川江美奈子連載 「春待月夜ニ君想フ〜LIFE375」 - Chapter.2 同年代対談 川江美奈子×重住ひろこ(SMOOTH ACE)/Special Essay “機
掲載日:2009年11月11日
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【Chapter.2】
同年代対談
川江美奈子×重住ひろこ(SMOOTH ACE)
 川江美奈子連載「春待月夜ニ君想フ〜LIFE375」の第2回目は、川江美奈子さんと学生時代から親交があるSMOOTH ACEの重住ひろこさんを迎えての同年代対談! 大学時代に、ゴスペラーズらも在籍した早稲田大学のア・カペラ・サークルで知り合ったお2人は、そこで音楽の楽しさを知り、その後はそれぞれの道でプロの世界に入っていきました。重住さんは、SMOOTH ACEでの活動を中心にソロ・アーティストとしても活躍。気心知れた同年代のミュージシャン同士ということで、とても深いお話しとなりました。
早稲田大学のア・カペラ・サークル
“Street Corner Symphony”での出会い
――1991年頃だと思いますが、早稲田大学のア・カペラ・サークル“Street Corner Symphony”で出会った時の状況はどうだったんですか?
川江美奈子(以下、川江) 「私がサークルに先に入っていて……。その頃、“サークルを拡大しよう”みたいなことで部員の勧誘に力を入れていた時期だったんですよ。私も早稲田じゃなかったし、“いろんな学校の学生さんも社会人の方も自由に来れるように”って広めてたんですけど。シゲちゃんはどうやって?」
重住ひろこ(以下、重住) 「私は、大学2年生になってからどうしても歌が歌いたくなって、ア・カペラ・サークルを探してたの。もともとハーモニーは好きだったんだけど。それで、自分の音大で探したら、オペラのア・カペラはあるけどって言われて。ポップスがいいんだけどって言ったら、“うちの大学にはないけど、早稲田に行けば1,000くらいサークルがある”って聞いて」
川江 「じゃあ、自分から動いたって感じなんだね」
重住 「それで、行ってみたときにちょうど、川江ちゃんがいたグループが歌ってたんですよ、ジプシーズっていう。それを見てサークルに入ろうって決めたんです」
川江 「そうそう。ジプシーズっていうグループが力を入れて活動をしてたんです。ゴスペラーズとかもジプシーズを観てっていう感じがあって。私も大学に入ったら音楽をやりたいって思ってたんだけど、そのときの部長に“ア・カペラって知ってる?”って誘われて」
重住 「その頃は、川江ちゃんは先輩だと思ってた」
川江 「偉そうだったからね(笑)」
重住 「なんか貫禄があってね。若いのに落ち着いてて」
川江 「自分ではすごく内気だったつもりなのに、当時の人によく言われるんだよね。“貫禄が”とか“女王ぶりが”とか(笑)。ぜんぜんそんなつもりはなかったんだけど」
重住 「当時、企画グループを組んで一緒に歌ってたでしょ? 私としてはこんな新参者が錚々たる先輩方のところにお邪魔させてもらっていてドキドキだったんだけど、川江ちゃんが優しくしてくれて。“タメだよね?”って感じで。それで池袋に一緒に衣装を観に行ったの覚えてる?」
川江 「そうだね。シゲちゃんとやったグループでは、結構マニアックな曲をやったよね。ブラジルっぽい歌とかやったり。とにかく、みんなそれぞれ自分の好きな音楽をア・カペラにアレンジして歌うみたいなサークルだったので、いろいろなジャンルに溢れていて」
――そんななかでも、印象深いと思うエピソードはありますか?
川江 「とにかく、ア・カペラ好きな人たちって本当にハモることが好きで。自分たちが楽しくて、あまり周りが見えてなかったというかね。公園に行っても、居酒屋に行っても飲まずに歌ってるみたいなね? 学園祭だったり、ストリート・ライヴだったり、何か目標を立てて、黙々と練習してたね」
重住 「すごい頑張ってた。でもやっぱり、本格的に歌った最初の扉だったから、体を本気で慣らすってことの快感が強くて、それが周りから見たらどうかっていう客観性とかはあんまりなく。声出して、ハモって気持ちいいみたいなことで1日が過ぎるみたいな感じだったよね。やっぱり学園祭とかあると、たくさんのグループを掛け持ちでやってたからね。川江ちゃんなんて凄かったんじゃないの? 5グループくらい?」
川江 「そうそう。元気だったね」
――その頃って、音楽は何を聴いてました?
重住 「あの頃はア・カペラばっかり聴いてた」
川江 「テイク6とかマンハッタン・トランスファーとかを。今みたいにコーラスの譜面とか売ってないから、好きな音楽は耳コピすることから始まるっていう」
重住 「ちょうどボーイズIIメンが日本でも売れて、ポップスというかR&Bをポップにやるっていう流れが来てた時期だったよね。それまではコーラスって難しいものっていうイメージがあったのが、ポップになりつつあって。私も川江ちゃんも両方やってたタイプだよね? 難しいヴォイシングのものも好きだし、メロディアスで楽しいものも好きだし」
川江 「うん。でも、まだオリジナルを書くにはどうしたらいいかわからないっていうのが当時はなかった?」
重住 「川江ちゃんは先駆者だったよね。私はオリジナル書くって発想が当時はなかったから」
川江 「私もその頃はオリジナルを書いてなかったけど、もともと自分の言葉でいつか歌いたいっていうのがあったりして。いざグループでメッセージを発信するときにテーマを何にするかってことを悩んだ」
重住 「たぶん先を行ってたんだよ。私がオリジナルを書き始めたのって大学卒業してくらいだし。曲を書こうって思ったのも、必要に迫られてだったから。でも、書いてみたら好きだった。SMOOTH ACEの前身グループ、モモクロビックの頃。でもさ、カヴァーするときの楽しさと、オリジナルを歌うときの喜びって違うでしょう? オリジナルは自分が表現したいことを形にして。学生時代の私たちの場合は表現したいことをハーモニーで届ける喜びを知らずに、どうカヴァーするかっていう楽しさでやってたのよ。それで、いろんな壁がありつつも、言葉や気持ちを届けたいってずっとやってきて……。今、改めて思うんだけど、そういうことをサークル出身者の中で、同じ気持ちで話せるって初めてだね」
川江 「年月を経て……。こう言うと失礼かもしれないんだけど、なにかが似てるなって思うところもあって。もちろんハモるのは好きなんだけど、自分としてみたいな部分というか……」
重住 「川江ちゃんがグループに居たときに、“男女混声で歌うとき、どの人の気持ちで詞を書いていいか迷った”って言われたときにすごい嬉しかったの覚えてる。そういうことを悩んでる人って音楽に対して真摯だと思ったから。川江ちゃんが先日、SMOOTH ACEのライヴを観てくれて、感想を長いメールでくれたんですね。私たちが一番大事にしてずっと続けてきたことをズバリ言い当てて、そこを褒めてくれたから涙が出て! メンバーの岡やん(岡村玄)もすごい喜んでて。“繊細な感情も言葉のニュアンスも、ストーリーも声が重なることでもっと強く伝わってきて泣いちゃった”って書いてあったんですよ」
川江 「私はグループを離れたわけですけど、こうだからこれは続けられないって思った要因っていうのがそのときはあって。それが10何年と経って、SMOOTHのライヴを観た時に見事に打ち破られたというか。コーラス・グループで、声を合わせて歌っているのに、一人の主人公の気持ちっていうのが強く伝わってきて。私はそれって叶わないと思ってたけど、あぁ間違ってたんだ!って」
重住 「川江ちゃんとは、共通項が絶対あるんだと思う。同時代を生きてきていて、TVから流れてくる良質の歌謡曲とかポップス、シティ・ポップスみたいなものを聴いてて、そのなかの引っ掛かるアンテナっていうのが似てる気がするの。だから捌け口は違えど、私もこう書きたいという曲があったりするんですよ」
川江 「シゲちゃんの書くメロディって大好きなんですけど。私だったら“ド”って戻って収まっちゃうみたいなところも、プラスαのような余韻があったり。こう書きたいけど、私にはこう書けないってところを持ってるんですよ。なんだけどね、その違いがあるなかに、たまにすごく似たメロディがあって、本当に偶然なんだけれど……“あ、好きなものが似てるのかも!”って思うんです。でも、シゲちゃんにしかない味ってあるよねぇ。岡村さんというすごくいい詞を書く人がいるっていうのも羨ましいし。SMOOTH ACEはすごいいい関係なんだろうなって。奇跡のような」
――重住さんは、SMOOTH ACEの活動を振り返ってみると、改めて思うことはありますか?
重住 「事務所に所属していた頃は、コンセプトありき、締め切りありきっていうことをずっとやってきて、自分に合っているかということは置いといて、やるしかない時代だったの。でも、それは私にとって必要な時代で。とにかくガムシャラにやれるところまでやってみるって時代を経たあと、ふと、なにが大事だっけって思ったときに、ちょっと立ち止まる必要があるなって思って。一度、生活の中から出てくる音楽に耳を傾けてみようって気持ちになって。キッチンを自分の使いやすいようにしたり、人に会ったり、生活の一つ一つを大事にして。そんなことをするなかで出てきたものを曲にしたと思ったの。私がまず曲を書いて、岡やんが詞を書くんです。でも、岡やんはある程度の縛りがないと書けないんですって。だから、その曲を作ったときの想いとか言葉を断片的に伝えて」
川江 「メロディを書くときって、シゲちゃんなりの詞の世界というか、イメージってあるの?」
重住 「すごいある」
川江 「へぇ!じゃあ、曲だけの段階で、すでにその世界が見えてるんだね」
――川江さんは詞が先ですか?
川江 「もともとが詞が先だったんですよ。曲が先に完璧にあるっていうのはまずないです。最近は同時みたいな感じが多いかな。歌詞を書きながら、メロディも考えるという」
――そもそも、お2人の音楽のルーツは?
川江 「私たちが若い頃って、歌謡曲っていうものが本当に上質だったでしょう? 曲が素晴らしかったんですよね。たとえば、アイドルの人のレコードを借りてきても、B面の曲がよく出来ていたり。松本隆さんの詞とかね。そういうのを幼心に受けた世代で」
重住 「『ベストテン』とかのTVでもたくさん流れてたり……」
川江 「自分で選んで聴き始める年頃になって、私はユーミンかな。シゲちゃんは?」
重住 「私は兄がいて。大貫妙子さんを聴いてて。そこから山下達郎さんや大瀧詠一さんに流れて。でも、隣の子がマイケル・ジャクソンとかマドンナとかをよく聴いていて、私は当時、英語の曲がまったくわからなくてね」
川江 「『ベストヒットUSA』とかあったね。洋楽の時代でもあったけどもね。でも、サウンド的に流し聴きをしてるんだけど、やっぱり何を言ってるか知りたいっていうのがあって。洋楽はカーペンターズとかビリー・ジョエルとか、歌詞を見ながら一緒に歌うみたいなことをしてたけど。でも、やっぱり日本語の機微みたいなものにこだわりがあったのでニューミュージックは好きでしたね」
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