川江美奈子連載「時雨月夜ニ君想フ−letters−」 - 特別対談 武部聡志×川江美奈子 [3]音楽を作るための、“衝動”と“目的”
掲載日:2008年11月26日
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特別対談 武部聡志×川江美奈子
[3]音楽を作るための、“衝動”と“目的”


――シングル「ピアノ」のあとにセルフ・カヴァー集『letters』が出るんですけど、これはどんなきっかけで?

武部 「川江美奈子というアーティストを世の中に知ってもらうために、一番効果があるのはどういうものなんだろうって考えたときに、ちょっとでも聴いたことがあるような曲を入れることも大事かもしれないと。それで、作った本人が歌う一番のリアルというものを追求できるように、他のアーティストに提供して世の中に出てる曲をやろうと。一度他のアーティストによって歌われている曲を彼女自身がパフォーマンスをすることで、パフォーマーとして成長できるかなっていう思いが僕にはあった」

――川江さんはどういう捉え方ですか?

川江 「自分のアルバムが自己満足だとしたら、人に曲を書くっていう作業の方がむしろ肩の力が抜けたというか。弾き語りっていうこともファースト・アルバムのときにできなかったことで」

武部 「それまでのCDはピアノを弾いても、歌は後からで。完全に弾きながら歌ってるのを収録したのはこれが初めてです。だからそういう意味で本当に、彼女の一番シンプルな原型で、一番リアリティのある音楽がパックできているかなって」

――そういう意味ではアルバム3枚のなかでは武部さんの貢献度が一番低い?

武部 「低いけど……」

――実は一番高いかもしれない?

武部 「かもしれないですよね。おかげさまで愛聴してくれる方がけっこういるし、評価も高いので、よかったと思います」

――この後、お二人はどういうふうにコラボレーションしていくんでしょうか?

武部 「時期は決まってないけど、新しい曲をどんどん出していきたいと思ってます。ただし、その曲を“どういうテーマにするか?”とか、動機がすごく大事だと思っていて。このあいだも(森山)直太朗と2人で飯を食べながら話していて、“目的のために作る音楽と、衝動で作る音楽と……”っていうところで議論してたんですよ。直太朗はどちらかというと衝動型なんですよ。それで一青(窈)は目的型。それで“彼女はどっちなんだろうな?”と思ったんです。それで、僕は僕で、いまこういうことを世の中に訴えたいっていうテーマとか、いろんなものを持っていて。彼女は彼女でそれがあって。それを擦り合わせてから進めるかもしれないですね」

川江 「私は、衝動型になりたがっていてなれてないタイプだと思う。なれなくて、“目的を持ちなさい”って周りから促されてるって感じですかね。でも、そういう衝動ってそうはないですよ」

武部 「1年の間に、365日衝動的にバーッて書けるってのはないですよ。でもその書ける瞬間をやっぱり作らないと」

――じゃあ、その衝動で作るアルバムはそのまた次?

川江 「(笑)衝動は日々求めてます」

――武部さんは川江さんをシンガー・ソングライターとしてどういうタイプに見られてますか? 逆に川江さんは武部さんをプロデューサーとしてどういうタイプに見られてますか?

武部 「僕は、彼女の場合、ある程度の音楽的な知識もあり、曲を書くということに関してのクオリティも高いし、すごく優等生的な部分があるのをどうにかそうではなくしたいといつも思ってて。優等生のよさもあるんだよ、もちろん。だけど、そうではない、きっといままで僕らにも見せていないものがまだまだあるんじゃないかと思っていて。そこをもう少し掘り下げたいなって思ってるんです」

川江 「武部さんはそういうまだまだ見ていない部分を掘り下げるのが好きなプロデューサーだと思います(笑)。私の作品に限らず、すごく女心を女のように解る人だから……。女性に限らないですけど、その相手の人の心の奥まで知った上で作品を作ろうとする。それでこそきっと開ける扉があるっていつも思っていらっしゃるのかも。なおかつその音楽的な部分では、遠回りをせずに一番いいものを選ぶことができるめずらしい存在です。日本の宝!」

武部 「(笑)褒めすぎだよ。僕自身が自分のサウンドを前面に出してプロデュース・ワークするタイプではないじゃないですか? 例えば小林武史くんとかは、自分の曲を書いてサウンドとかも含めてすごく前面に出す。ベースの亀ちゃん(亀田誠治)もそうだよね? 僕は、アーティストの本質的なものとか、言葉とか、感じてることとか、それをどう出せるかっていうところを一番に置いていて。違う人がやったほうが合うって思えば、アレンジは誰それにやってもらおうって提案することもあるし」

――カメラマンぽいですよね?

川江 「うん。乗せるのは上手だと思いますけど、私にはすごい厳しい。本当は褒められて伸びるタイプなんですけど、叩いて伸ばそうみたいな感じ(笑)」

――最後に武部さんにお聞きします。いまの音楽業界のなかで、今後はどのようにプロデュースしていこうと思ってますか?

武部 「伝え方、届け方みたいなものが、1つのフォーマットではなくなってきたじゃないですか? それこそアーティストがダイレクトに発信することだって可能なわけだし。ただ、一人でできないことをどれだけ人の力を巻き込んで作っていけるかが必要だと思うんですよね。そういう意味で、彼女が実際にその場でプレイして歌うことで伝えていきたい。いまは、ダウンロードとか、着うたとかですごく手軽に音楽が消費されてる。歌詞カードを読みながら、一所懸命に音を聴いて。そういう聴き方を取り戻すためには、どこでも行ってライヴができる。そのぐらい思い切って人の前に出て伝えていくことをやっていきたいなって思います」

――すごくいい関係に見えますけど、これからもいい作品を作っていってください。ありがとうございました。


取材/藤本国彦
構成/清水 隆(2008年10月)


【Column】
川江美奈子&武部聡志が選ぶ“お気に入りの川江美奈子作品”


――川江さんの楽曲でお気に入りの曲を1曲だけ挙げるとしたらどの曲ですか?

川江 
「私は〈恋〉が好きです。いま聴いても、自分らしさが集約されてると思えるのと、衝動で書いた曲だからかな」
※「恋」=Lyricoに提供し、後に自身の1stアルバム『時の自画像』に収録された名バラード。

武部 
「僕は〈relationship〉です。これは本当に“いいね”って素直に言えた曲だし。いろんなものが詰まってると思うんですよ。テーマにした“絆”っていうのも、いろんな人間関係とか、友達とか、恋人とか、いろんなリスナーと共有できる何かが詰まっていると思って。そういう意味での自信作」
※「relationship」=2ndアルバム『この星の鼓動』に収録。希望に満ちた高揚感のあるサウンドと歌が楽しめるナンバー。


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