那倉悦生 「鏡を抜けて」 第6話「死ぬまで倒錯」

ENDON   2017/03/17掲載
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第6話 「死ぬまで倒錯」
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MA 「Special Capital」 2011
キャンバスに油彩, ペンキ, スプレー, マーカー 455mm x 530mm
SMクラブ柊は、かつてない賑わいを見せている。暗い密室の内部で、有名タレント「タモリ」の誕生パーティーが執り行われている。現代美術家のPTAはかつて一度きり、死の表象に成功したが、同時に市の表彰を受けてしまい、その上、与えられた賞金で母親に洗濯機を買ってやった。そのため自分と人間全体に失望し、ノミやシラミetc、下劣な動物を身体に飼うことをキリスト教の神の下に決意した。いずれにせよ、PTAは死のイメージに囚われている。希死念慮がその典型的な発現であった。赤ちゃんでない限り誰もが知っている有名タレント、彼がこの世に生を受けたことに対する芸術プロパーからの祝福を、自らの独善、そして人生のテーマである不吉な観念で汚してしまうことを恐れ、PTAは「恋愛備忘録2045年」の作者ヤマダクニコに電話した。いまだかつてない壮大な物語(月世界旅行が主題だ)に取り組むこの女流作家は、蓮實重彦の生きているうちにそれを完成させなければならないという妄想に脅迫ー強迫されていたが、お節介なレイシストの暗躍により、自らの国籍にまつわる秘密を不意に報されてしまい、スランプに陥っていた。その秘密は、つい先週末発売の週刊誌にデカデカと書かれていたのだから、疑いようのない事実である。幼い頃は両親の離婚を望み、燃えるようなアブない恋を夢見て、イスラム地域における内戦での活躍を憧憬した彼女だったが、実際に己がパンクな状況に陥ってみると、ひどく弱気になってしまうのが人間というものなのだった。もちろん週刊誌は秘密の出版社から一部だけ発行されているもので、決して宛先に届かない盗まれた手紙である。「恋愛備忘録2045年」は、統合失調症患者の妄想が他者の視線には陳腐で退屈でしかないという現実規則にことごとく従った、一文一文がもれなく救い難い電通的センスの炸裂する自慰行為爆弾だが、彼女の生産する、意図的にアレンジメントされて“いない”言語律の崩壊した文章を、新しいécritureと勘違いしたとある文芸評論家が「新潮新人賞」の選考においてゴリ推しし、受賞の運びとなったいわくつきの作品である。「タモリ」は齢100年を超えていた。白い太陽の描き出す陰影の布置が、住まいである荻窪のワンルームをちょうど二等分したその瞬間、PTAは、女流作家との通話が拒まれ続けることに耐えられなくなり、携帯電話を枕の真ん中にぶん投げると、イームス製の透明な椅子に腰掛け、オジロザウルスをハイレゾ音質において再生した。“KOOLな風が吹く、HOTな風が吹く、不思議な風が吹く”――これは地図についての歌である。SMクラブ柊の狭く暗い密室内部、マゾイストの身体が4つに裂かれるとき、PTAは転向するだろう。偽りようのない事実として、平穏な日常は全人類共通の夢であり、彼もまた、その、“全人類”なるものの一員へと、生成変化するのだ。
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