音の向こう側 〜 ヴァイオリニスト吉田恭子のクラシック案内 - 第7回【Epilogue】リサイタル・レポート
掲載日:2009年11月25日
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 連載最終回となる今回は、11月9日に東京・紀尾井ホールで開催された“第10回 吉田恭子ヴァイオリンリサイタル”の模様をレポートします。
前半はピンクの花がちりばめられたドレスで
 毎年恒例となった吉田恭子による自主リサイタルも、今回で10回目を迎えた。「奇をてらうタイプではないので、特別には思っていないのですよ。第11回、12回と、今後も、いつも同じように皆さんの人生に音楽と笑顔をお届けできるよう、息の長い演奏家でいたいと思っています」と以前語っていた彼女は、いつものように盛り沢山の内容を持った作品をプログラムしたようだ。
 会場は幅広い年齢層の聴衆でいっぱい。彼女がピンクの花がちりばめられたクリーム・イエローのドレスで現れると、舞台の空気が一瞬にして華やいだ。オープニングに置かれたモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第24番は硬めの音色で始まった。どんな演奏会でもそうだが、最初は演奏者はもちろん聴衆も緊張しているもの。彼女の緊張感は、のっけから聴衆の共感を引き付けたようだった。音楽上の名パートナーである白石光隆のきびきびとしたピアノ演奏に乗って、若いモーツァルトの生きる喜びを表現してくれた。曲が終わる頃には会場の空気もほぐれ、続くサン=サーンスのヴァイオリン・ソナタ第1番では一挙に彼女の世界が花開いた。冒頭からロマンティックな表情を見せる作品だけに、ヴァイオリンの音色も艶やかに変化。ヴァイオリンを焚き付けるかのように迫るピアノも圧巻。情熱的な箇所や技巧を披露する部分でも、彼女はさわやかな歌を聴かせた。
後半はブラックのドレスでシックに
 休憩を挟んで、後半の最初はイザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番。黒を基調に、ピンクをさし色にしたツートン・カラーのドレスが、ロマン派の名曲への期待感を高めてくれる。音色だけでなく、さまざまな奏法でヴァイオリンの多彩な表現力を示したい、というイザイの思いにぴったりと寄り添いながら、彼女ならではのしなやかな音色をアピール。そして、この日の白眉となったショーソンの「詩曲」では、めくるめくようなロマン派の情緒の世界を作り上げた。彼女の師匠で、ロマン派演奏の大家であるアーロン・ロザンドを思わせるような歌い口と音色。しかしすべてが過剰にならないところが彼女の大きな魅力だ。そんな彼女を包容力のある音楽で支えたのは、もちろん白石だ。プログラムの最後となるサラサーテの「モーツァルトの歌劇『魔笛』による幻想曲」は、オペラからメロディを取り、技巧的に仕上げた作品。彼女はヴァイオリンで思う存分にアリアの数々を歌い、白石もそんな彼女とのやり取りを心から楽しんでいた。
ホールに届けられたたくさんのお花(左)
白石光隆さん、紀尾井ホールのステージ・マネージャーの安齋さんと(右)
 「偉大な作品に触れることで自分自身の勉強になります。そんな自分を成長させてくれるのがリサイタルです」と挨拶して、アンコールのマスネ「タイスの瞑想曲」と、新しいアルバムにも収録した珍しいグラズノフの「瞑想曲」を。それぞれに独特の甘さを持つ名曲だ。彼女ならではの上品な音楽性に磨かれたほどよい甘さは、聴衆の心に長く余韻を残したに違いない。
取材・文/堀江昭朗


ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756〜1791)

 オーストリア・ザルツブルク、1756年1月27日。ヴァイオリニストであった父レオポルト・モーツァルト、母アンナ・マリーア・ペルトルとの間に、この比類なき天才は生まれた。

 35年という短い人生の中、宮廷音楽家として仕える一方で、三分の一に当たる約10年近くは、父や母と共に旅をして過ごした音楽人生。

「僕が無駄口をたたいたすべての女性と結婚しなければならないのだとしたら、僕は200人もの妻を持たなければならないでしょう」

「あなたの鼻に糞をします!」

「あなたの手に1000回のキスを〜愛するお姉さんに心からの抱擁を」

「死は最良の友だ〜恐ろしいことではない、神に感謝する!」

「彼女は1日2時間一緒に過ごしても満足しません。本気で僕に惚れているのです」

「そこに人たちが礼儀正しくしているので、僕もおおいに礼儀正しくしていました。人がしているようにするのが僕の習慣で、それが一番いい結果になるからです」


 膨大に残るモーツァルトの手紙には、父親との強い絆に結ばれ、短気で飽きっぽく、冗談ばかり言って本心をあからさまにしない、無邪気な子供のようなモーツァルトがいます。

 そして時に、優しく移り気で敏感な性格が、垣間見られます。

 しばしば“天国的”と形容されるモーツァルトの音楽は、現実から非常に遠い非日常的な美しさ、限りなく澄み切った透明さを備えています。

 モーツァルトの数千に及ぶ作品は、ほとんどが長調で書かれているのですが、その明るい調子の中に、深い悲哀を感じます。そして希少な短調の楽曲には、不思議と希望の光が見いだされ……。

 晩年に向かうにつれ、旋律はより簡素に洗練され、哀しみはより深く増し、自然と“天衣無縫”“完全無欠”という真の天才ぶりが発揮されていきました。

 無垢の遊戯――メヌエットやカノン、キラキラ星変奏曲、子守歌……。
 2歳半でヴァイオリンを始めた私にとって、幼い頃からもっとも身近な作曲家、モーツァルト。

 いつしか演奏家として道を歩むほどに、モーツァルトは遠い憧れになっていき、つかみ取ろうとした瞬間、指の間からこぼれ落ちてしまうような、そんな儚い存在になっています。

 無駄のない音で綴られる旋律は、優れた短歌や俳句の世界と重なり、弾くものの邪念をまったくよせつけず、洗練の極みにあります。

 多くの芸術家に道を築いたモーツァルトの音楽〜透明にキラキラと幾重にも姿を変える音色〜来年は桃色に染まってくれるかな……。
【吉田恭子 コンサート・スケジュール】
●12月12日(土)14:30/17:30 東京・オフィス設計ホール
〈吉田恭子の軌跡Vol.2 ロマンティック・ヴァイオリン〜モーツァルトとフランスの薫りに包まれて〉
[共演]ピアノ:白石光隆
問:オフィス設計 http://www.officesekkei.com
[Tel]03-5545-1101

●12月13日(日)15:00 愛媛・市民会館川之江会館
〈いわさきちひろと吉田恭子の世界〉
[共演]ピアノ:白石光隆
問:文化図書課内「四国中央ふれあい大学」事務局
[Tel]0896-28-6043

●2010年1月11日(月・祝)14:00 香川・アルファあなぶきホール(香川県県民ホール)
親子で楽しむ朗読コンサート「人魚姫」
[共演]ピアノ:白石光隆/朗読:中井美穂
問:アルファあなぶきホール
[Tel]087-823-5023

※その他の公演はこちら(http://www.kyokoyoshida.com/schedule/)まで。
【吉田恭子 最新作】
吉田恭子(vn)広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲&瞑想曲集』
(QACR-30005 税込2,800円/SHM-CD仕様)
[収録曲]
01. チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
02. グラズノフ:瞑想曲op.32
03. マスネ:タイスの瞑想曲
[録音]
2009年 石川県立音楽堂
■オフィシャル・サイト:http://www.kyokoyoshida.com/
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