【吉松 隆】 NHK大河ドラマ『平清盛』、音楽制作の舞台裏を語る

吉松隆   2012/02/03掲載
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 平安末期を舞台に、これまでアンチヒーローとして描かれてきた男に新たな光をあて、躍動感とエネルギーあふれる演出で話題を呼んでいるNHK大河ドラマ『平清盛』。音楽ファンにとっては、作曲家・吉松隆が音楽担当であるのも大きな関心事だ。ときおりエマーソン、レイク&パーマーの『タルカス』オーケストラ版(吉松編曲)が流れているのに驚いたプログレ・ファンも少なくないだろう。この音楽制作については、吉松自身が<大河ドラマ『平清盛』制作メモ>に、譜例なども入った詳細な記事を書いておられるのでそちらを一読していただくとして、2月1日にサントラ盤がリリースされたのを機に、この記事をふまえ、補足を試みつつ氏に話を伺った。
──“大河ドラマの音楽”というと、どんなイメージですか?
吉松隆(以下、同)「第1作の『花の生涯』(1963年)から、大河ドラマはずっとリアルタイムで見ています。とくに、高校2年から3年でちょうど作曲をはじめた時期の『天と地と』(1969年)からは、“音楽がどうなってるのかな”という興味もあって、毎年むさぼるように見ていました」
──その頃の興味の対象だった音楽は、どんなジャンルだったのですか?
 「その頃はクラシックでしたね。作曲をはじめようと思ったのが、楽譜というプログラムを演奏家に渡すと音楽が稼働するという生体シンセサイザーみたいなメカニズムが面白いなと思ったからです。ただ、それより前はフォークソングとかポップスとかを普通に聴いていて、ウォーカー・ブラザーズなんて武道館に見に行きましたよ」
──サントラ盤の最後に収録されている「決意」という曲は、17歳の頃に書いた「架空の大河ドラマの音楽」が元なのだそうですね。
 「そう。あれは、じつは今回のテーマ曲の初稿として提出した音楽でもあったんです。でも“あまりに大河ドラマっぽすぎる”とあっさりボツ。もったいないから本編用に収録しておいたら、わりと劇中で使われているんですよ。最後の決めのシーンとか、カッコいいところで。なんだ、やっぱり使いたかったんじゃないか!(笑)と。1月にリリースされたピアノの河村泰子さんのアルバム『吉松隆:ヴィネット』にも、同じ頃の曲が入っています。でも17歳の曲と今の曲と、聴いてみると全然区別がつかない(笑)。その頃すでに、作風というか、好きな音のタイプが固まっていたということなんでしょうね」
──今回は、あらかじめまとめて作曲し、収録した音楽の中から、演出や音響スタッフの判断で、あとから使用曲を選ぶというシステムだとか。
 「シーンごとに音楽を書くと、毎週3〜4回NHKに通って、家で2〜3日徹夜しなくちゃならず、それを1年間やったら死んじゃいますから(笑)。僕は僕の好きな音楽を書くので、どう使うかは音響さんと演出さんの自由にしてください、と切り離しちゃったということです。だから僕も、できあがったドラマを見て“おお、ここでこうくるか!”と楽しめるという面白さがありますよね。たとえば一人が怒ってて、もう一人が怒られて萎縮しているといったシーンの場合、普通だったら怒っているほうに音楽を付けるじゃないですか。ところが怒られているほうの心情で音楽を付ける。なるほどと思いますね」
──では、サントラにもある各曲のタイトルは、曲が使われたシーンの映像を見てあとから付けたのですか?
 「いや、そもそも作曲の時に映像はまったくなかったので、こちらで台本を読んで、清盛が若い時の感じとか、海に出る時の感じとか、そういうイメージで付けたものです」
 つまり、各曲は映像より前に作曲されているわけだ。とはいえ、作曲家が勝手なイメージで自由気ままに書いているわけではない。上述の<大河ドラマ『平清盛』制作メモ>に詳しいのだが、核となる3つの旋律モチーフ“清盛”“源氏”“朝廷”、そしてドラマ全体を貫くコンセプトでもある今様(平安時代の流行歌)「遊びをせんとや」の旋律(もちろん吉松作曲)を巧みに組み合わせながら、統一感を保ちつつ、さまざまな表情の音楽が見事に紡がれていく。


 
舘野泉との収録風景


──吉松さんの解説にある3つの旋律モチーフの譜例を眺めながら聴いていると、使われているモチーフがわかって、各曲の性格がより鮮明になるようで面白いです。
 「とくに組み合わせを意識して作ったわけではないのですが、いろいろヴァリエーションができますね。清盛のモチーフは西洋音階ふうに聞こえるかもしれないけれど、これは雅楽の旋法で、はじめの“レラー、ソファド!”というのは、清盛のイメージ画像にあった、青竜刀をシャーって抜くシーンのイメージです」
──番組予告で使われていた吉松版『タルカス』が、本編の挿入曲としても登場します。
 「そもそも大河ドラマのスタッフが僕を指名してくれたのは、チーフ・ディレクターの方が『タルカス』オーケストラ版『プレイアデス舞曲集』のアルバムを聴いてくれていたからなんですね。あの音楽でお願いします、と。はじめは“『タルカス』みたいな”という意味かと思ったら、本当に『タルカス』そのものを使うのだとわかったのは、ずいぶんあとになってからですよ。ピアノ作品のほうも、舘野泉さんのピアノで〈5月の夢の歌〉など5〜6曲録音してあります」
──1年間分で数百曲の音楽が必要ということですが、あと何回か録音するのですか?
 「あと2回くらいはあるはずなんですが、初回にフル・オーケストラで2日間録っちゃったから、ほとんど予算を使っちゃったんじゃないかな(笑)。普通は、テーマ曲はオーケストラでも、本編は小編成のアンサンブルで、そんなにオーケストラは使わないらしいです。でも『平清盛』は後半に壇ノ浦の合戦とかがあるわけだから、それにピントを合わせた曲というのがオーケストラで必要になるかもしれないですね」
──サントラがもう一枚出る予定と聞きました。
 「そうらしいですね。今回入れなかった『タルカス』オーケストラ版を入れますし、テーマ曲の最初のデモ音源では〈遊びをせんとや〉を初音ミクに歌わせていたとブログに書いたら、けっこうリクエストが多いので、それもボーナストラック的に入れようかなと」
──来年3月には還暦! 東京オペラシティで記念のコンサートも企画されているとか。
 「いろいろな演奏家が出てくださる予定で、『タルカス』はもちろん『平清盛』の組曲版も考えています。でも、こういう企画は没後1周年とかにやるもので、本人が生きているうちにやるのもどうかと思うんだけど(笑)」
 ほかにも、かれこれ10年ほど発表していない交響曲の新作予定(今のところ具体的な構想はない模様)や、現在執筆中という理系の切り口による音楽書籍(理論書ではなくSF的な内容になるらしい)の話など、興味深い話をたくさん伺った。「50歳を過ぎてからは半分引退モード」みたいなこともおっしゃっていたが、50歳以降の仕事量を見ても、そんなはずはないだろう。今後も展開されるであろう、ますます旺盛な活動に期待を大にしたい。
取材・文/宮本 明(2012年1月)
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