感覚的には聴覚しか無いってところを信じたい――杉本佳一、初本人名義での劇伴音楽集『PLAY MUSIC』をリリース

杉本佳一   2014/12/22掲載
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エレクトロニカ黎明期の1990年代末にFourcolorとして活動を始めて以来、FonicaFilFlaVegpherと複数の名義で国内外のレーベルからコンスタントなリリースを続けている杉本佳一。テレビ番組やCM、企業のプロモーション映像などへの楽曲提供も多く、CDやライヴ以外でも日常的にその音楽を耳にする機会も増えている。そんな職人的評価の高まる杉本が、デビューから15周年を迎えるタイミングで初となる本人名義でのアルバム『PLAY MUSIC』を発表した。その内容は「劇伴音楽集」。遊園地再生事業団 / 宮沢章夫バストリオ / 今野裕一郎、マームとジプシー / 藤田貴大という、幅広い世代の劇作家たちに捧げた膨大な音源から厳選した本作は、なんと全53曲の2枚組。それも、2011年から2014年までのたった3年の間に生み出されたとは信じ難いボリュームとバラエティ、そしてクオリティである。今回はアルバムをまとめあげたばかりの杉本佳一と、リリース元であるHEADZのA&R 荻原孝文を迎え、制作の背景から作品に込めた思いまでを語ってもらった。

1. 言葉にできないところを汲み取るのが大変でもあり、面白くもある
2. 根底にあるのは“無いものにしたいな”っていう思い
言葉にできないところを汲み取るのが大変でもあり、面白くもある
――デビュー15周年で初の個人名義のアルバムが、演劇という異分野からのオーダーで作られた楽曲集という形になりましたね。これまでの作品とは違う感慨があったりするんですか?
杉本佳一 「まず、遊園地再生事業団もバストリオもお芝居自体が強烈なので、ヘタなもの作れないじゃないですか(笑)。“こういうシーンだからこういう曲がいいな”と言われても、それを素直に受け取っていいのかみたいな。単にオーダーに応える以上のことを考えながら作った結果、CM音楽とかのクライアント仕事には収まらない、自分自身の作品ができたという感じはしますね」
――いわゆる劇判の作り方とも違いそうですよね。
杉本 「やっぱり、プロデューサーや音楽監督がいる普通の商業演劇の劇判とは違うんじゃないかなと思いますね」
――元々のきっかけは今作のリリース元でもあるHEADZの佐々木(敦)さんですよね。
杉本 「早稲田で佐々木さんが宮沢(章夫)さんとの交流を通して『トータル・リビング 1986-2011』の音楽担当を探していたことと、ちょうど同じ頃に遊園地の役者兼制作である上村(聡)さんがFilFlaのライヴを見に来てくれたことがきっかけで、僕に依頼したいという話になって。遊園地にとっても数年ぶりの公演ということで、スタッフの入れ替えを考えていたタイミングだったみたいです」
――当時、佐々木さんからの期待って聞いてました?
杉本 「あ〜……なんか言ってましたかねえ」
荻原孝文(HEADZ) 「まあ僕らの中ではよくいう話なんだけど、もったいないと。杉本くんがこんなにいろんな作品を出してるのに、どうしてもっといい仕事が無いんだと(一同笑)。いや、もちろん仕事はちゃんとしてるんだけど、もっといい舞台に立たせて上げたいということは常々言ってて」
――それ以前の2007年には、奥原浩志監督の映画『16』でも佐々木さんの紹介で杉本さんが音楽を手がけていますよね。
荻原 「そうそう、そこからの流れです。受け身ではないワンランク上の対応ができる音楽家を紹介したかったという」
杉本 「今回、すごくガチッと来たなという感じはしました」
――宮沢さんという、プロデューサーである以上に劇作家という立場の方からのオファーということも作用したんでしょうか。
杉本 「そうですね……。僕は基本的に音楽を作ることが好きなんですよ。“作ったものをどう見せよう”とか“せっかく作ったんだから”ってことにはそんなに興味がない。『トータル〜』をやってみてわかったんですが、宮沢さんもアーティストというよりは職人タイプ。最初にご一緒させてもらったときに“この人、編集者みたいだな”と思って。宮沢さん自身“作品の9割は役者”と言ってますけど、役のひとつひとつはもちろん、舞台美術、音楽、照明……それぞれの力をうまく編集してひとつの舞台に仕上げていく、そういう編集気質にはすごく親近感を感じましたね」
――初めての演劇の現場、実際にやってみて当時はどんな印象でしたか?
杉本 「いきなりこんな大物の音楽を作るのはただ事じゃないと思って、とにかく稽古には行こうと。作っている間はこれまでに自分がやってきたものをインプットしようと思いましたね。というのも、本公演よりも前に台本を朗読するリーディング公演というのがあって、宮沢さんも客観的にこの先の作り方を考える場なんですが、そのときに僕の既存の曲を使ってくれていたんです。あ、これまでの自分でいいんだと思いました。あと、当時は2011年という特別な時だったので、そういうことも意識したりとか」
――今回のアルバムでは時系列に曲が並んでいますが、演劇作品ごとの違いはもちろん、宮沢さんと今野(裕一郎)さんという個性の違いも際立っていますね。その上でやはり杉本さんらしい冷静さもキープされています。
杉本 「当時は気づかなかったけど、客観的にまとめてみると、やっぱり自分の音だなと思いますね。聴く人にも、そこを納得してもらえたらいいなと。確かに演目によって音楽のテイストは違うし、宮沢さんと今野さんでオーダーの仕方や求めてる感じも違うんですけど」
――違うというのは?
杉本 「すごく細かい話になっちゃうけど、宮沢さん向けの曲はわりときっちりしているイメージがありますね。細かい意識下の話だけど、グリッドに沿っているというか、1, 2, 3, 4, と拍に入っている感じ。今野さんの方はもうちょっとゆるいというか、四拍目に入るべき音が次の拍との間にこぼれちゃったみたいなのが許される。FilFlaとminamoの違いに似てますかね」
minamo x バストリオ『100万回』 / photo (c)黒木麻衣
――台本の書き方の違いもあるんですかね。
杉本 「宮沢さんは戯曲から入ってそこから役者さんもスタッフも始まるので、ト書きの中に“ここで曲が流れる”というのが最初からあります。一方で、今野さんは役者さんと一緒に作り上げてくという違いがある。そうは言っても、どちらも音楽家として入り込める場があるんですよね。自分はいろんな名義で音楽家としてやっているけど、音楽的な主張はあまり無くて作ることが好きなので、ある意味どんな形でも主張はできるというか、主張の仕方を変えられるというか」
――80sテイストや、もろレゲエな楽曲なども飛び出してきますけど、宮沢さんの中にあるサンプリング / シミュレーショニズム的着想がオーダーにも込められていたのかなと推測しつつ、そのどれもがしっかり杉本節になっているのが面白いですよね。実際に音楽のスタイルに関して具体的な指示がまずあって、それを解釈して作っていくようなプロセスだったんですか?
杉本 「ケースバイケースですかね。〈やっぱりパーティーが開かれている〉という曲はダンスパーティのシーンのために作ったものですけど、宮沢さん自身が体験したちょっとバブリーな時代にどんな音楽が流れてたかって話す中で、“オールドスクールなヒップホップの感じとかどうですか?かかってました?”って聞いてみたら“ああ、かかってたかもなあ〜”って(笑)。“じゃあそんな感じで作ってみます”って言って、結果的にその曲で役者さんがめちゃめちゃ踊る、みたいな(笑)。宮沢さんはあまり細かいことを言わないんですよ。それは応えなきゃいけないってプレッシャーにもなるんだけど。『夏の終わりの妹』とかも“夏なんでハワイアンとかどうですかね〜”とか僕から言ってみたりして。そういうのとは逆に具体的な指示もあります。〈デモに合う曲〉は、まんま〈Strings of Life〉(デリック・メイ)ですね。〈ハンモックの揺れ〉は完全にベンチャーズのテケテケ」
――これはサンプリング?
杉本 「いや、もちろん全部自分で弾いて。こういうのは完全にト書きに書いてあったことですね。ただ、“ここで音楽が鳴る”と指示があっても、宮沢さんの話を聞いていると、(芝居の中では)劇判としての意味を出したくないんですよ。本当は。そこで音楽が聞こえているというだけ。だから、悲しいシーンだから悲しい感じの音楽を作るといったことが完全にNGで。逆に楽しい音楽を作ったりとか、そういうことも汲み取らないといけない。何も無いところからではない分、自分なりにテーマを設定して作りました」
――制作中は普段聴かない音楽を聴いたりしました?
杉本 「んーと、ベンチャーズとかめっちゃ聴きましたよ。iTunesで買って今もiPhoneに入ってますし」
荻原 「そのベンチャーズ、僕が聴くとモノクローム・セットに聞こえる」
一同 「あ〜!」
杉本 「それ、遊園地の音響の半田(充)さんにも言われたんですよ(笑)。“まんまな感じが苦手な人だね”って」
――世代のフィルターがかかってるというんですかね。ロックにしても正統派じゃなくて“これペイヴメントよね?”みたいな。
杉本 「(笑)そうそう、かなり近づけた感じがしてもやっぱり聴く人が聴くと違うみたいで。自分としては何が違うんだろう?みたいな(笑)」
――そこが宮沢さんにとって良いハズしになったということはあります?
杉本 「宮沢さんは何も言わないんですよ。ただ(ベンチャーズ風の)テケテケはあまりにそのまんま過ぎると思ったから、本当は高い音から低い音にいくのを逆にしてみたんですけど“あ、やっぱ(オリジナルに)近づけて”ってあっさり言われて(笑)そこは宮沢さんもしっかりしたイメージがあるんだなって(笑)」
minamo x バストリオ『100万回』 / photo (c)黒木麻衣
――バストリオはどうですか?
杉本 「今野さん自身は音楽を作る人ではないんだけど、彼の中では“こういう音楽が来てほしい”というイメージがあります。その言葉にできないところを汲み取るのが大変でもあり、面白くもあるんですよね。たぶん、今野さんは役者さんが出してくる言葉や動きのモチーフを見ながら作っていくので、そこでしっかりイメージができているものをどう音楽にしようかというやり取りをしますね」
――バストリオの曲には松本一哉さんのドラムや澤田栄一さんのフィールド・レコーディングなども音源として使われています。そういった生の質感の入れ方とかも、さっき話していたグリッドに沿わない感じと関係しているんでしょうか?
杉本 「そうですね、確かに。宮沢さんが持つ整然さに比べて、バストリオからはオルタナティヴな印象を受けてます。宮沢さんが完全に一人で本を書くのに対して、おそらく今野さんは、役者さんの実体験とかいろんな人の要素が入ってくるという、そこの違いじゃないかな。それが無意識に僕の中にも入ってきているのかな」
――話は変わりますが、演劇は音を鳴らす環境の影響も独特ですよね。ライヴと録音物の交叉する部分ともいえると思うんですけど、そのあたり普段の作品づくりと違うところはありますか?
杉本 「ああ、それは大きいかもしれないですね。遊園地の場合は音響に半田さんが入っているので、そのあたり全く心配はないですよね。大体いい感じにしてくれるので、僕は作ることに集中できるというか」
――いい感じというのは、自分が作っている時の想定に近い音を出してもらえるということ?
杉本 「出音は演出の役割なので、僕は100%自分の力を出すだけ。演出でもっと音を汚したいというようなことがあれば、それは半田さんの仕事になります。例えばラジオから曲が流れるシーンでは、直接ラジオから流せるように半田さんがしてくれる。音楽としてはいつものように作るだけで、ラジオっぽい音質にすることもなく。台詞と絡む音量調整も同じです。バストリオはみんなで作り上げるので、遊園地とは違いますね」
――音響的な調整やリクエストを杉本さんからも出すことが?
杉本 「ありますね。音響の設備が無いギャラリーとかを会場にすることが多いし。『Rock and Roll あなたにとって大切なのはココロ』の時とかは“爆音を出したい”から始まったので、音楽的なこと以前にスピーカーを入れなければどうしようもないと。で、会場の大きさに比べるとかなり大きいスピーカーを用意して、お芝居の中でもその存在を意識させる演出にするとか。『Very Story, Very Hungry』は、逆にすごく広い空間(BankART NYK)で、残響がものすごいんですよ。コンクリートで固められた部屋で縦も横も広いし、台詞も聞き取りづらい分、調整がありましたね。モノラル寄りにしてあまり広がらないようにしたりとか」
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