KOKIA連載 心は世界に旅をするII〜KOKIA<REAL WORLD EUROPIAN Tour 2010>ドキュメンタリー - Chapter.3 ツアー回顧・後編〜バルセロナ→トゥールーズ→ブレスト→ロンドン→ケルン→パリ
掲載日:2010年12月03日
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 前回は、ヨーロッパ・ツアーのマルセイユ公演までを振り返りました。ここでは、ツアーの後半のクライマックス、バルセロナからパリまでの道のりをKOKIAさんに振り返ってもらいました。
――マルセイユ、バルセロナ、トゥールーズは3日連続公演(10月15〜17日)。ここもツアーの山場だったのでは?
 KOKIA(以下、同) 「今回、このツアーを振り返って山場と呼べるタイミングって、何度もあったと思うんですけど、この頃はツアーも中盤戦、体力的にも疲れてきていたところだったので、確かに山場でしたね。ただ、この頃にはキャンピング・カーでの移動生活にも大分慣れてきていたので、陸路の移動を楽しんでいました。とくかく美しい風景を楽しんでいました。iPhoneの地図を見ながら“いま、ここを走ってるんだな〜”なんて言いながら。アルプスの山間を抜けたルートはもう、それは絶景でした」
――バルセロナのライヴはどうでした?
 「実はバルセロナのステージはハードルがかなり高い内容のものになりました。会場の雰囲気があまりKOKIAの音楽に合ってなかったからです。そういった環境でパフォーマンスをするのは、難しいときがあります。もちろん、いらしてくださったお客さんには他の会場にいらしてくれたお客さんと同じ気持ちになって帰ってほしい。同じ歌をお届けしたいって思うので、環境が整ってない場合は、その分、自分でがんばる部分を増量するしかないので、大変でした。そういうことも含めて、仕事として考えると今回のバルセロナのステージはなかなか厳しかったと思っています。一方、次の日の公演のトゥールーズはバルセロナ同様に初めてライヴをした場所でしたけど、すごく雰囲気が良かったんです。スタンディングの会場だったんですけど、お客さんは自主的にみんなぺタッとフロアに座っていて、課外授業みたいな感じでした(笑)。終演後、会場のオーナーの方から“すごく良かった。またやってほしい”って声をかけてもらったんですよ。前も言いましたけど、パリの会場を満員にできたからといって、フランスの他の土地でもうまくいくといういう保証はどこにもないので、トゥールーズやブレストといった地方公演にも、たくさんのお客さんが来てくれたのはとても嬉しいことでした。“ブレストでコンサートをする”というと、パリの人たちは驚くほど、フランスの人たちにとってもカントリーサイドのイメージの強い場所へ私は歌を届けに行ったようです」
――ぜんぜん都会ではない、と。
 「そうでしたね。『借りぐらしのアリエッティ』の主題歌を歌ったセシル・コルベルさんと交流があるんですけど、彼女も私がブレストでコンサートをすることにとても驚いていました。“え、ブレストでライヴやるの?”って。実はブレストって、ケルト音楽の影響をすごく受けているエリアで、言葉も風習などもフランス国内でも独特のものを持っているエリアなんですって。文化もそういった場所でアイルランド好きの私としては、ケルトの音楽を愛する人たちの前で歌を歌えるというのは、とても嬉しいことでした」
――それも5年間、ヨーロッパでライヴを続けてきた成果ですよね。そういえば今回、宿泊の環境はどうだったんですか? 以前はバスタブがなかったり、お湯が出なかったりしましたが……。
 「今回は全体を通して、宿泊施設はバッチリでした。5年目のヨーロッパ・ツアーにしてようやく、現地のプロモーターさんとも分かりあえてきたようです。日本人にはバスタブが不可欠、お湯がないと生きていけないって何度も言ってきたので(笑)。この5年間に実ったことは、1人でも多くのお客さんに歌を届ける。コンサートを作るということだけじゃないんですよね。海外の方たちとの仕事の進め方を中心に、いろんなことを学びました。5年目の今回、すべてがパーフェクトだったわけじゃないけれど、日本でいったらやっとスタート地点、最低基準は守られたと思います」
――まだまだ改善の余地はある、と。
 「もちろんですよ。外国で仕事をする場合、基本的には向こうの流儀に歩み寄る必要があると私は思っているんです。でも、向こうのスタッフの人たちもKOKIAと一緒に仕事をしたいと思ってくれるのなら、やはり“KOKIAの現場はこうなんだ”っていうのを分かってもらう必要があるじゃないですか。お互いが少しずつあゆみよって、ようやくゼロの状態に立てたんじゃないかなって」
――なるほど。次はロンドン。イギリスでのライヴも今回が初めてですよね。
 「フランスからフェリーでイギリスに渡って、1泊もせずにまたフランスにフェリーで戻ってきたんですけどね(笑)」
――ドーバー海峡を往復して。
 「今回のツアーで唯一の英語圏。そんなこともあってちょっと緊張していたんですけど、ロンドンでのライヴもすごく楽しみにしてたんです。毎回、ロンドンからパリまで足を運んでくれるファンの方々もいらっしゃったし……。面白いおじさんがいて、“人間国宝”って書いた紙を掲げていた方が以前いたんですよ。たぶん、私に最上級の褒め言葉をくだっているつもりだったんだと思うんですけど、ちょっと間違えてるかなって(笑)。ロンドンでの公演は、ライヴそのものもとてもいい雰囲気で送ることができました」
――ロンドンという街に対する印象は?
 「今回ツアーで廻っている他の国に比べて、すごく都会だし、ちょっとアメリカ的なところがあると思うんですよ。私はもう少し牧歌的で、田舎っぽい雰囲気だったり、歴史を感じられる、時の流れを感じられる雰囲気を持った街の方が好きなんですよね。何といっても、語学留学のためにわざわざロンドンではなく、アイルランドを選ぶくらいなので(笑)」
――次はドイツ・ケルン。いよいよツアーの終盤ですね。
 「はい。去年のツアーの最後の地がケルンだったので、ケルンのことはすごく印象に残っていたんですよ。今回も現地のプロモーターさんは同じ方だったので、“帰ってきたね!”って歓迎してくれました」
――ただ、PAの状態が良くなかったということですが……。
 「そうそう。日本ではきっとライヴ・ハウスとはその時点で呼べないほど、最悪でした(笑)。ホント、“こんな状況でコンサートができるのかな?”っていうくらいだったんですけど、日本から出向いてくれたPAの石金さんを筆頭に、スタッフの方々が何とかしてくれて無事にライヴを行なうことができました」
――きついですよね。体の疲れだって蓄積してただろうし。
 「そうですね。ケルンにいたときは奇跡だと思っていました、いつもと同じように声が出ているのが。ツアーが始まる前は、“最後の方は、きっと思うようにはなかなか歌えなくなっちゃうんだろうな”って思っていたんです。でも、ステージに出ると不思議なくらい声が出て。“どうしてこんなに歌えるんだろう?”って思ってましたね。それもこれも、お客さんとのいい循環があったからだと思います」
――そしてツアーのラストとなるパリ公演。KOKIAさんにとってはまさにホームですよね。
 「そうですね。ヨーロッパのパリはホームなんです。他の会場に比べたら会場も大きいし、パリだから地方よりも設備ももちろん整っているから安心だわ〜と思っていたんですけど……、実は最終日のパリはケルンの会場以上に大変な状態があったんですよ。最後の最後にやられました。PA卓の調子も悪かったし、なんといってもモニターがなくて、予定していた時間帯に全くリハができず、本番直前に足りない機材を用意してもらって、どうにかリハを終えたんです」
――最後の最後まで、戦いですねえ。
 「そうですよ! 今回の連載では“ヨーロッパ・ツアーの素敵なお話を聞く”っていうスタンスでインタビューをしていただいてますけど、どちらかというと、ハプニングとかアクシデントを掘り起こしてもらった方が話すことがたくさんあるかもしれないというくらい、波乱に満ちた“よく最後までやり遂げられました!”というツアーでした」
――そうですよね。パリのライヴは、どんな気持ちで臨んでたんですか?
 「正直、ラストのラストだったので、コンディションはあまりよくなかったんですけど、それにも勝る充実した気持ちとホッとした気持ちで幸せな気持ちでした。何より、パリのお客さんが温かく迎えてくれて。“あ〜、ホームだなぁ”って。今年もパリでライヴができて、本当によかったなって思いました」
――“やり遂げた”という達成感もあったんじゃないですか?
 「そうですね。前にもお話しましたけど、パリだけで大きなライヴをやるのではなくて、会場は小さくても初めての国にもどんどん行くっていうチャレンジ・コースを選んで正解だったなって。海外で活動していくうえでのフォーマットが1つ、見えてきたと思うんですよね。もちろん反省点、課題も含めて」
――次の展開も見えてきましたか?
 「1つのことを終えると、始める前には見えなかったことや感じなかったことが現れるものです。今回もヨーロッパ・ツアーを終えて、いろんなことを感じました。今、思うのは、次回のヨーロッパ・ツアーは1年に1度というような今まで行ってきたような頻度ではなく、ちょっとお休みしようかなって思ってるんです」
――え、どうしてですか?
 「来年の春で、私、事務所を独立してちょうど5年になるんです。独立してからのこの5年間、海外での活動は独立してやりたかったことの1つだったので、とにかく頑張って挑戦してきました。もちろんこれからもワールドスタンダードの尺度で歌っていけたらいいなって思っています。でも、ちょうど今度の春で1つの節目を迎えるいま、これからのことを少し考えたいなって思っているんです。今、anco(事務所名)との歩みを振り返る本『op.5』っていうのを作っているんです。文字にすることで自分と向き合って、次に踏み出すための準備をしたいと思っています。今後のKOKIAの活動、自分はこれから何をしたいのか、少しじっくりと考えたいんです」
――新しいターニング・ポイントを迎えてるのかもしれないですね。5年間続いたヨーロッパ・ツアーでの活動に対しては、どんな認識を持ってますか? たぶん、予想以上の成果があったと思うんですが。
 「思った以上の成果があったところと、思い通りにいかなかったところ、正直、両方あります。でも、よく頑張ったなって素直に思います。一生懸命やったし、すごく晴れ晴れとした気分です」




取材・文/森 朋之


Column[もう一つのヨーロッパ・ツアー回顧〜OUT TAKE 03]
大事にしていた言葉“When in Rome”


  今回のヨーロッパ・ツアーで私が大事にしていたのは“When in Rome”(When in Rome , do as the Romans do/郷に入りては郷に従え)という言葉なんです。その国にいるときは、そこの流儀に従う。現地の食べ物を美味しくいただき、生活習慣や国民性も含めて、全部楽しめればいいなと思っていました。実際、行く先々の国によっていろんなことが違いますから。特に時間の感覚では、それぞれの国の人の感覚が現れていて、とても面白いことが何度もありました。たとえばスペインで車から降ろされた私たちは「ここからホテルまでは歩いて5分くらいだから」っと言われたのですが、実際には30分くらい歩かされるはめに。トランクにギター、手荷物をうんしょうんしょと担いで30分。でも、そういうときもやっぱり“When in Rome”。“この言葉を胸に楽しむ努力を”だったんです。マルセイユではマルセイユ時間というのがあるらしく、公式のポスターやチケットにも実際の開演時間、開場時間よりも1時間も早い時間が記載されていたりしました。日本ではあり得ないことですね。

 6月にアイルランドで語学留学したんですけど、今回のヨーロッパ・ツアーは私にとっては、そこで培ったスキルを試す格好の場所でもあったんですよ。日本からのツアークルーのなかで英語が1番話せるのは私だったので、はりきってみんなを引率していました。日本にいるときはスタッフに守ってもらっていますが。外国にいるときは“私がみんなを守らなくちゃ”っていう気持ちで頑張っていました。“今夜の夕食はどこで何時”“楽屋に食べものを用意してください”とか、なんだかいろんな手配をしていました。日常会話程度の英語ならみんなでわいわいと、外国のスタッフと日本のスタッフでお話して楽しく過ごしていたんですけど、何か、込み入った問題が起こると、そういった要求はダイレクトに私に話されるので、本番前に、「今それを言うタイミング?!」と、フランスのスタッフと喧嘩をしたりしたのも、いい思い出です。仲直り〜なんていってハグをして、大きなことを一緒にやり遂げた仲間です。
<REAL WORLD Tour 2010>ツアー・スケジュール

10月08日 Koncert(ロシア・モスクワ)

10月09日 Blue Note(ポーランド・ポズナン)

10月12日 Haus der Muzik(オーストリア・ウィーン)

10月13日 Feierwerk(ドイツ・ミュンヘン)

10月15日 Poste a Galene(フランス・マルセイユ)

10月16日 Sidecar(スペイン・バルセロナ)

10月17日 la Dynamo(フランス・トゥールーズ)

10月20日 la Carene(フランス・ブレスト)

10月22日 Islington Academy2(イギリス・ロンドン)

10月23日 Cafe Lichtung(ドイツ・ケルン)

10月24日 Theatre Michel(フランス・パリ)
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