映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』公開記念 ヘルマ・サンダース=ブラームス監督 interview

シューマン   2009/07/22掲載
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【interview】ヘルマ・サンダース=ブラームス監督






 来たる2010年には、ロマン派を代表する作曲家、ロベルト・シューマンが生誕200年のメモリアル・イヤーを迎える。しかし、それに先立つ2009年は、彼の創造のミューズであり生涯の伴侶として知られ、さらに時代を代表する名ピアニストとしても名を馳せたクララ・シューマンの生誕190年でもある。シューマン・ファンとしてはまさに慶賀すべき2年間というわけだ。

 この機会に花を添えてくれるのが、ヘルマ・サンダース=ブラームス(Helma Sanders-Brahms/英語読みならばサンダースだが、ご本人はドイツ語でザンダースとしている)監督の5年ぶりの新作映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』である。この作品は、ロベルトとクララのシューマン夫妻がデュッセルドルフに赴任してゆくところから、ロベルトが亡くなるまでの期間の物語で、夫妻と、親しくしていた新人作曲家ヨハネス・ブラームスとの間の芸術的シンパシー、また同時に複雑に絡み合った愛情関係が描かれている。

 一般公開を前に来日した監督に話を伺う機会を得たが、ベーシックな質問は、上映されるBunkamuraのサイトなどでも読めるので、ここでは少し毛色の異なった話をご紹介しよう。





――今回、音楽や音楽家をテーマとされたのはどうしてでしょう。
ヘルマ・サンダース=ブラームス(以下、同) 「シューマンやブラームスの音楽をすでにご存知の方にとっては、この映画をご覧になることによって、その音楽が持っている真に重大な意味というものを再認識していただきたいということがあります。また、この映画を通じて初めて彼らの音楽に触れる方は、音楽の中に――通常私たちが“音楽”と言っているもの以上に、とても深い――たとえば、愛ですとか、死、不安、恐怖、そういったさまざまなものが表現されているんだということをわかっていただきたいと思います。彼らの音楽作品は、放っておけば生まれるようなものではなく、どれだけの努力や苦悩がその背後に隠れているか。一つの曲を仕上げるために、どれだけのものを代償として支払っているかというところも」


――その“代償”というのは?
 「たとえばシューマンは、人前で何かをするということにとても恐怖心を持っている人だったんですね。また、彼は常に頭の中で音楽が鳴っていて、楽譜を書き続けていたんじゃないでしょうか。シューマンの日記の中にもそういった作曲メモがよく出てきますし。そういう状態にある人間というのは、誰か別の人が来た時に、その人をきちんと認識するという能力がなくなってしまうんですね。

 この映画の中で扱われているのは、シューマンがデュッセルドルフのオーケストラの指揮者兼音楽監督という定職を得て、家族とともに生活を営んでゆくという時期なんですけれども、それがうまくいかない。シューマンは、オーケストラの人たちとうまくコミュニケーションを図ることができないのです。それは、彼の頭の中には別の音楽が常に流れているからなんですね。おまけに、彼の地位を狙っているタウシュという謀略家までいました。タウシュは、のちに実際にシューマンの後任として音楽監督になって、さまざまなことを書き遺しています。“たしかにシューマンは偉大な作曲家ではあるけれども、指揮者としては無能だ”とか」


――よくある質問だとは思うのですが、監督はかつては“ブラームス”という姓を用いていなかったのが、ある時から受け入れましたよね。そのきっかけは何だったのでしょう。
 「ブラームスは私の母方の姓です。ブラームス姓を使うようになったのは、子供を産んだ時に、母の姓も付けるというように変えてからです。それまでは、私自身はブラームス家に連なる人間であることをそれほど意識していませんでしたし、あまりブラームス家の人たちと密接な付き合いもしていませんでした。というのは、若い時分は皆そうだと思うのですけれども、親とは違うようになりたい、親から離れたいと思うものですよね。また、ブラームスの音楽というのは、当時の私にとっては“老人の音楽”のようなものでした。私が見ていたブラームスの写真といえば、いつもあのヒゲを生やしたおじさんのものでしたし。知らないというよりも、さほど関心もなかったというのが正直なところですね」


――となると、監督の音楽的なルーツは?
 「むしろ、若い頃はドアーズとか、その当時の若者向けの音楽――ヴェルヴェット・アンダーグラウンドニコカーンとかが好きでしたね。一番好きだったのはスプーキー・トゥースでした。TV局で働いていた時はロック・コンサート担当だったんですよ。ザ・フーとかピンク・フロイドなど、有名なロック・コンサートはそれこそ軒並み……ドイツで行なわれたローリング・ストーンズのライヴはほとんど全部行っています。どうしても観たいと言ってわざわざ出掛けて行きました。その当時は、ブラームスはどうもダメでしたね。

 ですが少し歳を重ねて、娘を産んで、その時に母について関心を持つようになりました。それで『ドイツ・青ざめた母』(1980)を作ったのですが、その時に初めて自分の名に“ブラームス”の姓を入れたんです。ブラームス家という要素が私の中にもあるんだということを明確に認識しました。そしてブラームスの音楽を徐々に理解し、彼の音楽に心を打たれるようになり、次第に自分の内にあるものとの共通項がわかるようになったのです。ヒゲを生やしていない、若い美青年時代のブラームスの写真を見たんですね。あら悪くないじゃないっていう感じで、ちょっと恋をするくらいになりました(笑)」


――そのブラームスが、シューマン一家のもとへやってきて、不思議な関係を作ります。
 「ブラームスは、皆に対して“誘惑者”という役割で現れます。子供たちにとっても、クララにとってもそうだった。クララは、ブラームスがどれだけの才能を持っているかということを見抜いた。シューマンも本当に惹き付けられました。シューマンは若い男性に対する関心というものが強かったみたいですね。ブラームスにどれだけ強い関心があったかというのは、7〜8回ブラームスの肖像画を描かせていることからもわかります。これが、物語としてはじつに緊張感を持たせます。若い男が家族の中に入ってきて、全員を惹き付けてから、家を出てゆく」


―― 一種、パゾリーニの『テオレマ』(1968)の話を聞いているようですね。ところで、映画に登場するオーケストラ“ダヌビア交響楽団”は、どのような団体なのでしょう?
 「音楽サイトのインタビューですので、これだけは言っておかないといけませんね。このオーケストラは、じつはリスト音楽院の先生と学生たちのオーケストラなんです。当時のオーケストラは男性だけでしたし、今のように日本や韓国や台湾の奏者たちが入っているはずのない時代でした。ですので、この映画のためだけに結成した男性学生と男性教師陣のオーケストラなんですよ(笑)」


 映画におけるクララ・シューマンといえば、すでにキャサリン・ヘプバーンが『愛の調べ』(1947)で、ナスターシャ・キンスキー『哀愁のトロイメライ』(1982)で、それぞれ演じており、今回は3度目の映画化となる。この作品でシューマン夫妻へのご興味を持たれた方は、ほかの2本もぜひご覧いただき、描かれ方の違いなどを味わってほしい。

 そういえば、この『クララ・シューマン 愛の協奏曲』には、ナスターシャ・キンスキーの弟のニコライ・キンスキーもかかわっているという。冒頭で若きシューマンとして登場する……はずだったのだが、劇場公開ヴァージョンではカットされてしまった。いずれリリースされるDVDのディレクターズ・カット版では復活するかもしれないとのことなので、そちらもお楽しみに。



取材・文/松本 學(2009年6月)



【column】使用楽曲&シーン解説



 『クララ・シューマン 愛の協奏曲』には、ロベルト・シューマン、クララ・シューマン、ヨハネス・ブラームスそれぞれの楽曲がちりばめられている。なかでも印象的に使われている曲をご紹介するとともに、その曲がそのシーンに使われた意味や効果を考えてみよう。





シューマン:ピアノ協奏曲op.54&ブラームス:ピアノ協奏曲第1番op.15
 『クララ・シューマン 愛の協奏曲』は、ステージでクララがピアノ協奏曲を弾き、客席でブラームスがそれを見つめるシーンで始まり、同じシチュエーションで終えるという仕組みをとっている。異なるのは、オープニング・クレジットではシューマン、エンディングはブラームスの作品がそれぞれ演奏されるということ。前後を同じスタイルとすることで、映画の構造をがっしりと固める役割を担っている。


シューマン:交響曲第3番「ライン」op.97
 この曲は映画全体の中でもっとも重要な役割を果たす。まずはデュッセルドルフのオーケストラで、第1楽章を練習するシーン。作品は絶賛されつつも、シューマンの指揮は不評で、彼は逃げ帰るようにその場を去る。第1楽章を指揮している最中に、これから作曲するはずの第2楽章の楽想が頭の中にあふれ、指揮に集中できなくなってしまったからだった。初演では、不調のシューマンを補佐してクララがともに指揮をすることに。『敬愛なるベートーヴェン』(2006)を彷彿させるシーンでもある。そのほか、「ライン交響曲」はシューマンの頭に起こる混乱の象徴として、旋律を混ぜ合わせて用いられてもいる。なお、パンフレットにはこの作品を“変ロ短調”と記載しているが、“変ホ長調”の誤りである。


ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番op.2
 シューマン家を訪ねてきたブラームスが持参した譜面を夫妻が試奏する。この時の驚嘆が、シューマンに“新しい道”というブラームスを絶賛した記事を書かせた歴史的場面だ。ここでは、第1楽章が演奏されている。ブラームスがシューマン家を訪問するのは1853年なので、1852年に書かれたこの作品はすでに存在してはいたが、実際にこの場で弾かれた曲は別のものらしい。


シューマン:『色とりどりの小品』op.99〜第4曲「アルブムブラット機
 先のブラームスのソナタをクララが弾いた後に、「今度は君が」と促されてブラームスが弾くのがこれ。淡々として落ち着いた旋律が先の曲と際立った対照を成す。しばらくすると、その音楽センスに心を奪われたシューマンが隣に腰掛けて連弾となる。クララは急速に近付く2人の後ろ姿を眺めつつ、この若者ブラームスへの興味と、同時にシューマンとブラームスとの間に育ちつつある絆をも感じ始める。やや気になるのは、クララがこの曲を聴いて、「私があなたより若い頃に作った曲よ」と話す点。ちょうどこのブラームス訪問の年に、クララは同作品の主題を用いて「ロベルト・シューマンの主題による変奏曲」op.20を書いてはいるのだが……。


クララ・シューマン:「ロマンス・ヴァリエ」op.3
 クララが若い時分に書き、ロベルトに捧げた作品。映画では、シューマンの最後の子供フェーリクスが生まれたお祝いに寄ったブラームスが弾き(序奏はカット)、「若い頃の曲ね」とクララが笑みを浮かべる。場面はシフトし、ステージでクララがこの旋律を演奏している。だが、こちらは同主題を用いた、シューマン作曲の「クララ・ヴィークの主題による即興曲」の冒頭主題部分(初版ではなく改訂版を演奏)。つまりブラームスによって、シューマンに捧げた自作を思い出し、演奏会でシューマンによるクララへの返歌を演奏するというなかなかに凝った演出をとっているのである。



(文/松本 學)



映画『クララ・シューマン 愛の協奏曲』
7月25日(土)より、Bunkamura ル・シネマにて愛のロードショー! 全国順次公開




【監督・脚本】
ヘルマ・サンダース=ブラームス
【出演】
マルティナ・ゲデック
パスカル・グレゴリー
マリック・ジディ 他

制作:2007年
ドイツ・フランス・ハンガリー合作

提供:ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム

【オフィシャル・サイト】
www.clara-movie.com
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