新しい風が吹いている――吉田ヨウヘイgroupが『ar』で目指したバンド・サウンド

吉田ヨウヘイgroup   2017/12/19掲載
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 2016年の初めに活動休止を発表した吉田ヨウヘイgroup(以下YYG)が、その秋になって活動を再開した。休止期間としては約10ヵ月とそれほど長いものではない。だが、レギュラーのリズム隊が脱退し、4人編成+サポートという新しいかたちを選択した彼らには、あきらかに心機一転の風が吹いていた。また、この休止中にギタリスト西田修大がCRCK/LCKSものんくるといったジャズ・シーンから登場したポップ・バンドとの交流を深めるなど、シーンの変化との接点も目に見えるかたちで生まれている。
 再開から約1年、新体制での最初の作品であり、約2年半ぶりとなる新作『ar』を発表したタイミングで、リーダーの吉田ヨウヘイにひさしぶりに話を聞いた。そこから見えてきたのは、休止を経てむしろ彼の中ではっきりと見えた音楽観であり、バンドというスタイルへの思いだった。
──去年、YYGがいったん活動を休止して、10月に再開という発表があったわけですが、その時点では、サポートを入れる場合もあるし、今の編成の4人だけでやる場合もあるというニュアンスの発表もありました。それを聞いて、もしかしたらリズムは打ち込みにするとか、そういうアプローチも考えているのかなと想像していました。
 「実際、そういうパターンも考えて、4人でライヴやったこともありました。本当は、スティーリー・ダンみたいに、曲によってやるべき人を呼ぶ、みたいな方法にも憧れはあります。でも、あらためてバンドでやってみてわかったのは、僕は一緒にやってもらう人に対してはバンド的な、一回きりじゃないある種ダラダラとした感じもやっぱり求めてて(笑)。スティーリー・ダンだったら当日までに譜面を全部渡して、それをやってもらって、よくなかったら次はもう呼ばないってくらいまで徹底しなくちゃいけないんだろうなというのもわかってるんですけど、自分たちはたぶんそれだと力を発揮できない。メンバーの前向きなやる気みたいなものを感じつつ、バンドとして音楽をやるという方法しか結局できないだろうなと」
──そのうえで今回のレコーディングも含め最近のライヴでは、ほぼ固定サポートとしてドラムの岸田佳也さん、ベースのサカモトノボルさんが参加していますが。
 「岸田さんとノボルもそういう前向きな感じをすごく出してくれて。今年(2017年)の4月から6月にかけてライヴを立て続けに3、4本やったときも全部2人に頼んだし、そこからアルバムの録音もこの編成を軸にやると決めました」
──今度YYGのリリース・パーティー(12月20日)で対バンするCRCK/LCKSもそうですけど、海外の新しいジャズの影響というか、ジャズから音楽作法を学んできた人たちがやるロックやポップスという新しい流れが出てきましたよね。しかも今、西田くんはCRCK/LCKSのメンバーともすごく仲がいいし、岡田(拓郎)くんのソロ・アルバムやライヴでは石若(駿)くんもがっつり絡んでいる。
 「岡田くんがソロを去年の夏に録ってたとき、西田がギター、僕が録音の手伝いで呼ばれて行ったら、ドラムが石若くんだったというのが最初にあるんです。さらに、去年(2016年)の12月のイベントで僕らがCRCK/LCKSと対バンしたときに、他のメンバーも全員紹介してもらって仲良くなった、みたいな流れでした。実際、西田くんはCRCK/LCKSで井上(銘)くんの代役でギターを弾いたり、ものんくるに呼ばれたり、どんどんジャズ人脈での活動を広げてますよね」
──その流れを考えていくと、もともと吉田ヨウヘイという人がジャズ頭のロック・ミュージシャンだったはず、と思い当たる部分もあるんですよね。吉田くんとは一世代くらい下の人たちの流れではあるんですけど、どういうふうに見えてるのかは気になります。
 「CRCK/LCKSは僕もよくライヴを観に行ってるんですけど、最初、彼らはロックっぽくない方向に行くんだろうなと思ってたんですよ。言い方が難しいんですけど、ロック・バンドっぽい一体感とかじゃなくて、個人のプレイヤーとしてのすごさがより発揮しやすいバンドになるんだろうと思ってたら、何度もライヴを観てると、普通にロック・バンド的なよさがどんどん上がってるんですよ。今までも日本のジャズ・ミュージシャンがロックやポップスの方向でやろうとしたバンドはありますけど、CRCK/LCKSみたいなタイプのよさはあんまりなかった気がする。だからすごく新しいし、見たことないなという気がします」
──新作『ar』を聴いて、すごく風通しがいいし、うねりを感じたんですよ。
 「ありがとうございます。今回のアルバムはいちばん自分で繰り返し聴けるんです。そういうのは初めてなんです」
──過去のアルバムでは、サウンドの圧迫感とかリズムの切迫感が持ち味でもあったんですが、そのテンションを保ちつつ、抜けがよくなってると思います。
 「今回、ドラムとベースを初めて同録にしてみてるんですよ。あと、自分なりに最近のジャズも聴いたし、ボン・イヴェールチャンス・ザ・ラッパーフランク・オーシャンも聴いたし、“今ってこうなんだよな”ということを考えて新しいことをやってみて、結局、行き着いたのが“ドラムが近い”という感覚だったんです。ドラムが前に出てるサウンドを意識して軸にやってみたら、普段ライヴでやっているような、音は結構シンプルだけど演奏のよさで成り立たせるアルバムができるかもという感触を得て。そこで方向性をアジャストしてからうまくいったという感じなんです」
──なるほど。それはかなりの変化だったんですね。
 「ジム・オルークとか(スティーヴ・)アルビニとか好きだったんで、今まではああいう“遠いドラムでの生々しさ”というのが自分の基本にあったんです。でも、今回は“こういう近い音にしてくれ”というリクエストをエンジニアさんに言い続けたんです」
──吉田さんは自分でエンジニアもやる人ですけど、今回は自分ではミキサー卓を触らず?
 「はい。僕がやったら、もっとしみったれたものになっていたかも(笑)。音として今回は意識したものにしないと成り立たないと想像してたので、自分はいじらないようにしようと決めてました」
──アルバムからは先行して「わからなくなる前に」が公開されていましたが、具体的に新しい方向性を決めた曲は他にもあるんですか?
 「どの曲というより、レコーディングの初日にアルバム前半の曲を録ったんですけど、その夜にエンジニアの人にミックスしてもらって、ドラムの音がイメージどおりになった瞬間に“いける!”と思いましたね。〈トーラス〉も最初は打ち込みにしようと思っていたんですけど、ミックスしてみて、このドラムの音だったら生でいけると思えたので、そのままにしました」
──吉田、西田、reddam、クロという4人になって、コア・メンバーとして女性メンバーのリード・ヴォーカル曲が1曲ずつ(クロ「フォーチュン」、reddam「シアン」)あるのも、構図として不自然じゃなく感じられます。
 「歌詞も2人にそれぞれ書いてもらいましたし。一緒に作った感があります」
──自分の歌詞はどうですか? なんとなく意味ありげというか、この3年くらいの休止と活動再開についての心境を思わせるフレーズが結構あるように聞こえました。
 「作ってるときはそうは思わなかったですけど、できあがって最近読んで思ったのは、無理して言葉を書かなくなってるなということですね。サード・アルバムまでの僕の歌詞はラブソングばっかりなんですよ。その理由は“ラブソングを書きたかった”というより、昔、西田くんに“吉田さんの歌詞は悪いところないし言葉のチョイスも好きだけど、何も起こらないし、誰にも突っ込まれないことを目標にしてないか?”みたいなことを言われて。でも、そこに思い当たる部分もあったので、このバンドを始めるにあたっては、ラブソング的なことを書くことを意識したんです。そうすると勝手に言葉があぶない感じになるから起伏が入るし、言葉が割と統制されていて没入感があんまりないという、周りの人が評してくれる僕の特徴がいいほうに作用するなと思えて。でも、今回の歌詞を読み返したら、わりと日常的なことにちょっとあぶなかったり、起伏のあるテイストを入れたりすることができるようになったのかなという感じがしました」
──つねづね吉田くんってこうしてしゃべっていても論理的だし、言葉が明快だし、おもしろいなと思ってるんですよ。今回の歌詞は、自分とか自分がやるべきことは何なのかということに向き合って出てきた言葉なんだろうなと思ってました。
 「アルバム最後の〈拡がった現実〉の歌詞をいちばん最後に書いたんですけど、あれは曲調も含めてビートルズの〈ア・デイ・イン・ザ・ライフ〉っぽくしようとしてるんですよ。そのきっかけには、People In The Boxの波多野(裕文)さんと歌詞について話す機会があって、“波多野さんみたいな人は歌詞にする言葉をどんどん思いついてしかたないんだろう”と思ってたら、“そんなわけないだろ”って言われて僕も救われた気持ちになったということがあって。その気持ちで〈ア・デイ・イン・ザ・ライフ〉の歌詞を読んだら、“ああ、これはアルバム何枚も作ってきて書きたいことがなくなった人の歌詞だ”と思えたんです(笑)。朝に新聞を読んでてこんなニュースがあった、みたいな、自分の目に映ったことを歌詞として優れた体裁に落とし込む力があれば、テーマがあふれ出てこなくても、好きな歌詞になるんじゃないかって」
──吉田くんの歌詞があるとないとでは、YYGの印象はずいぶん違うと思います。
 「自分の自覚とは、そこはいちばんずれてますけど(笑)。ただ、今回歌詞を書いていてひとつよかったのは、今までに書いたことのある形式の歌詞が増えてきて、“この形式はやったことあるぞ”みたいなことを書いてるうちに思い出す部分があったんです。“こういうときにはこうしたらいいんじゃないか”みたいなことを前よりも思いつきやすかった。たとえば、〈トーラス〉とかは自分の中では“同窓会系”なんですよ。何年かぶりに同窓会で会った知り合いと話す、みたいな」
──それはおもしろいですね。しかも、過去の自分と向かい合う時間でもあるし、今は違う自分になっていると自覚する場面でもあって。
 「ただ、音楽に比べて、言葉はなかなか形式が見えてこないんですよね。だから歌詞に関しては確たるものはいまだにないんですけど」
──でも、reddamさんやクロさんは吉田くんがこれまでに書いた歌詞を歌ってきて、そこにあるテーマ性を汲んだからこそ、今回はああいう歌詞を書けたんじゃないでしょうか?
 「そういうふうに頑張ってくれたんだと思います。僕だったら人から“俺の歌詞っぽく書いてくれ”とか言われたら何にも書けないので、こっちから“合わせてくれ”とか言ってないですけど、2人は自分たちの書ける歌詞の中でテイストの近いものをという意識は結構強く持ってくれたみたいです」
──それが彼女たちからのYYGへの意見みたいな感じにも思えて、すごくいいんですよね。バンドの中でメンバーに新しい役割を与えてやらせてみると、おのずとバンドに対する批評みたいな表現になるから、そういうよさが出るんですよね。
──YYG休止後に、ソロとして自分の作品を作る気持ちはありませんでした?
 「僕はやっぱり人に投げたいほうなんですよ。今回も西田くんが共作(〈トーラス〉〈1DK〉)してくれたり、reddamちゃん、クロちゃんが作詞してくれたり、そっちのほうがぜんぜんうれしいんですよ」
──そういう意味では吉田くんはやっぱりバンドマン体質なんでしょうね。
 「僕や西田はリハが好きなんです。同じ曲を繰り返し演奏して思っているニュアンスをみんなで共有するための。ライヴで褒めてもらえるのもだいたいそういう過程を経たところなので、それに向き合うことが大事かなと思って今回も作ったところはありますね」
──リハですか。セッションとはまた違う?
 「そうですね。セッションみたいな作曲やアレンジ的なクリエイティヴさはあんまりない、繰り返すやつです(笑)。サポートの人からしたら、それって受け入れる理由がないですよね。でも、それが僕たちにとっては意味があることなんだって、自分たちが伝えるのも大事だし、向こうがわかってくれようとしてくれるのも大事だし。わかってもらえれば繰り返す回数は減ります。そういうところが録音までうまくいったという意味で、今回のアルバムの満足度は自分なりに高いです」
──こうしてアルバムを出した以上、ライヴも今まで以上に本格的に。
 「そうですね。こうして活動している以上“本格的に”というのは始めた時点で言わなきゃいけないと思っていました。今回、アルバムを作りきってから最初の練習をしたんですけど、ここからまた一気によくなりそうだという感触がありましたね。サポートの人も“おまえといくぞ”とか言葉で言われたいわけではなくて、一緒に作って、アルバムが出て、自然と欠かせない雰囲気になると結構違うのかもなと思いました。演奏にも、昔やりすぎて結構こじれたなと思ってたところから、もう一回その先を見れそうな感覚がある。ちょっと違うフェーズに行ける感覚がありました」
取材・文/松永良平(2017年11月)
吉田ヨウヘイgroup
“4th Album 『ar』release Event”
12月20日(水) 東京 渋谷 WWW X
ゲスト: CRCK/LCKS、People In The Box
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