湯川潮音   2010/11/17掲載
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 湯川潮音からニュー・アルバム『クレッシェンド』が届けられた。オリジナル・フル・アルバムとしては2008年にリリースされた2ndアルバム『灰色とわたし』以来、約2年4ヵ月ぶり。その間、彼女は2009年12月に洋楽カヴァー集『Sweet Children O’ Mine』を発表。自らが作詞・作曲に携わっていない楽曲に、いちシンガーとしてフラットに向き合うことによって、新たな可能性に気付かされたという。今作はそんな湯川潮音が表現者としての新たなる境地を開拓した記念すべきマイルストーンともいうべき作品といえるだろう。LEO今井、辻村豪文(キセル)、いしわたり淳治etc…複数の作詞 / 作曲家を迎えて制作されたニュー・アルバムについて湯川潮音に話を訊いた。


――今回も前作同様レコーディングはロンドンで?
湯川潮音(以下、同)「はい。ただ、レコーディングの準備をしてロンドンまで行ったんですけど、書類の不手際で入国できずに戻ってきちゃったんですよ(笑)」
――マジですか(笑)。
「はい(笑)。だから正確にはサウンドはロンドンで、歌は日本でレコーディングしたんです」
――ロンドンのミュージシャン・チームはどんな感じでレコーディングを進めていったんですか?
「私の方からSKYPEで連絡を取って、アレンジのイメージを細かく伝えたんです。彼らとは、ここ2作で一緒にやってきて、スタジオでセッションしながらアレンジを固めていたんで、ヴォーカリスト不在というのはすごく大きな痛手だったんです。今回はそのぶん、かなり綿密にやり取りしながら細かいディレクションをしたので、自分が頭に思い描いているイメージどおりの音が上がってきたんで結果的には良かったんですけど。イギリスに入国できなかったときは、正直、もう無理かなって思いました(笑)」
――お疲れ様でした(笑)。そんな苦労の甲斐もあり今回、素晴らしいアルバムが完成したわけですけど。
「ありがとうございます」
――久々にオリジナル・アルバムを作るにあたって、作品全体の方向性みたいなものは事前に決めていたんですか?
「今、自分の中にある、いろんな要素を1枚のアルバムに詰め込みたかったんです。合唱で身につけた歌い方や、去年出したカヴァー・アルバム(『Sweet Children O’ Mine』)で発見した歌い手としての新しい感覚、ずっとやってきたアコースティック・スタイル、それに最近よく聴いている音楽の影響だとか。自分の引き出しに入ってるものをここで全部詰めたいなと思って」
――現段階の集大成みたいな作品を作ろうと思ったわけですか。


「そうですね。そのためにもここでいろんなことを試してみたいなと思って。いろんな作家の方々に参加してもらったのもそうだし」
――今作にはLEO今井さん、辻村豪文さん(キセル)、いしわたり淳治さん、タテミツヲさん、松下典由さんといった複数の作家が参加していますね。
「やっぱりカヴァー・アルバムを作ったことが自分の中ですごく大きくて。あのアルバムでいろんな曲を唄うことによって、自分の中にある新たな一面を発見できて、もっと自分の世界を広げてみたいと思うようになったんです。歌詞も今まで他人にお願いしたことなかったんですけど、今回は何曲かお願いしてもいいと思ったぐらいだし」
――せっかくなので、今作に参加した作家陣それぞれについてお聞きします。まず1曲目「Lovers Dart」はLEO今井さんが作曲を手掛けていますね。
「LEOさんとは以前、ビートルズのカヴァー・アルバム(『LOVE OVE OVE』 / 2009年)で共演させてもらったことがあって、また一緒に何かできたらいいですねって話はしていたんです。今回、歌詞もLEOさんと共作したんですけど、初めてのことだったんで、すごく難しくて。何度も会って話しあったんだけど、最初の頃は1時間くらい、ふたりとも黙っていたり(笑)」
――それぞれ頭の中でアイディアを膨らませて。
「いや、なんかただボーッと(笑)」
――それ、打ち合わせっていうか(笑)。
「ははは(笑)。でも、お互いのアイディアがまとまってからは一気に進みましたけど。最終的にはちょっと『不思議の国のアリス』みたいな、一見、可愛らしい曲なんだけど、どこかにドキッとするような毒がある感じにしようっていうことになって。LEOさんは韻の踏み方とかにすごく気を遣う、それが私にとって、すごく新鮮でした」
――「終わりのない物語」で曲を提供している、キセルの辻村豪文さんとは以前から親交があったんですよね。
「はい。私、昔からキセルの曲が大好きで、お兄ちゃん(辻村)も私の音楽を何かしら聴いてくれていたから、ついに念願叶った感じで。キセルの曲って、メロディがすごく綺麗なんですけど、どこか物悲しい雰囲気もあって、その対比がすごく魅力的なんです。お兄ちゃんは、くるり岸田繁さんが私に書いてくれた<裸の王様>という曲がよかったと言ってくれて、ああいう雰囲気をイメージしつつ、私の次のステップに繋がるような曲を作りたいと思って、この曲を書いてくれたみたいです」
――「どうかあしたは」では、いしわたり淳治さんが歌詞を手掛ています。この歌詞を頼むときもLEO今井さんのときのように何度か話し合ったりしたんですか?


「いえ。淳治さんとは、1度お会いして1時間ぐらいしか話してないんですよ。そのときに、“自分の中にある要素で、まだ形になってない部分を歌詞にしてほしいんです”ってお願いをして」
――そういう深い部分を歌詞にするとなると、かなり突っ込んだことまで話さなきゃいけないと思うんですけど。
「でも、淳治さんは、その1時間の中で、私が伝えたいことをぱっと汲み取ってくれたみたいで。歌詞があがってきたときはうれしかったですね。ここを見抜いてくれたんだなって。まさに、この歌で唄っているようなことを普段から思うことはよくあるし、唄っていてもハマる気がします」
――続けて、「ヒーロー」を作曲した松下さんは?
「今回、アルバムを作るにあたって曲を募集したんです。最終的に100曲ぐらい集ったんですけど、その中で、すごくいいなと思ったのが松下さんが書いたこの曲だったんです。シンプルなんだけど、すごく普遍的なメロディで、聴いたときに“このメロディに乗せて歌詞を書いてみたい”と思ったんです」
――アルバム資料によると、この曲の歌詞は『アンパンマン』の主題歌に影響を受けたということですけど。
「歌詞作りに悩んでるときに、偶然、テレビを観たら『アンパンマン』の主題歌が流れていて。それまで気にしてなかったんだけど、歌詞のテロップを見たら、すごく強いメッセージ性のある曲なんだということに改めて気付いて。でもメロディは、子どもでも簡単に口ずさめるっていう。そういう歌詞を自分でも書いてみたいと思ったんです」
――タテミツヲさんが作曲した「ダイス」は、打ち込み主体の浮遊感のあるトラックで、今までにない新機軸ともいえる楽曲に仕上がっていますね。
「タテさんの曲も募集した中から選ばせていただきました。サウンド的には、このアルバムを作っている頃によく聴いていた、ポーティスヘッドフィッシュマンズに影響を受けてるのかも。もともとコードが少ない曲だったので、大袈裟にするよりも、むしろミニマムなサウンドにしたほうが曲の芯の部分がはっきり見えるかなと思って。自分の中では1stアルバム(『湯川潮音』 / 2006年)に入ってる<キルト>という曲を進化させたようなイメージです」






――ご自身で作られた曲で、アルバムのキーになったような曲はありましたか?
「<電話のむこう>という曲の歌詞が書けたことが大きかったと思います」
――この曲では、すごくパーソナルな心情が歌われていて、たしかに、こういうタイプの歌詞って今までなかったかもしれませんね。
「個人的な出来事を切り取ったような歌詞を書くのを、今までずっとしてこなかったんです。あえて他人に見せなくてもいいんじゃないかって」
――このタイミングで、あえてパーソナルな部分も出していこうと思ったのは?
「ここ最近、自分の中での、生々しさやリアルなものが変わってきたような気がするんです。それまでは単語の響きだとか、語感にインスパイアされて曲ができあがたり、目に見えないものや言葉にならない感情をどういう風に伝えるかを曲にしていくようなところがあったんですけど、最近は、この瞬間の感情をどういうふうに伝えたらいいかということを考えるようになって。たとえば世の中の流れもそういうふうになってきていると思うし。ブログやTwitterが広まっていくことによってみんな、瞬間的に思ったことをすぐに吐き出していますよね。同じ時代に生きているから、やっぱり自分も世の中のムードには少なからず影響を受けるし、どういう表現に人は共感するんだろうということを真剣に考えるようになったんです。ハミ出してなんぼっていうか、綺麗に整えるよりも、今、自分の中にあるものをしっかり伝えていきたいなと思って」
――むしろ今はそういうものじゃないと人の心に届かないだろうし、形だけ取り繕ったようなものは一瞬で消費されちゃうような気がするんですよね。
「そうですよね。だからこそ五感を刺激するような、聴いた人の心にちゃんと引っかかるような音楽を作りたいなと思うんです。それでいて、ちゃんと日常の中で出会えるようなものを。たとえばコンビニで流れていたとして、ちゃんとその風景に馴染んでいるんだけど、何かちょっと引っかかるみたいな。雑踏に消されてしまわないような強さを持った音楽を今は作りたくて」
――以前に比べて、歌と自分との距離感が近づいているような感覚はありますか?
「それはありますね。以前は、“歌は歌、自分は自分”って分けていたわけではないんですけど、もう少し形を整えていたというか。ヴォーカルに対しても、語感とかリズム感を重視していたから、楽器に近い感覚だったし」
――今は逆にどうですか?
「今は喋ってるような感覚ですね。こうやって普通に誰かと話しているような感覚で歌えたらいいなと思います」
――でも、今回みたいなアルバムを作ったことで自由度がさらに高まったんじゃないですか。
「そうですね。いろんなことを試したことによって、自分が一番必要としているものとか、自分の基礎になっている部分が、よりはっきり見えたような気がします。これまで大事に守っていたものがどんどん外に向かって開いてきているような気もするし。このアルバムを作ったことでいろんな方向に進んでいけると思うし、常に変わり続けていないとダメなタイプだから、たぶん次は、また全然違う感じのアルバムを作るんじゃないかと思います」
取材・文/望月 哲(2010年11月)
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