音の向こう側 〜 ヴァイオリニスト吉田恭子のクラシック案内 - 第2回 【Interview】ニュー・アルバム発売に寄せて
掲載日:2009年9月16日
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吉田恭子からCDJournal.com読者へのメッセージ
 本日、ニュー・アルバム『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲&瞑想曲集』がリリースされます。そこで今回は、吉田恭子さんに新作へ込めた思いや録音時の様子を語っていただきました。
――2002年のメンデルスゾーン以来となる協奏曲録音に、チャイコフスキーを選んだ理由は?
吉田恭子(以下、同) 「やはりチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリニストにとって外せないレパートリーですし、メンデルスゾーンの次回作にはチャイコフスキーを録音したいとずっと思っていました。師アーロン・ロザンドさんはロシアとポーランドのハーフでもいらっしゃるので、師の教えを受けていた作品です。また、オーケストラ・アンサンブル金沢の皆さん、指揮の広上淳一さんとサポートに恵まれたことにとても感謝しています!」
――この協奏曲に初めて取り組んだのはいつ頃のことですか?
「うーん。ものすごく小さい頃だと思います。ヴァイオリンはピアノと違って、楽器を始めて比較的早い時期から協奏曲を勉強します。コンクールなどでも、ピアノ部門では通常、本選にならないと協奏曲を弾きませんが、ヴァイオリンでは予選からピアノ伴奏で協奏曲を弾きますし」
――チャイコフスキーの協奏曲の魅力はどんなところにあるのでしょう。
 「多くの方は、この協奏曲を華やかな曲だと感じていらっしゃるかもしれません。メロディが親しみやすくてロマンティック、メランコリックですし。でも私が向き合ってきたチャイコフスキーの音楽は、もっと孤独で複雑な内面性を感じさせるものです。第2楽章の旋律に象徴される、ガラス細工のように繊細な情緒、悲哀を表現できたらいいなと思って録音に臨みました。けっして華やかなだけではない作品なのです」

指揮の広上淳一さんと
――録音は順調でしたか?
 「オーケストラ・アンサンブル金沢の皆さんとは何度もご一緒させていただいていますが、今回は指揮の広上さんのご提案で、どんどん通して演奏したのが新鮮でした。前日のリハーサルで、“とりあえず全曲通して弾いてみよう”と言われ、結局4〜5回は繰り返したのではないでしょうか。
 私たちは通常の演奏会でも、当日のリハーサルで全曲を通すことはないので、協奏曲全曲を1日に2度通す機会なんてほとんどありません。800メートル走を繰り返すようなものです。もう、肉体的にかなり追い込まれ、気絶するかと思いました(笑)。
 録音が始まっても、各楽章ごとに何度か通して演奏しながら進めていきました。最初は“体力的に無理かも”と思っていたのですが、広上さんに上手に乗せられたような形ですね。
 たいてい録音というのは、細部を突きつめながら積み重ねていくような作業ですので、今までは精神的に追い込まれることが多くありました。でも今回は脳みその方は使わせてもらえず(笑)、肉体的には疲れましたが、お陰で精神的には爽快でした」
――オーケストラとの呼吸、アンサンブルも素晴らしいですね。
 「広上さんが“好きに弾いていいよ”とおっしゃってくださって、かなり自由に弾かせていただきました。天候にも恵まれましたし、石川県立音楽堂の客席に誰もいない空間で、楽器も水を得た魚のように響いてくれ、気持ちよかったです」
――グラズノフの「瞑想曲」は、オーケストラ伴奏版では日本初録音だそうですね。
 「アルバムは演奏会と違い、作品として残るものなので、5年後、10年後に、この録音をしておいてよかったと思えるものにしたいと、いつも考えています。のちのちヴァイオリンを学ぶ人にとっても有意義なものを残したいですから。そんなところにも私らしさが出せればと。
 すごく素敵な曲ですし、コンサートのアンコール・ピースとして弾くヴァイオリニストも多いのに、オリジナルのオーケストラ伴奏版では、師アーロン・ロザンドさんをはじめ、何人かのヴァイオリニストしか録音してないんです。
 グラズノフはロシア人で、チャイコフスキーの要素も持っていますから、協奏曲のあとのアンコールのような意味で選びました」

photo:斎藤涼介(ZiZi)
――そして同じ「瞑想曲」つながりでマスネの「タイスの瞑想曲」が続きます。
 「マスネも、やはりオリジナルの形で録音することが大事だと思っていました。いまやヴァイオリンの曲として完全に独立していますが、もともとはオペラの曲。『タイス』の第2幕で、主人公の娼婦タイスが僧侶の愛の力によって改心する場面で流れる、彼女の心の葛藤を表わしている音楽です。だから、ただ美しいだけではなく、女性の艶やかさ、官能的なしたたかさみたいなものを、このオーケストラ版で出せればと思いました」
――オリジナルにこだわりがあるのですね。
 「そうですね。作曲家の意図したことを忠実に再現することが、演奏家の大切な役割だと思っています。ですから、できるかぎりオリジナルの形で聴いていただきたいです。もちろん現代に生きている私が演奏するので自分の要素が加わってしまうのですが、なるべく作曲家の意図を汲みとることが重要ですよね」
――今回のアルバムでは、チャイコフスキーの本質という点でも、ほかの2曲の編成という点でも、作曲家の意図が十分に再現されているようですね。
 「ありがとうございます。ぜひ多くの方に聴いていただきたいと願っています」
取材・文/宮本 明(2009年8月)



ヨハネス・ブラームス(1833〜1897)

――僕の愛するクララ、かぎりなく大切な人。あなたからの手紙を受け取りました。僕は言葉に言い尽くせぬくらい、あなたを愛しています。いつも、あなたを“いとしい人”と呼んでいたい!
1856年5月 J・ブラームス――


 14歳年上の女流ピアニストで、恩人であるロベルト・シューマンの奥さまであったクララに恋い焦がれ、一生独身を通し、クララへの純愛を貫いたブラームスの手紙です。

 音楽史に名を残す天才ブラームスが、生涯にクララを想い贈った歌曲やメロディは数えきれません。

 雄大な山々に連なる自然を感じ、深い温かい愛の調べを持った作品は、孤独を愛した作曲家ブラームスの真骨頂。

 私の中では幾重にも〜深い群青、淡い桔梗色〜の世界です

→次回はチャイコフスキーの素顔に迫ります!
【吉田恭子 最新作】
吉田恭子(vn)広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲&瞑想曲集』
(QACR-30005 税込2,800円/SHM-CD仕様)
[収録曲]
01. チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
02. グラズノフ:瞑想曲op.32
03. マスネ:タイスの瞑想曲
[録音]
2009年 石川県立音楽堂

【第10回 吉田恭子ヴァイオリンリサイタル】
11月9日(日)東京・紀尾井ホール

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