

サングラスがトレード・マークのロックンローラー、ロイ・オービソンが米国テキサス州に生まれる。日本では映画『プリティ・ウーマン』の主題歌となった「オー・プリティ・ウーマン」(“オー”が付くのですよ!)で一般のファンにも認知されたが、50年代から活躍したベテランである。オペラ的……とまではいかないが、独特の歌い上げを聴かせるヴォーカル・スタイルは、一度耳にしたら忘れられない。88年、心臓麻痺で死去している。
シンガー・ソングライターの森山直太朗が東京都に生まれる。母親が森山良子というのは誰もが知る話だが、子どもの頃は人前で歌のが非常に嫌だったそうだ。そんな彼が音楽の道に進むことを決意したのは、20歳くらいの頃と非常に遅い。インディーズでの活動を経た後、2002年にミニ・アルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャー・デビュー。翌03年に「さくら(独唱)」が大ヒットを記録し、その後の活躍はご存知の通りだ。
常夏ポップの大御所、TUBEのシンガー、前田亘輝が神奈川県に生まれる。幼い頃に父親をガンで亡くし、母子家庭で育った前田は、レオン・ラッセルやイーグルスを聴いて音楽に目覚める。最初は周囲も止めるほどの音痴だったが、テープに録音した自分の声を何度も聴いて現在のハスキー・ヴォイスを会得したという。97年に人気絶頂だったタレント、飯島直子と結婚。飯島の“ミニスカ挙式”や大豪邸建築で大いに話題を振りまいたが、2001年3月に離婚が成立してしまった。
熱いパフォーマンスでカルトな人気を誇る演歌歌手の冠二郎、埼玉県秩父市に生まれる。1967年「命ひとつ」でデビュー。しかし、アニキ(ファンはこう呼ぶ)の異才が世の注目を浴びたのは、演歌界に旋風を巻き起こした92年のアクション演歌「炎」から。きらびやかな衣装に身を包み、派手なアクションとともに、♪アイライク演歌〜と歌う姿は、各界で話題となった。その後、コモエスタ八重樫プロデュースによるROCKと演歌の融合『冠Revolution』をリリース。また98年にはアニキの曲がBGMとなったゲーム『トラック狂走曲』なども発売された。


阿部サダヲが千葉県松戸市に生まれる。主宰者・松尾スズキをはじめ、各メディアを牽引する実力者が揃う劇団“大人計画”メンバー。ベビーフェイスから繰り出される変幻自在のキャラクターは、新たな作品が公開されるたびに観客へ新鮮な驚きを与えている。劇団仲間と結成したバンド“グループ魂”では破壊(ヴォーカル)としても活躍中。2005年には紅白歌合戦に出場するなど、その本気ぶりに二度驚き。
ジョンとヨーコは、ヨーコの前夫トニー・コックスに連れ去られた娘キョーコの行方を探すため、私立探偵を雇う。そして、スペインのマジョルカ島の児童キャンプにいたキョーコを見つけ出すことに成功。自分たちのホテルへと2人は連れて行くが、スペイン警察からキョーコを誘拐した容疑で身柄を拘束される。8月に2人はキョーコの養育権を獲得するものの、12月に行なわれた裁判によって養育者はトニー・コックスであると裁定。ヨーコは面会権を認められたが、トニーは妻とキョーコを連れて行方をくらましてしまった。