



世界的ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスが27歳で死去。右利き用のギターを逆手に使い、まれにみる大音量アンプで演奏したジミ。「ブラック・ソウル」イメージが先行するなか、フェンダー・ストラトキャスターをロック・ギターとして最初に有名にさせたなど後人たちへの影響は大きい。同年9月2日のデンマーク公演がジミーの睡眠薬大量服用で中止になり、18日にロンドンのサマルカンドホテルで意識不明に。嘔吐物を喉に詰まらせて死亡した。死後もさまざまなCDが発売され続けている。
PUFFYの大貫亜美、東京都町田市に生まれる。小さい頃の夢はスチュワーデス。'84年父親の仕事で韓国に在住した頃に第1次モテ期が到来したとかで、調子に乗って生徒会長にまでなる。そして帰国して入学した中学で第2次モテ期到来、剣道部で活躍する。音楽に目覚めたのは高校の時、年上の彼氏の影響だったという。2001年の6月には、左足部じん帯断裂のケガを負い、ファンを冷や冷やさせた。
ゆず、2ndシングル「少年」を発売。この曲は同年7月にリリースして大ヒットした1stアルバム『ゆず』からの、リカットシングル。だが、リミックスはもちろん、ゆず初のホーンセクション参加(サザンやミスチルなどのバックでも吹くsax山本拓夫他などが参加)や、北川悠仁のセリフが変わるなど、気持ちはニューシングルと同じだったとか。ちなみにアドリブが命の北川は、セリフを変える時に、その場のスタッフにどれだけ受けるかに命をかけてたという。'96年頃に出来たこの曲、タイトルは元々〈ショック少年〉であった。

声優の神谷明が神奈川県横浜市に生まれる。『北斗の拳』のケンシロウや『キン肉マン』のキン肉スグル、『うる星やつら』の面堂終太郎などなど、数多くのキャラクターを担当。もはや日本のアニメ界には欠かすことのできない声優界のドン。大手プロダクションを経て独立、自身が所属している声優事務所の名前は冴羽商事。
少し早めにスタジオ入りしたポールは思いついたリフを「バースデイ」に発展させ、ジョン、ジョージ、リンゴの3人がやって来る午後8時半までに4トラック録音でバッキング・トラックを完成させた。その後、ビートルズの4人とクリス・トーマス、ヨーコとパティは、ポールの家で、BBC2で放送されたリトル・リチャードやエディ・コクランなどが出演した映画『女はそれを我慢できない』を鑑賞。その後、午後11時にスタジオに戻ったビートルズは「バースデイ」のバッキング・トラックを8トラック・テープにコピーし、タンバリン、ピアノ、手拍子(マル・エヴァンスが参加)、バック・ヴォーカル(ヨーコとパティが参加)、そしてポールのリード・ヴォーカルと部分的に入るジョンのヴォーカルをオーヴァーダビングし、一気にこの曲を完成させた。