

レッド・ホット・チリ・ペッパーズのギタリスト、ジョン・フルシアンテが米国ニューヨークで生まれる。その後、カリフォルニアで育った彼は、ギターをプレイし始めるとともに高校をドロップ・アウト。ミュージシャンとしての道を歩む。フランク・ザッパやファンカデリックなど、一筋縄では行かないアーティストを好む彼の嗜好は、そのギター・プレイや1年で6作のソロ・アルバム連続リリース(2004年)などの活動振りにも表れていると言えるだろう。
ヘヴィ・メタル界の帝王、オジー・オズボーン一家の私生活を24時間追い続け、その様子を放送するというリアリティ番組の先駆け『オズボーンズ』が米国で放送開始。そのハチャメチャな生活ぶりと、子ども(特に次女のケリー)に振り回されるオジーの姿、夫人であるシャロンの恐妻ぶりなどなど、ただの日常にもかかわらず抱腹絶倒のエピソードが続出し、番組は高視聴率を記録。シリーズ化もされ、一家はセレブとも言える人気者になった。
スパイダースなどでの活動で知られるギタリスト、井上堯之が兵庫県に生まれる。ミュージシャンになる前の職業は板前だったとか。スパイダース、PYGを経て自身の井上堯之バンドを結成。その後は数々の映画やドラマ、舞台などの音楽を担当し、作曲家としての地位も確かなものとした。『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』『寺内貫太郎一家』など、誰もが耳にしたことのある名曲を生み出した巨匠である。俳優としても評価を得るなど、多才なことでも知られる。
日本を代表するロックンロール・バンド、RCサクセションが「宝くじは買わない」でデビュー。歌詞中の“400万が当たっても”は、当時の1等の金額であるが、ライヴなどではこれを現在の金額に言い換えて歌っているとか。バンド名の由来は前身バンドTHE Remainders of the Cloverの頭文字から。“ある日バンドを作成しよう”という俗説もあり。また、2001年の3月10日には忌野清志郎のライヴ・ツアー・ドキュメンタリー映画『不確かなメロディー』も公開された。


1959年3月5日、漫画家の北条司が福岡県で生まれる。大学在学中の79年に『スペースエンジェル』で第18回手塚賞に準入選。翌80年に『おれは男だ!』でデビューを飾る。連載デビューは『キャッツ・アイ』(81年)。もう一つの代表作である『シティーハンター』(85年)とともにアニメ化もされ、大人気を得た。その後、堀江信彦らと共にコアミックスを設立して『週刊コミックバンチ』を創刊。同誌上においては創刊号より『エンジェル・ハート』を連載しており、アニメ化もされた。
ニックネームはいわゆる“松ケン”、俳優の松山ケンイチが生まれる。2001年に開催されたオーディション“New Style Audition”でグランプリを受賞し、芸能界入り。映画『男たちの大和/YAMATO』での熱演が認められ、活躍の場を広げる。『デスノート』『デスノート the Last name』での“L”役が話題を呼び、スピンオフ作品『L change the WorLd』を生み出すことに。
ビートルズの最後のオリジナル・シングル「レット・イット・ビー」が英国で発売(米国は11日、日本は25日発売)。 全米では1位を記録するも、全英では3位止まり。日本では最高6位を記録した。 また、このシングル・ヴァージョンはジョージ・マーティンのプロデュースによるものが採用され、アルバム『レット・イット・ビー』に収録されたフィル・スペクター・プロデュースによるものとはギター・ソロなどに違いがみられる。B面にはブライアン・ジョーンズも参加した「ユー・ノウ・マイ・ネーム」を収録。