1962(昭和37)年に行なわれた夏の甲子園、第44回全国高等学校野球選手権大会において北関東代表の作新学院(栃木)が優勝。同年春の選抜大会でも優勝していた作新学院が、8月19日に史上初となる“春夏連覇”を達成しました。
春の選抜大会では、のちに早稲田大学から東京オリオンズ~ロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)で活躍し、ロッテはじめプロ野球球団の監督・コーチを歴任した八木沢荘六を中心に優勝を果たしましたが、夏の大会直前に八木沢が赤痢にかかり、急遽エース・八木沢の控え投手だった加藤斌(たけし)を主戦投手として戦うことになります。
1回戦では、東北代表で初出場の気仙沼(宮城)に延長11回の2対1と苦戦しましたが、2回戦は神奈川代表の慶應に7対0、準々決勝は三岐代表の岐阜商(県岐阜商)に9対2、準決勝はともにプロに進んだ林俊宏、
木俣達彦のバッテリーを要する愛知代表の中京商(現・中京大学附属中京高等学校)に2対0と勝ち進み、決勝では福岡代表の久留米商を1対0と完封し、作新学院が史上初の甲子園春夏連覇を成し遂げました。
八木沢に代わって奮闘し、甲子園優勝投手となった加藤は、プロからの獲得争奪戦の末、中日ドラゴンズに入団。1年目から一軍で登板して初勝利を挙げ、2年目には完封勝利も達成しましたが、そのシーズンオフでの事故により、20歳の若さで早逝。将来を有望視されていた矢先の出来事でした。
以降も作新学院硬式野球部は多くの著名選手を輩出。1973(昭和48)年の第45回選抜高等学校野球大会で大会記録となる60奪三振を記録し、法政大学や読売ジャイアンツでエースとして活躍した“怪物”
江川卓をはじめ、日本大学時代にワールドカップ日本代表にも選出され、中日ドラゴンズへ進んだ
落合英二、怪我で大学を離れた後、クラブチームからプロへ進み、2011(平成23)年にパリーグ新記録となる外野手のシーズン連続守備機会無失策記録(359)を達成した千葉ロッテマリーンズの俊足堅守の外野手・岡田幸文(よしふみ)、2016(平成28)年の第98回全国高等学校野球選手権大会で夏の甲子園2回目の優勝の原動力となった、埼玉西武ライオンズを経て米大リーグのヒューストン・アストロズに所属している
今井達也と明治大学から横浜DeNAベイスターズへ入団した入江大生(たいせい)の両投手など、20名超をプロへ送り出しています。
なお、甲子園の“春夏連覇”は、作新学院や前述の中京商(愛知)のほか、名将・尾藤監督率いる公立校の箕島(和歌山)、プロでもスターとなった
立浪和義、
片岡篤史ら擁したPL学園(大阪)、“平成の怪物”こと
松坂大輔が躍動した横浜(神奈川)、“琉球トルネード”左腕・島袋洋奨(ようすけ)が注目された興南(沖縄)、初戦で花巻東・
大谷翔平との対決を制したエース・
藤浪晋太郎らの活躍で圧倒的な力を見せつけた大阪桐蔭(大阪)と、計7校が記録しています。
(写真は、2018年7月リリースの阿久悠の朗読集「
甲子園の詩~敗れざる君たちへ』」