12月5日に誕生日を迎えた歌手は多くいますが、有名どころをいくつか紹介していきましょう。
1932年にアメリカ・ジョージア州メイコンに生を受けたのが、
リトル・リチャードです。
チャック・ベリーや
ファッツ・ドミノらとロックンロールの草分け的な存在、ロックンロールの創始者の一人として知られ、「のっぽのサリー」「ルシール」などのヒットを放ち、エネルギッシュな歌唱で人気を博しました。
1946年には、スペイン・バルセロナに
ホセ・カレーラスが誕生。10代で名門のリセウ音楽院で学び、リセウ劇場にて『ノルマ』のフラヴィオ役でオペラ歌手デビューを果たしました。
ヴェルディや
プッチーニなどのオペラの名唱で評価を高め、
ルチアーノ・パヴァロッティ、
プラシド・ドミンゴとともに三大テノールとしても世界的に知られています。
演歌界の人気女性歌手には、12月5日生まれが2名。
小林幸子は1953年に生まれ、10歳の時に「ウソツキ鴎」でデビューと子供時代から活躍。一時不遇が続きましたが、1979年に「おもいで酒」が200万枚の大ヒット。以来「とまり木」「もしかして」「雪椿」や
美樹克彦とのデュエット「もしかして PARTII」などのヒットを重ね、紅白歌合戦にも常連に。ドラマやバラエティ、ニコニコ動画のイベントなどに出演し、幅広い世代から人気を博しています。
川中美幸は1955年に鳥取で生まれ、幼少より大阪で育ちました。当初は
山口百恵や
桜田淳子らと同期デビューしましたが、改名後に1977年に「あなたに命がけ」で再デビュー。1980年の「ふたり酒」がミリオンセラーとなると、翌年末に紅白歌合戦に初出場。以来、小林同様に紅白の常連となり、2006年には紅組の“トリ”を務めました。舞台のほか、『水戸黄門』や連続テレビ小説『てっぱん』などTVドラマにも多く出演しています。
シンガー・ソングライターからも2名を紹介。
原田真二は1958年生まれ。18歳の1977年10月に「てぃーんず ぶるーす」でデビューすると、翌月に「キャンディ」、翌々月に「シャドー・ボクサー」と立て続けにシングルを発表する異例のデビューとなりました。翌1978年のデビュー・アルバム『
Feel Happy』が初登場1位となり、10代で1stアルバム1位獲得という偉業を達成。同年の「タイム・トラベル」もヒットし、紅白歌合戦初出場した際に同曲を歌唱しています。
近年は作・編曲家やプロデューサーを軸に活動している
川口大輔は1975年に誕生。2001年に
CHEMISTRYへ「君をさがしてた〜The Wedding Song〜」を提供して作曲家デビューを果たすと、翌年の日韓共催となった「2002 FIFAワールドカップ」の公式テーマ・ソングとなったVoices of KOREA/JAPAN(日本からはCHEMISTRY、
Soweluが参加)名義の「Let's get together now」を作曲して話題に。その後も
由紀さおり、
JUJUほか多くのアーティストの作品に楽曲を提供しています。
1976年には
観月ありさが誕生。モデルとしてCMを中心に脚光を浴び、
宮沢りえ、
牧瀬里穂と“3M”とも呼ばれて人気を博すと、90年代に女優や歌手としても活躍。ドラマ『ナースのお仕事』『鬼嫁日記』『斉藤さん』『サザエさん』などがシリーズ化。歌手としては1991年にシングル「伝説の少女」でデビューし、小室哲哉が手掛けた「TOO SHY SHY BOY!」「happy wake up!」などがヒット。2016年にはデビュー25周年記念ベスト『
VINGT-CINQ ANS』(写真)、2022年には30周年記念アルバム『
Ali30』をリリースしています。
1985年に生まれたのが、
梶浦由記プロデュースによるヴォーカル・ユニットの
Kalafina(カラフィナ)で活動した
KEIKOです。2005年に梶浦のプロジェクト、
FictionJunctionにヴォーカル参加すると、
伊藤彩華(マリア)とのデュオ、イトクボの結成などを経て。2008にKalafinaのメンバーとしてメジャー・デビューを果たしました。2019年の解散後は、KEIKOとしてソロ活動をスタートさせ、翌年5月にソロ・デビュー。2023年の『
CUTLERY』までアルバム3枚を発表しています。なお、2025年1月には
Wakana、Hikaruと再結集し、Kalafinaの一夜限りの復活ライヴを行なっています。