[こちらハイレゾ商會]第53回 ウェイン・ショーターの才能が“一耳”瞭然の『スピーク・ノー・イーヴル』をDSDで
掲載日:2018年2月13日
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こちらハイレゾ商會
第53回 ウェイン・ショーターの才能が“一耳”瞭然の『スピーク・ノー・イーヴル』をDSDで
絵と文 / 牧野良幸
 昨年末にブルーノートの名盤がハイレゾ化された。オリジナル・アナログ・マスターをもとに新たに制作。これまでもハイレゾは出ていたけれど、今回はブルーノートの社長であるドン・ウォズが監修したということで俄然注目だ。それ以上にハイレゾ・ファンを喜ばせたのが、初のDSD(DSF 2.8MHz)での配信。やっぱりジャズはDSDでなくっちゃね、と思うのだ。
 2月の時点で20タイトルが配信中。『サムシン・エルス』『クール・ストラッティン』『処女航海』など“お約束”の名盤が並ぶ。さらに『DSDで聴くBLUE NOTE』というジャケット画像こそサンプラーふうであるが、内容は各アルバムのメイン・ナンバーを惜しげもなく収録した最強のベスト盤も配信。
 ということで僕もこの中からウェイン・ショーターの『スピーク・ノー・イーヴル』を聴いてみた。
 “ジャズといえばマイルス”からいまだに脱皮していない僕からすると、このサックス奏者をどうしてもマイルス・クインテットの一員として見てしまう。60年代の黄金クインテットだ。マイルスがショーターの加入を強く望んだというのだから、クインテットの同僚ハービー・ハンコックやトニー・ウィリアムスと同じくらいショーターの才能も疑うところがないのであろう。
 または70年代フュージョンの雄、ウェザー・リポートのメンバーと思うこともある。いずれにしてもショーターは華々しい経歴の持ち主である。でも僕はマイルス・クインテットやウェザー・リポートのアルバムを聴いても、今ひとつショーターの良さを感じてこなかったのだから困ったものだ。マイルスと共演したサックス奏者ならコルトレーンのほうがはるかに印象深く感じている。
 しかしそんな僕もこの『スピーク・ノー・イーヴル』を聴いて、ウェイン・ショーターの才能をようやく知ったのである。もっと早く聴けばよかった。いや、ほんと、マイルス・クインテットのアルバムよりも『スピーク・ノー・イーヴル』を聴けばショーターの才能は“一耳”瞭然なのだ。
 『スピーク・ノー・イーヴル』は1964年の録音である。この年ショーターはブルーノートと契約したばかり。それなのに4月に『ナイト・ドリーマー』、8月に『ジュジュ』を録音。そして12月に本作を録音。この3作は今日も“64年の3傑作”と言われているらしい。加えてこの年にはマイルス・クインテットにも移籍しているのだから、64年のショーターの才能の爆発力がいかにすごかったかわかる。
 1曲目「ウィッチ・ハント」が流れた。DSDはやはりいい。期待どおりの音の厚みである。変なたとえかもしれないが、同じハイレゾでもflacがツルツルの生足としたら、DSDはヒートテックのタイツをはいたような温かみと音肌だ。ザラッっとした感触が伝わる。この感触は耳だけではなく掌にも感じる。ハイレゾだからあるはずのないLPジャケットを触っている錯覚を覚えるのだ。
 音は初期ステレオ特有の左右に分かれる配置だ。ショーターのサックスは右スピーカー、フレディ・ハバードのトランペットは左スピーカー(曲によって入れ替わる)。ドラムは右スピーカーで、ピアノとベースが中央という配置。
 左右に分かれるステレオを初めて耳にしたときは、一瞬モノラルが恋しくなったけれども、サックスとトランペットが、音場全体に溶け合い、綺麗にハモるのを耳にすると、たちまちOKとなった。温かみのあるホーン・サウンドが聴ける。そこを右スピーカーからドラムが鋭い切れ込みを入れる。この描き分けもDSDならではだろう。
 2曲目「フィー・フイ・フォ・ファム」のクールなテーマが流れた。ここでもたっぷりしたホーン・サウンド。ショーターのテナー・サックスがうねり、叫ぶ。ほんと、これならわかりやすい。「ショーターもコルトレーンと同じくらいいい」とあらためて思うのである。
 サックスとトランペットに負けず、中央のピアノもソロとなれば存在感を増す。ハンコックはいつものようにさりげなく弾いているようで、まるで自身のリーダー作であるかのように華麗なフレーズをちょいちょい聞かせるのだ。
 続くタイトル曲「スピーク・ノー・イーヴル」も最高にクール。これ以上はもう書くこともあるまい。『スピーク・ノー・イーヴル』は本当に素晴らしいアルバムだと思う。“3傑作”の残り『ナイト・ドリーマー』『ジュジュ』もいずれDSDで配信されるのを期待したい(どちらもflac 192kHz/24bitでは配信中)。
 今回は“新主流派”のアルバムを聴いたわけだけど、ほかにもハード・バップ、60年代のファンキー系、ロック・ジャズ系など個性的なアルバムがDSDで配信されている。これらもオリジナルの妙味を堪能できるかと思う。ぜひ聴いてみてほしい。


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