僕の昭和少年時代(絵と文 / 牧野良幸) 第9回 運動神経が鈍くても“巨人・大鵬・卵焼き”

2019/06/25掲載
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第9回 運動神経が鈍くても“巨人・大鵬・卵焼き”
絵と文/牧野良幸
“巨人・大鵬・卵焼き”
今回は男の子の思い出の定番である野球の話である。ただ僕は運動神経が鈍かったので、草野球の思い出はほとんどない。それでもプロ野球を見るのは好きだった。今回はそんな数少ない野球にまつわる話を書いてみたい。
昭和30年代から40年代にかけて、“巨人・大鵬・卵焼き”という言葉があったくらい、子どもの好きなものは決まっていた。相撲ならいつも優勝している大鵬。食べ物ならいつもおいしい卵焼き。そして野球ならいつもテレビに出ていて強い巨人というわけだ。
僕が暮らしていたのは愛知県の岡崎市であるが、岡崎の小学生でさえ応援するのは地元の中日ドラゴンズではなく巨人だった。当時は愛知県でも野球中継は巨人戦だけが放送されていた。ドラゴンズ戦が放送されるのは巨人と戦う時だけ。例えるなら、巨人というヒーローが違う敵(他の5チーム)と戦うドラマのようなもの。これでは岡崎の子どもたちが巨人ファンになっても不思議はないだろう。
加えて巨人には長嶋、王といったスーパースターがいたからなおさらだ。投手では金田や堀内という人気者もいた。岡崎の子どもでも、
「おー(王)、カネだ(金田)、拾おうか?(広岡)」
というギャグがはやったくらいだから、巨人の人気は絶大だったのである。
野球少年ではなかった僕も巨人ファンだった。長嶋と王が好きで、王の一本足打法の写真が縫い付けられたパジャマを買ってもらった時は、とてもうれしかった。長嶋のパジャマはたぶん兄貴が取ったに違いない。
このパジャマを着て得意だった自分を今も思い出す。あの時代、夏には蚊帳をつって寝たものであるが、パジャマを着た僕は母親が蚊帳をつっている間も、手伝わないで一本足打法のマネをしていたことだろう。それともピンポン球を蚊帳の上に投げ入れて遊んでいたかもしれない。
夏は今ほど暑くなく、窓を開けておけば心地よく寝ることができた。蚊が入ってきても蚊帳をつって寝るか、蚊取り線香をつけておけばよかったのだ。ちなみに我が家の蚊取り線香を入れる器は、なぜか定番の豚の形ではなく河童の形だった。やはり風情のある豚の器が欲しかったなあ、とオヤジじみたことを、ずっと思っていたものだが……。
話がそれた。野球に話を戻そう。
ドラゴンズのホームグラウンド、中日球場に巨人を応援しに行く
小学生の頃、一度だけ名古屋にある中日球場(当時)に連れて行ってもらったことがあった。野球が好きだった兄貴がおかあちゃんにせがんだからだと思う。弟の僕は、兄貴にくっ付いて行ったのだった。
中日球場は言うまでもなく中日ドラゴンズのホームグラウンドである。それでも僕たちは巨人を応援するために三塁側の席を買うように、おかあちゃんに強く言ったものである。
「絶対、三塁側の席にせんといかんよ。長嶋を見たいから内野席にして!」と僕たち。
「わかっとるわ。うるさいなあ」とおかあちゃん。
ほんと“巨人・大鵬・卵焼き”だったなあと思う。
試合はナイターで、実際に見る野球場は芝生がとても奇麗だった。しかしそれ以上に、三塁を守る長嶋を目の前で見ることができた感激のほうが大きかった。
「あそこにいるのが本物の長嶋だ。顔までは見えないけど」
この時はたぶん巨人が勝ち、王もホームランを打ったと思う。僕たちは満足感を味わって、名鉄電車で岡崎まで帰ったのだった。
阪神×巨人戦の大乱闘をテレビで観る
このように僕自身は野球をやらなかったけれど、プロ野球選手への憧れはそれなりに持っていたと思う。それだけに、生臭い選手同士の乱闘を初めて見たときは衝撃的だった。それは僕が小学五年生の時。1968年(昭和43年)の9月の夜だった。
この頃、僕が育った家屋は取り壊され、新しい家を建築中だった。
僕と兄、両親が一時的に移ったのは、同じ場所にあるもう一つの家屋で、下が石材を加工する工場、二階が祖父と祖母と住み込みの職人さんが住んでいた建物だった。今思うと4つしかない部屋に、家財を移してよく全員が住めたと思う。
その夜、兄貴とおじいさんがテレビで野球中継を見ていた。もちろん放送されているのは巨人戦で、今夜の相手は阪神だった。僕は隣の部屋で多分ブラモデルでも作っていたと思うのだが、テレビの音だけは耳に入っていた。
気づくと、その野球中継が騒々しくなっていたのである。試合をしていないのはあきらかだった。アナウンサーの言っていることを聞くと、どうも争い事をしているらしい。尋常でない事態が生放送されている。そんな緊迫感が隣の部屋いる僕にもひしひしと伝わった。とうとう僕も、無言でテレビを見つめる兄貴とおじいさんのところに行って一緒にテレビを見た。
それが9月18日に起きた阪神×巨人戦の乱闘事件だった。阪神のバッキー投手が王選手にデッドボールを与えたことから大乱闘となった事件である。ブラウン管の中では、いつもなら見事なカーブを投げたり、気持ちの良い三遊間のヒットを打つはずの野球選手が、集団で大ゲンカをしていた。
これが僕が初めて見た野球の乱闘シーンだ。大人になるにつれ乱闘シーンも慣れっこになったけれど、この時は、むき出しになった人間同士の争いを見て怖いものを感じた。のちに『巨人の星』のテレビ放送でこの事件をストーリーの中に取り入れていたのも印象深い。
これらが僕の小学生時代の野球の思い出であるが、最後にこれだけは書いておきたい。
巨人のことばかり書いたが、ほとんどの子どもが成長するにつれ、中日ドラゴンズのファンになるのである(兄貴もそう)。一定の年齢になるとアイデンティティが芽生え、地元意識に目覚めるのだろう。強い巨人より、弱いドラゴンズを応援する方が反体制的で、ちょっぴり大人びて見えた年頃でもある(巨人ファンをつらぬく級友もいたが)。
そういえば相撲のほうでも、大鵬とかわるように地元愛知県出身の玉の海が横綱となって人気になった。子どもの一番好きな食べ物も、世の中が豊かになり、また食文化の西洋化もあってハンバーグになった気がする。こうして“巨人・大鵬・卵焼き”という、みんなが同じものを好きだった時代が終わったのだった。
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