川江美奈子連載「時雨月夜ニ君想フ−letters−」 - 特別対談 武部聡志×川江美奈子 [1]プロデューサー武部聡志との出会いと、処女作の制作秘話
掲載日:2008年11月26日
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 “シンガー・ソングライター、川江美奈子”にとって、欠かせない人物でもあるプロデューサーの武部聡志。ソロ・デビューから4年間、1stアルバム『時の自画像』、2ndアルバム『この星の鼓動』、セルフ・カヴァー・アルバム『letters』とアルバム3枚を制作してきた二人に、いままでの活動を振り返ってもらった。
特別対談 武部聡志×川江美奈子
[1]プロデューサー武部聡志との出会いと、処女作の制作秘話




――まず、2人が出会ったときはどんなシチュエーションだったんですか?

武部 「出会いは、松本英子ちゃんのアルバムをプロデュースしたときに、彼女から“すごくいい曲を書く人がいるんだけど”ってデモ・テープをもらいました。それで、その中の曲をレコーディングすることになり。作った人にコーラスをやってもらおうって話になって、レコーディング・スタジオに呼んでコーラスをやってもらって、それが出会いですね。そのときのデモ・テープにかなり完成度の高いコーラスが入っていたんですよ。もう、そのままでいい感じだったんです。それでレコーディング・スタジオに入って彼女のコーラスを録るときも一応、ラインを一拍ずつ確認をしながら“これでいい? これでいい?”みたいな。その正確さというか、速さに僕は感動して……」

川江 「武部さんに気圧された感じですよ、あれは(笑)。あんな大きなスタジオの経験はなかったし、もうすごい内心はビビってたんです。着くなり武部さんがばーっと五線紙に和音を書き出して。“はい、やって!”みたいな感じで」

武部 「僕がやるようなスタジオ・ワークのスピードにたしかに付いてこれたし。それでいて僕らが許せるクオリティをちゃんと満たしていたんですよ」

――1stシングル「願い唄」、アルバム『時の自画像』の制作までにいくのはどういう流れでした?

武部 「彼女の作品が5、6曲入ったデモ・テープを聴かせてもらって。その中に何曲かすごくいい曲があって。でも聴いた段階ですぐ僕がプロデュースしようとか、これを世に送り出したいとは思わなかったんです。その頃、僕がプロデュースしてたアーティストとの話のなかでソングライターとして推薦したんですけど、それが忘れもしない中森明菜さんのとき。そのときに、“こういうタイプの曲が欲しい”っていうオーダーを出したのを、すごく的確に掴んでくれたんです。サンプルとなる曲があってね。“この曲みたいなムードの曲を作りたい”っていうオーダーをしたら、普通はそっくりになるんですけど、すごくいい具合に曲の匂いだけを抽出して、彼女のオリジナリティも入ってるいい曲を書いてきたんです。なんて曲だったっけ?」

川江 「たしかジャニス・イアンの……」

――マイナー調のですか?

武部 「マイナー調」

――「ラヴ・イズ・ブラインド」?

川江 「そうそう! それです!」

武部 「そのとき“イメージの捉え方が優れてるな”って思って。それで、レコーディングのときに明菜さんが歌う前に、彼女に仮歌を歌ってもらって」

川江 「緊張した〜」

武部 「初めて彼女の作詞、作曲した曲をレコーディングスタジオでちゃんと録ってみて……」

川江 「まさか、テストだったわけじゃないですよね?(笑)」

武部 「いや、テストだよ(笑)。仮歌を歌ってもらって、そこで“あ、やろう”って思ったんですよ。そのときの印象として、低い声がすごい魅力的だった。普通、女性ヴォーカルを聴くときってだいたい僕は声質を大事に聴くんですけど、透明感がすごくあるエアリーな声でもないし、かといって太い声でもないし、いい感じの低音の響きがあって」



――それを聴いてアルバムを作るって話になったときはどういう気分でした?

武部 「アルバム作るっていうのはまだ後で……“こういう曲を書いてみよう”とか、“もっとこういうタイプの曲書いてみて”って、まずは作品を溜め込んでいきました」

――期間はどのくらい?

武部 「2年ぐらいです」

川江 「そうですね。なんかちょっと“いいな”っていう曲が出来れば出来るほど、“せっかく曲がいいから、君が歌うよりやっぱり誰かが歌った方がいいんじゃないかな、プレゼンしてみようか”とおっしゃられ(笑)……、しばらくして、“そろそろ自分のために曲を書いてみようか”と言われたとき、書き始めるとけっこうそれが私には難しくて。やっぱり誰かをイメージしながら書くのが性に合っていたというか……」

武部 「ただ、そのころ作ってた曲って、何年か後にアルバムの中に入って、すごくお客さんが評価してくれた曲もあるし。〈最終電車〉とかそうだよね?」

川江 「そうですね。自分のために書く曲って本当に私小説みたいになる傾向があります」

――ご自身の作品を制作をしていたときは、楽しかったですか?

川江 「そうですね。いろいろ目新しかったです。直接お会いしたのは英子ちゃんに紹介されてからですが、小学生の時から武部さんがプロデュースした作品を好きで聴いていたので、自然に信頼したんだと思うんですけど」

――曲が溜ってレコーディングに入って、どんどんアレンジされて、という作業のなかではどんなやりとりを?

武部 「他のアーティストの場合、サウンド・メイクを僕が全部するっていうことが基本にあるんですけど。彼女をプロデュースするにあたっては、なるべく最初のかたちを大切にしたいなって。それは最初からいままで変わらない考え方です。いままで作ってきた他の作品と比べても、とにかく歌詞を大事にしようと思ってましたね。いままではどうしてもね、自分がミュージシャンだからサウンドに比重を置いちゃう部分があったんだけど、彼女と知り合うことによってかなり詞に比重を置く作り方になりました。自分自身がそこでけっこう変わりましたよね」

川江 「武部さんは、他の方の作品を作ってるとき、だいたいがいろいろ打ち込んだりして準備してるのに、私のときはとくに大きな準備もなく本番のレコーディングになるので(笑)。録り方も、生のバンドで一発みたいな。いつも生々しい綺麗な音にしていただいてます」

武部 「一番最初のデモ・テープの中に入ってた〈ずっとはるかあなたと〉は、やっぱり名曲だと思うし。あれを無理にアレンジして、オーケストレーションとかを加えるよりはデモ・テープのまま出した方が伝わると。彼女が作る曲ってわりとそういうタイプの曲が多い。イントロとか、例えばちょっとしたピアノのフレーズとかも必然性があるし、そのメロディはちゃんとした導入になってるから、そこで別のフレーズを僕が付け加える必要もなく」

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