エリオット・スミス──世代を超えて愛され続ける孤高のシンガー・ソングライターの生涯とその音楽

エリオット・スミス   2010/11/17掲載
はてなブックマークに追加
 グランジのギター・ノイズが世界中のロック・シーンに吹き荒れていた90年代。アメリカのオレゴン州ポートランドから、一人のシンガー・ソングライターがひっそりとデビューした。彼の名前はエリオット・スミス。エリオットはヒートマイザーというロック・バンドで活動するかたわら、ガールフレンドに薦められて4トラックでデモテープを制作。その音源を聴いた地元のインディ・レーベルが、エリオットにアルバムを出すように持ちかけたのだ。グランジ・ブームの真っ只中にギターの弾き語りでデビューするなんて無謀とも言える話だが、1stアルバム『ローマン・キャンドル』は94年にリリース。そして、グランジという嵐のなかで灯された、その小さなキャンドルの炎は、決して吹き消されることはなかった。

 その後、エリオットは、さらに2枚のアルバム『エリオット・スミス』(95年)、『イーザー/オア』(97年)を発表するが、大きな転機になったのが、映画『グッド・ウィル・ハンティング』(97年)のサントラに曲を提供したことだった。映画はヒットして、エリオットが歌った主題歌「ミス・ミザリー」はアカデミー賞にノミネート。セリーヌ・ディオン「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」(『タイタニック』の主題歌)と賞を競った。一躍、時の人となったエリオットは、メジャー・レーベルと契約を結ぶと『XO』(98年)、『フィギュア8』(00年)と2枚のアルバムを発表し、ポスト・グランジを代表するシンガーとして注目を集めるようになる。ただ、その一方で、仕事の重圧からか、エリオットは10代の頃から手を出していたアルコールやドラッグのめりこむようになっていた。そして、03年、新作のレコーディングがほぼ終わっているなかで、エリオットは突然、この世を去った。

 そんなエリオットの全キャリアを通じた初めてのベスト・アルバムが『アン・イントロダクション・トゥ・エリオット・スミス』だ。初期のナンバーは弾き語りが中心だったが、アルバムを重ねるごとにソングライティングに磨きがかかり、ベースやドラムを演奏して多重録音したり、メジャー以降はバンド・サウンドになったりとアレンジも多彩になっていく。エリオットは子供の頃からビートルズのファンだったが、『フィギュア8』ではアビーロードでレコーディングするなど、その早過ぎた晩年には新しいサウンドに挑戦しようとしていた。でも、曲の核になるエモーションはブレることはなく、無防備なまでに赤裸々なエリオットの歌は、痛々しいほど切なくて優しい。例えば母親への愛憎が込められた「ワルツ♯2」では、前半で「You No Good(お前はダメな子だ)」と三度繰り返されるフレーズに呼応して、後半では母親を憎むことができない“僕”は「It's OK, It's Alright, Nothing's Wrong(いいんだよ、わかってる。問題ないって)」とつぶやく。いまにも崩れ落ちそうな三拍子を刻むドラムに乗って、エリオットの穏やかな歌声があまりにも悲しく胸に突き刺さるナンバーだ。 
 思えばエリオットがデビューした94年は、カート・コバーンが猟銃の引き金を引いた年。グランジが急速に終焉していくなかで、エリオットはオルタナ・シーンの次のアイドルとして注目を浴びることになり、それが彼にとってはプレシャーになったのかもしれない。義父からの虐待、自殺願望、アルコールとドラッグ……。さまざまな問題を抱えながらも、最後まで歌に対して誠実に向き合ったエリオット・スミス。彼の短い人生の中から振り絞るようにして紡ぎ出された歌の数々は、涙のように美しくて温かい。
文/村尾泰郎
最新 CDJ PUSH
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。
[インタビュー] Arvin homa aya  実力派シンガーの話題曲 アナログで連続リリース[インタビュー] ジェイコブ・コーラー × kiki ピアノ 凄腕師弟コンビ
[インタビュー] 文坂なの \[インタビュー] 人気ジャズ・ピアニストが立ち上げた新レーベル 第1弾は田中裕梨とのコラボ・シングル
[特集] いよいよ完結!? 戦慄怪奇ワールド コワすぎ![インタビュー] you-show まずは目指せ、新宿制覇! 新宿発の楽曲派アイドル・グループがデビュー!
[インタビュー] 想像を超えた創造。タフでラフでラブな一枚 崇勲×ichiyonのジョイント・アルバム[インタビュー] 千住 明、オペラ・アリアをヴァイオリンで 千住真理子とともに20年以上前の編曲スコアを再録音
[インタビュー] 思い出とともに甦る名曲の数々 藤あや子のカヴァー・アルバム[インタビュー] 紫 充実の新作を発表、海外フェスへの出演決定と結成55周年に向け勢いを増すバンドの現在と未来
[インタビュー] RISA KUMON バイリンガル・シンガー・ソングライター  ユニバーサルなアルバムでデビュー[インタビュー] HAIIRO DE ROSSI ジャズ・ラップの金字塔 10枚目にして最高傑作
https://www.cdjournal.com/main/cdjpush/tamagawa-daifuku/2000000812
https://www.cdjournal.com/main/special/showa_shonen/798/f
e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活
Kaede 深夜のつぶやき
弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015