

英国ロンドンにギタリストのロビン・トロワーが生まれる。60年代前半からミュージシャンとしての活動をはじめ、67年のプロコル・ハルム加入以降、名前を浸透させていった。「青い影」の印象があまりに強いプロコル・ハルムだが、実はハード・ロック・バンドと言ってもおかしくないほどにアグレッシヴだった。それにはロビンによるジミ・ヘンドリックスばりのギター・プレイが大きく貢献していたのは間違いない。もっともっと評価を受けて良いギタリストだ。
ラッパーのノトーリアスB.I.G.、通称ビギーが何者かに銃撃されて死亡。24歳という若さだった。この半年ほど前、険悪な仲にあった2パックがやはり射殺されるという事件があり、ビギーの関与が噂されていた。しかし自身はこれを完全否定。その中で起こっただけに、報復説や陰謀説など、音楽シーンのみならず注目を集めることとなる。その後も容疑者は見つからず(2パックの事件も同様)、ヒップホップ・シーンの闇の部分だけがクローズアップされてしまった。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどでの活動で知られるマルチ・プレイヤー、ジョン・ケイルがウェールズのガーナントに生まれる。幼い頃はヴィオラに才能を発揮し、大学まで通じて音楽を学ぶことに。その後に渡った米ニューヨークにおいて、ジョン・ケイジやエリック・サティの音楽に触れて多大なる影響を受け、その後の人生を決定づけることとなった。ヴェルヴェッツのほか、ソロとしても独自のサウンドを作り続ける才人である。
小沢健二とスチャダラパー共作の「今夜はブギー・バック」が発売。東芝とキューン(ソニー)という二大レコード会社の垣根を越えて発売されたこのシングルは、オザケンをフィーチャーした“ナイスヴォーカル・ヴァージョン”とスチャダラをフィーチャーした“スムース・ラップ・ヴァージョン”の2ヴァージョン。低音でガンガンビートをきかせながら、ちょっと泣きの入ったな歌謡メロディが奏でられ、妙なセクシーさを醸し出す異色作であった。
'99年に無期限の活動停止を発表した黒夢、デビューアルバム『迷える百合達〜Romance Of Scarlet〜』を発売。いきなりオリコン初登場3位を記録し、その人気を世に知らしめた。活動後期はややパンクな感じになったものの、当時の黒夢はバリバリのビジュアル系。ジャケットはもちろん曲名も「棘」「autism -自閉症-」など、〈いかにも〉なものが多かった。演劇チックな凝ったステージも話題だったが、演出用に使った首吊りロープが、あやまって清春の首にかかって締まってしまったという笑えないエピソードもあったとか。

1949年3月9日、音響監督の藤野貞義が生まれる。『機動戦士Ζガンダム』(TVシリーズ、劇場版ともに)『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』ほかの「ガンダム」シリーズや、『戦闘メカ ザブングル』『魔神英雄伝ワタル』などのサンライズ作品を主にしている。なお、参加作も多い、日本アニメーション作品では『アニメ80日間世界一周』『はいからさんが通る』などを手がけた。
とんねるずのサッカー担当、木梨憲武が生まれる。コンビでの活躍はもちろん、アート〜音楽〜スポーツ〜舞台……と、ソロ活動も実に多彩。俳優としては、家族崩壊の渦中にたたずむ夫を演じた『甘い結婚』、“小心者”な高校教師『小市民ケーン』、落ちぶれた商人『竜馬の妻とその夫と愛人』、コントでみせるキレたキャラクターとは対照的に、抑えた演技で視聴者を魅了している。
第10回グラミー賞でアルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』が最優秀アルバム賞、最優秀コンテンポラリー・アルバム賞、最優秀エンジニア賞、最優秀ジャケット・デザイン賞の計4部門受賞。前年度の『リボルバー』に続いてビートルズのアルバムが最優秀ジャケット・デザイン賞を選ばれ、2年連続の受賞となった。