真心ブラザーズ4週連続企画 『YOUNGER THAN YESTERDAY』 - 第1回 真心ブラザーズ 20周年記念ロング・インタビュー 後編
掲載日:2009年8月11日
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『KING OF ROCK』から
アラサーに向かっていくにあたって、
自分の中で無理のない音楽を
作っていきたいなと思った(YO-KING)

5thアルバム『KING OF ROCK』発表時(1995年)
──『KING OF ROCK』をリリースした頃、バンド名から“THE”が取れましたけど、あれは、どういう心境の変化だったんですか?
桜井 「バンドが変わったということをアピールする手段ですね。あとは“ま行”じゃなくて、“さ行”に置かれてCDがお店で探しにくかったり。それでスタッフからも“THE”は、いらないんじゃないかという意見が出てきて。じゃあ取っちゃいましょうと」
──ちなみにYO-KINGさんが本名から改名した現場に僕は偶然立ち会っているんですよ。たしかエレファントラブのライヴだったと思うんですけど。
YO-KING 「そうそう」
──だしぬけに、「俺のことを今日から“SPICE MASTER YO-KING”って呼んでくれ」って言いはじめて(笑)。
YO-KING 「正確には、“SPICE MASTER DEFROSTER YO-KING(スパイスマスター・デフロスター・ヨーキング)”ね(笑)」
──あれは、また、どういう心境の変化で?
YO-KING 「横文字のほうがTシャツとかもカッコいいデザインになりそうだし。僕なんかは、一流レストランの予約を取ることも多いから、普段、本名で活動してると、いろいろ面倒くさいんだよね」
──なるほど(笑)。おおっぴらに“モテ”をアピールしはじめたのも、たしか、この頃ですよね。
桜井 「YO-KINGさん、サングラスしてるの、モテ防止ですもんね(笑)」
YO-KING 「そう。モテ防止。本当はしてないほうがモテるんだよ。それは分かってる。でも、モテたくないから」
──目力(めぢから)をサングラスで押さえていると(笑)。
桜井 「もう少し目力使ってくれれば売り上げもアップするのに(笑)」
YO-KING 「それも分かってる。みんながあくせくせず、ニコニコできる程度の売り上げをキープするためにあえてサングラスをしてるわけ。もちろん、俺の顔を使ったほうが売れると思うよ」
桜井 「自意識の限界に挑戦してますねえ(笑)。でも、こないだ外で撮影してたとき、見物してた人がYO-KINGさんを指して、“あ、スガ シカオだ!”って言ってたよね(笑)」
YO-KING 「あった、あった(笑)。そうね〜、あれは参ったわ」
──話を戻して(笑)、『KING OF ROCK』の直後にシングル「サマーヌード」をリリースして。あの曲も真心ブラザーズに強力な追い風を吹かせたと思うんですよ。
桜井 「絶妙なタイミングでしたよね。間髪入れず、別の技を繰り出すことができたというか」
──あの曲は、どんなふうにしてできあがったんですか?
桜井 「バタバタでした(笑)。〈サマーヌード〉は、そもそも95年の夏限定で売られた“日清サマーヌードル”というカップ麺のラジオ・スポット用に発注を受けて書いた曲だったんですよ。しかもレコーディングまで2週間しか猶予がないっていう(笑)。突貫工事でバーッと作ったから、『KING OF ROCK』の次にこんな方向転換した曲を出してもいいのかとか、そういうことを考えてる暇もなかったんです。あの曲には自分の中にある夏のイメージを全部詰め込みました(笑)」
──それがいまや、クラムボンとか土岐麻子さんとか、いろんなアーティストにカヴァーされるまでになって。
桜井 「ねえ(笑)。今思えば、余裕がなかったからこそ、ああいう曲が書けたと思うんです。締め切りが生んだ偉大な作品ですね(笑)」

7thアルバム『I will Survive』発表時(1998年)
──その後出た『GREAT ADVENTURE』(1996年)、『I will Survive』(1998年)という2枚のアルバムでは、『KING OF ROCK』の世界観をぐっと洗練させていったような印象を受けたんですけど。
桜井 「『KING OF ROCK』みたいなアルバムが毎回できたら嘘だと思うんですよ。あの世界観をいかにして進化させていくかということを2枚のアルバムを通じて追求していた感じですね。そういう意味では洗練に向かっていたのかな」
YO-KING 「年齢的なタイミングもありましたね。『KING OF ROCK』が27〜28歳でしょ。そこからアラサーに向かっていくにあたって、自分の中で無理のない音楽を作っていきたいなと思ったんですよ。年相応の音楽というか」

──あくまでも、そのときのモードに忠実に。
YO-KING 「そうそう。だから今思うと歌詞は納得できないものも多いですよ。だけど、シンガー・ソングライター的な観点でいえば、それでいいんだと思う。だって“10年後に読んだら恥ずかしいんだろうな”とか思ってたら、歌詞なんて書けないから。あとあと読んだときに、“あの頃だからこそ、こういう歌詞が書けたんだな”って思う場合も逆にあるわけだし」

8thアルバム『GOOD TIMES』発表時(1999年)
──そして、次のアルバム『GOOD TIMES』が出た1999年に、真心は結成10周年を迎えました。
YO-KING 「本人たち的には特別盛り上がることもなかったかな。でも今思うと、濃い10年だったと思いますよ」
──この頃は、武道館2DAYSを行なったり、傍から見たら順調な活動を続けているように見えたんですけど、実際のところバンドの内情はどうだったんですか?
桜井 「モノづくりに関しては行き詰ってましたね。はっきり言って失速してました(笑)。でも、しょうがないですよね。バーンとハジけるときもあれば、流れが滞る場合もあって。そろそろ、もうひとハジけ欲しいなと思っていた時期ではありましたね」
──そういう状況は活動休止まで、しばらく続いていたわけですか。
桜井 「そうですね。いろいろ試行錯誤してました。2001年の春からスタートした“別れの歌三部作”から初めて外部プロデューサーを迎えたり。しんどいことも多かったけど、あれはあれでおもしろい経験でしたね」


もしかしたら、これまでの活動期間中で、
今が一番面白い時期なのかも
しれませんね(桜井)



10thアルバム『FINE』発表時(2006年)
──そして2001年の年末をもってバンドは一旦、活動休止に入ります。
YO-KING 「休止は俺から切り出したんですよ。自伝的なソロをやりたくなって、それで一旦、真心を休止しようって」
桜井 「俺はアルバム『夢の日々 〜SERIOUS & JOY〜』(2001年)を経て、バックのMB’sのメンバーとまた新しい音を作ろうと思ってたから、“えー!”みたいな感じでしたよ。でも、YO-KINGさんの興味がソロに向かっていたから、それはもうしょうがないかなって」
──復活するまでの3年半、お二人の中で、真心ブラザーズはどういう位置づけだったんですか?
桜井 「すごくフラットな距離でバンドを見つめ直すことができました。ちょうど休止期間中に真心のカヴァー・アルバム(『真心COVERS』/2004年)が出たんですけど、参加してくれたミュージシャンの素晴らしい仕事とか、あとはそれを聴いてくれたリスナーの反応を聞いたりして、僕は初めて聴き手のことを意識したんですよね。“みんな、真心のことをそんなふうに見てくれていたんだ”って。休止して初めてバンドを客観的に見ることができて、それだけでも僕にとってはすごく有意義なことでしたね」
YO-KING 「いなくなって初めて俺たちの偉大さが理解されたんじゃないかな」
桜井 「すごい(笑)。今日の、この人、すごいわ(笑)!」
YO-KING 「毎年、クオリティの高いアルバムを出して、楽しいライヴをやってたんだなって。それが、みんなに伝わったんだと思う。そうこうしてる間に若手から待望論みたいなものが出てきたから、じゃあってことで再始動する気になったんです。それで、復活ライヴをやったら尋常じゃない反応が返ってきたから、マジでこれはキてるなーって」
桜井 「本当に気持ち悪いくらいの大声援だったんですよ。これは、やんなきゃ不義理だなと思いましたね」
──活動休止前に比べて、一番変わったのはどういうところでしたか?
桜井 「ソロ活動を通じて、YO-KINGさんが制作のノウハウを身につけてきたので、曲の作り方が大きく変わりましたよね。それまでは俺が具体的なアレンジまでをやって、YO-KINGさんがわっしょいと歌う、大きな役割分担があったんですけど、活動再開後は、その線引きがユルくなったんですよ。二人ともなんでもやるっていう。必要とあれば私もラップをやらせていただくっていう(笑)」
──最新フル・アルバム『俺たちは真心だ!』(2008年)でも、ハウスあり、ヘヴィメタありと、やりたい放題やってますよね(笑)。
桜井 「ああ、あのアルバムはですね、再始動後に作った『FINE』(2006年)と『DAZZLING SOUNDS』(2007年)っていう2枚のアルバムが、ちゃんとお客さんに対して筋を通した誠実な作品だったんで、ここで一回、ハジけたアルバムを作ったほうがいいなと思ったんです。そこでバランス取るために、あえて思う存分やらせてもらった感じですね」
──ああいうアルバムを作れるのも真心ならではだと思うんです。
桜井 「今はバンドの状態がすごくいいですから。もしかしたら、これまでの活動期間中で、今が一番面白い時期なのかもしれませんね」

コンセプト・ミニアルバム『タンデムダンディ 20』発表時(2009年)
──今後、目指していくのはどんな方向ですか?
YO-KING 「アラフォーにしか表現できないロックンロールっていうのも絶対にあると思うから、今後はそれを追求していきたいですね。でも、いかんせん、今はアラフォーのリスナーが減ってるから。だんだん神輿の担ぎ手が減ってるんで、そこをなんとかしなきゃと思いますね。特に歌詞とか、やっぱり同世代の人にしか分からないニュアンスがあるから。俺たちが無理やり18歳になりきって歌詞を書くのも不自然だしね」
──逆をいえば、その世代には、その世代にしか書けない歌詞があるわけだし。
YO-KING 「そういうことですよ。10代にしか書けない歌詞もあれば、40代、50代、60代にしか書けない歌詞もあるわけで。だから、いかにして嘘がない形でロックンロールを歌っていけるかなんですよね。(山下)達郎さんのライヴとか観にいくと、同世代のお客さんが集まって、達郎さんのロックンロールで感動してるわけですよ。俺たちも、ああいうところまでいけたらいいなと思う。ただ、それを実現するためには、若い奴ら以上のエネルギーが必要で。とはいえ先輩方もそういうことをやっているわけだから、俺たちが、ここで音(ね)をあげるわけにはいかないよね」
桜井 「4月に泉谷しげるさんと共演させてもらったんですけど、やっぱりエネルギッシュだったし。ムッシュ(かまやつ)さんに至っては70歳ですからねえ。古希を迎えているにもかかわらず、いまだにスタインバッカー鳴らして格好よく歌ってるんだから。我々なんて、まだまだ大きな顔はできないですよ」
──20周年ごときで騒いでくれるなと。
桜井 「いや、騒いではほしいんですけど(笑)。それで浮かれてる場合じゃないぞ、と」
YO-KING 「でも、本当にこれからですよ。40代は働き盛りだから、実り多き時代がくるんじゃないかな。これまで以上に楽しくなっていくと思いますよ。そして格好いい大人になりたいですね」
──具体的な“格好いい大人像”はありますか? 以前は津川雅彦さんの名を挙げていましたけど。
桜井 「ああ。津川さんは永遠の憧れですよ。あんなふうに枯れることなく、フェロモンを出していきたいですね」
YO-KING 「あとは加藤和彦さんとか。これからの真心ブラザーズは粋な大人の遊び人を目指していきますよ」


というワケで、20周年を迎えた真心ブラザーズに“永遠の憧れ”である津川雅彦さんからのコメントをいただきました!

20周年おめでとうございます!

津川雅彦(俳優)

真心ブラザーズ、デビュー20周年おめでとうございます!
そして、YO-KINGさん、桜井さん、いつも僕のことを応援してくれて、ありがとうございます。
今度、発売されるベスト・アルバム『GOODDEST』聴きました。
すごくバラエティ豊かな曲が入っていて素晴らしいと思いました。
20周年特集のタイトルが『YOUNGER THAH YESTERDAY』(昨日よりも若く)とのことですが、僕が若さを保つために常に心掛けていることは、今日が人生で一番楽しい日と思えるために、今日を充実させることです。
ぜひとも実践してみて下さい。
それでは今後の活躍を楽しみにしています。

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取材・文/望月哲(2009年7月)
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