[こちらハイレゾ商會] 第40回 プッチーニ『マノン・レスコー』、演奏会形式での白熱のオペラ
掲載日:2017年01月10日
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第40回 プッチーニ『マノン・レスコー』、演奏会形式での白熱のオペラ
絵と文 / 牧野良幸
 昨年の12月に東京芸術劇場でおこなわれたモーツァルトの歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』を観に行った。ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団による演奏だ。これは普通のオペラ公演とちがって演奏会形式の公演である。演奏会形式とは、オペラにつきものの舞台装置や照明などの演出がなく、指揮者やオーケストラもステージに上がって演奏するコンサートふうの公演のことである。
 僕が座ったのは中央の前から3列目。歌手の表情が間近に見える距離だ。その距離で聴くオペラ歌手の声は想像以上に力強いものだった。耳元にガツンと声が届く。さらに演奏会形式とはいえ、身振りは本格的なオペラの演出がされていたため、2人の歌手が代役となったにもかかわらず、とても素晴らしい『コジ・ファン・トゥッテ』だった。
 この公演を聴いて、演奏会形式のオペラも悪くないと思った。むしろ、ヘタな演出がされたオペラよりも想像力をかきたてて、オペラの真に迫ることもあるだろう。となればハイレゾでも演奏会形式のオペラを聴きたいと思っていたところ、ちょうど演奏会形式のハイレゾが配信された。
 それが2016年夏の〈ザルツブルク音楽祭〉の目玉としておこなわれたプッチーニの『マノン・レスコー』、その演奏会形式のライヴである。 マノン・レスコー役に今をときめくアンナ・ネトレプコ。マノンの恋人デ・グリュー役にはネトレプコの実の夫ユシフ・エイヴァゾフが出演している。
 このハイレゾはflac 48kHz / 24bitで、クラシックにしてはサンプリング周波数が低めである。せめて96kHzはほしいと思ったが、いざ聴いてみると杞憂だった。とても柔らかいステージ空間が現れた。ちょうどアンプをアキュフェーズの「E-370」に換えたところだったから、「E-370」の透明な再生音の影響も多分にあると思うけど、それにしても、ライヴ感をたっぷりと含んだ広がりのある音だ。歌手とオーケストラのバランスもよく、まるで特等席に座っているようである。
 『マノン・レスコー』はプッチーニの出世作であるが、その後の円熟した『ラ・ボエーム』『トスカ』『蝶々夫人』『トゥーランドット』ほどの人気はない。しかし『マノン・レスコー』もまた素晴らしいオペラだ。というのも、このオペラにはプッチーニがワーグナーに影響を受けた痕跡が聴き取れ、僕のようなプッチーニも好きだけどワーグナーも好きという人間にはたまらないのである。
 たとえば第2幕のマノン・レスコーとデ・グリューの二重唱などは『トリスタンとイゾルデ』で聴ける恍惚感がある。また第2幕のあとの間奏曲にもワグナー的な“うねり”がある。もちろんプッチーニならではのイタリア的な歌い上げも十分。つまるところプッチーニの音楽にワーグナーのエキスが注がれているのが『マノン・レスコー』なのだ。
 そんなほかのプッチーニのオペラにはない妙味を味わえる『マノン・レスコー』であるが、この演奏会形式の公演でも、それなりの演出をして歌手たちが歌っているのがスピーカーを通じて手に取るようにわかる。ネトレプコが有名な「このカーテンの柔らかい襞の後ろの」を歌い上げたあとのブラボー。そして沸き起こる拍手といったライヴならではの緊迫感も素晴らしい。演奏会形式での白熱のオペラを体験できるハイレゾだ。
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アンナ・ネトレプコ(マノン・レスコー)
ユシフ・エイヴァゾフ(デ・グリュー)
マルコ・アルミリアート指揮ミュンヘン放送管弦楽団 ほか
『プッチーニ: 歌劇「マノン・レスコー」』


(2016年録音)

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