元ちとせ 連載 「OrientとOccident―時空を超える歌、時代を超える歌声」 - Chapter.2 洋楽編『Occident』インタビュー
掲載日:2010年8月4日
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 邦楽編と洋楽編の2枚同時リリースとなる今回の元ちとせのカヴァー・アルバム。

 前回の邦楽編『Orient』のインタビューに引き続き、今回は洋楽編『Occident』のインタビューを紹介します。奄美の島唄をルーツに持つ彼女が洋楽を歌うという画期的な本作、そこから生まれる独自の感動を味わってみてください!
地域や国籍を超えていくような感覚が味わえる
洋楽カヴァー集『Occident』
 元ちとせのルーツは奄美にあり、そのヴォーカルは奄美の島唄に根ざしている。つまり非常にドメスティックなスタイルである、と言うこともできるわけだが、彼女の歌は地域や国籍――ときには性別までも――超えていくような感覚をもたらし、その表現はまさにユニバーサルと呼ぶにふさわしいオーラを生み出すことになる。そのことをもっとも端的に示しているのが、『Occident』とタイトルされたカヴァー・アルバム洋楽編に収録されている「Siuil A Run(アイルランド民謡)/Produced by The Chieftains」、そして、“Deep forest featuring 元ちとせ、Angela McCluskey”名義による「Will You Be Ready」だろう。特にアイリッシュ・トラッド独特の旋律と奄美の“こぶし”がひとつになった「Siuil A Run」は、2つの民族が溶け合うような感慨を聴く者に与えてくれるはずだ。
 「チーフタンズの皆さんも“アイルランドの民謡にもコブシがある”って言ってましたね。Deep forestは“ヨーデル”っていう言い方をしてたのかな。きっと、世界中にいろんな“こぶし”があるんだろうなって思いますね」
 全地球レベルの至宝と呼ぶべきミュージシャンたちとのセッションはもちろん、彼女自身にも大きな刺激を与えることになったという。
 「周りの評価とは関係なく、自分たちが好きなことを何十年も続けていて、そのことに対してちゃんと誇りを持っている。それはすごくいいカタチだなって思いますね。チーフタンズって、レコーディングは完全に“せーの!”(一発録りのライヴ録音)なんですよ。要するに、ずっとライヴをやっていて、それを録り続けてるだけなんです。“同じテイクがない”って日本のスタッフは悩んじゃうんだけど、彼らはぜんぜん気にしてない。昭和の凄い歌い手さんたちも、2回くらいしか歌わなかったって言うでしょう。7回も8回も歌う自分が恥ずかしくなりますね。違う国のミュージシャンと一緒にやると、“こんな発声法があるんだな”って気づくことはいろいろあるんです。ただ、それを自分のものにして、歌のなかに活かしていくのはまだまだ先のことだと思いますけどね」
「このカヴァー・アルバムは
これから私が歌っていくうえでの教科書になる」
 本作におけるもうひとつの聴きどころは、ビョークの代表曲「Human Behaviour」のカヴァーだろう。動物的直感に支えられた音楽センス、そして、まさに“こぶし全開”とでも形容したくなる独特のヴォーカリゼイションに貫かれたこの曲を元ちとせは、堂々と自分らしく歌いこなしている。
 「サウンド・プロデューサー(彼女が所属するオフィス・オーガスタの代表、森川氏)が、よく“人がやらない曲をやれ”って言うんですよね。でも、<Human Behavior>は普通、カヴァーしないですね(笑)。この曲はもともと、J-WAVEのイベントで歌ったんです。そのときのアレンジがすごくカッコ良くて、バンドのメンバーが“やりたい”ってなって。でも、私も歌ってるうちに楽しくなっちゃったんですけど。ビョークと私との共通点? 島育ちっていうことかな(笑)」
 「この曲を歌うことで、ビートルズの凄さが少し、わかった気がしました。いろんな要素を取り入れながら、一つの作品にしていくのはホントに凄いことだなって」という「HAPPINESS IS A WARM GUN」、さらにキャロル・キングの「Home Again」、リンダ・ロンシュタットの「It's so easy」、フェアグランド・アトラクションの「Perfect」、ジョニ・ミッチェルの「BLUE」など、ポップスの枠を超え、新しいスタンダードとなっているナンバーも収録。時代とジャンルを超越する“シンガー・元ちとせ”の普遍性をたっぷりと堪能できる内容となってる本作。「私は(曲を)書く人間ではなくて、オリジナル作品でも詞曲は書いていたいたものを歌ってきたから、カヴァーはそこまで特別なことではないんです。でも、もともとは違う人が歌っていたものを、自分なりのカタチとして残せるっていうのは面白いし、ありがたいことだなって思いますね」さらに彼女は、この10年間の変化について、こんなことを語ってくれた。
 「7、8年前の歌を聴けばもちろん“若いな”って思うし、年を重ねたからこそ出てくる表現っていうのもあるんだなって、改めて気づきましたね。いろんな経験を重ねていくなかで――結婚だったり出産だったり――深いものが加わってきたんじゃないかなって。成長って、自分ではなかなかわからないと思うんですよ。でも、こうやってレコーディングさせてもらえて、アルバムを残せることで、区切りができるんですよね。このカヴァー・アルバムはこれから私が歌っていくうえでの教科書になると思うし、“ここから、どんなふうに膨らませていけるのかな”っていう楽しみもある。10年後、40歳になったときに自分がどんな歌を歌ってるのか、ぜひ聴いてみたいですね」
 「もともと洋楽に詳しいわけじゃなくて、“これの曲、歌ってみれば”って人から薦められているうちに少しずつ、“これもいいな”って幅が広がっていった」という彼女。しかし、じつは中学生の頃から憧れていたアーティストがいたという。それは『Occident』のオープニング曲「TRUE COLORS」を歌っていたシンディ・ローパー。そのときのエピソードを紹介して、この原稿を終えたいと思う。
 「ずっと島唄をやっていたせいか、洋楽でもJ-POPでも、島唄以上にグッと来るものがなかなかなかったんですよ。でも、中学のときにテレビでシンディ・ローパーさんを見て、すごく衝撃を受けたんです。色が白くて、金髪で、まっかな口紅が似合ってて……。奄美にはいないですからね、そんな人(笑)」「歌もすごく良かったですね。とにかく、堂々とした歌い方に感動してしまって。何年か前、日本でのライヴを観に行ったんですけど、当時と何も変わってませんでした。この人を好きで良かったなって思いましたね」
取材・文/森 朋之(2010年6月)
撮影/関 暁
【カヴァー・アルバム洋楽編『Occident』楽曲解説】
コメント/森 朋之
RUE COLORS(オリジナル:Cyndi Lauper)
 アコースティック・ギターとパーカッションによるプリミティヴなアレンジにより、この曲が持つ美しくもエモーショナルな魅力を十分に引き出している。特にサビのパートの“so don't be afraid”における、感情がむき出しになったシャウトは絶品。シンディ・ローパーの2ndアルバム『TRUE COLORS』(86年)から最初にシングル・カットされ、2週連続で全米1位を獲得した。
Ob-La-Di,Ob-La-Da(オリジナル:The Beatles)
 ゴスペル風のコーラスが響いた瞬間、心のドアが大きく開く。そして、軽やかなスカ・ビートとともに思わず身体が動き出す。ニコニコと笑いながら歌うシーンが浮かんでくるようなヴォーカリゼーションを含め、楽しさ満載のカヴァーに仕上がっている。68年に発表された『ザ・ビートルズ』に収録されたレゲエ風のナンバー。ユッスー・ンドゥール、日本のGSバンド“ザ・カーナビーツ”など、数多くのカヴァーが存在する。
Will You Be Ready
(オリジナル:Deep forest featuring 元ちとせ、Angela McCluskey)
 CMソングに起用され、大きな注目を集めたDeep forestとのコラボレーション曲。尺八、エレクトリック・ギター、琴、エレクトロ系の音響などがゆったりと溶け合うサウンドのなかで、奄美に伝わる島唄“糸繰り節”とスコットランド出身のシンガー、アンジェラ・マクラスキーの歌が交差、国境と時代を超えながら、美しくも壮大なサウンド・スケープが広がっていく。Deep forestの2002年のアルバム『Music Detected』に収録。
慕情/Love is a many〜splendored thing
(オリジナル:スタンダード・ナンバー)
 豊かな叙情性と奥深い愛情をダイレクトに、生き生きと伝えるヴォーカルに心が震える。丁寧に重ねられたコーラス、しっかりと抑制の効いたピアノ・アレンジもすばらしい。55年に公開され、不朽の恋愛映画として名高い『慕情』のテーマ・ソング(作曲/サミー・フェイン、作詞/ポール・フランシス・ウェブスター)。ナット・キング・コール、美空ひばりなど、数多くの歌手が取り上げているスタンダード・ナンバー。
Birthday(オリジナル:The Sugarcubes)
 ビョークがヴォーカルだったことで知られるアイスランドのバンド、The Sugarcubesの1stシングル(87年)。ニューウェイブ/ポスト・ロック系のアプローチを施した原曲に対し、このカヴァー・ヴァージョンはオーガニックな雰囲気を押し出すことで、新たな魅力を引き出すことに成功している。メロディの良さをきちんと残しつつ、しっかりと“コブシ”を利かせたヴォーカルも心地いい。
Siuil A Run(オリジナル:アイルランド民謡)
 アイルランドの至宝、ザ・チーフタンズのプロデュース楽曲。アイリッシュ・トラッドのもっとも良質な部分を抽出したかのようなバンド・サウンドのなかで彼女は、幻想的にして生々しい旋律を――シンガー、元ちとせのルーツである“奄美”のエッセンスをたっぷりと含ませながら――大らかに歌い上げている。本作『Occident』のクライマックスといっても過言ではない、アイルランド民謡の絶品カヴァー。
Human Behaviour(オリジナル:Bjork)
 ビョークのソロ・デビュー・アルバム『Debut』(93年)の1曲目に収録されたナンバー。原曲のポスト・ロック/クラブ・ミュージックに傾倒したサウンドメイクに対し、このヴァージョンでは生楽器を主体としたファンク〜ブルース系のアプローチを採用、より生々しいグルーヴを生み出している。気持ちよさそうにコブシを利かせて、奔放かつダイナミックな歌いっぷりも最高。ユーザーからのリクエスト投票で1位を獲得した楽曲。
Home Again(オリジナル:Carole King)
 優しくて切ないエモーションを導き出すようなアコースティック・ギターとともに広がっていく、聴く者をゆったりと包み込む――母性にも似た――心地いいヴォーカリゼイション。まるで目の前で歌っているような生々しさと、素朴でナチュラルな手触りを共存させたカヴァー・ヴァージョン。原曲は、71年に発表されたキャロル・キングの名盤『つづれおり』に収録されている。
It's so easy(オリジナル:Linda Ronstadt)
 “ワン・ツー・スリー!”というカウントからスタート、エッジの利いたギター・リフとロック・フレイヴァーを含んだシャウトが気持ちよく響く。ライヴ感がダイレクトに伝わるバンド・サウンド、ブルージーなロックンロールのテイストを感じさせるヴォーカルが1つになり、聴く者の心と身体を気持ちよく揺らす。リンダ・ロンシュタッドのアルバム『Simple Dreams』(77年)からシングル・カットされ、大ヒットしたナンバー。原曲はバディ・ホリー。
Perfect(オリジナル:Fairground Attraction)
 エディ・リーダーが在籍したUKバンド“フェアグラウンド・アトラクション”の代表曲。軽やかなスウィング感、イギリス〜スコットランドの民謡の影響を感じさせるメロディ、オーガニックな手触りのサウンドメイクなど、原曲の雰囲気を色濃く伝える仕上がる。初々しく、ピュアなエモーションを響かせるヴォーカル〜プレイヤーの息づかいが伝わってくるバンド・サウンドのバランスが素晴らしい。
BLUE(Joni Mitchell)
 洗練されたコードワーク、ジャズ〜ブルースのエッセンスを感じさせるアレンジメント、そして、人の営みの悲しさ、切なさを(まるで匂いまでもが伝わってくるような生々しさで)描いたリリック。71年に発表された『BLUE』に収録された名曲を彼女は、天性の表現力と“美しい憂鬱”と形容したくなる節回しによって、見事に描き出している。楽曲の奥深い世界観をさりげなく演出するギター・プレイも絶妙。
HAPPINESS IS A WARM GUN(オリジナル:The Beatles)
 元ちとせ本人が「何本も何本も重ねた」と言うコーラス・ワークがまず、強く印象に残る。複数のメロディが丁寧に重ねられ、さらに立体的な音響を構築する“声”そのものが、このカヴァー・ヴァージョンの魅力と言っていいだろう。サビのパートにおける大らかなダイナミズム、全体に流れるサイケデリアなど、原曲の特徴もしっかりと捉えている。『ザ・ビートルズ』(68年)収録。
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