいときから目立ちたがり屋だったんですよ。日直とかすごい好きだった。終礼当番とか絶対やりたいみたいな」
石渡 「私は全然好きじゃなくて、目立ちたくなかった。本当は生物部に入ろうと思ってたんですよ。お姉ちゃんが生物部に入ってて楽しそうな青春時代送ってたから、そこに入れば私もイケイケになれると思ってて」
大貫 「あはは(笑)」
石渡 「でも、友達に軽音部の仮入部に誘われて行ってみたら、こっちのが楽しそうじゃんと思って」
北澤 「誘ってくれてよかったー」
――北澤さんは、当時から目立つ役割を率先してやってたんですね。
石渡 「保健委員長だったよね(笑)」
北澤 「そうそう。委員長は大きな集会のときとかに、前に立って“手洗いうがいしましょう”とか言えるんですよ。どうしても委員長になりたかったから、委員会としてハードルの低かった保健委員に1年のときから入って、“ゆうほは1年からずっといるから委員長に”みたいな形を作ってました」
――その頃にオリジナルとして作った最初の曲が『goodmorning in TOKYO』に入っている「アイラブユー」なんですよね。
北澤 「すごく覚えてます。中3のときにインフルエンザにかかって、家で隔離されてるときに暇すぎてギターを弾いていたらできたんですよ。生まれて初めて作ったからめっちゃ嬉しくて、すぐに2人に聴かせて」
石渡 「感動したよね」
大貫 「中学ってみんなコピーだけだったから、すごく嬉しかった。すぐにドラムを叩きたくなってた気がする」
北澤 「いいこと言うね(笑)」
拡大表示
石渡マキコ(b)
――高校にあがって、the peggiesとして3人で活動を継続することになってからはオリジナルで?
北澤 「そうですね。ちょうどそのくらいから〈閃光ライオット〉とかが始まって、同年代のバンドが活躍してたので、高校に入ったら絶対にライヴハウスでやりたいって思ってました。すぐにライヴを決めて、30分ライヴをできるくらいオリジナルを作ろうって。高校1年生くらいだとまだみんなコピーだから、そのなかで頭1つ抜けたくて」
――「アイラブユー」以降は継続的に曲を作り続けて?
北澤 「そうですね。曲ができなかった期間はあんまりないです」
――北澤さんが作って、バンドに下ろすっていうのは今も変わってない形なんですか?
北澤 「ほとんど変わってないですね。最近になってからは、アドバイスくれる方とかも加わってくれてるので違う作り方もできますけど、基本的にはその形をずっと続けてます」
――高校時代の2012年には、オーディションを勝ち抜いて〈EMI ROCKS〉のオープニングアクトを務めていますよね。
大貫 「でも、学校が厳しかったんです。顔を出すような、芸能活動がだめみたいな」
北澤 「学校にだけ専念しなさいっていう。ヴァイオリンとかスポーツとかのコンテストで優勝して讃えられるのはオッケーで、新聞に載ったりすると表彰されるんだけど、私たちはそういうんじゃなかったみたいで(笑)。この件で完全に目をつけられて、優勝したオーディションのHPを印刷した紙を出されて“これなに?”みたいな」
――怖い……。高校を卒業してから満を持してのリリースとなった『goodmorning in TOKYO』はその頃に作っていた曲が中心となっています。センチメンタル・バスの鈴木秋則さんが関わっていましたが、編曲とかの部分も手伝ってもらったんですか?
北澤 「いや、秋則さんのタイプ的に、作った曲に対して、ここを変えようっていうタイプではなくて。ここのギターとベースの音が違うよ、みたいな精度を高めていくようなことを手伝っていただいて。あとはピアノを入れてもらったり」
石渡 「『goodmorning in TOKYO』に関しては、まず全国流通が初めてだったので、それが嬉しかったですね。あとは、もう先生に怒られないなって」
北澤 「それね(笑)。この1枚は、出すことを重要視してましたね。全国流通がどういうことなのか、CDを出したらどうすればいいのかっていうのかも知らないままだった」
拡大表示
大貫みく(ds)
大貫 「MVとかもなかったしね」
――とりあえず、店に並ぶCDができたぞっていう。
北澤 「そうですね。一歩目を踏み出すさらにその手前、って感じですね」
――その準備を経て、2015年には『PPEP1』『NEW KINGDOM』と作品をリリース、ワンマンを成功させるなど、しっかりと歩みを進めることができた。特に『NEW KINGDOM』はかなり大きな反響があったと思います。
北澤 「『NEW KINGDOM』は10代最後の作品で。高校生のとき、自分はすごい才能があると思っていたので、“高校卒業したらやべーから!”みたいに思ってたんですよ。このすごい才能にみんなは気づけてない、くらいに。でも『goodmorning in TOKYO』『PPEP1』と2枚出してみて、思ってたのと違うぞみたいな(笑)」
――ははは(笑)。
北澤 「油断してるな私、と思って。次の作品で注目を浴びないとマズいと。20歳って若いけど、中学からバンドやってるから、年月的には長くて。だから絶対にいいものを、“今の私たちはこうなんだ”ということではなく、単純に作品として上質なものを作りたいと思って」
石渡 「〈グライダー〉のMVを公開したときに、それまでとは全然違う手ごたえを感じて。YouTubeとかも大切なんだなって思いましたね」
大貫 「(〈グライダー〉は)今までの自分たちじゃなくて、これからの自分たちのことを歌ってるから、個人的にも元気づけられて。もっとこのバンドをよくしたい、頑張りたいって思いましたね」
北澤 「ちゃんと反応があったから、頑張る意味はあるんだなっていうのをすごく感じました。今後、超えていかなきゃいけないハードルができた」
――たしかに、「グライダー」はひとつのカラーになったというか、the peggiesというバンドを語るうえでは象徴的な曲といえるかも知れません。今回リリースされた「スプートニク」もそうですが、北澤さんの歌詞には空がモチーフとして登場することが多いですよね。
北澤 「油断すると使っちゃうんですよね(笑)。好きなんですよ。宇宙とか空って人間の脳で処理しきれないもので、どうにでも説明できるじゃないですか。でも、絶対みんな空を見て“わー”って思うことってあると思うし、そういう瞬間がすごく好きで。意図して使ってるっていうよりは、自分のなかですっきり表現しようと思うとふわっと出てくる言葉が、空とか自然に関係したものが多くて」
――歌詞に関して、メンバーと相談する部分は?
北澤 「今のところはないですね。最近は曲から作ることが多いんですけど、歌詞にはすごく時間をかけたくて。曲がすごく個性的だったり、演奏のテクニックで個性を持てるならそれでいいと思うんですけど、歌モノなので。歌詞にピントをちゃんとあわせられる人でありたいなっていう思いが強いから、じっくり考えます」
――「スプートニク」の冒頭に出てくる“書き溜めた手紙は2630通”というフレーズをはじめ、音楽的・語感的にもすごく考えられているなと思う一方、メタファーを用いたストーリーテリングもすごく魅力的で。実家が本屋であることも影響しているでんしょうか?
北澤 「本は全然読まないんですけど、お父さんがめちゃくちゃもの知りで、自分が読んだ本のことを解説してくれたり。あと、作文教室は通ってました。講義を聞いて、原稿用紙にサインペンで文章を書くっていう。書いて消して、っていうのではなく、頭のなかでしっかり構成してから書かないといけない。それは大きかったですね」
――なるほど。
北澤 「多感な時期に聴いた歌詞や音楽って価値観にすごく影響を与えると思うので、中高生の記憶に鮮明に残って、考えるきっかけになってほしいなって。そして、そういう時期に聴いた人が、何年経っても好きでいてくれるようなバンドでありたいですね」
――今回のシングルでは、ドラムテックとしてピエール中野さんも参加されましたよね。
大貫 「凛として時雨は中学生のときから普通に耳にしていたバンドなので、そんな大先輩にわざわざ音を作ってもらって……すごいことだなって。もっと頑張らなきゃって思いましたね。これまではthe peggiesっていうバンドのただのメンバーだったけど、このレコーディングで、さらにもう1歩、上にいかなきゃいけないんだなっていうのをすごく感じて。いろんなものを見て、聴いて、キャッチしていかなきゃ生き残れないなって」
――今後こうしていこう、みたいな話を3人でしたりはするんですか?たとえば、3人でお酒を飲みにいったりとか。
大貫 「今までは全然なかったんですけど、去年の大晦日に、このままじゃあかんって思って、初めて3人で、お酒を飲みながらこれからの将来について話し合ったんですよ。3人でいろいろ言い合って、来年はこうしようって」
北澤 「せっかく集まったし、普通だったらそのまま3人で年越ししようってなると思うんですけど、日付が変わる寸前に解散しました」
石渡 「各々の場所で年越ししたんだよね(笑)」
北澤 「でもそれがあったからか、最近はやっとソフトに会話ができるようになって」
――友達同士がバンドを組んだわけではないから、これまではドライというか、バンドメンバーとしての関係性だった。
北澤 「そうですね。それ自体は良いと思うんですよ。友達のときのほうが楽しかったみたいな、カップルみたいなことになったら嫌じゃないですか(笑)。でも、悪く働いていた部分もあって、それに気づいてはいたんだけど、どうすればいいのかわからなくて。知らず知らずにそれぞれが悩んでるみたいな期間が長かった。そういうのがなくなって、ライヴでの団結感とかが目に見えてよくなってきた」
大貫 「高校1年生のときに〈EMI ROCKS〉に出させてもらったっていうのもあって、3人だけじゃなくて、ほかの人が手伝ってくれるのが当たり前になっちゃってたところがあったんだと思います。もちろん今もたくさんの方にいろんなことをしていただいてるんですけど、3人でぎゅってなったのはあの日だったかな」
北澤 「うん。これまでは、そういう手伝ってくれている方も含めてみんなで輪になってる感じだったんですけど、3人を中心にみんなが集まってきてくれてるっていう状況に、やっとすることができた」
――それは曲を作っていくうえでも影響ありました?
北澤 「これまでだったら少し妥協していたような部分も、ちょっと変えてみようよって緊張しないで言えるようになった。多分2人も、私の希望には頷かなきゃいけないような空気があったと思うんですけど、ちゃんと意見を言い合えるようになって。スタジオの楽しさとか充実し具合が全然違いますね」
――それまでは、気を遣いながらだった?
北澤 「と言うよりは、よくわかってなかった」
大貫 「そう、よくわかんなかったです(笑)。自分たちがそうしたいからそうする、じゃなくて、きっと売れてるバンドはこういうことをやってるんだろうなっていう感じだった気がする」
石渡 「まわりの大人に言われたことをやる、みたいな。自分たちでこうしていこうみたいな部分は少なかったですね」
――それは大きいですね。3ピースバンドは特に、それぞれがしっかりと意識して演奏しなければならないと思います。
北澤 「最初は3ピースになるなんて思いもしなかったんですよ。でも、3ピースでバチっと決められたときの奇跡感ってすごいじゃないですか。どのパートが抜けても、成立しないし。そこであえて勝負してる自分たちに誇りを持って、うまく見せられるように」
――とくに、ベースやドラムは、かなりアプローチが違うんじゃないですか?
石渡 「楽しいので気にならないですね(笑)。でもパフォーマンスに関しては、意識が変わってきました。棒立ちで丁寧に弾くのも、パフォーマンスしまくって全然弾けないっていうのもよくないなって思ってて。だからスタジオでは、なるべく動くようにしたりとか」
――音源には、ほかの楽器の音が入ることも多いですが、抵抗はないですか?
北澤 「ないですね。音源だとめちゃくちゃかっこいいのに、ライヴはあんまりかっこよくないよねっていうバンドって、ライヴがヘタなだけで、ほかの楽器が入ってることが原因なわけじゃないと思うんですよ。音源とライヴは別のものだから、いくらでもやりようがある。音源にもライヴにもそれぞれ伸びシロがあって、それをどんどん伸ばしていければと思ってます。ただ、引き算はうまくできるようにとは心がけてますね」
拡大表示
――根本的に、ライヴは好きですか?
北澤 「好きですね。とくにライヴ見た帰りとか、めっちゃライヴしたいって思います。ライヴハウスで育ったからだと思います」
大貫 「観るのもやるのも好きですね」
――ライヴハウス自体が好き。
北澤 「自分たちの青春は、全部そこで行なわれてきたような感じで」
石渡 「高校を卒業して2年間ライヴハウスで働いてたんですけど、それもすごい楽しかった。いつか恩返ししたいなって思います。有名になって大きなホールとかでやるようになっても、小さいライヴハウスでやれたらいいな」
北澤 「でも、やっぱり大勢のお客さんがいるほうが、ぐわーってなります(笑)」
――北澤さんは、これまでのインタビューなどを読んでいても、有名になりたいって言い続けてますよね。
北澤 「全然言います。ミュージシャンの人って、意外とそういうこと言わないんですよね。お笑い芸人の人とかは、よく言うじゃないですか。全然不快なことじゃないのに、なんで言わないんだろうって。明言することで、それに現実が追いついてくるみたいな部分もあると思っているので」
――たしかに、“売れたい”とはっきり言うのはあまりカッコよくないみたいな風潮はありますよね。
北澤 「全然恥ずかしいことじゃないですよね。そこはカッコつけるところじゃない」
――〈DECEMBER’S CHILDREN〉をはじめとしたイベント出演も続々と決まるなか、12月2日(金)、8日(木)には東京・大阪でのワンマンも控えています。ワンマンだと、見せ方の部分でもかなり違うんじゃないでしょうか?
北澤 「そうですね。ワンマンだったらあの曲を聴けるかもっていうお客さんもいるし、初めて来るお客さんもいる。the peggiesのこれまでの歴史も含めて全部を紹介して、もっと好きになってもらいたいです」
――東京は渋谷CLUB QUATTROという大きいステージ、そして大阪・阿倍野ROCKTOWN公演は東京以外では初のワンマンという意味でも大切なライヴですよね。
北澤 「大きなステップだけど、本当に大きなステップにできるかどうかは自分たち次第なので。後から振り返って、ひとつの分岐点になったと感じるような意味のあるライヴにできればなって思います」
石渡 「去年のワンマンは、まだまだ意識が足りてなかったなって思うんです。この1年ぐらいでまわりに教えてもらったことがたくさんあるので、それを活かせるようなワンマンにしたいですね」
大貫 「7月のライヴで、個人的にすごく悔しい思いをしたんですよ。だから、自分がちゃんとドラマーだって意識をもって……ちゃんとドラマーだ?」
石渡 「あははは(笑)」
北澤 「全然おかしいこと言ってないよ。大丈夫大丈夫(笑)」
大貫 「自分らしい演奏をしたいなっていうのがあります。まぁちゃんが言ってたように、バンドとしてこの1年ですごい成長できた部分があるので、the peggiesの良さを共有できる場にできたらいいな、と思いました」
――ありがとうございます(笑)。
北澤 「私たちは“女だと思われたくねぇ”ってやってるわけではなくて、しっかり女の子らしさも武器にしなきゃいけないとも思ってるんですけど、ライヴではバンドらしさを見せられるようになってきたと思うので。それを見に来ていただければと思います」
取材・文 / 木村健太(2016年11月)
撮影 / IGARASHI HIROAKI
2016年12月2日(金)
大阪 阿倍野 ROCKTOWN
Open 18:15 / Start 19:00
スタンディング 3,000円(1ドリンク別)


宣戦フ告 final(もうすぐクリスマス)
 〜ミクに祈りを、マキコに愛を、ゆうほにお寿司を!!〜
2016年12月8日(木)
東京 渋谷 CLUB QUATTRO
Open 18:15 / Start 19:00
スタンディング 3,000円(1ドリンク別)


オール・ジャンル 最新CDJ PUSH
 
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] スペシャルインタビュー 坂本慎太郎[インタビュー] 飼い慣らされない女たち――キノコホテル創業10周年 マリアンヌ東雲が2017年を振り返る
[インタビュー] 静的でありながら“不穏の予感”それでいて“快楽そのもの” ギリシャラブ・天川悠雅が目指す、理想の音楽[インタビュー] 西恵利香、2018年へ “いつでもそこで歌ってる人でありたい”
[インタビュー] サクソフォン奏者として、新たにバッハの音楽に息を吹き込む――上野耕平が挑むJ.S.バッハの無伴奏作品集[インタビュー] ビッグバンドは一生もの!――守屋純子がジャズ100周年を祝う「The 100th Anniversary of Jazz: Legends of Yesterday and Today」
[インタビュー] 新しい風が吹いている――吉田ヨウヘイgroupが『ar』で目指したバンド・サウンド[インタビュー] 好きなことや大事にしていることを信じて人生を謳歌しよう ベッド・イン『TOKYO』
[インタビュー] 優しく奏でる篠笛で、安らぎにあふれた時間を――佐藤和哉が妹尾武と紡ぐ初のカヴァー・アルバム[インタビュー] 常に上だけ見ていたい ゆるふわギャング“NENE”初のソロ・アルバムを発表
[インタビュー] 歌声で本当の気持ちを伝えられれば一番いい 桐嶋ノドカ「言葉にしたくてできない言葉を」[インタビュー] 月と対峙してきた人々の想いや営みを、ヴァイオリンの響きで――川井郁子、7年ぶりのオリジナル・アルバム『LUNA』
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015