e-onkyo musicではじめる ハイカラ ハイレゾ生活 - [こちらハイレゾ商會] 第32回 50年代マイルスと日本映画 〜その黄金時代〜(後編)
掲載日:2016年05月10日
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第32回 50年代マイルスと日本映画 〜その黄金時代〜(後編)
絵と文 / 牧野良幸
 前回マイルスのデビュー録音である1949年から53年までのアルバムを日本映画とともに追った。今回はその続きである。54年から始めよう。
1954年



 54年は麻薬から脱したマイルスが多くの傑作を残した年だ。信号機のジャケットが印象的な『ウォーキン』『バグス・グルーヴ』。セロニアス・モンクとの“喧嘩セッション”で有名な「ザ・マン・アイ・ラヴ」を収録する『マイルス・デイヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』もある。この時代のマイルスをそんなに知らない人でもアルバム名は聞いたことがあるだろう。アルバムはいずれもハイレゾで出ていて、『ウォーキン』はシャープな音が魅力。
 その「ザ・マン・アイ・ラヴ」では、マイルスに注意されてセロニアス・モンクがソロを途中で止めてしまったという。しかしこれはどうやらフィクションらしい。まあそんな話が広がるほど、この頃のマイルスは知名度も上がっていたのだろう。
 これらのアルバムと比べると知名度は落ちるが『ブルー・ヘイズ』も54年の録音である。ジャケットが“根性無し”であるのとは対称的に音楽には根性がある。『ブルー・ヘイズ』のハイレゾの音も根性がある。とくにパーシー・ヒースのベースがぶ厚くてすごい。それからホレス・シルヴァーのピアノもガツンガツンくる。アナログ・ライクな音が魅力的だ。
 このように54年はマイルスの傑作が多く生まれた年であるが、日本映画も負けてはいない。おそらく日本映画史上もっとも傑作が多いのではないかと思う。黒澤 明『七人の侍』溝口健二『山椒大夫』『近松物語』木下恵介『二十四の瞳』(この年のキネマ旬報ベスト・テン第1位)。成瀬巳喜男も地味ながら『山の音』『晩菊』といった作品を残している。ちなみに54年は第五福竜丸がアメリカのビキニ環礁の核実験で被爆するという事件がおきており、放射能から生まれた怪獣『ゴジラ』が封切られたのもこの年だ。
 『七人の侍』から『ゴジラ』まで、これだけのクオリティの映画が公開されたのだから、“54年の映画館はいったいどんな場所だったのか”と思ってしまう。もし54年にタイムトラベルできるとしたら、マイルスの“喧嘩セッション”の真偽を確かめに行ったついでに、日本の映画館にも立ち寄ることだろう。
1955年



 55年のマイルスは『ザ・ミュージングス・オブ・マイルス』がある。そのハイレゾはデジタルとは思えないほどに、非常に力強い音である。ドラム、ピアノの音もクッキリとしている。ベースだけが甘いかなと思うけれど、マイルスがワンホーンで吹きまくるし、全体の力強さに大満足だ。
 このアルバムのジャケットに写る若々しいマイルスは、同じ55年封切りの黒澤明『生きものの記録』で若き三船敏郎が演じた“力強い老人”の姿と僕の中では重なる。原水爆に怯え、ブラジルへの移住を考える老人。これが福島の原発事故を経験した現代の日本人には笑い話にならないのが哀しい。
 同じく55年作品の『マイルス・デイヴィス・アンド・ミルト・ジャクソン』はミルト・ジャクソンのヴァイブとジャッキー・マクリーンのアルト・サックスが聴きもの。この2人が絡むと『ザ・ミュージングス・オブ・マイルス』とは一転して、“ジャズだなあ”というリラックスした雰囲気が漂う。ハイレゾはまろやかな音で、ターンテーブルに乗ったレコードを聴いているかのようだ。
 この年の日本映画はなんといっても成瀬巳喜男の『浮雲』だろう。この年のみならず日本映画史上でもナンバー・ワンに上げる人がいるくらい。森 雅之が演じるダメ男と、それを許してしまう、高峰秀子のこれまたダメ女。2人の関係はマイルスのクールさとは真逆であるが、非常にディープな世界を我々に提示してくれる。
 マイルスの55年作品には『マイルス〜ザ・ニュー・マイルス・デイヴィス・クインテット』というアルバムがあって、そのジャケットがなんとも『浮雲』のイメージに通じるから不思議だ。いまにも森 雅之と高峰秀子が歩いてきそうな寂しげな風景は、ほんとうにこれがジャズのアルバムかいなと思う。
 しかしこのアルバムはジャケットの寂しさとは真逆で、じつに多幸感のあるアルバムだから、ハイレゾで聴かない手はない。なにせ顔ぶれがジョン・コルトレーンレッド・ガーランドポール・チェンバースフィリー・ジョー・ジョーンズといったマイルス黄金クインテットなのだから、次に書く“マラソン・セッション”のアルバムと同じくらい楽しめる。ハイレゾではベースがタップリと出ているのが嬉しい。マイルスのミュートやコンボ全体の音もしっかりしたものである。
1956年




 56年、マイルスはコロンビアへの移籍のために、たった2日間のうちに、ほとんどワンテイクで4枚のアルバム分の録音をプレスティッジに残す。通称“マラソン・セッション”である。これらの録音をプレスティッジは1年に1枚ずつ小出しにする。それらがすべて傑作なのだから“さすがマイルス”である。
 その『クッキン』『リラクシン』『ワーキン』『スティーミン』はもちろんハイレゾでリリースされている。この4枚のアルバムはどれも1曲目がキモではあるまいか。すなわち「マイ・ファニー・バレンタイン」「イフ・アイ・ワー・ア・ベル」「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」「飾りのついた四輪馬車」。この4曲のハイレゾをプレイリストで並べて聴くのもオツかもしれない。ハイレゾではバランスのとれたジャズ・サウンドとなっている。マイルスのミュートは金属的なキラメキが堪能できるし、ベースの押し出しも良好である。
 さて56年の映画で僕が好きなのは溝口健二の『赤線地帯』だ。吉原の赤線を描いたこの映画は、いくら東京という都会が舞台とはいえ、黛 敏郎が作った絶妙な音楽のかわりにマイルスの“マラソン・セッション”を使えとはもちろん言わない。しかし登場人物たちの“架空のサウンドトラック”を考えるとしたら、マイルス・クインテットの演奏がピッタリくる。
 生活にひしがれた遊女たちのなかで、ひとり元気な京マチ子にはレッド・ガーランドのブロック・ピアノに通ずる明るさがある。また色気たっぷり、遊女から布団店の経営者に成り上がる若尾文子には、コルトレーンのウェットだけれども思い切りのいいプレイが合いそうだ。マイルスのミュート・トランペットの哀愁にふさわしいのは、なんといっても三益愛子の母親姿だろう。貧乏だけれども優等生をくずさない木暮実千代にはフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムの堅実さをあてたい。ポール・チェンバースのベースは、店の経営者で映画を支える脇役、進藤英太郎といったところか。
 しかし筆のすべりもよくなったところで、マイルスのプレスティッジ時代が終わる。メジャーのコロンビアに移った57年にマイルスは『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』、翌58年には『カインド・オブ・ブルー』をリリース。ここからの活躍はみなさんもよくご存じだろうが、もはやスペースもない。マイルスも日本映画もまだまだ名作が続くのであるが、それはまた別の機会に書けたらと思う。
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