ノリとヴァイブスだけで作った音楽を“ヒップホップ”としてパッケージ化する GRADIS NICE & YOUNG MAS(Febb)

FEBB(Febb As Young Mason)   2017/10/17掲載
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 23歳の天才ラッパー、Febb aka YOUNG MASFla$hBackSCracks Brothers、Dawg Mafia Familyの一員にして、2014年にリリースしたソロ・アルバム『THE SEASON』が故D.L(DEV LARGE)から“10年に一度のラップアルバム”と絶賛された彼が、今年3月のセカンド・アルバム『SO SOPHISTICATED』を経て、NY在住のプロデューサーであるGRADIS NICEとタッグを組んだGRADIS NICE & YOUNG MAS名義のアルバム『L.O.C -Talkin' About Money-』を早くもリリース。『THE SEASON』のオーセンティックなタッチとトラップのコンテンポラリーなグルーヴを融合した先鋭的なトラックで研ぎ澄まされたラップが躍動する新たなクラシックによって、彼のキャリアは大きく切り開かれたといえるだろう。
Febb aka YOUNG MAS
――今回の『L.O.C』は、今年リリースした2枚目のアルバムになりますが、まず、今年最初に発表した3月のアルバム『SO SOPHISTICATED』を振り返ってもらえますか?
YOUNG MAS 「その時点で思いついたこと、やろうと思ったこと、出来ることを最大限にやったアルバムですね。だから、特に後悔したこと、もっとやっておけばよかったってことは特にないし、自分としては納得がいってますね」
――そして、8月に期間限定フリーダウンロードのミックステープ『PNC』を発表しましたよね。
YOUNG MAS 「その構想自体は去年の年末くらいからあって。一番最初に録ったのは、(KANDYTOWNの)MUDをフィーチャーしたラスト曲〈MAN'S MUSIC〉なんですけど、あの曲を1月に録った後、だいぶ間が空いてしまって。7月くらいに“やらないとな”って思って、一気に作り上げました。リリックは既に書けていたんですけど、スタジオの予約がなかなか取れなくて、それこそ、発表前日にはまとめて9曲くらい録りましたね(笑)」
――Febbくんは常に先のことを考えていて、すでに4枚目のアルバムをどうしようかという段階だったりするわけじゃないですか。自分のなかで、どういう流れをイメージして、あのミックステープをリリースしたんですか?
YOUNG MAS 「普段、アルバムをリリースしているラッパーがミックステープを出すとしたら、どういうものになるんだろう?ってことを考えて、それを自分でやってみたという。ミックステープを作るのは初めてだったし、アルバム以外の作品で自分の好きなテイストを出せればいいなって思ったんですよ。そしてやってみて、ミックステープを出しまくるラッパーの気持ちが分かったというか。ミックステープはレーベルと関係なかったりするから、自分でコントロール出来るじゃないですか。そういう意味で自由だったし、作ってて、すごい楽しかったですね」
――1日で9曲録ったように、あのミックステープは完成度を突き詰めたものというより、アイディアを形にする瞬発力を優先したものですよね。
YOUNG MAS 「そうですね。そうやって何も考えずに録ったことで、考えに考えた作品とは違ったフレッシュさがあったのか、結構評判が良かったんですよね。マスタリングも済ませたので、そろそろ、CDにして売ろうかなって思ってます」
――そうした作品制作を精力的に行いながら、今回の『L.O.C』のレコーディングはいつ着手したんですか?
YOUNG MAS 「去年の11月ですね」
――時期的にはちょうど『SO SOPHISTICATED』の制作期間と被りますよね?
YOUNG MAS 「そう。『SO SOPHISTICATED』の完成が見えてきた時期から取りかかりました。その頃、GRADIS NICEに“トラックが欲しい”って電話して、送られてきたのが、10曲目に入ってる〈Yellow x Black〉なんですよ。で、その曲を録ったら、勢いがついて、最初はEPを出そうと思ったんですけど、作ってるうちにアルバムに発展していって、途中でSPACE SHOWER MUSICにリリースを持ちかけて、そのおかげでニューヨークに行ったりも出来たし、その流れは面白かったですね」
――そして、意外だったのは、FebbくんがGRADIS NICE単独で絡むのは、今回の作品が初めてなんですよね? 近いところにいた2人だと思うんですけど、これまではどんな付き合いだったんですか?
YOUNG MAS 「初めて会ったのは、2009年かな。俺が15歳、高1とか高2の時、中野のHEAVY SICK ZEROでやってた自分のイベントにゲストDJで呼んで、そこで初めて話しました。GRADIS NICEの存在自体は、The SexorcistのミックスCD『AWESOME FOURSOME』で手がけていたトラックで知って、すごい格好いいなって思ったんですよ。その後はちょくちょく話したり、家に遊びに行ったりするようになるんですけど、初めて家に行った時、“レコード持ってきて”って言われて、それをネタにGRADIS NICEが作ったのが、B.D.のアルバム『ILLSON』に入っている〈KEEP SHININ'〉だったり、まぁ、そんな感じの付き合いなんですけど、俺とGRADIS NICEは共通する嗜好がありつつも、OJ BEERT SIMSON & GRADIS NICEの『JUICE TIME』に入ってる〈Cool Gee〉以外でGRADIS NICEと組んで一緒に音楽を作る機会はこれまでなかったんですよ」
――高校生だったFebbくんと初めて会った時の印象はいかがでした?
GRADIS NICE 「最初に声をかけてくれた時はもちろんFebbが何者かは分からなかったんですけど、僕は基本的に年齢は気にしないし、話してみて、Febbの持ってる雰囲気とか知識がいい感じやったし、イベントをやるってことはお金がかかるわけで、遊び半分でやってるわけじゃないことはすぐに分かったので、そのまま遊ぶようになったんですよ。ラッパーとしてのFebbは最初の段階から完成されていたし、今はそれがさらに洗練されていて、言葉の運び、フロウ、歌詞の内容……感動するレベルですね。本来であれば、色んなレーベルが取り合っているべき才能というか、そうなってないところがおかしいし、そういうシーンを作るのは、自分も含め、音楽に関わるみんなのこれからの課題だと思います」
――そして、GRADIS NICEのトラックは、ISSUGIくんの作品でよく知られているのは、オーセンティックなものだと思うんですけど、今回はそれとはまた別の面、GRADIS NICEマナーのトラップがまとまった形で披露されています。
YOUNG MAS 「そうですね。ただ、別の面を意識したというより、俺がいいと思うトラックを選んだ結果なんですよ。そして、自分のテイストが一貫しているから、俺が選べば、作品全体の雰囲気が出来上がるっていう」
GRADIS NICE 「最初はトラックを5、60曲送ったと思うんですけど、それはサンプリングを使わず、俺がキーボードを弾いて作ったもので、そこからFebbが何曲かをピックアップして。それ以降、送ったトラックはサンプルを使ったものなんですけど、ISSUGIくんのトラックにはISSUGIくんの、BUDAくん(BUDAMUNK)のトラックにはBUDAくんの匂いやスタイルがあるように、自分のスタイルは全てに対応した全天候型というか、聴いている人にサプライズを与えたいと思っているので、特定のスタイルに執着しないように心がけていますね」
――前作のインタビューで、Febbくんは“日本ではトラップが理解されていない”ということを言ってましたよね。
YOUNG MAS 「ふざけた音楽だからこそ、本気でやった方がいいと思うんですよね。(ネットのスラング辞典)Urban Dictionaryを調べれば、トラップがどういう音楽、カルチャーなのか、何を歌っているのかは分かると思うんですけど、俺からすると突き詰め方が中途半端というか……。あと、トラップと一言で言っても、俺とその周りの人たちが聴いているトラップとみんなが思っている一般的なトラップは違いがあると思うし、俺たちがいいと思うトラックはみんなが聴いても面白く感じると思うんですけどね。俺も色んな音楽のいいところを吸収した音楽が好きですね。例えば、トラップでも、サンプリングを使ったきれい目なサウンドなんだけど、低音とかキックは(リズムマシン)TR-808でボーンみたいな。クラブでもイケて、家でリスニング用にも楽しいっていう、そういうバランスのいい作品がいいなって思うんですよ。今回のアルバムもそう。トラップは、あのテンションについていけない人が多いと思うんですけど、こういうトラップもあるんだ?!っていうインパクトを与えられる作品になっているはずなので」
GRADIS NICE 「アルバムが出来上がる最後の方に作った〈The First〉と〈Roc A Fella〉をアルバムに入れたのは、トラップについていけない人たちのためだったりもするし、それだけじゃなく、リリックも色んな人が聴いて、感動出来るものになっているし、そのために今回のトラックは薄化粧で仕上げたところもあるので」
YOUNG MAS 「そうそう。GRADIS NICEのトラックは薄化粧なんですよ」
GRADIS NICE 「今回のトラックは特にそう。ビートメイカーとしては、もうちょっと濃くしてもいいのかなって思ったりもしたんですけど、この薄さにすることで、Febbの言葉を際立たせることに成功したので、出来に関しては気に入ってますね。聴けば分かると思うんですけど、Febbのラップはピッチが完璧なんです。B.D.やデミさん(NIPPS)だったり、上手い人はトラックのピッチに対するラップのピッチの張り合わせ方が素晴らしいんですよ。そういうラッパーと仕事が出来るのは、ビートメイカーとしては本当にありがたいですね」
YOUNG MAS 「あんまり意識はしてないですけどね(笑)」
GRADIS NICE 「それでいい。それがいい。そういうことを考えるのはプロデューサーの役目だから大丈夫」
YOUNG MAS 「じゃあ、そうします(笑)」
――『SO SOPHISTICATED』と比べて、今回はラップの切れ味が飛躍的に増していると思うんですよ。
YOUNG MAS 「『SO SOPHISTICATED』は『THE SEASON』からブランクがありましたからね」
GRADIS NICE 「やり慣れただけでしょ? Febbとしては普通に戻った感じ」
YOUNG MAS 「いや、『THE SEASON』の切れとはまた違う“新しい普通”って感じですね。例えるとするなら、『THE SEASON』の切れ味がインディーズの切れ味だとしたら、『L.O.C』はメジャーの切れ味って感じかな。作品を人前に出すことを意識しつつ、なおかつ自分の持っている切れ味を最大限に提示しようと思ったら、今の形になっていったんです。あと、今回は言葉の重みを感じて欲しいんですよ」
――パーティチューンとしてのトラップの軽いノリも悪くはないんですけどね。
YOUNG MAS 「それだけじゃつまらないというか、俺らには俺らのノリがあるし、トラップは突然発生した音楽ではなく、ヒップホップと地続きの音楽であることは、このアルバムを聴けば、分かってもらえるんじゃないかなって」
Febb aka YOUNG MAS
――そして、このアルバムはサブタイトルに「-Talkin' About Money-」と付けられている通り、リリックでは金について歌われていますよね。
YOUNG MAS 「何でなんでしたっけ?」
GRADIS NICE 「モチベーション」
YOUNG MAS 「モチベーションではあるけど、それが最終目標というわけではないというか、あるというか。あれ? タイトルにするくらいのテーマになった理由は何でなんでしたっけ? タイトルが『L.O.C』だけだと寂しいからだったような……」
GRADIS NICE 「俺としては『L.O.C』だけの方がすっきりしてていいって言っててんけど、サブタイトルが欲しいって、あなたが言い出したんでしょ」
YOUNG MAS 「ああ、そうだった(笑)。たまたま、お金のことを歌った曲が多かったから、俺が付けたんです。ただ、お金と一言で言っても、ここでは色んな側面から歌っていて。例えば、〈Quiet Money〉では、音楽から生み出すお金というものが、俺らにとってどういうものかを歌っているし、〈The First〉ではお金について歌ったアルバムのなかで1曲だけ、お金のことじゃなく、俺はみんなに与える音楽という瞬間を生み出しているんだと歌っていたり。お金はただ入ってくるだけじゃなく、出ていったり、使ったり、なくしたり、貯めたり、色々あるわけですからね。一切のお金が介在しないという状況を含め、どんなことであっても、お金は関わってくると思うんですよ。それに対して、どういうスタンスでいるかということで、その人が見えると思うんですよ。そこをまずクリアにしてから行動を起こす流れがベストなんじゃないかって」
――『SO SOPHISTICATED』の時、Febbくんが直接やりとりをして、アメリカのビートメイカーやラッパーに仕事を頼んだ時、音楽的に繋がれるかどうかはもちろん大事だけど、最初にお金の問題をクリアにする必要があったと語っていましたよね。
YOUNG MAS 「ああ。だからこそ、今回のテーマがお金になったのかもしれませんね」
――個人的に重要だと思ったのは、「現実は金 / 悲しみを知る / それでも生きる」という「The First」の一節。金のキラキラギラギラした面だけではない陰の部分もきっちり歌ったことで得た説得力は計り知れないものがありますよ。
YOUNG MAS 「ありがとうございます。お金って、みんな欲しいとは思うんですけど、色んな状況があって、何でか知らないけど、沢山持ってる人もいれば、お金がホントに好きな人、欲しくても手に出来ない人もいるだろうし、そう考えた時に一面的に歌うのは違うと思ったんですよね」
――それから「QUIET MONEY」の“動く金”と“静かな金”という発想も面白いなと思いました。
YOUNG MAS 「ちなみに“QUIET MONEY”という言葉は、前作に参加してくれた(ラッパーの)AZがやってるレーベルの名前なんですよ。そこから発想して、俺らが音楽で稼ぐ金は静かな金だという一節に発展していったんですけど、俺にとって、音楽で稼ぐお金というのは、会社で働いたり、雇われていて、支払われるお金とは意味が違うんですよね。それがどういうことかは上手く言えないんですけど……曲を聴いて、考えてくださいってことにしてもらってもいいですか(笑)」
――そして、このアルバムにおけるお金というのは、音楽におけるハングリーさの象徴でもあって、今のヒップホップシーンにはチャレンジングな姿勢が欠けているんじゃないかというステートメントでもありますよね。
YOUNG MAS 「自分の周りは完璧なんですよ。ここで言ってるのは、そことは全く関係ない人たちですね。イケてるイケてない以前に何も思わないっていう。それって、イケてないよりも悲しいことだと思うんですよ。もちろん、そこにはいい曲もあったりしますけど、自分のやりたい音楽の範疇を超えてる、出られている人はなかなかいないし、みんな、どこかで妥協、迎合していていて、守りに入っているように見える。否定するわけではないけど、そういうスタンスはラッパーというより、ポップスのそれですよね。そうやって尖った部分をそぎ落として、口当たりの良い作品にするんじゃなく、ノリとヴァイブスだけで作った音楽を、ヒップホップとはこういうものですよということをよく分かっている人がまとめるべきであって、この先、そういうプロデューサーを必要としない、一人で何でも出来るラッパーが出てくると思うんですよ。自分としてはそういう未来の才能に負けないように切磋琢磨したいですね」
取材・文 / 小野田 雄(2017年9月)
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