

ソニンがシングル「カレーライスの女」でソロ・デビュー。EE JUMPでは相方の不祥事に泣いたとはいえ、この曲での吹っ切れ方には驚いた。切ない女心を歌った歌詞もこれまでとは違ったが、なんと言ってもそのジャケットとPV。裸エプロンにはみ出したワキ乳という、男のエロ願望をこれでもかと刺激するその姿は凄まじいインパクトを与え、これまでにないほどの注目を集めた。ソニン=キワどい衣装、というイメージが付いてしまったのも事実なんだけど……。
ザ・クラッシュでの活動で知られるジョー・ストラマーが、トルコに生まれる。本名はジョン・グラハム・メラー。父親が外交官だったため、世界各地で暮らしたそうだ。兄とともに英国に住むようになったのは9歳の時。この頃からロックに目覚めるのだが、両親にはなかなか会えず、兄が自殺するなど、音楽以外でも人生に大きな影響を与える出来事があったらしい。クラッシュでの活躍は言うに及ばず、ロックンローラーとして多くのファンに愛されていたが、2002年に死去。
デューク・エリントンと並ぶビッグ・バンド・ジャズの偉人、カウント・ベイシーが誕生。管楽器を主体にした15名以上のジャズのオーケストラ=ビッグ・バンドのリーダー兼ピアニストであるベイシーは、ニュージャージーの片田舎からニューヨークヘ出てきて地位を確立。クラシック色が強く、良家育ちのエリントンとは環境からしてまったく正反対で、スウィングしまくるグルーヴィーなジャズがベイシーの特徴。シンプルな構成でわかりやすい音楽はスウィング・ジャズの入門に最適のテキストとされている。
アメリカを代表する女性エンターテイナー、ライザ・ミネリが14年ぶりの単独公演のため来日。前年に腰の骨を手術して引退説もささやかれた彼女だが、22日のNHKホールでは「キャバレー」「ニューヨーク、ニューヨーク」などのヒット曲を軽快に披露。最後にはバンドも総立ち状態になり、アルコール中毒や数回の離婚と苦い人生経験もしてきた彼女を支えた。惜しむべくは撮影されていないことか。
Mr.Childrenが1stシングル「君がいた夏」を発売。この曲はインディーズ時代に作られた曲で、当時の曲名は「夏が終わる」。夏の曲だというのに、ジャケットの写真は夏の海をバックに、黒いスーツを着ていたメンバーが印象的であった。2002年はこの曲が発売されてちょうど10年め。この曲の思い出も胸に、全国ツアーを行なう予定だったミスチルだが、残念ながらこの年は桜井和寿の体調不良のため、活動休止を余儀なくされていた。


米国編集アルバム『ビートルズ物語』の日本盤が発売(英国では未発売。米国では64年11月23日発売、最高7位)。メンバーをはじめ、ブライアン・エプスタインやジョージ・マーティンのインタビュー、メドレーなどを収録したドキュメント・アルバム。当時、日本発売の際には版権問題で引っ掛かったらしく、それをクリアできなかったために、アメリカ発売から2年遅れた66年に発売になってしまった。ただ、日本盤はゲイトフォールド(見開き)仕様の米国盤とは別物で、ブックレットの付いたボックス仕様であった。