大石 始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC - 第12回:neohachi
掲載日:2013年08月01日
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 大石始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC
第12回:neohachi

neohachi / LOVECADIO HEARN 予告篇

 シンセサイザー奏者のエリーと詩吟ヴォーカル / 琵琶ギターのリリー・セバスチャン・マッケンローという女子2人組のneohachiは、一風変わった電子音楽デュオだ。リリーは5歳のころから詩吟を学び、現在では渋谷で個人教室も開く詩吟の師範。その伝統に則った彼女のヴォーカルはこのneohachiでも独特の威力を発揮しており、かたや彼女の歌を包み込むエリーのシンセサイザーは70年代のジャーマン・ロックを思い起こさせるようなディープな響きを持つ。先日リリースされたファースト・フル・アルバム『LOVECADIO HEARN』はそのタイトルどおり、かのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の再話文学を音楽で表現することをテーマとし、ジャケットにはどこの部族かも分からない女の子の写真が。“前方後円墳型ガールズ・ユニット”と名付けられた彼女たちの音楽世界は、ポップかつドリーミーでありながらも、日本の古層に触れるような土着的側面も持っている。一般的には“年配がやるもの”というイメージを持たれがちな詩吟の現代的魅力を探りながら、neohachiの独特の世界観に迫ってみよう。


「美術大学でラップトップ・ミュージックをやってたんですけど、美大生なので変わったことやりたくなるじゃないですか(笑)。それで詩吟とノイズを合わせようと思って……」
neohachi
――リリーさんが詩吟を始めたのは5歳の頃だったそうですね。
 リリー・セバスチャン・マッケンロー(以下、リリー) 「そうですね。両親が詩吟をやってて、私も母のお腹にいるときから耳にしていたみたいです。子供の頃は字も読めないのに、単に母がやってるのをマネして徳川斉昭の漢詩を“豹は死して〜”とか歌ってたらしくて(笑)」
――そもそも詩吟がどういうものか、僕も含めてあまり理解してない人は多いと思うんですよ。
 リリー 「幕末の時代、儒学を勉強するために漢詩や漢文を覚える必要があったんですね。基本は素読といって、声に出して読み上げるんです。節をつけて読むと身に付きやすいということもあって、徐々に節が付いていったんです。九九なんかもそうやって覚えていきますよね」
――最初は寺子屋などで勉強してる志士たちが始めたということですよね。
 リリー 「そうですね。基本的にお題目は昔から変わらないんですよ。川中島の合戦を詠った“鞭声粛々 夜河を渡る”という有名な詩があるんですけど、これは頼山陽(注1)という江戸後期の人が戦国時代からの日本の歴史を漢文で書いたものの一部で、今も吟じられているんです。だから、当時から現在まで受け継がれてる詩が多いんですよ」
注1:頼山陽/らいさんよう。江戸後期の儒者・文人で、尊皇攘夷運動に影響を与えた史書『日本外史』を著したことでも知られる。“鞭声粛々 夜河を渡る”という漢詩は川中島の合戦のなかでも最大の激戦となった八幡原の戦いのシーンを描いたものとされる。
――勉学のため、国策として推奨された部分もあるわけですよね。
 リリー 「そうなんです。日本人は戦前から識字率が高かったんですけど、それも江戸幕府が勉学を庶民に広めたことも大きいんだろうし、根本には“いい人間であろう”という儒学の教えがあって。そうやって安泰の世の中を作ろうとしたんですね。漢詩は唐の時代に生まれたものが多いんですけど、中国では文化大革命で一回伝統が途絶えてるんですね。逆に唐の時代のものが日本に残っているということで、中国人が日本に漢詩を勉強しに来たりしているそうです」
――その一方、太平洋戦争当時、詩吟は国威高揚のひとつとしても利用されたそうですね。
 リリー 「そうそう。そのこともあって、戦後一気に廃れちゃったんです。士気高揚に使われた詩吟をGHQが禁止したこともあって。でも、その後は一種の芸能として、楽しみとして吟じられるようになっていって。あとはコンクールのなかで競われるようになっていったり。詩吟にはいろんな流派があって、かなり演歌調の流派もあるし、戦前にあったような熱烈タイプの流派もあるんです。昔のテープを聴くと、戦前の詩吟は音階もあってないような感じなんですよ」
――演説っぽい?
 リリー 「いや、むしろ民族音楽に近い気がしました。OKIさんの歌を聴いたとき、近いものを感じましたね。詩吟の教室では大ざっぱな節は教えてくれるんですけど、細かい部分は習うものじゃないんです。私もそうやって習ってきたし、細かい“揺らし”の方法論は習わなかった。やってるうちにできてくるものだと」
――“揺らし”っていうのはコブシとは違うわけですね。
 リリー 「似てるけど、ちょっと違いますね。西洋ではやるべきことが全部楽譜に書いてあるんですね。でも、詩吟はそういう譜面自体がなくて、同じ詩を死ぬまでやり続ける。そのなかで揺らしができるようになっていくんですね」
――ひとつの歌、一吟の長さってだいたいどれぐらいなんですか。
 リリー 「漢詩で言うと七言絶句、七文字の句が四句あるなかで起承転結が構成されてます。これでだいたい一分半ぐらい。最初は穏やかに始まって、転句で盛り上がり、結句で戻る感じですね」
――詩吟のスタンダード・ナンバーって何吟ぐらいあるんですか。
 リリー 「どれぐらいだろ……五十吟ぐらいかな?」
――その五十吟を昔から現在まで吟じ続けていると。
 リリー 「そうですね。でも、戦後になるとみんな新しいことをやりだして、近代の詩を歌うものもあったり。お年寄りがカラオケ代わりにやることもあって、そうなると違うものになっていくんですよね。私は戦前のものに則ってやっていきたいと考えてます」
――リリーさんが詩吟の面白さに意識的になったのっていつぐらいからだったんですか。
 リリー 「私、美術大学でラップトップ・ミュージックをやってたんですけど、美大生なので変わったことやりたくなるじゃないですか(笑)。それで詩吟とノイズを合わせようと思って、昔の詩吟のカセットテープを聴いていたんですね。そのなかに高浜虚子(注2)の“白牡丹といふといへども紅ほのか”という俳句を吟じたものがあって、それがメチャクチャ格好良くて。これだったらみんなに自信を持って聞かせられると思って……そこからですね」
注2:高浜虚子/愛媛県松山市生まれの俳人・小説家。“白牡丹といふといへども紅ほのか”という俳句は大正14年に詠んだものとされ、虚子の句集「五百句」に所収。
「言葉にならない感覚というか……多幸感に満ちた感覚というか、詩吟をやっててアルタード・ステイツに至ったっていう(笑)」
――そのときはひとりでやってたんですか。
 リリー 「そうですね。ラップトップに私の声を取り込んで、それにノイズを同調させたり。でも、はじめはポカンとされました(笑)」
――わはは、ちょっと早すぎたんですね。neohachiを始めたのはいつからなんですか。
 リリー 「2005年ぐらいですね。エリーちゃんとバイト先で出会って、好きな音楽について話をしていたらお互い“ピコピコ系が好き!”っていうことが分かって」
――具体的にはどういう音楽?
 リリー 「テクノのイヴェントにはよく行ってましたね」
 エリー 「スクエアプッシャーとか。あと、ユンキー(注3)がお互い好きだったんです。ライヴに行って、人をかき分けながらフロアの最前列まで行ってみたら隣にリリーちゃんがいたり(笑)」
注3:ユンキー/“韓国のリー・ペリー”と呼ばれた異才。2004年以降たびたび来日し、2010年には久々の新作『Yoonkee Kim』をリリースした。
 リリー 「トータスも好きだったし、いろいろですね」
 エリー 「当時は詩吟のこともまったく知らなかったんですよ」
 リリー 「エリーちゃんは3歳からエレクトーンをやってて、かなりの実力の持ち主なんですよ」
 エリー 「DJのイヴェントに呼ばれて、2時間ぐらい自分の時間があったんですけど、せっかくなのでリリーちゃんと一緒に何かやろうと。それで私も慌ててシンセを買って。珍しかったのか、その後ちょこちょこイヴェントに呼ばれるようになって」
 リリー 「最初は私がラップトップでお経とかノイズ、ファックスの音を鳴らして、そこにエリーちゃんが音を乗せる感じ。今とは全然違いますね。だんだんラップトップで演奏するのがイヤになってきて、5人組でneohachi groupっていうのをやったり」
 エリー 「詩吟の音階ってギターに合いにくいんですよ。neohachiでやってもらう時は西洋音階で吟じてもらってるんです」
 リリー 「詩吟は微妙な半音が入ってるんで、うまく調和しないんです」
 エリー 「でも、あんまり西洋音楽っぽくしても詩吟の面白さが失われちゃうので……そのバランスは最近ようやく取れてきた気がしますね」
――では、エリーさんにとっての詩吟の面白さってどういう部分にあるんでしょう。
 エリー 「詩吟って詩の内容が単純なんですよね。“空が奇麗だね”とか“花が散っているよ”とか。時間をかけて、言葉をゆっくり楽しむのがいいなと思って。今の音楽とは違う魅力があると思うんです。昔の言葉だからすぐには意味が分からないけど、“さっきの格好いい詩吟、どういう意味なの?”ってリリーちゃんに教えてもらったり。ちょっと前まで6年ぐらい一緒に住んでたので、毎日のように聞いてたんです」
――その格好よさってどういう部分なんでしょうね。
 エリー 「どういうところだったんだろう? 最初は物珍しさですよね。この前、リリーちゃんの教室の発表会があったんですけど、音程が正しければ格好いいというわけでもなくて、気迫が伝わってくると格好よく感じることもあって。間であるとか佇まいであるとか、声の調子であるとか。グッとくる詩吟が確かにあるんですよ」
――フツーに音楽を聴く感覚ですよね。“あのヴォーカリスト、すごく間の取り方が格好いいな”みたいな。
 エリー 「そうですね。あとはフリージャズにも近い気がする。音を出す部分、出さない部分が全部演奏になってるというか」
 リリー 「間そのものもリズムとされていて、その間の取り方が重要になってるんです。それがうまくハマると、聴いてるほうも乗せられちゃうんですよ」
――なるほど、グルーヴというか。
 リリー 「そうですね。あと、ソウル・シンガーみたいな人もいるんです。ガラガラの声で感動的に吟じる人もいて」
 エリー 「1分半吟じるだけで泣かされちゃう人もいて。その人が発したもので泣けるんです」
――ちなみに、吟じてるときってどういう精神状態にあるんですか。
 リリー 「“少年老い易く学成り難し”(注4)というスタンダードな詩を生徒さんに教えていたとき、そのなかに“未だ覚めず池塘春草の夢”というフレーズがあって、その一文を吟じた瞬間に“あっ、わかった!”という状態が起きたことがあったんですね。興奮状態になって、真っ白になっちゃったんです。“ああ、未だ覚めてないんだな”と分かったというか」
注4:少年老い易く学成り難し/中国宋代の儒学者、朱熹(朱子)の漢詩を元にすることわざとされるが、出典には諸説ある。なお、“少年老い易く学成り難し/一寸の光陰軽んずべからず/未だ覚めず池塘春草の夢/階前の梧葉已に秋声”と続く。
――その“分かる”という感覚は、“言葉の意味が分かる”というニュアンスとはちょっと違いそうですね。
 リリー 「そうですね。言葉にならない感覚というか……多幸感に満ちた感覚というか、詩吟をやっててアルタード・ステイツ(注5)に至ったっていう(笑)。密教ではお経をひたすら読み続けるという修行をしますけど、それでアルタード・ステイツに到達するのと同じような感覚が吟じるなかで得られた気がしたんです」
注5:アルタード・ステイツ/変性意識もしくは変性意識状態のこと。
――面白いですねえ。もともとは勉学のための一種の方法論に過ぎなかった詩吟でアルタード・ステイツに至る、と。
 リリー 「そうですよね(笑)。ただ、勉学のためとは言え、当時から格好いい詩吟っていうのはあったと思うんですよ。高杉晋作と久坂玄端は詩吟がすごく上手かったらしくて、幕末当時、キャアキャア言われてたらしいですね(笑)」
――「晋作さん、ステキ! こっち向いて!」みたいな(笑)。
 リリー 「そうそう(笑)。私にしても現代の言葉で“愛してる!”なんて吟じるのは絶対にイヤですけど(笑)、昔の言葉で“月が奇麗だね”と吟じるのは抵抗感ないんですよね。夏目漱石が“I Love You”を“月が奇麗ですね”と訳したのと同じ感覚だと思うんですけど、オシャレなんですよね、そういう部分も。和歌の時代からそういう文化は日本にはあったわけで、それを今歌うやり方もあると思うんです」
「詩吟にしてもアジアの民族音楽のひとつなんじゃないかって思うし、そういう視点で聞いてもらえたらいいなという気持ちはあります」
――なるほど。で、今回の『LOVECADIO HEARN』というアルバムに関してなんですが、今回は“小泉八雲(注6)の再話文学を音楽で表現する”ということがテーマになってるそうですね。
注6:小泉八雲/本名ラフカディオ・ハーン。1850年、ギリシャ・レフカダ島生まれの記者・随筆家。アイルランドやアメリカを経て、1890年に来日。「耳なし芳一のはなし」などを含む怪奇文学作品集「怪談」などを記し、欧米に日本文化を伝えた。1896年には日本国籍を取得し、1904年に死去するまで小泉八雲として生きた。
 リリー 「小泉八雲といえば怪談話で有名ですけど、西洋人である彼は江戸時代に日本に来て、日本人と結婚したわけですよね。その奥さんに口伝で昔話を聞かせてもらい、それをハーンが英語で書き直していった。そのプロセスにおいては奥さんであるセツさんとハーンの解釈が入ってるわけで、もともとの怪談話が彼らの解釈によってアレンジされているんですね。そういう部分が、私たちが教わってきたもの・聞いてきたものを自分のフィルターを通して表現したこのアルバムと通じるところがあるんじゃないかと思ったんですね。ハーンは奥さんのことを愛していたし、日本人と日本の文化を愛していて、日本人より日本の良さを知っていた。そういう部分も面白いなと思ってて」
――小泉八雲っていう人は今あらためて重要な気がしてるんですよ。彼の日本に対する愛着はエキゾチシズムとかオリエンタリズムともちょっと違うんですよね。
 リリー 「そうですね」
――今の日本の伝統文化や芸能、もしくは旧来の伝統を僕らの世代がどう捉え直すか、と考えるときに八雲から学ぶべきことはあるんじゃないかと思ってて。
 リリー 「このアルバムに入ってる〈猫よりも犬〉という曲では“キュウチクトンタフティルタミノン”っていうどこの言葉でもない歌を2人で歌ってるんですけど、意味のある言葉に対するアンチテーゼでもあって……八雲は奥さんと片言の日本語で会話していたそうで、子供たちは両親が意味の分からない言葉で会話していたことを不思議に思っていたそうなんですね。でも、2人だけで通じる言葉でコミュニケーションを取ってるなんて、こんなに幸せなことはないと思うんですよ。エリーちゃんと2人で住んでたときは毎日一緒にお酒を飲んでたんですけど、私が“ビールを買ってこようか?”って聞いたら彼女が“なに? キュウチクトンタフティルタミノン?”って返してきて(笑)。〈猫よりも犬〉ではその言葉を使ってるんですけど、八雲と奥さんのエピソードを後から知って、なんだかビッときちゃった部分があって」
 エリー 「〈猫よりも犬〉は、くふき(注7)がリミックスしてくれたんですけど、彼らは“キュウチクトンタフティルタミノン”という言葉に対し、“オンコロコロセンダリソワカ”でレスポンスしてくれたんです(笑)。すごくプリミティヴな会話が成立しちゃってて、それが面白くて」
注7:くふき/非西欧圏の音楽も飲み込む無国籍ポップ・ユニット。昨年にはアルバム『くふき』をリリースした。
――なるほど、面白いですねえ。あと、今回はヘナート・モタ&パトリシア・ロバート(注8)の「Sat Narayan」もカヴァーしてますね。
注8:ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート/ブラジルはミナス・ジェライス州の夫婦デュオ。来日も多数。インドの聖句マントラにメロディーを乗せるマントラ・セッションなる試みも続けており、「Sat Narayan」はそのセッションの模様を収めた『In Mantra』(2010年)に収録されていたもの。
 リリー 「彼らはインドの古典をアレンジして歌ってますけど、それが大好きで、前から琵琶ギターで弾き語りしてたんですよ。この〈Sat Narayan〉という曲はサンスクリット語なので、日本語とも言葉の響きが近くて。これは水に住むものを讃える歌です。……私、井の頭公園が好きで、あそこでよく吟じてたんです。詩吟をやると鴨が反応するんですよ(笑)」
――あとはオリジナル?
 リリー 「そうですね。詩は和歌とか日本の古典から持ってきたりしてますけど。例えば4曲目の〈モンゴル〉という曲では、菅原道真の“流れゆく我は水屑となりはてぬ君しがらみとなりてとどめよ”という短歌を歌ってます」
――なんで「モンゴル」なんですか?
 リリー 「後づけなんですけど、『ペルシャ猫を誰も知らない』(注9)っていうイラン映画を観たとき、草原で歌いだすシーンがあって、そのシーンとあの歌がカブッてきちゃって……すごくモンゴルぽいなと」
注9:ペルシャ猫を誰も知らない/バフマン・ゴバディ監督による2009年のイラン映画。当局による規制を逃れながら音楽活動を続けるインディー・ミュージシャンたちの姿を描く青春映画。
 エリー 「イランだけど(笑)」
 リリー 「(笑)。あと、あの映画は政府に音楽を禁止され、地下で音楽をやってるミュージシャンたちのストーリーなんですけど、内容そのものに共感しちゃったところがあって。私は歌うことを禁止されてたわけじゃないけど、子供のころから“詩吟、だせえ!”とか言われてたんで……『ペルシャ猫を誰も知らない』みたいな映画を観ると泣いちゃうんです(笑)」
――そういえば、リリーさんの詩吟が西〜中央アジアの伝統歌唱みたいに聴こえる瞬間があるんですよね。
 リリー 「そうなんですよね。この前テレビでチベットの伝統音楽の映像を見たんですけど、自分が歌ってるんじゃないかと思うぐらいソックリで。詩吟にしてもアジアの民族音楽のひとつなんじゃないかって思うし、そういう視点で聞いてもらえたらいいなという気持ちはありますね」

『LOVECADIO HEARN』

――ところで、ジャケットに写る女の子2人はどこの国の子たちなんですか。
 エリー 「千葉の芝山町というところで毎年11月に行われてる芝山はにわ祭り(注10)で撮ったものです。私、埴輪が大好きで(笑)、いろいろ調べて遊びに行ったんですね。その時に撮った写真が良かったので使いました」
注10:芝山はにわ祭り/毎年11月の第二日曜日に行われる祭りで、昨年は30回目を迎えた。地元の神楽保存会による囃子や巫女舞、古代人の行列、現代人と古代人のメッセージ交換などが行われる。
――パッと見は中央アジアのどこかの部族の子みたいですよね。
 エリー 「ですよね。でも、千葉の子たちなんです(笑)。たまたま撮った写真なんですけど、不思議としっくりきちゃって。いろいろと想像力がかき立てられますよね」
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――はにわ祭りは昔から行なわれてるものなんですか。
 エリー 「いや、町おこしの一環として始まったものですね。芝山の古墳から出てきた埴輪には全国的にも珍しいものが多かったそうで、ヒゲが生えてたっていうんですよ。祭りでは地元の子供たちが古墳時代のものを再現した衣装を着て街を練り歩くんです。ブックレットには、はにわ祭りのときの写真と、私の地元の群馬で撮った埴輪も写ってます」
 リリー 「あとね、お相撲さんの埴輪もあって、その写真はCDの盤面に使ってるんです」
――へえ、相撲取りの埴輪があるんですか。
 エリー 「そうなんですよ。古代から相撲が取られてたっていうことが面白いですよね」
 CHIHEI HATAKEYAMA(White Paddy Mountainレーベル主宰) 「相撲と埴輪って切っても切れないものなんですよ。相撲取りが埴輪工房で働いてたっていう話もあって」
 エリー 「古墳も大陸から渡ってきたものですし、そもそもいろんなところから流れ着いたものが混ざり合ってるんでしょうね。いま歴史を調べることがすごく楽しくて、驚かされることがとても多くて」
――そういえば、埴輪って言えば……(以下、古代文化に関するトークが延々続く)。
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