音の向こう側 〜 ヴァイオリニスト吉田恭子のクラシック案内 - 第4回 【Backstage】コンサートの舞台裏
掲載日:2009年10月14日
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(C)岩切 等
 私が聴いた、ある若い外国人ヴァイオリニストのリサイタルでのこと。後半プログラムが始まる直前、会場がし〜んと静まっている時に、一人のお客さんが突然席を立って、「あーっ!」と大きな声で何やら話し出してしまったことがありました。その後もその方は、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番の演奏中、大きく身体を揺らして指揮をしながら聴いていらして、終わるなり出て行ってしまわれた……。こういうことに遭遇すると、演奏する側もお客さま側も、空気や緊張感が変わってしまいます。それまでの音楽の流れを中断されて、可哀想になぁ〜と思いながら、その後の演奏を聴いていました。

 ところが、そのヴァイオリニストが素晴らしかったのはアンコールの時。「今日のコンサートは声を上げられた方がいて、もしかしたら不快に思われた方もいるかもしれない。でも、音楽は彼らのためにあるから。〜小さな星を〜幸福がありますように」と英語で話し、さらりとアンコールにポンセの「エストレリータ」(小さな星)を、弾いたのです。場が一瞬にしてぐっとくるものになって、その余韻を残したままコンサートが終わりました。“素敵〜☆”という感じですよね。

 これは本当にアクシデントですが、何があるかわからないのがコンサートです。そういう意味でコンサートは、空間を共有しているお客さま全員と一緒に作り上げるもの、その一瞬にしかない時間芸術なのです。

 私はどんなジャンルの音楽でも、身を乗り出して、ありがたいと耳をすまして聴くのが音楽の本来の姿だと思っています。それが体験できるのは、やはり生のコンサート。その日、その一瞬にしかない時間というのは、私自身お客さんの立場で聴いたコンサートでも、“あぁ、生きててよかった〜。なんて素晴らしいんだろう!!”と、心の震えるような感動を覚えたことがあります。そういった経験は稀にしか味わえませんが、一度味わってしまうと、また何度でも体感したくなる。演奏者として舞台に立った側にいる時も、ぜひ聴きにいらしてくださった方々にそういう時間を共有していただければと、音楽を奏でる努力をしています。

 ですからコンサートの曲目を決める時、また新しく企画コンサートを練る時は、自分だったらどんなプログラムや公演だったら楽しめるかなぁ〜と、時間をかけて考えます。

 ただ、実際に舞台で演奏している時は、作曲家の残した音楽を忠実にと楽譜が頭を廻り、また、共演者の出す音をキャッチしながら、集中することでいっぱいいっぱい! 自分がお客さまだったら……というところまで考える余裕は、なかなかありません。ほとんどの場合、ヴァイオリン奏者には共演者がいるので、ほかの人と一つのものを作る作業は一種のチームプレー。常に相手のパスに応えられる俊敏さが要求されます。

(C)岩切 等
 皆さんもパソコンの画面を見すぎたりして目が疲れることがあると思いますが、私たちは、演奏が終わると“耳”が疲れるのです。たぶん演奏中は、聴覚が異常に鋭くなっているのでしょうね。

 それでなくても、舞台に立っていると絶対にいくらかは緊張していますし、緊張していないと、よい演奏もできません。しかも長い時間楽器を構えているので、どんなに鍛えていても腕の筋肉に乳酸が溜まります。スポーツと同じで、そんな状態で、どう脱力するかが大事なのです。筋肉が固まっていては、よい音は出ません。

 それに、フィジカルな面だけでなく、楽器演奏はスポーツとの共通点が意外に多いのです。私は個人でのスポーツ、とくにマラソン、テニス、フィギュアスケートなど、スポーツ観戦も大好きなのですが、いつも“音楽と似てるなぁ〜”と感じながら、応援しています。

 たとえば、2時間のコンサートの中で体力や精神力をどう配分していくかは、マラソンで42.195kmをどんなペース戦略で走るのかと似ていますし、F1のタイヤ交換や給油戦略は、本番に向けてヴァイオリンの弦や弓の毛をいつ交換するのがベストかを考えるのと同じようなことでしょう(ヴァイオリンの弦には、3日で替えなければならない弦と、1週間使える弦とがあったり、弓の毛もいろいろな種類があり、一番よい状態なのは張ってから3日目だったりということがあるのです)。

 先ほども触れましたが、ヴァイオリニストの場合、もっとも多いコンサートの形は、“ピアニストと二人”です。私たちはよく冗談で「息の合う共演者、ピアニストに出逢うのは、結婚相手を見つけるより大変だよね〜」などと言うのですが、まさにそんな感じなのです。

 ソロで優れたピアニストだからといって、必ずしもアンサンブル能力が高いとは限らないですし、気心が知れた、ツーカーの相手ならやりやすいだろうと思われるかもしれませんが、それだけではダメなんです。共演すればするほど、お互いのいいところや悪いところがわかってきますが、同時に、これ以上は踏み込めない、理解し合えないだろうというポイントも出てきます。音楽は生ものですから、もちろん細かいアクシデントはつきものですし。お互いいろいろな引き出しを持って相手をカヴァーしながら音楽を作り、そして何よりも大切なのは、何度演奏している曲でも、常に前回より新しい発見や向上できるものを見出せているかだと、思っています。

 そんなように何度も共演を重ねてきて、微妙なコミュニケーションやバランスがわかり合えているピアニスト、白石光隆さんと加藤洋之さんとの共演で、10月23日に大阪・ザ・フェニックスホール、10月28日に名古屋・宗次ホール、そして11月9日に東京・紀尾井ホールでリサイタルを開きます!

 これは毎年秋に恒例となっている私の自主リサイタルで、現在、年間を通してさまざまな企画公演に携わらせていただいている私にとって、自身が成長できる大切な時間です。今年は第10回目を迎え、“18世紀から19世紀にかけて、フランスを中心に活躍した作曲家の、円熟期に書かれた独特な弦の紡ぐ世界”をテーマに、ヴァイオリン音楽の真髄を楽しんでいただこうと、プログラムを構成しました。

 その瞬間にしか味わえない、ヴァイオリン芸術の世界〜皆さんぜひ、会場へ聴きにいらしてくださいね!
ピアノの白石光隆さんと
(C)岩切 等



ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827)


 ――病気が我が前途に難問を投げかけている。というのは、僕の聴覚が四年来、段々弱っているのだ……。
1802年 ベートーヴェンの手紙より――


 ――そのような死から私を引き止めたのは、ただ芸術である。私は自分が果たすべきだと感じている、総てのことを成し遂げないうちに、この世を去ってゆくことはできないのだ。
1802年 ハイリゲンシュタットの遺書より――


 “苦悩の作曲家”ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
 長い月日の間、聴覚障害に苦しみ、1802年に有名な“ハイリゲンシュタットの遺書”を、弟のヨハンに向けて書くことになります。
 苦悩、迷い、不安、怒り、決心、挑戦……とめどなく変化する感情を表わすことによって、苦悩と絶望を克服したいという力強い意志。
 そして復活した彼は、芸術に邁進し、歴史に残る大作曲家になります。
 ベートーヴェンの素晴らしさは、死を前にしてなお、ロマン・ロランが“傑作の森”と絶賛した、優しさと安らぎに満ちた 、美しい曲を次々と生み出していくところです。
 私が敬愛するベートーヴェンの旋律は、紛れもなく歓喜にあふれ、聴くものを〜鮮やかな萌葱色〜、希望の世界へと導いてくれるのです。

→ 次回は魅惑の楽器、ヴァイオリンの秘密をご紹介します!
【第10回 吉田恭子ヴァイオリンリサイタル】●10月23日(金) 19:00
大阪・ザ・フェニックスホール
問:大阪アーティスト協会 [Tel] 06-6135-0503

●10月28日(水) 18:45
名古屋・宗次ホール
問:宗次ホール [Tel] 052-265-1715

●11月9日(月) 19:00
東京・紀尾井ホール
問:ヤマハ エーアンドアール [Tel] 03-6894-0222
[曲目]
モーツァルト:ヴァイオリンソナタ第24番
サン=サーンス:ヴァイオリンソナタ第1番
イザイ:無伴奏ヴァイオリンソナタ第4番
ショーソン:詩曲
サラサーテ:モーツァルトの歌劇「魔笛」による幻想曲
[共演]
ピアノ:白石光隆(10月23日、11月9日)、加藤洋之(10月28日)
【吉田恭子 最新作】
吉田恭子(vn)広上淳一指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
『チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲&瞑想曲集』
(QACR-30005 税込2,800円/SHM-CD仕様)
[収録曲]
01. チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35
02. グラズノフ:瞑想曲op.32
03. マスネ:タイスの瞑想曲
[録音]
2009年 石川県立音楽堂
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