2019年の〈サン・セバスティアン国際映画祭〉に正式出品され、その斬新な試みが話題となったフランス映画「PLAY 25年分のラストシーン」が、11月6日(金)より東京・新宿武蔵野館、東京・YEBISU GARDEN CINEMA、東京・kino cinéma立川?島屋S.C.館ほかにて全国順次公開。人気コメディアンのマックス・ブーブリル演じる38歳の主人公マックスが、重大な決意を前に25年間撮りためた映像を振り返り始める冒頭映像ほか、日本公開に向けてアントニー・マルシアーノ監督及び、
大九明子 監督ら著名人のコメントが公開されています。
1990年代から2010年代まで、25年にわたり撮り続けたホームビデオの映像をつないで振り返る手法で、当時の時代の空気感をリアルに再現した本作。90年代カルチャーを彩る
ジャミロクワイ 、
オアシス 、
レニー・クラヴィッツ 、
アラニス・モリセット など、それぞれの時代を感じさせる名曲とともに人生を“PLAY(再生)”していく主人公マックスを演じるのは人気コメディアン、マックス・ブーブリル。盟友アントニー・マルシアーノ監督のアイデアに惚れ込み、共同で脚本も手がけました。
今回公開となった冒頭映像は「ここに全部ある―撮り続けて25年になる」と床に広げられたVHSテープやデジタルテープを映したあと「改めて振り返ってみよう。今日は特別な日だから。最初から再生する」という38歳になったマックスの言葉から始まります。いつもは友人たちを撮影してばかりの彼がカメラの前で語り、PLAY(再生)すると、場面は13歳のマックスが初めてカメラを手に撮影した日へと……。両親からのクリスマスプレゼントであるビデオカメラが映し出すのは家族の団らん。『
カミーユ、恋はふたたび 』の監督・主演の
ノエミ・ルヴォウスキー 、
ミシェル・ゴンドリー 作品の常連
アラン・シャバ というフランスを代表する名優2人がマックスの両親に扮し、お茶目な演技を見せているのも見逃せません。部屋のセットもオンラインでビンテージ家具を探すなど本物に拘ったそうで、まるで観客も自分のビデオライブラリから懐かしい映像をみているように感じるでしょう。冒頭で流れる
ブリンク182 「What’s My Age Again?」(2000年)や13歳のマックスの部屋で流れる
スピン・ドクターズ 「Two Princes」(1991年)も聴けば一気にその時代を思い出す、監督こだわりの選曲となっています。
また、「PLAY 25年分のラストシーン」の公開を記念して、「あなたの青春プレイリストは?」ハッシュタグキャンペーンを実施中。「#Playあの頃」をつけて、思い出の楽曲とエピソードをつぶやくと、全国特別鑑賞券(5組10名様)など抽選で合計25名様にプレゼント。応募詳細はTwitter公式アカウント(
@SYNCACreations )まで。なお日本公式Spotifyではプレイリストが公開されています。
[コメント] 僕が作ったこの『PLAY 25年分のラストシーン』という作品は、この年齢になったらもう二度とできないことを、もう一度体験したいと思って作りました。初恋、家族や仲間との話、18歳や20歳の時のバカンス、それ以外にも1998年のフランスワールドカップや2000年のミレニアムパーティなどの思い出……自分の人生のたくさんのそういう時をもう一度体験してみたかった。みんなにもこの体験をしてほしくて、それでビデオを撮っている主役の立場で(主役の目線で)観られるように作りました。そうすることで、各人が自分自身の人生をもう一度振り返ることができるようになると思ったからです。 この映画を観ると、皆さんも自分の人生を振り返れるのではないかと思います。ぜひこの映画を観て、泣いたり、笑ったり、人生について考えてくれたらうれしいです。 ――アントニー・マルシアーノ監督 マックスと一緒に25年。贅沢な映画ですね。知らず知らず、自分にとって大事な人の幸せを祈るような気持ちで観ていた、そしたら涙がこみ上げた。マックスが幸せなら、私も幸せです。 ――大九明子(映画監督) 忘れてしまいたい青春の記憶と消えてはくれない時間の記録。25年分の動くアルバムは間違いなく、一生の宝。薄ぼんやりして過ごしたあの昔をやり直せたら・・と大人になってふと思うことがあるけど、映画を見終えた後では、その瞬間は間違いなく猛烈に生きていて、だからこその今があるのかも・・そう気づけたような。 パリでの語学留学中、NOKIAの携帯(劇中と同じタイプ)使ってたなあ・・なんてことも思い出しつつ。 ――加藤紀子(タレント) 映画から再生ボタンを押されたように私たちの青い青春が音楽と感情で溢れ出す、くすぐったい高揚感がたまらない。 ――伊藤さとり(映画パーソナリティ) 主人公のカメラが捉える被写体は、彼の目線の先にある。言葉は裏腹で頼りなくとも、無意識の想いをカメラは見逃さない。主観撮影という演出が、言外の不器用な感情を器用に映し出す。 ――中井 圭(映画解説者) 映像は思い出を視覚化させるが、見えない心の内を記録することは難しい。しかし、撮影者の“想い”は不思議と映像に刻まれるようだ。何気ない映像に初めて“彼女”が登場する姿。観客は“想い”を悟り、やがて愛おしくなるからだ。 ――松崎健夫(映画評論家) VIDEO
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