元ちとせ 連載 「OrientとOccident―時空を超える歌、時代を超える歌声」 - Chapter.6 元ちとせのヴォーカリストとしての魅力に迫る!
掲載日:2010年9月1日
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 元ちとせ連載「OrientとOccident〜時空を超える歌、時代を超える歌声」も今回が最終回。ここでは、キャリアを振り返りつつ、彼女のヴォーカリストとしての魅力を追究します。彼女の歌の感触、説得力などはどこから生まれるのか……。カヴァー・アルバム『Orient』『Occident』を聴きながら、お楽しみください。
元ちとせの“100年に1人の声”は「ワダツミの木」によって
瞬く間に日本のポップ・シーンにその存在感を示した
「ワダツミの木」
 2002年にリリースされたメジャー・デビュー曲「ワダツミの木」がもたらした衝撃は、この曲を聴いたことのある全ての人々のなかで、いまもはっきりと記憶されているはずだ。

 独特の“コブシ”回し、そこから放たれる懐かしくも不思議な郷愁感、そして、まるで遺伝子そのものに直接触れてくるようなエモーション。その奥深いヴォーカリゼーションとレゲエを軸に持つ現代的なリズム・トラックが一つになったとき、私たちはまったく新しいポップ・ミュージックの誕生を実感したのだ。

 私たちはその後、この女性シンガーのルーツが“奄美の島唄”にあることを知る。幼いころより島唄に親しみ、高校3年生のときに史上最年少で奄美民謡大賞を受賞。98年に歌手デビューを目指して上京、2001年にはシュガーキューブスの「Birthday」、山崎まさよしの「名前のない鳥」といったカヴァー曲を収録したミニ・アルバム『Hajime Chitose』を発表し、高い評価を獲得。そして翌年メジャー・デビューを果たした元ちとせは、瞬く間に日本のポップ・シーンのど真ん中にその存在感を示すことになる。

 その魅力はもちろん、彼女の歌にある。奄美の島唄に根ざした節回し、そして、そこからもたらされる奥深い叙情性は、(ちょっと大げさかもしれないが)古来から脈々と続いていく歴史との繋がり、さらに“自分はひとりではない”という安心感にさえ結びついていたような気がする。だからこそ彼女の歌は、年齢や性別、ジャンルを問わず、幅広い層のリスナーを魅了したのだと思う。
『ハイヌミカゼ』
 元ちとせの歌の普遍性を十分に引き出しつつ、それを“誰もが楽しめるポップス”として成立させたということにおいて、「ワダツミの木」の作詞・作曲を手がけた上田現の存在は非常に大きな意味を持っていた。上田は1stアルバム『ハイヌミカゼ』(2002年)のタイトル曲「ハイヌミカゼ」も担当。彼自身のルーツであるレゲエ〜ダブを軸に置きながら、アジアン・テイストの音像をちりばめ(「ハイヌミカゼ」にはモンゴルに伝わる弦楽器、馬頭琴が使用されている)、さらに“コブシ”をしっかりと活かしたメロディラインを紡ぎ出す。上田のプロデュース・ワークが“シンガー・元ちとせ”のイメージを決定付けたことは間違いない。

 もう1人のキー・パーソンは、アルバム『ハイヌミカゼ』に収録された2ndシングル「君ヲ想フ」の編曲を手がけた間宮工だろう。アイリッシュ、ブルースをはじめ、フォークロア・テイストをバランスよく取り入れた彼の楽曲は、元ちとせのポテンシャルを引き上げながら、その音楽性を広げることに大きな役割を果たしていると思う。
さまざまなトライアルを乗り越え
深みのある表現力を追求してきた元ちとせ
『ノマド・ソウル』
 2003年にはシングル「この街」「千の夜と千の昼」「いつか風になる日」を含む2ndアルバム『ノマド・ソウル』を発表。“遊牧民の魂”という意味のタイトルを持ったこの作品には、上田現、間宮工のほか、岡本定義COIL)、松任谷由実らが楽曲を提供。さらにあがた森魚の「百合コレクション」のカヴァーを収録するなど、ヴォーカリストとしての表現力を飛躍的に伸ばすことに成功している。『ハイヌミカゼ』に続き、本作もチャート1位を記録。同じ年に行なわれた初の全国ツアー<元ちとせ コンサートツアー2003“はじめまして”>でも高い支持を得た彼女は、その評価を確かなものにした。

 2004年に結婚、2005年に長女を出産。プライベートでも大きな経験をした彼女は、シンガーとしてもさらに活動の幅を広げていくことになる。その最初のトライとも言えるのが、2005年8月5日、報道番組「筑紫哲也 NEWS23」において、坂本龍一とともに反戦歌「死んだ女の子」を披露したことだろう。あまりにも哀切で、あまりにもシリアスなメッセージを含んだこの曲を彼女は、広島・原爆ドームの前で、まさに普遍的と呼ぶにふさわしいヴォーカリゼーションによって見事に表現。このパフォーマンスによって、彼女の存在はさらに深みを増していくことになる。
『ハナダイロ』
 また、名曲「語り継ぐこと」を含む3rdアルバム『ハナダイロ』リリースの翌年に実現した、アイルランドの至宝“ザ・チーフタンズ”とのコラボレーションも、彼女のキャリアには欠かせない出来事だった。アイリッシュ・トラッドを正統に引き継ぐチーフタンズの演奏のなかで、奄美の島唄をベースに持つ元ちとせが堂々と“コブシ”を回す。遠く離れた2つの土地から生まれた音楽が1つになったときに生まれる感動。それはまさに、音楽という表現が持つ究極の高みだったと言っても過言ではない。
『カッシーニ』
 彼女が行なってきた新しいトライアルの数々は、4枚目のオリジナル・アルバム『カッシーニ』によって結実する。菅野よう子による「恵みの雨」、常田真太郎スキマスイッチ)がプロデュースした「蛍星」、アナム&マキとのコラボレーションから生まれた「あかこっこ」、ザ・チーフタンズのパディ・モローニ(イーリアン・パイプ、ティン・ホイッスルを演奏)との共演が実現した「虹が生まれる国」、坂本龍一が作・編曲を手がけた「静夜曲」。ジャンルと国境を越えたアーティストたちとの繋がりのなかで生まれたこのアルバムは、“ルーツに根ざしながら、軽々と時空を超えていく”彼女の特性を改めて示すことになった。そして、もっとも心を揺さぶられるのは、上田現の最後のプロデュース作品となったタイトル曲「カッシーニ」(土星に環がある理由)。宇宙的な広がりを持つスケール感と“どうしようもなく好きなあなたの近くにいたい”という思いがしっかりと繋がったこの曲を彼女は、祈りにも似た切実さ?大らかな開放感をたたえながら歌い上げている。それはきっと、元ちとせの一つの頂点と言っていいだろう。

 山崎まさよし、岡本定義によるユニット“さだまさよし”のプロデュースによる「やわらかなサイクル」、“元ちとせ+秦基博”名義で発表された「なごり雪」のカヴァー、そして、カヴァー・アルバム『Orient』『Occident』のリリース。2010年に入っても彼女は、自らの立ち位置をしっかりと維持しながら、精力的な活動を続けている。多くの人々が不安を抱え、帰るべき場所を見失っているように見える現在において、しっかりとしたルーツを持った彼女の歌は、1つの救いのように感じられるだろう。母になり、30代となった元ちとせ。その奥深い歌はきっと、より多くの人に求めれられることになるはずだ。
文/森 朋之
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