ニュース

ラフ・トレード50周年イベント東京公演レポート到着 マイ・ニュー・バンド・ビリーヴ&キャロライン出演

2026/10/05 12:51掲載
ラフ・トレード50周年イベント東京公演レポート到着 マイ・ニュー・バンド・ビリーヴ&キャロライン出演
 UKの名門レーベル「Rough Trade Records」の50周年記念イベントが、10月1日(木)に東京・O-EASTにて開催されました。

 本イベントには、創始者ジェフ・トラヴィスと共同経営者で元PiLのジャネット・リーがDJを務めたほか、レーベルより、2025年9月の初来日公演を早々にソールドアウトさせたキャロライン(Caroline)と元ブラック・ミディのキャメロン・ピクトンによる新たなバンド、マイ・ニュー・バンド・ビリーブ(My New Band Believe)が揃って出演。日本公演には、スペシャルゲストとしてサックスの松丸契も加わり、パンク以降の近代UK音楽史の最重要レーベルのアニヴァーサリーを祝いました。

 なお、大阪・東京公演、ポップアップ会場で販売したスペシャル・グッズのオンライン販売もBeatinkのサイトでスタートしています。

[ライヴ・レポート]
 〈Rough Trade〉のあのアイコニックなロゴが飾られたDJブースに、創設者ジェフ・トラヴィスと、共同経営者のジャネット・リーが立つ。50周年を祝うこの夜、二人のDJプレイがまずフロアをあたためていた。オーガスタス・パブロなどルーツ・レゲエ、ラヴァーズ・ロックから始まり、キャバレー・ヴォルテール、スティッフ・リトル・フィンガーズ、ザ・リバティーンズまで……。ザ・サンデイズの曲が流れ、いまの新しいインディー・バンドの新曲だと紹介されても誰も疑わないのではないかと思う。そのようにして、過去と現在を自在に行き来し、時代もジャンルも軽々と飛び越えていくその選曲こそが、〈Rough Trade〉というレーベルの個性を表現している。
そんなDJに導かれるように、マイ・ニュー・バンド・ビリーヴ(以下MNBB)のメンバーがステージに横並びに立つ。キャメロン・ピクトン、キット・モーズリー(g)、カイアス・ウィリアムズ(b / ub)、ディロン・ハリソン(ds)。そして日本公演には、スペシャルゲストとしてサックスの松丸契が加わった。

 オープニングは「In the Blink of an Eye」。バンドの特徴である、静かなところから次第に緊張感を高めていく展開が、この編成ではさらにダイナミックに、爆発的に増幅されている。

 まず、このバンドのポテンシャルに驚愕する。これまでキャメロンとコンビを組んできたモーズリーとの相性はもちろんのこと、エクスペリメンタルな音響表現で知られ、ときに弓も使ってベースを演奏するウィリアムズ。ファット・ドッグのパーカッショニストとしても活動するハリソンによる強靭なリズム・セクション。音源でも共演している松丸のサックスが加わることで、バンドの自由度はさらに大きく広がっている。

 続く「Actress」。壮大すぎるほどのスケールを持つこの曲が、この5人によって演奏されると、途中に挟まれるジャジーな展開も強烈なスパイスとなり、音楽の輪郭がさらに異形のものへと変わっていく。高揚感がそのまま不穏さへと反転し、鬼気迫るシャウトとともに、一気に疾走感あふれるエンディングへとなだれ込む。
この日は未発表の新曲も3曲披露された。まず「Kick Me」は、淡々とした語り口から徐々にドラマティックな展開へと向かう。激しい演奏のなかでも、キャメロンの歌にはどこか素朴なリリカルさがある。

 この日もっとも驚かされたのが「Numerology」だった。松丸を加えた原曲から、さらにスリリングなライブアレンジへ。よりポスト・パンク的な切迫感が強まり、かつてキャメロンが在籍したブラック・ミディを思わせるような緊張感も漂う。

 続く新曲「100 People」。キャメロンの詞世界に特徴的な、シンプルな言葉の反復が高揚感を生み、いつの間にか別の景色を立ち上げていく。その手腕に感嘆する。

 「Opposite Teacher」は、アルバムのモダンなアレンジをいったん剥ぎ取ったような、粗削りなアンサンブルが鳴らされる。その粗さが、かえって曲の切なさを浮かび上がらせる。

 そしてアルバムのオープニングを飾る「Target Practice」。喩えようのないほど美しいメロディに、奇妙で、ときに不穏な物語を載せる。そこにはキャメロンのソングライターとしての才能がはっきりと現れている。

 メロディだけを取り出せば、驚くほど伝統的な美しさを持っている。フォークや古いポップ・ソング、あるいはミュージカルのような旋律感覚。それを素直な「いい歌」に着地させず、その周囲に歪みやノイズ、奇妙な物語を配置していく。その落差こそが、彼の音楽を独特なものにしている。

 ここで再び新曲「Vultures」。穏やかな導入からファンキーなグルーヴへと接続していく。

 一転、「Love Story」ではメロウで優美なメロディが前面に出る。愛のある日常と、そこに突然訪れる崩壊の可能性。その両方を同じ歌のなかに置くキャメロンの詞世界に、松丸のサックスが柔らかな陰影を加えていく。続いて、その余韻を断ち切るように「Lecture 25」へ。この曲は、MNBBのなかでもひときわストレートにロック的な楽曲だ。それをここに配置することで、セット全体のダイナミクスが一気に跳ね上がる。

 キャメロンが「このあとのキャロラインを楽しんで」と観客に語りかける。〈Rough Trade〉のアニバーサリーにちなみ、曲間のところどころで「僕たちはアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズです」と、〈Rough Trade〉ゆかりのバンド名を出して場内を和ませていたが、最後はもちろん「僕たちはブラック・ミディです」と自らが在籍したバンドを口にし、ラストの曲「Heart of Darkness」へ。その名の通り、カタストロフィと再生を思わせる大曲だ。アルバムからさらに長尺になり、9分以上におよぶ。リズムが幾度も変化し、ハーモニーが揺れ、その後に不穏なリフが波のように戻ってくる。曲というひとつの形を保ちながら、その内部が刻々と変化していく。イノセントさと邪悪さのあいだを行き来する、まさにバンドの独壇場と言えるパフォーマンスだった。

 転換中もジェフとジャネットが、エタ・ジェイムズなど往年のソウル・ナンバーをプレイする。そんななかにスクリッティ・ポリッティの「The “Sweetest Girl”」が置かれると、〈Rough Trade〉の50年が、ステージとステージのあいだにも流れ続けていることを感じる。

 そして、キャロラインのメンバー8人がステージに現れる。ステージ中央にアンプとスネアドラムが置かれる。スピーカーから発せられる低周波音によって、スネアが誰にも触れられていないのに振動し、音が増幅される。誰にも叩かれていないスネアが、アンプから放たれる低音に反応し、かすかに震え、音を返している。その共鳴は、まさしくキャロラインというバンドの「音を鳴らす場所とは果たして何なのか」という命題を、演奏が始まる前から示していた。

 オープニングの「Song two」と「U R UR ONLY ACHING」のあまりにも静謐な音色に息を呑む。2本のヴァイオリンのソロから、そのままファースト・アルバム『caroline』の「Dark blue」にあった印象的なギターへとつながれると、場内から歓声が湧き、オーディエンスもゆっくりとグルーヴに頭を揺らしている。

 「When I get home」でも、音源と同じく、どこか遠くで鳴らされているような、かすかな4つ打ちのダンストラックと、繊細なヴォーカル、アコースティック・ギターが共存している。キャロラインの「空間」を意識したソングプロセスを、生で聴くという体験には格別なものがあった。

 「Tell me I never knew that」では、音源でフィーチャーされているキャロライン・ポラチェックのヴォーカルに代わってヴァイオリンのマグダレーナ・マクリーンが歌う。細やかなプロダクションへのこだわりが手に取るように分かるアンサンブル。小さな音の配置までが意味を持ち、そのひとつひとつが別の音を呼び起こしていく。

 アンビエントな「Beautiful ending」をはさみ、ファースト・アルバム収録の「Skydiving onto the library roof」へ。ここでは、音が鳴っていない時間に音を聴くことの大切さを教えられる。音源よりもさらにじっくりと間を取り、音と音のあいだに広がる空白そのものが、演奏の一部になっていく。続く「Two riders down」では、どこにも着地しないようなアンサンブルが、楽曲のエモーションをじわじわと高めていく。

 「Coldplay cover」に入る前、ジャスパー・ルウェリンがこの曲の制作プロセスについて丁寧に説明する。すると8人がステージの左右に分かれる。左側ではひとつの曲が始まり、右側ではまったく別の曲が始まる。最初は二つのバンドが同時に演奏しているように聞こえる。そこへ、マグダレーナがマイクを持って動き始める。左へ寄ると左側の音が前に出て、右へ移動すると今度は右側の音が近くなる。二つの音楽が、同時に鳴っているのに、同じ場所には存在していないように聞こえる。ここで初めて、ジャスパーがさきほど説明していた制作プロセスを、実際にステージ上で起こっていることとして理解できた。複数の音楽空間を同時に存在させ、それらの距離や重なりそのものを作品にする。そのプロセスを生で体験できたのは、この夜の幸福な瞬間のひとつだった。

 キャロラインは、音がどこから聞こえるのか、どこまでが演奏で、どこからが空間なのか、音と音のあいだに何が存在するのか――その境界そのものを演奏している。偶然をただ放置するのではなく、偶然が起こるための条件を緻密に作っておく。端正な演奏を土台にしながら、そこに予測できない揺らぎを持ち込む。その美しい危うさこそが、現在のキャロラインのライブの魅力なのだと思う。

 さらにファースト・アルバムからの大曲「Good morning (red)」。荘厳なアンサンブルが、大団円を思わせるほど大きく広がっていく。最後は「Total Euphoria」。冒頭、かき鳴らされるギターが聴こえると、フロアから歓声が湧く。後半、ブーストされたベースが前面に出てくると、観客がさらに沸き立つ。すさまじいノイズが途切れるその一瞬まで、音楽は膨張し続けていた。

 全員が複数の楽器を操り、曲ごとにその役割を変えていくキャロラインのパフォーマンス。とかくヴォーカリストのジャスパーに視線が集まりがちなバンドだが、この日のステージを見れば、キャロラインが8人それぞれの音によって成立しているアンサンブルであることをあらためて実感する。そんななかでも、フレディ・ワーズワースの存在感は際立っていた。トロンボーンとベースを行き来しながらアンサンブルの輪郭を変えていく彼は、キャロラインの内部だけでなく、フォンテインズD.C.の「Starburster」にアレンジャーとして参加するなど、複数の音楽世界を横断している。

 そうした越境は、いまのキャロラインを考えるうえで興味深いことでもある。〈Rough Trade〉からデビュー・ソロ・シングルを発表したジャスパー、エクスペリメンタルな別プロジェクトであるカーブサイド・ラムジアでも活動するマグダレーナなど、メンバーそれぞれがさまざまな場所で活動しながら、その音楽がまたキャロラインという場に持ち込まれる。ひとつのバンドというより、さまざまな音楽家やプロジェクトがゆるやかに重なり合い、互いの音を呼び起こしていくような場所。

 この夜は単に「〈Rough Trade〉が契約したニューカマー二組のショーケース」ではなかった。そもそもMNBBは、キャメロンが当初キャロラインとコラボレーション・アルバムを作ろうと考えたことから始まっている。その構想は別の形へと変わったが、最終的にキャロラインの8人中7人がMNBBのアルバムに参加し、ジャスパーとマイク・オマリーは共同プロデューサーとして制作に深く関わった。両者はそれぞれ独立したバンドでありながら、演奏やプロデュースを通して音楽を行き来させている。その関係が、「キャロライン・ユニバース」とでも呼びたくなる広がりを生んでいる。それはまさに、〈Rough Trade〉が50年間やってきたこと――異なる音楽を同じ場所に置き、そこから思いもしなかったつながりを生み出していくこと――の現在形なのだと思う。だからこそ、この50周年記念イベントは、過去を振り返るための夜である以上に、〈Rough Trade〉の「いま」を目撃できる夜だった。


拡大表示


拡大表示


拡大表示


拡大表示


拡大表示

photo by Kaoru Goto
Text by 駒井憲嗣


■「Rough Trade Records」の50周年スペシャル・グッズ オンライン販売
Rough Trade 50th Long Sleeve T-Shirts:
beatink.com/products/detail.php?product_id=16039&

caroline:
beatink.com/artists/detail.php?artist_id=2484

My New Band Believe:
beatink.com/artists/detail.php?artist_id=2881
最新ニュース
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。