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8月27日
名ブルース・ギタリスト、スティーヴィー・レイ・ヴォーンが死去
(
スティーヴィー・レイ・ヴォーン
/ 1990年)
ブルース・ギタリスト/シンガーのスティーヴィー・レイ・ヴォーンが、ヘリコプターの墜落事故により死去した。ライヴ会場からの移動の途中だったという。80年代に颯爽と現れたこの男のギターと声は、音だけ聴いたらとても白人とは思えないものだった。それに加え、適度にロック色もあるサウンドだったため、多くのリスナーを惹きつけ、後続のギタリストに大いなる影響を与えている。享年35。あまりにも若く、そしてあまりにも突然の死だった。
−2006年07月25日作成−
RUSHのギタリスト、アレックス・ライフソンが誕生
(
RUSH
/ 1953年)
カナダの国民的ロック・バンド、RUSHのギタリストであるアレックス・ライフソンがブリティッシュ・コロンビアに生まれる。本名はアレクサンダー・ズィヴォジノヴィッチ。名字からわかるように、彼の両親はボスニア(旧ユーゴスラヴィア)からの移民である。1968年にゲディ・リーらとRUSHを結成、決して派手なプレイヤーではないが、そのギターのスタイルは常に高い評価を受けている。バンドの音楽性と同様、緻密なプレイが持ち味だ。
−2007年07月26日作成−
繊細で内気なサックス奏者、レスター・ヤング誕生
(
レスター・ヤング
/ 1909年)
ジャズ・サックス奏者、レスター・ヤング生まれる。弟はジャズ・ドラマーのリー・ヤング。レスターの愛称、プレジ(大統領=Presidentに由来)は、彼と親交の深かったビリー・ホリデイによるもの。レスターの父親は、外向的だった弟に期待をかけていたが、スカウトマンは繊細で内向的だったレスターを指名。当時、主流だった力強く豪快な奏法とは正反対のソフトな音色は、彼のオリジナリティとして多くの人に受け入れられていった。しかし兵役後自分の音色を見失い、レスターは酒と麻薬に溺れていってしまった。
−2001年07月25日作成−
J-ヘヴィ・ロック界で気を吐く山嵐のSATOSHI、誕生
(
SATOSHI(山嵐)
/ 1977年)
山嵐のMC・SATOSHI、誕生。'96年からライヴ活動を開始。地元横浜を中心にジェロニモ、麻波25といったバンドと共に精力的に活動、オルタナティヴ・シーンを作り上げる役割なども果たした。'97年にファースト・アルバム『山嵐』を発売し、インディーズとしては驚異的な10万枚を超えるヒットとなる。それでなくともコワ面なのに、2001年のフジロックで、ステージにペットボトルを投げこんだ客に向かって中指を立てたときは、かなりの迫力でした〜。
−2002年07月25日作成−
アニメーター、楠部大吉郎が死去
(
楠部大吉郎
/ 2005年)
『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』といった不朽の名作を生み出したシンエイ動画(当時はAプロダクション)の創設者にして、日本アニメーション界の成長期を支えたアニメーターの1人、楠部大吉郎が2005年に死去。『巨人の星』『ドラえもん』などの誰もが知る国民的アニメーションの作画監督や監修を務めたほか、アニメーターの育成にも力を注ぎ、確かな技術を未来へ伝える大きな役割を果たした。
−2008年08月25日作成−
『容疑者 室井慎次』公開
(
柳葉敏郎
/ 2005年)
映画『容疑者 室井慎次』の公開が始まる。大ヒットした『交渉人 真下正義』に続く、劇場版『踊る大捜査線』のスピンオフ第二弾。柳葉敏郎演じる室井管理官を主役に据えた作品で、笑顔を見せることのない硬派なキャラ設定が、ここでは揺ぎない信念となって光り輝いている。また、一世風靡セピアで柳葉とともに活躍した哀川翔が出演していることでも話題となった。舞台となる新宿の街をオープンセットで作り上げた大規模撮影が、臨場感溢れる映像を生み出した。
−2007年07月10日作成−
ビートルズ365:ブライアン・エプスタイン死去。
(
ザ・ビートルズ
/ 1967年)
午後2時45分、ロンドンの自宅のベッドで死亡しているのを執事に発見された。享年32。検死の結果、エプスタインの血液中から168ミリグラムのブロマイドが検出され、ペントバルビトン、アミトリプチリンも確認された。また、血液中のブロマイド数値はきわめて高く、カルブリタールを長期服用することによってのみ起きる状態にあり、ブロマイド中毒寸前の状態にあった。ブロマイド値は上がると注意力散漫になり、思考力が低下。また、血液中にブロマイドが検出されるには、何週間も服用しないと無理であった。結果、死因はカルブリタール中毒によるものとされた。ウェールズのバンゴアで開かれていた、マハリシの瞑想修行に参加していたビートルズは、すぐにロンドンに戻り、後日予定されていたインド行きの話も延期となった。
−2006年07月24日作成−
※ 掲載記事は基本的に作成時の内容のまま掲載しております。作成後に生じた動向、および判明した事柄等は反映しておりません。
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