リサーチ

8月5日誕生!~ユーロビートを牽引したデッド・オア・アライヴのリーダー ピート・バーンズ

2026/08/05掲載
8月に生まれた海外アーティストをおしえてください!
 1980年に結成したイギリス・リヴァプール出身のバンド、デッド・オア・アライヴのヴォーカルとして世界的な人気を博したピート・バーンズは、8月5日がバースデー。

 バーンズは、70年代後半にパンク・バンドのミステリー・ガールズとして1度だけライヴを行なった後、新たにレインボウズ・オーヴァー・ナガサキなるゴシックロック / ポストパンク・バンドを結成。のちにナイトメアズ・イン・ワックスへ改名し、EPをリリースしました。1980年のメンバーチェンジの際に再び改名し、デッド・オア・アライヴを名乗るようになります。

 当初はメインストリームでの華々しい活躍までにはいたりませんでしたが、1984年にデビュー・アルバム『ソフィスティケイティド・ブーム・ブーム』(邦題『美醜の館』)に収録されたKC・アンド・ザ・サンシャイン・バンドのカヴァー「ザッツ・ザ・ウェイ(アイ・ライク・イット)」がバンド初の全英シングルチャートのトップ40入りを果たすと、バーンズの中性的で奇抜なルックスがカルチャー・クラブのボーイ・ジョージあたりとともに話題に上るようになり、メディアでも注目され始めました。

 1985年に当時まだ新鋭だったプロデュースチーム“ストック・エイトキン・ウォーターマン”(SAW)がプロデュースした2ndアルバム『ユースクエイク』をリリースすると、全英9位とヒット。同アルバムに収録されたシングル「ユー・スピン・ミー・ラウンド」はリリース直後数ヵ月はトップ40圏外だったものの、のちにバンドにとって唯一の全英シングルチャート1位楽曲となりました。同楽曲の影響は大きく、1996年、1997年、2003年にはリミックス・ヴァージョンとしてシングルカットされ、2006年にはバーンズのTV番組出演後に全英5位とリヴァイヴァルヒットを果たしています。

 以降も「ラヴァー・カムバック・トゥ・ミー」「イン・トゥー・ディープ」「マイ・ハート・ゴーズ・バング」などのシングルカット曲が全英チャート上位にランクイン。1986年の3rdアルバム『マッド、バッド・アンド・デンジャラス・トゥ・ノウ』(邦題『ブランド・ニュー・ラヴァー』)からは、リード・シングルの「ブランド・ニュー・ラヴァー」が全米15位、全米ダンスチャート1位とアメリカでの成功を収め、「サムシング・イン・マイ・ハウス」も全英12位、全米ダンスチャート3位を記録しました。ストック・エイトキン・ウォーターマンが手掛けた2枚のアルバムでコマーシャル・ダンスポップのメインストリームに立ち、デッド・オア・アライヴはイギリスをはじめ、世界で輝かしい成功を収めていきます。日本ではマイケル・ジャクソンが公演日が重ならないように日程を移し、アメリカではプリンスとダンスチャートで鎬を削り、マドンナからのツアーサポートのオファーを断っていた……という一例を挙げれば、当時のデッド・オア・アライヴの活躍ぶりがわかるのではないでしょうか。

 1988年には「アンド・カウント・2・テン」(アルバム『ヌード』収録)をリリース。イギリスでは70位と振るいませんでしたが、全米ダンスチャート2位、日本の洋楽チャートにおいては通算17週連続1位を記録し、80年代を代表するユーロビート / ディスコ・ナンバーのひとつとしてブームを巻き起こしました。

 世界的なバンドのリーダーという存在の一方で、バーンズは幾度となく整形を繰り返し、整形もバーンズの代名詞となっていました。「ユー・スピン・ミー・ラウンド」リリース直前頃から始まった形成外科手術は、完璧なルックスを手に入れたいという思いがエスカレートして300回以上に及び、顔が変形して闘病生活も余儀なくされるほどに。精神的な苦痛によりオーバードーズも行なうなど、生命の危機にも陥りました。

 治療費捻出のために、豪邸や楽曲の著作権を売り払い、稼いだほとんどの金を使い果たし、絶望の闇に立たされますが、再生手術を担当したイタリア人執刀医に「あなたにはまだ音楽が残っている」という言葉に力を受け、活動再開を決意したバーンズ。整形と破産からの復活までをテーマにしたリアリティ番組に出演すると、視聴者の人気を得て、タレントとして復活。2007年に同姓のパートナーとシビル・ユニオン(法的に承認されたパートナーシップ関係)を結び、挙式をした際には、ウェディングドレスとして日本の着物姿をまとったことも話題となりました。

 しかしながら、健康問題や経済的な問題で非常に苦労し、2016年10月23日に心臓発作により57歳で急死しました。生前は破産宣告を受けるなど経済的に困窮していたため、バーンズの夫やバーンズの元妻が葬儀費用を支払えず悩んでおり、ファンが葬儀代をカンパなどで集めていたところ、同じ時代を駆け抜けてきたスターで友人のボーイ・ジョージが葬儀代の全額支払いを申し出たという一報は、バーンズとジョージの良き関係性を知る一報となりました。

 デッド・オア・アライヴの楽曲は、初のコンプリート・ベスト『エヴォリューション~グレイテスト・ヒッツ』(写真)などで聴くことができます。2020年代に入っても「トゥナイト…」や「トータル・ストレンジャー」のリミックスなどが配信リリースされており、根強い人気を保ち続けています。
最新リサーチ
※ 掲載情報に間違い、不足がございますか?
└ 間違い、不足等がございましたら、こちらからお知らせください。
※ 当サイトに掲載している記事や情報はご提供可能です。
└ ニュースやレビュー等の記事、あるいはCD・DVD等のカタログ情報、いずれもご提供可能です。
   詳しくはこちらをご覧ください。