大石 始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC - 第7回:松田美緒
掲載日:2012年12月27日
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 大石始 presents THE NEW GUIDE TO JAPANESE TRADITIONAL MUSIC
第7回:松田美緒

松田美緒
「日本のうた」Mio Matsuda sings Japan vol.3

 ポルトガルのリスボンや大西洋のカボ・ヴェルデ、そして中南米各国でさまざまな歌と出会いながら、自身の音楽世界を自由奔放に広げてきた松田美緒。近年では南米各国でのライヴ活動も本格化させ、ウーゴ・ファットルーソらが参加した2011年作『コンパス・デル・スル』ではアルゼンチンやウルグアイでの録音も行なった。そんな“旅する音楽家”である彼女が現在取り組んでいるのが、日本の民謡や童謡、南米の日系人移民の歌を取り上げたコンサート・シリーズ〈日本のうた〉。東京・青山のCAYを舞台に2012年1月から続けられているこの企画も、2013年1月24日の開催で4回目を迎える。南米の奥地まで足を踏み入れ、現地音楽家とコラボレーションを重ねる松田が見つめる“日本のうた”の魅力とは──。


Photo By Atsushi Shibuya
世界中の歌に出会って歌うときと同じ感覚、もしくはもっと深い感覚で日本の歌も歌えるんじゃないかと思ったんです
――生まれは秋田県なんですよね?
 「そうです。秋田の田沢湖。あまり言っていないですが、日本の芸能を探求していた劇団で生まれたんです。親が全国公演をしている間、保母さんたちや劇団員、当時あった和洋楽器の合奏団の団員さんたちの中で70人ぐらいの子供たちと一緒に育てられました。7歳までそこにいて、それから佐賀〜京都に移ったんですよ」
――じゃあ、子供のころから民謡や民俗芸能に囲まれて育ったわけですね。
 「そうですね。その後ヨーロッパや南米のほうに惹かれていって、いろんな国の人とやっていくことになるわけだけど、そのなかで“私が自分の故郷の歌として歌える歌がどれほどあるんだろう?日本のルーツ音楽のなかでも私がピタッと感じることができて、歌える歌があるんじゃないか?”って思うようになって。そんなとき、去年(2011年)の11月、25年ぶりに私が生まれた劇団を訪れたんです。そこには日本全国の市町村のフォークロア音源や映像を集めた素晴らしい研究所があるんです。そこでいろんな歌を聴いてみたら、“ここに私が歌いたい日本の歌がある”と思うようになったんですね。世界中の歌に出会って歌うときと同じ感覚、もしくはもっと深い感覚で日本の歌も歌えるんじゃないかと思ったんです」
――久々に秋田に行こうと思ったのはどうしてだったんですか。
 「うーん、なんだったんだろう……“もう行っていいかも”と思ったんじゃないかな。それまでは向こうの人とも全然会ってなかったし、子供の頃、外の世界に順応するためにどこかで鍵を閉めてしまった思い出だったから。でも、久々に帰ったら育ててくれた人たちと再会して、楽しい思い出が一気に蘇ってきて」
――以前は中山晋平さんの曲をカヴァーしたこともありましたが(注1)、日本の歌に対してはどういう意識を持ってたんですか。
注1:中山晋平のカヴァー/数々の童謡や新民謡を残した大作曲家、中山晋平(1887〜1952)。松田は“雨降りお月”や“ゴンドラの唄”といった中山晋平作曲の楽曲もカヴァーしている。
 「叙情歌(注2)は好きでしたね。民謡は……近いようで遠い気がずっとしてました。三味線と笛で歌われるようになってからの民謡の形は、現代の日本人にはちょっと取っ付きにくい気がしてて」
注2:叙情歌/童謡や唱歌、叙情的な歌謡曲を含む一種のジャンルのようなもの。
――僕らの普段の生活に三味線も笛もないですからね。
 「そうね。お稽古ごとの世界というか、なかなか掴みにくいものがあると思う」
――でも、秋田にいたころは民謡を歌っていたわけですよね?
 「そうですね、民謡や踊りがすぐそばにありました。外国の歌もありましたね。親の世代はメルセデス・ソーサ(注3)とかビクトル・ハラ(注4)も歌ってました」
注3:メルセデス・ソーサ/2009年に死去したアルゼンチンのフォルクローレ歌手。「人生よありがとう」など彼女のレパートリーは現在も世界各国で愛されている。
注4:ビクトル・ハラ/チリのフォルクローレ歌手。その反体制的言動から1973年のチリ軍事クーデターの際、軍部によって虐殺された。「平和に生きる権利」が代表曲。
――へえ、そうなんですか。
 「そういうヌエバ・カンシオン(注5)は日本でもリアルタイムでカヴァーされていたみたい。あと、日本の歌という意味では大学時代にチンドンをやってたので、〈青い山脈〉とか昔の歌謡曲も歌ってました」
注5:ヌエバ・カンシオン/60年代以降ラテン・アメリカ各地で起った社会運動。音楽を通した社会変革をめざし、中南米各国の歌手が歌声を上げた。
――叙情歌の物悲しさに惹かれたのはファドと同じ理由だったんでしょうか。
 「どうなんでしょうね……もともと私は歌の持つ明るさに惹かれるほうなんですよ。“アレグリア(歓喜)のなかで泣く”っていう、それこそサンバのようなものに惹かれるんです。悲しい歌でもどこかで突き抜けて昇華したい。だから、日本の歌でもそういうものを探してしまうんです」
Photo By Maiko Miyagawa
“日本のうた”とは謳ってるけど、“THE JAPAN”というものじゃなくて、多様な日本、クレオールな日本を歌いたいんです
――日本の古い歌にも“アレグリア感”を持つものは結構ありますよね。有名なところだったら福島の「相馬盆唄」とか。
 「うん、“アレグリア感”は重要だと思うな。劇団の研究所にある昔のテープを聴いていても明るい歌がたくさんあることに気づかされるし。いつからか民謡という形がカチッと決まってきて、もともとの“アレグリア感”とかグルーヴが失われてしまったんだと思う。……そういう部分が残った歌を聴かせます(笑)。徳島の祖谷(いや)のおじいさんが歌ってる曲なんですけど、込み上げてくるような明るさがあって最高なんですよ(と、iPhoneの曲を再生する)」
――わあ、可愛らしい歌ですね(笑)。“木挽(こびき)唄”、木を挽くときの歌ということですか。
 「そうそう。平石金雄さんという亡くなっちゃった方の歌なんだけど、海を感じる歌じゃない?」
――木を挽くときの動作と舟を漕ぐときのリズムが近いからなのかな。ちょっと漁師唄みたいな感じもある。
 「そうなんですよね。平石さんの祖先は阿波のほうから来たみたいで、歌にそのへんの感覚が残ってるのかも。祖谷まで行って金雄さんの息子さんにいろいろお話を伺ってきたんですけど、“明るくて歌が好きな人でした”って言ってましたね。浄瑠璃が大好きで、お風呂に入りながらずっと歌ってたって(笑)。歌を聴いて想像した通りの人でした」
――劇団の研究所にはこういう音源がたくさん残ってるんですね。
 「そうですね。現地の人たちが何の伴奏もなく歌ったものばかりで、だからこそ、すごく生活感が伝わってくるんです」
――この金雄さんにしたって決してプロフェッショナルな民謡歌手というわけでもなくて、普通の歌好きのおじいさんということですもんね。
 「そうそう。祖谷の歌を集めた方にとても気に入られて、NHKの番組に何度か出たことがあるそうですけど、基本的には普通のおじいさん。苦労して生活してこられたおじいさんですね。そうやっていろんな歌と出会い、いろんな人と出会っていくのが本当におもしろいんですよ。南米のフォルクローレの人たちもそうやってあちこちを回ってるでしょ? カルロス・アギーレ(注6)だってそうだし。彼らは土着の歌の魂を生かしたまま、とても洗練されたことをやってるわけですけど、“日本にもこんなに取り上げるべき題材があったんだ!”という驚きがあったんです」
注6:カルロス・アギーレ/アルゼンチン出身のシンガー&ピアニスト。南米各地のアーティストと競演を重ねており、近年では日本でも熱狂的に支持されている。
――消えかけている歌を残したい、という思いも強い?
 「それはありますね。私が日本の何かに貢献できるとすれば、そういうことかなと思ってます。“伊王島のアンゼラスの歌っていいわね”みたいな会話が普通に繰り広げられるようになったらイイんだけど(笑)。秋田の〈ねんにゃこころにゃこ〉という子守り歌を南米で歌ったことがあるんですけど、“古典の曲ですか?”と言われたこともあって、それぐらい美しい歌なんです。有名・無名関係なく、伝わるものは伝わると思う」
――そういった意識も劇団を訪れてから芽生えたんですか。
 「研究所の資料を聴いて以降、“私が歌わないといけない”と思うようになったんです。そこにある貴重な音源を片っ端から聴いていきたい、もっと大切にしないと、と。昔の日本には普遍的に美しい歌がたくさんあったので、わざわざ日本風にやらなくても自然とその魅力を引き出せるんじゃないかと思ったんですね。南米と日本の歌のメロディの共通点って結構あるんですよ。例えばアンデスと秋田の歌は近いところがあるし、(ブラジルの)バイーアのドリヴァル・カイミの歌と瀬戸の歌も共通点がある。私にできるのは、“遠く離れたルーツとルーツを繋げる”ということだと思ってるんですよ。それが最終的に海や山のグルーヴ、人の生活というものに行きつくと信じてますし。海の色が違っていても、どこかで繋がるポイントがあるはずなんです。遠く離れた歌でも、とても近い歌として聴いてもらえるような」
――美緒さんの〈日本のうたコンサート〉は民謡や童謡を歌うとき多くの人がハマっちゃう“心の故郷としての古き良き日本を歌う”みたいなノスタルジックな視線がほとんど感じられないですよね。そこがおもしろいなと思って。
 「“日本のうた”とは謳ってるけど、“THE JAPAN”というものじゃなくて、多様な日本、クレオールな日本を歌いたいんです。島国と言えども、日本っていろんなルーツを持つ国でしょ。ステレオタイプにハマらない歌もたくさんあるし。だから、“日本のうた”といってもすごく大きなイメージなんです。日本のことを歌ってるんだけど、世界のことを歌いたいと思ってて」
――歌によってはそこに半島〜大陸との繋がりを見出すことだってできるし、そこからアジアや他の大陸へも繋がっていけますもんね。
 「そうそう。私の(佐賀の)親戚だってチマチョゴリが似合うような韓国系の顔をしてるし、北九州に行くとタミール人みたいなお友達もいるし、父はクメール人みたいだし(笑)。ハルビンの少数民族資料館の映像で出てきた人たちは、秋田の人そっくりでしたし、“なんておもしろい国なんだろう”っていつも思うんです。……もう1曲聴いてほしい曲があるんですよ。私は子供のころから南蛮人が持ち込んだ教えを信じた日本人に対してシンパシーを感じてるんですけど、これは伊王島のキリシタンの歌(注7)とバイーアの歌を繋げてカヴァーしたんです(と、iPhoneの曲を再生する)」
注7:伊王島のキリシタンの歌/長崎県伊王島は弾圧を逃れたキリシタンが移り住んだ場所。松田はそこで歌われてきた“アンゼラスの歌”や“花摘み歌”を<日本のうた>でカヴァーしている。
――わ、同じ曲調なんだけど伊王島の曲に移り変わっていくわけですね。伊王島でこの歌はどう認識されてるんですか。
 「うーん、どうなんだろう。伊王島には1日しか行けなかったんですよ。でも、南米で会ったペルー在住で五島出身のカトリックのシスターにお聞きしたら、カトリックが解禁になったころ、教会で歌われていたのは聖歌の本に載っている歌のみだったそうで、こういう歌はその地域にしか伝わっていないのだろうと言われました。これも劇団の研究所の“長崎県”の引き出しから見つけた歌なんですけど、歌ってた方のお宅に突撃取材しちゃえば良かった(笑)。祖谷の平石さんのところにはそうやって行ったんですよ」
――えっ、そうなんだ。いい歌を聴くと、どうしても歌い手に会いに行きたくなっちゃうわけですか。
 「そうなんです。……そうそう、〈穫り入れ行進曲〉っていうブラジル日系人の歌があってね、コーヒー農園と綿花栽培の穫り入れ曲なんですよ」
――「穫り入れ行進曲」?
 「そうそう、可愛いタイトルでしょ(笑)。たぶん当時のブラジルでマルシャ(注8)が流行してたからこういう曲になったと思うんですけど、“マーチ”じゃなくて“行進曲”になっちゃった。こういう曲のなかに当時の生活が滲み出てると思うの」
注8:マルシャ/19世紀に生まれたブラジル風のマーチのこと。
――おもしろい歌ですね。直立不動でマイクの前に立っているおじさんの顔が目に浮かんでくるような。
 「おもしろいでしょ。この歌も最近カヴァーしてるんですよ。それと、移民50周年を記念して作られた“移民節”っていう歌があって、『コロニア芸能史』(注9)にその歌詞だけが載ってたんですね。でも、それを吹き込んだテープがなくて、メロディが分からなかった。ただ、『コロニア芸能史』には“〈移民節〉は〈北洋節〉の歌詞を書き変えたもの”って書いてあったので、研究所の人に調べてもらったら〈北洋節〉はもともと北海道の〈ナット節〉(注10)だったということが分かって。最近、その〈ナット節〉のメロディに乗せて“移民節”を歌ってるんです」
注9:コロニア芸能史/ブラジルの日系社会における芸能史をまとめた書籍。1986年、ブラジルはサンパウロにて日系人向けに出版された。
注10:ナット節/明治時代の北海道で生まれた作業唄。その後、「道南ナット節」という改題されてレコード化。山形を代表する民謡「真室川音頭」の原型とも言われている。
――なるほど。そういえば2012年1月23日の〈日本のうたライヴ〉第一回のときは、南相馬の「麦刈歌」も歌ってましたよね。あそこには震災以降の東北に対する思いも込められていたんでしょうか。
 「そうですね。実は以前から相馬は文化的にも興味があるところだったんです。あの歌は震災後に知ったんですけど、“こんなに明るくて美しい歌があったのか”と驚いちゃって。南相馬で麦刈りをしていた人たちの喜びがあの歌にはあると思うんですよ。麦刈りの場面を歌によって蘇らせられるんじゃないかと思って……。ペルーのライヴでもやったんですけど、そのときはアンデスのリズムに乗って大らかかつ陽気に歌いました」
Photo By Maiko Miyagawa
歌ひとつとっても世界史・人類史が刻み込まれているし、日本の歌と出会いながら人間と出会ってる感覚があるんです
――そして2013年1月24日には4回目の〈日本のうた〉が予定されているわけですけど、今回ご一緒するミュージシャンの方々を紹介していただけますか?
 「ピアノの鶴来正基さんとパーカッションの渡辺亮さんです。 鶴来さんは〈日本のうた〉のコンセプトが浮かんだころから一緒に音を作ってくれています。鶴来さんがフッと作るリフや和音は本当に素敵で。 パーカッションの渡辺亮さんとは“歌と太鼓で根源的なものができるんじゃないか”と思ってお誘いしたんですけど、初めての音出しのときからすごい集中力で何時間も歌を作れて。間とリズム、音色でいろんな描写ができるんです。おふたりの楽器の打楽器的な部分と旋律的な部分、それと歌の持つ性質が共鳴し合ってすごい次元までいく瞬間があるんですよ。〈アンゼラスの歌〉なんか、そうかも。 亮さんは絵描きさんでもあって、前回初めて“歌のおしながき”を描いてもらったんです。今回からは私の話を踏まえたうえで、フライヤー用に素晴らしいイラストを描きおろししてくれて。私が持っているイメージが視覚的にも伝わっていくんだなと思って、とてもわくわくしています。〈日本のうた〉は私だけのものじゃなくて、このトリオで一緒に作っているんだっていう意識がありますね」
――演奏曲はどんな感じになりそうですか。
 「キリシタンの歌が好きだという方がいて、その方に山田耕筰が大正時代に編集したという楽譜をいただいてね。そのなかから〈月のメランコリア〉という曲もやろうと思ってます。あと、ペルーの日系人の作曲家でルイス・アベラルド・タカハシ・ヌニェスという人がいるんだけど、福島から移民した日本人の二世で、向こうでは知らない人はいないぐらい有名な人なんですね。彼の曲も知ってほしいから1月のライヴで歌おうと思ってます。いい歌をたくさん書いてる人で、エバ・アイジョン(注11)も歌った〈Mal Paso〉の作曲家でもあって。この前ペルーのライヴで彼の歌を歌ったら娘さんがコンタクトしてくれてね。そこはペルーで一番の米所と言われていて、福島から渡った農家の方もすごく貢献されたと思う。ルイス・アベラルド・タカハシ・ヌニェスさんのご家族もそうした農家のひとつみたいで」
注11:エバ・アイジョン/ペルーのムシカ・クリオージャを代表する女性歌手。中南米全域で絶大な人気を誇る。
――そういう個人史にこそ、世界史が凝縮されているんですよね。
 「本当にそう。歌ひとつとっても世界史・人類史が刻み込まれているし、日本の歌と出会いながら人間と出会ってる感覚があるんです。そういえばこんな曲があってね……(と、歌い始める)」
【イベント情報】

〈日本のうた Vol.4〉松田美緒 with CAY


●会場:CAY(スパイラルB1F)

●日程:2013年1月24日(木)

●時間:開場 18:00 / 開演 20:00

●料金:前売 ¥3,000 当日 ¥3,500

出演:松田美緒(Vocal)、鶴来正基(Piano)、渡辺亮(Percussion)

●ご予約:電話予約:CAY TEL:03-3498-5790 / メール予約

●主催:CAY

●問い合わせ先:CAY TEL: 03-3498-5790
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