元ちとせ 連載 「OrientとOccident―時空を超える歌、時代を超える歌声」 - Chapter.1 邦楽編『Orient』インタビュー
掲載日:2010年7月28日
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 邦楽編と洋楽編の2枚同時リリースとなる今回の元ちとせのカヴァー・アルバム。今回は、邦楽編『Orient』のインタビューを掲載。

 CMで話題の秦 基博との「なごり雪」を始め、彼女の原点ともいえる山崎まさよしの楽曲「名前のない鳥」など、さまざまな日本の楽曲を元ちとせがカヴァー。また、個々の楽曲の解説も紹介します。
美しい情景と豊かな感情を与えてくれる
邦楽カヴァー集『Orient』
 楽曲のなかに存在する物語を生き生きとした表情とともに立ち上げ、聴く者に美しい情景と豊かな感情を与えてくれる。邦楽カヴァー集『Orient』は、元ちとせの歌の魅力、その根源にあるものを改めて私たちに伝えている。その原点にあるのは、デビュー前にレコーディングされたという「名前のない鳥」(山崎まさよし)。「山崎さんをニューヨークまで追いかけていって、一緒にレコーディングしてもらって。現地でストリート・ライヴをやったり、たくさん思い出がある曲ですね」というこの曲によって彼女は、シンガーとしてのスタイルを見つける大きなきっかけを得たという。
 「初めて、こぶしを使って(奄美大島の)島唄以外の歌を歌ったんですよ、そのとき。私のなかには当時、“奄美の島唄とPOPSは別のもの”っていう思いがあったんです。POPSと混同してしまうことが島唄に対して失礼というか、とにかく“触らせたくない”と思っている私がいて。人から“島唄みたい”って言われるのもイヤだったし――だから一所懸命にコブシを抜いて歌おうとしてたんですけど、やっぱり楽しくなかったんですよね。でも<名前のない鳥>ってかなりスピード感があるので、しっかり歌い切ろうとすれば、どうしてもコブシが出てきてしまう。そのときに思ったんですよ。これが私の自然な歌い方なんだなって」
 今回のアルバムにおいて彼女は、再び山崎まさよしの作品「やわらかい月」を取り上げている。儚げな叙情性と“この思いを解き放ちたい”という祈りがひとつになったこの曲に触れれば、デビューからの10年近い時間のなかで培われたきた、その奥深い表現力に気づいてもらえるはずだ。
 「山さんも“おまえが歌うとええと思うねん”って言ってくれてたし、ずっと歌いたかった曲なんですよ。ただ、男の人が歌ってる曲って、目線も感情も違うから、“これをどう表現しようかな?”って考えるのに時間がかかるんですよね。もちろん男性にはなれないんだけど、そのなかで自分の役どころを見つけて、どこにポイントを置くかっていう……。それは大変でもあり、楽しいことでもあって」
 さらに彼女は、「歌詞のなかにちゃんと入り込むことが大事」と言葉を続ける。
 「歌詞に対する理解が浅いと、どうしても上辺だけをさらう感じになってしまう。少し時間をかけて、歌詞を自分のなかに取り込むことができれば、歌うときの呼吸が整ってくるし、風景が浮かんでくるんですよね。それが自分の感情とピッタリ重なったときに、やっと“歌える”っていう状態になるというか。ただ、私は勉強するタイプではないので、歌詞を取り込む作業をスタジオでやっちゃうんですよ。だから、いつも“遅い!”って怒られてます(笑)。でも、しょうがないところもあるんですよね。家にいると電話も鳴るし、子供が泣いたりもするし。いま、いちばん集中して音楽に向き合えるのは、ヴォーカル・ブースのなかですね」
さまざまな日本の歌の本質を
独自の世界観で引き出す元ちとせの歌唱
 呼吸を整え、風景を描くように歌う。そんな彼女の特性がもっとも端的に表われているのは、“元ちとせ+秦 基博”名義による「なごり雪」だろう。この曲における彼女の役割は、まさに“風景”そのものだ。舞台は駅。春を迎え、切なさと悲しみを胸に秘めながら、別れのときを待つ――叙事詩的な彼女の歌が、この楽曲の本質を美しく浮かび上がらせているのだ。
 「じつはプレッシャーだったんですけどね、秦君と一緒に歌うのは(笑)。でも、お互いに違う目線を持っていることが、2人で歌うことの意味なのかなって思って。男性はこの曲の主人公になれるんだけど、私としては、どうしても見送る側にはなれない。だから、駅のホームを俯瞰で見ている、感情のないものになろうと思ったんです。そうすることで、次の季節に向かって一歩踏み出す、力強さが出せるんじゃないかなって。音楽には希望の光が射していてほしいといつも思っているので」
 もうひとつ、上田現の作詞・作曲による「コリアンドル」についても触れておきたい。メジャー・デビュー曲「ワダツミの木」など彼女の楽曲を数多く手がけてきた上田現。彼の紡ぎ出すオリエンタルな雰囲気の楽曲が“シンガー・元ちとせ”の世界観に大きな影響を与え、形作ってきたことはここで言うまでもないだろう。「コリアンドル」におけるヴォーカリゼーションからも、彼の楽曲との親和性の高さがまっすぐに伝わってくる。
 「“エジプトに行くのさ”“でも着いちゃったのはマレーシア”っていう歌詞があるんですけど、これって現ちゃんのホントの話なんですよ。クーデターか何かでエジプトの空港に降りられなくて、マレーシアに連れていかれたって。出会ったころは、ときどきそういうことがありましたね。“現ちゃん、旅に行ったまま帰ってこないんだよね”とか」
 「この曲のレコーディングの途中で旅立ってしまったんですよね。でも、バンドのメンバーに支えられながら、最後まで仕上げることができて……。この曲を聴いて現ちゃんが何て言ったかなっていうのは、すごく知りたいですね」
 その他、「メロディがすごく自分に合ってるんですよね。昨日もスキマスイッチのふたりに“どうして私に書いてくれなかったのか”って言ってたくらいで(笑)」という「雫」(スキマスイッチ)、「阿久悠さんのトリビュートに参加したとき、“ぜひ元さんに歌ってほしい”って言ってもらって。“夜の私を見たことがあるのかな?”って思ったんですよね、そのとき。飲んでるときの私はこんな感じかも(笑)」という「熱き心に」(小林旭)、「9・11の後、ニューヨークでレコーディングしたことがすごく印象に残ってますね」という反戦歌「死んだ女の子」(坂本龍一プロデュース)などを収録。日本の歌を集めた『Orient』は、“歌うたい”そして“語り部”としての彼女の資質と魅力がたっぷり堪能できる作品と言えるだろう。
取材・文/森 朋之(2010年6月)
撮影/関 暁
※次週、洋楽編『Occident』についてのインタビューを掲載!
【カヴァー・アルバム邦楽編『Orient』楽曲解説】
コメント/森 朋之
「やわらかい月」(オリジナル:山崎まさよし)
 山崎まさよし4thアルバム『SHEEP』からのシングル・カット曲。叙情的な美しさ、儚さをもたらす歌詞、“和”の雰囲気をほのかに漂わせるメロディがひとつになったこの曲は(まるで元ちとせのために書き下ろされたかのように)彼女の発声・歌唱法ともうまく溶け合っている。穏やかな虫の音から始まり、生々しいストリングスによって導かれるサウンドメイクも、歌の世界観にぴったり。
「雫」(オリジナル:スキマスイッチ)
 エキゾチックなムードをもたらす、冒頭のコーラス・ワークがまず印象的。その直後、大らかなダイナミズムをたたえたヴォーカルが美しく響き渡り、この曲の魅力がしっかりと引き出されている。原曲はスキマスイッチ。もともとは南米的なメロディを軸にした楽曲だが、このヴァージョンではヨーロッパのフォークロア(特にアイリッシュ・トラッド)のエッセンスがさりげなくちりばめられていて、さらに無国籍なイメージが強まっている。
「コリアンドル」(オリジナル:上田現)
 デビュー曲「ワダツミの木」をはじめ、元ちとせの楽曲を数多く手がけた上田現によるナンバー。空想と現実を行き来するようなリリック、スカのリズムを効果的に使ったアレンジはまさに彼独自の世界観だが、この曲を彼女は、まるで目の前に風景が浮かんでくるような生々しさ、温かさとともに歌い上げている。上田現の楽曲とのしなやかな親和性を改めて感じさせてくれるカヴァーと言えるだろう。
「遠くへ行きたい」(オリジナル:ジェリー藤尾)
 作詞/永六輔、作曲/中村八大、歌/ジェリー藤尾によって62年にリリースされた昭和歌謡を代表する名曲(テレビ番組「遠くへ行きたい」のテーマ曲としても有名)。ゆったりと広がっていく郷愁感、切ないエモーションと前向きな気分。歌詞を正確に把握することで生まれる、シンプルにして奥深いヴォーカリゼーションがとにかく素晴らしい。生楽器をふんだんに使いながら、なぜかエレクトロっぽい雰囲気も感じさせてくれるアレンジメントも印象的。
「名前のない鳥」(オリジナル:山崎まさよし)
 山崎まさよしをブレイクに導いた2ndアルバム『HOME』に収録された楽曲。山崎のアコースティック・ギターから描き出される、美しくも陰鬱なブルーズ・フレーズ。そして、奄美に伝わる伝統音楽の影響を強く感じさせる元ちとせの歌。ふたつの異なった“コブシ”が交じり合うことで生まれる、あらゆる壁――音楽ジャンル、国籍、性別、時代性――を超えた真のオーガニック・ミュージックがここにある。
「百合コレクション」(オリジナル:あがた森魚)
 原曲は日本を代表するフォーク・シンガー/シンガー・ソングライターあがた森魚の作品。ウットリするようなロマンティシズム〜どこか淫靡なエロティシズムが交差するこの曲に彼女は、ナチュラルに性を超えていく独特のスケール感をたたえたヴォーカルによって、まったく新しい解釈を加えている。ウッド・ベース、アコースティック・ギターなどの生楽器を軸に置きながら、心地よい揺れを体感させてくれる編曲も見事。
「ハレルヤ」(オリジナル:COIL)
 岡本定義、佐藤洋介によるユニット“COIL”のポップ・チューンを“元ちとせ+常田真太郎(from スキマスイッチ)”名義でカヴァー。気持ちよく跳ねるリズム・アンサンブル、しっかりと抑制の効いたバンドアレンジのなかで、洗練されたポップ・メロディが鮮やかに広がっていく。朗らかな明るさを感じさせる表現も印象的で、ポップ・シンガーとしての彼女の資質/センスがはっきりと伝わってくる。
「熱き心に」(オリジナル:小林旭)
 作詞:阿久悠、作曲:大滝詠一による、小林旭の86年のヒット・チューン。力強く、前向きなイメージをたたえたアレンジに乗って彼女は、どこまでも真っ直ぐ、大らかなヴォーカルを高らかに響かせている。特に奄美特有の“コブシ”をたっぷりと効かせながら、聴く者を根本から励まし、力づけるような高揚感を伝えるサビのパートは最高。本作『Orient』の大きなハイライトとも言える逸品だと思う。
「夜に詠めるうた(オリジナル:杏子)
 1stシングル「ワダツミの木」に収録されたアコースティック・バラード(作詞・作曲は杏子)。素朴にしてノスタルジックなアコギとともに語られる歌世界は、春から夏に向かう季節のなかで“君”に宛てた手紙を書こうとする、愛しくも切ない時間の流れ。ひとつひとつの言葉に生き生きとした表情を与え、歌そのものを立体的に描き出す彼女のヴォーカルには、“歌うたい”としての天賦の才が確かに宿っている。
「冬景色」(オリジナル:唱歌)
 大正時代から歌い継がれている、日本の代表的な唱歌のひとつ。凛とした強さと心地よい開放感を併せ持つヴォーカルによって、朝の水辺(1番)、昼間の田園(2番)、夕方の野里(3番)の風景が眼前に広がり、郷愁の思いがゆっくりと伝わってくる。クラシカルなイメージのストリング・アレンジ、西洋音楽的なコーラス・ワークとのバランスも気持ちいい。
「なごり雪」(オリジナル:イルカ)
 “元ちとせ+秦 基博”名義によるデュエット・カヴァー。一瞬で“あの人の声だ”とわかる強い記名性、独特の歌唱法を持ったふたりのシンガーによる共演は、この曲の持つストーリー性を際立たせることに結びついている。特に切ない手触りのストリングスとともに放たれる“去年よりずっときれいになった”というラインは、聴く者の琴線に触れることになるだろう。作詞・作曲は伊勢正三。75年、イルカの歌唱により大ヒットを記録した。
(ボーナス・トラック)
「死んだ女の子」
 坂本龍一のプロデュースによる反戦歌。2005年8月、TBS「筑紫哲也 NEWS23」のなかで披露したパフォーマンスも大きな話題を集めた。広島に投下された原子爆弾によって死んでしまった、七つの女の子を主人公にしたこの歌が、元ちとせのヴォーカルによって、まっすぐに人の気持ちを射抜く。楽曲のメッセージを正確に汲み取りながら、美しく均整の取れたサウンドを実現している坂本龍一の編曲も素晴らしい。
「幻燈記」
 NHKドラマ「幻の甲子園」の主題歌として制作された新曲。儚くも散ってしまった“あの夏”を胸に秘め、いまは“安らかに眠ってほしい”ということだけを祈る――あまりにも切実な思い、そして、穏やかで悲しいメロディがひとつになったバラード・ナンバーを彼女は、持ち前の表現力で見事に描き出している。フォークロア調のサウンドメイクも、彼女の声質をしっかりと際立たせていて秀逸。
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