

女性アイドル・グループ、スパイス・ガールズの“スポーティ・スパイス”として活躍したメラニーCが、英国に生まれる。もともとセッション・シンガーやダンサーとしての活動を行なっており、オーディションによってスパイス・ガールズに参加したのは94年のこと。96年にデビューした後はアイドル的な人気を獲得、本国のみならず日米でも活躍した。99年のソロ・デビュー後もヒット作を世に送り出し、ひとりのシンガーとしても高い評価を得ている。

学生時代にバンドを組んでから、いつの時代も音楽のフィールドで活躍し続ける、ムッシュかまやつことかまやつひろし、東京都に生まれる。50年代はロカビリー、60年代はグループサウンズ、70年代はニューミュージック、そして80年代のバンドブームでは若手バンドマン達とのセッション、90年代には渋谷系のアーティストの間で再評価されるなど、どの時代ででも〈音楽にムッシュあり〉。ちなみに、'99年の還暦パーティーは実行委員長をユーミンが務め、そのほか井上陽水、吉田拓郎など超豪華なメンバーが顔をそろえたという。おそるべし、かまやつパワー。
ニューヤードバーズのジミー・ペイジが'68年にバンド名を「レッド・ツェッペリン」に改名し、1stアルバム『レッド・ツェッペリン』を米国でリリースする。記念すべき初アルバムは、そのスケールの大きさから一世を風靡。ブルース、ロック、インド音楽……と変幻自在に楽曲を演じる彼らは、日本ではディープ・パープルとともに「ハード・ロックの二大巨頭」と称された。71年に発売された4thに収録された「天国への階段」は、故カラヤンをして「これ以上手を加えようのない名曲」と言わしめるなど、いやはや、伝説です。

映画史において燦然と輝き続ける名作『2001年宇宙の旅』に登場する、探査船ディスカバリーに搭載されたコンピュータ、通称“ハル”の誕生日(とされている日)。劇中でハルは、2つの指令の間で論理矛盾に陥り乗員の排除を開始。ボーマン船長(HAL9000による呼び名は“デイヴ”)の手によりボードを抜かれ停止する。その際の2人(1人と1台)のやりとり、ハルが「Daisy Bell」を歌う場面は正に名シーンと呼ぶにふさわしい。
好評を博した63年10月13日の初出演に続き、ATV『バル・パーネルズ・サンデイ・ナイト・アット・ザ・ロンドン・パラディアム』に2度目の出演。共演はアルマ・コーガン、コメディアンのデイヴ・アレン。午後8時25分から1時間の生放送では、ビートルズはメインとして出演。お笑いコーナーにも登場し、番組最後に「抱きしめたい」「オール・マイ・ラヴィング」「マネー」など計5曲を演奏した。このときの出演料は1000ポンド。初登場時の4倍の額にまで跳ね上がった。