【Sam Lee サム・リー】伝承歌は、生活をともにして育つのを待つんだ――2ndアルバム『ザ・フェイド・イン・タイム』でUKトラッド・フォークの新鋭が挑んだ試み

サム・リー(UK)   2015/02/18掲載
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 UKトラッド・フォークの世界に新風を吹き込んだ新鋭サム・リー。“トラヴェラーズ”と呼ばれる漂泊民に伝わるブリテン諸島の伝承歌を彼らから直接学び、世界中の民族楽器を使って、まるでコラージュのような大胆なサウンドメイキングで再現する。そんな斬新なアプローチに磨きをかけた最新作『ザ・フェイド・イン・タイム』は、共同プロデュースにペンギン・カフェのアーサー・ジェフスを招いて、より深化した歌の世界を聴かせてくれる。いかにして新作は誕生したのか。サム・リーに話を訊いた。

――今回のアルバムでは、アーサー・ジェフスが共同プロデュースを手掛けていますが、彼とはどんな風に作業を進めていったのでしょうか。
 「今回、アーサーには、サウンド面で相談できる相手になってほしかった。だから1ヵ月ほどアーサーとバンド・メンバーが一緒になって、ワークショップのように曲のアレンジを考える時間を作った。どんな楽器を入れた方がいいのか、どんな風に音を組み合わせたほうがいいのか、いろいろ話し合った。アーサーはバンド・メンバーの一人のような存在だったよ。じつはアーサーと2人だけで作った曲もある。アルバムの最後に入っている〈苔むした家〉だ。アイルランドのトラッド・ソングをもとにした曲で、アーサーはピアノを普通に弾くのではなく、弦を押さえたりして面白い弾き方をしている。そのピアノと僕の歌だけのシンプルな曲なんだ」
――今回のアルバムで目指したこと、新たに試したことはありますか?
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Sam Lee
photo (c)Bernd Ott
 「リズムの部分でもっと冒険したいという気持ちはあったかな。歌に関してもリズミカルなものをやりたかった。ファーストでは、わりとリズムのないなかでフリーに歌うというやり方だったけど、今回はリズムを設定したなかで、そこを縫うように歌うことに挑戦してみた。あと、サウンド的にはオーケストラ・サウンドを取り入れてみたりして壮大な音作りもやってみたよ。ちょっとリスキーだったけどね」
――リズムでいうと、「フェニックス島」のリズムはユニークですね。
 「あの曲は、いくつかリズム・パターンを変えて実験してみたら、リズムが変わると曲の持っているフィーリングがガラッと変わったんだ、それで興味をもって、いろいろ試してみた。最終的に、あまり強いリズムを入れずに自分の歌で抑揚をつけながらやってみて、そこにカラバッシュという楽器を入れてみた。カラバッシュは知ってる?」
――初めて聞きました。
 「カボチャだよ(笑)。それを半分に切ったもので、パーフェクトな半円形のドームになっている。それを、打楽器として鳴らしたのと、あと、ガソリンが入っているタンク。それは1stアルバムでも使ったんだけど、それを叩くと高低差のある音が出る。前作でやってみてすごく楽しかったんで、今回もやりたいと思った。そうやって出来上がったのが、あの最終的なアレンジなんだ。すごくグルーヴがあるというか、ある意味ヒップホップ的でアーバンな感覚があると思う。実はもとになった曲も決して田舎のコミュニティではなく、ロンドンのど真ん中に住み着いているトラベラーズの曲だから、元ネタからしてアーバンなんだ」
――〈ムーアロック・マギー〉はストリングスやホーンが入ったオーケストラルなアレンジになっていますが。この曲はどのようのにして生まれたのでしょうか。
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Sam Lee & Friends
photo (c)Bernd Ott
 「あれはバンドでインプロヴァイズしているうちに生まれたアレンジなんだ。実を言うとライヴでもう3年ぐらいプレイしてきた曲で、最初は全然違う形だったんだけど、それがどんどん膨らんで、現在の形になった。さらにレコーディングの段階で、ユーフォニウムとチューバとトロンボーン、この3つの楽器を加えたので、音色もうんと深いところから高いところまで幅が出せたと思う。コード進行自体はとてもシンプルで、それに乗せてそれぞれの楽器がインプロヴィゼーションしていくような展開になっている。イメージとしては、広い風景のなかを走っていくような感じを音で表現したかった」
――今回のアルバムでもさまざまな楽器を使っていますが、とくに活躍した楽器はありますか?
 「今回はウクレレを結構使っている。〈フェニックス島〉とか〈あの丘を越えて〉とか、ギターのように聴こえるけどウクレレなんだ。あとウィロー・フルートっていうスカンジナヴィアのフルートや、これも北欧の楽器だけどカンテレ。ピアノも前作より増えたね。あと、変なパーカッションがいっぱい。サンプリングした音源もたくさん入ってるよ」
――前作はギターをまったく使わなかったそうですが、今回も?
 「一曲だけ使ったよ。ギターをひっくり返して、裏側を叩いている曲がある」
――弾くのではなく叩いた?(笑)。
 「そう(笑)。〈ウィリー・O〉という曲でね」
――今回もトラヴェラーズの曲がベースになっていますが、あなたは彼らの曲をどのように消化していくのでしょうか。
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Sam Lee
photo (c)Bernd Ott
 「まずは覚えなければいけない。そして、覚えるだけじゃなく、それを好きになるっていうのが重要なんだ。そうやって自分のなかにその曲が取り込まれたら、その曲としばらく生活をともにするという感じかな。妊娠中の赤ちゃんと同じで、自分のなかで曲がどんどん育って形になっていくのを待つというか。でも、実際自分のなかで育ったものが、そのままの形で出てくるかというと、それはまた別の話。産まれてみたら違うものになっていたり、あるいは自分のなかにたくさんの赤ちゃんが宿っていて、そのなかの一人が急に成長を遂げて外に出てくる時もある。その過程にバンドという存在がある。この前も、ノルウェーでウクレレのプレイヤーがちょっと弾いたリフが、自分のなかで宿っていたベイビーと繋がって、“これはあれと結びつけたら、いいのができるぞ!”と閃いた。それで、その場で携帯に録音しておいたものを後から聴き直して、微調整を加えながら曲を完成させたりもした。だから、曲の出来方はいろいろなんだけど、いつも“曲に何が必要か”ということを意識していることが大切だ。でも、無理をしてくっつけても良い結果は得られないから、本当に必要なものを見極めなきゃいけない。今回のアルバムでも危険だと思ったのはそこだね。アイディアがありすぎで、それをどう収めるのかというところに一番苦労した」
――あなたは独自のスタイルでトラヴェラーズの音楽を受け継いますが、今後、あなたが誰かに彼らの歌を伝える日が来るかもしれません。その日のことを考えたりしますか?
 「(指輪を見せて)これは僕にいろいろな歌を教えてくれたスタンリー(・ロバートソン)から譲り受けたものなんだ。今僕はウェブサイトを立ち上げたり、インタビューを受けたりする形で“伝える”という作業をしているつもりだ。でも、弟子をとったりするのは自分の性格には向いてないと思うし、そういう時代でもない気がする。ただ、この指輪をいつか誰かに渡す日が来るかもしれないね。それがどういう形になるのか、まったく想像がつかないけれど。とにかく、今の自分は師匠と呼ばれるレベルには達していない。まだ生徒の段階だと思うから、まだまだ先は長いかな」
――もしかしたら30年後に、日本から来た若者があなたの家のドアをノックするかもしれませんよ。
 「それはそれで素晴らしいと思う。でも、まだまだ発信したいものがたくさんあるから、それを一通りやって引退という状況になってからだね。伝える作業に専念できるのは」
――では、最後にアルバム・タイトルの意味を我々に伝えてくれませんか?
 「それは秘密(笑)」
取材・文 / 村尾泰郎(2014年9月)
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