[こちらハイレゾ商會]第54回 ハイレゾで花開いたチューリップの巻
掲載日:2018年4月10日
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こちらハイレゾ商會
第54回 ハイレゾで花開いたチューリップの巻
絵と文 / 牧野良幸
 チューリップ(TULIP)のアルバムがまとめてハイレゾ配信された。僕らの世代にとっては興味深いハイレゾではあるまいか。僕にとっては1973年に大ヒットした「心の旅」が思い出深い。チューリップを一躍有名にした曲だ。
 1973年当時、僕は高校に入学したばかりで意気揚々としていた。中学生のうちにサイモン&ガーファンクルとビートルズは聴き終えていたので、高校生になったら新しい音楽を聴こうと思っていた。もちろんそれは洋楽であったが。
 当時の洋楽は百花繚乱である。エルトン・ジョンなどのシンガー・ソングライター、T・レックスなどのグラム・ロック。ピンク・フロイドなどのプログレ、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなどのハード・ロック、カーペンターズなどの聴きやすいポップス、そして元ビートルズのメンバーやローリング・ストーンズなどのベテラン勢。これらが毎月のように新譜を出していたのだ。買いたいレコードは山のようにあった。
 しかし当時一緒に遊んでいた級友のYは、洋楽ではなく邦楽のほうを好んだ。というか音楽にはそれほど興味がないのだけれど、僕に引っ張られてレコード店に出入るするものだから、付き合いでたまに買うわけである。だからYの買うレコードはそれほど熱のこもったものではなかった。
 しかしそのYがめずらしく興奮してレコードを買ったのである。チューリップというまったく知らないバンドの「心の旅」というシングル盤だ。
 「これは俺が深夜放送で見つけた曲だ。絶対ヒットするぞ!」と、「心の旅」を買ったことを、さも一大事件のように言うY。たぶん洋楽のレコードを買いまくる僕と対抗できるレコードを見つけたことが嬉しかったのではあるまいか。
 それからのYは、まるで拾ってきた子猫の成長を見守るように「心の旅」を応援しだした。毎週ヒットチャートの順位を追いかけ、声援を送ったのである。Yの家に遊びに行けば何度も「心の旅」を聞かせられた。
“あー、だ か ら、こんやだけはー”
 いきなりサビから始まるところが新鮮、……と書きたいところであるが、洋楽至上主義に陥っていた僕はこれをアマチュアっぽく感じてしまったのであった。今でこそ語られるビートルズふうという感想もチラリと頭をかすめたけれど、甘いヴォーカルは歌謡曲ふうに思え、そんな気持ちを封印した。
 正直に言ってYの熱意は徒労に終わるだろうと思っていた。当時の邦楽と言えば、もう吉田拓郎である。そしてキャロル。どちらも華々しく登場するやガツンときていた。チューリップには申し訳ないが、シングルが発売されたあとに、岡崎のいち高校生が応援しているようでは、とてもメジャーになる見込みはないと思っていたのである。
 しかし「心の旅」はじわじわとヒットチャートを上昇していった。まるでYの念力が日本中に広まったかのようだった。会うたびに「今週は●位に上がった!」と喜ぶY。そしてとうとうテレビの音楽番組にも出演。チューリップはYの念力で見事に花開いたのだ(と僕には思えた)。以後のチューリップの活躍はご存じのとおりである。
 今ハイレゾで「心の旅」を聴けば、どうしても当時のことが思い出される。「心の旅」は『TULIP BEST 心の旅』や『チューリップ・ガーデン』で聴くことができるが、ほかの曲も合わせて聴けば、チューリップがビートルズふうだったと、今は十分頷ける。それもソロになったポール・マッカートニーふうであろうか。ビートルズ好きだった僕がどうしてチューリップにのめり込まなかったのか不思議なくらいだ。
 また74年の『TAKE OFF 離陸』は音楽誌の広告を見るや、洋楽のような匂いがプンプンとして、あらためてメジャーになったチューリップを実感させられたアルバムであるが、これも今回のハイレゾで堪能した。ハイレゾで聴くとガッシリとした音で、よりロックらしく迫ってくる。
 恥ずかしながら僕にとってチューリップは、Yに遅れることなんと45年でようやく花開いたと言える。もちろんそれにはYのように念力を使う必要はなく、ただハイレゾをダウンロードして聴けばいいだけであった。



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